>>461 バ――……っ!
(自分が迫る時は――いいのだ。それは彼を自分のペースに引き込もうとしている証であり、事実今まではそうやって来た)
(そういった冗談の延長上にできない状況にすら置かれていたのは二ヶ月前――正確に言えばつい先程までそうだった)
(だから、という接続詞で繋げるにはいささか無理があるかもしれない、それでも彼からそうして迫られると余裕のある風には振舞えなくなる)
……っ、アルトのくせに、……生意気よ……。
(最早お決まりとなったその台詞を覇気もなく小さく呟くだけで……彼の独占欲や嫉妬を嬉しさ五割、恥ずかしさが四割、残りの一割は悔しさで受け止めて拗ねたような青い瞳が見上げた)
……一人で先走らないでよ、もうっ……。
そういうのはタイミングっていうものがあるでしょ。いつかは、か……考えてあげない事もない、けど……。
(頬が赤くなっているのは見えなくても分かる――熱湯の湯気でも浴びたかのように火照っているのだから)
(そんな先の事まで考えている彼の想いを嬉しいと感じる事はあっても嫌だと思う事は少しもないのに、恥ずかしさがなければ情緒に欠けると説教の一つでもしていた所だ)
(その想いを受け入れる用意はあると示しながらも、素直でない口ぶりはいつもの通り。ただ、それは二人の間で口にしなくても分かってくれる部分……だと考えている)
(言葉を喋らない犬を彷彿とさせる、言わないながらも察してくれとばかりの視線に返せた言葉はそれで精一杯だった)
(姫などと呼ばれて女性的な外見をからかわれる彼であっても、抱き締められればすっぽりと自分の身体は収まってしまう)
(包み込まれるような心地良さは異性と抱き合うからこそ得られるもので、誰よりも愛する彼だからこそ身を任せる事ができる)
(こちらの抗議を意に介した様子もなく、引く気配もなく続けられるキスにいつしか諦めて大人しく身を委ね口付けに答えて)
っ……ぁ……ふ…………っん……
(流し込まれた吐息の返礼に薄めの下唇を軽く吸い、軽く舌でなぞって湿らせながら耳朶に指先で戯れるように触れた)
(やがて地上を目前とした合図なのか彼の唇は離れ、乱れた呼吸を整えようと胸を上下させる)
……バカ、アルトの大バカ。降りたら、化粧室に行かせなさいよっ。
(重ねて塗ったリップどころか口紅まで奇麗に色が落ちてしまっている事だろう、長いキスの余韻から冷めると口元を押さえて彼を詰った)
(羞恥から責める色を浮かべた瞳がふと何かに気づいたように軽く瞠られ、次いで笑みを象って)
あら。……ふふ、ついてるわよ?
(自分の唇から奪われた色の一部が、彼の唇を彩る。舞台での姿を微かに連想させるような色合いに微笑みを浮かべ、もう一度唇を重ねて舐め取ってあげた)
(向かい合って座っていたはずの二人が隣に並んで座っている姿を見ても、係員は特に驚く様子は見せない――よくある事なのだろうか)
(きっちり掛け直したサングラスで正体を悟らせず、一定の速度で動き続けるゴンドラから注意深く降りたのだが……)
あっ、バカ!
(シェリル、と彼が口にした名前から何気なく寄せられた視線は、目元を隠してはいても余りにも似た面影に驚きのそれに変わる)
(係員と、正面からやって来た二組のカップルには気づかれたかもしれない、アルトから投げかけられていた視線を返す暇もなく、彼の手を引っつかんでその場から駆け出した)
(二人を取り巻いていた気恥ずかしさはいつもの自然な空気に変わり、しかし抜け落ちたのはいつでも漂っていた悲壮感)
(走り出した足の行き先なんてどこでもいい、隣に彼がいるのであれば――)
【…………っっ、く、唇はさすがに取れないわ、アルト。お腹痛くなるくらい笑っちゃったじゃない……!】
【もうっ……ホントに、おかしいったら……はぁ。笑い疲れちゃったわ】
【そういうトコ、案外ロマンチストよね……結婚式の次は子供? ……ふふ、どこまでだって付き合うわよ】
【今のロールはこの辺りで〆てもいいし、この後またどこかへ行ってもいいけど……】
【今日はここで凍結ね? 次はいつが都合が良いのかしら】