>>390 そんなことは聞いてない。少なくともこの家には、夜這いをするような人間はいないから安心しろ。
(冗談というほどでもなく、彼女にとっては挨拶代わりの揶揄なんだと理解している)
(これ今までにもからかわれることは多々あったが、今それを思い出せるのは彼女とのやり取りの慣れから来る余裕の賜物だろう)
…………ふっ。
(ここに訪れた理由は最初から筒抜けだったのだろう。隠すつもりも無かったし、知れたからといって困るわけでもない)
(彼女の言葉には否定も肯定もせず、ただ鼻を鳴らして返すのみ)
(叙情的な言葉が存分に散りばめられた歌を歌っていた人物にしては、嫌味なほど現実的な答えが返ってきた)
(ロマンチストを気取った自分が居た堪れなくなり、最後まで貫き通せず結局はおどけてしまう)
ああ、それは振られた腹いせだろ? この私を振るなんて――ってな。
心配しなくても大丈夫。俺は堕ちない、堕ちるわけにはいかないんだ。
(まだ死ねない理由がある。守りたい人がいる……何も出来ないとしても、せめて傍にいてやれればと)
へぇ、祝ってくれるのか? ありがとな、その日を楽しみにしているぜ。
(「その日」を具体的に示そうとしないのは、彼女の命が長くないことを知ってしまったから……)
(シェリルの命が明日にも消えてしまうほど儚いものだとは考えていないが、約束をするのは憚られてしまう)
(約束の日までは生き抜けとエゴを押し付けているみたいで……それに、彼女の命についてはなるべく触れたくなかった)
(彼女は思うがままに生きていく、良くも悪くもそれがシェリルの本質だろうから)
――――そうか。
(問いかけておきながら何でもないと言葉を撤回する。さすがに察しがつくが、彼女が言わない以上それを突き止めたいとは思わない)
(視線に気づかれたのか、同じ空を見つめていたはずの二人の視線がぶつかり合う)
(怖い――悲壮な表情を湛える彼女の姿が、弥が上にも死というものを想起させるから)
それは……耳が痛いな。俺だって舞台に立っていた人間の端くれだ。
恋なんて簡単だって……自覚はなくてもきっとそう考えていたんだと思う。
(今なら分かる、シェリルとランカの自分に対する想い――少なくとも以前よりは)
(だけど何も答えを出せなかった自分があまりのも歯痒く情けない。今もまだ、その答えは出せず仕舞いだ)
(無造作に彼女の手が近づく、その動きを視線で追いかけると行き着いた先はこちらの頬)
(手を重ねようと動き始めた時、彼女の手はすんなりと離れてしまう。所在無げな己の手を一度握り、自身の膝の上に収めていく)
そっか、歌うんだな――その子は別に奇特じゃないと思うぜ。今のお前を好きな俺も、奇特な人間なのか?
(さりげない愛の告白、なんて洒落たものでもなく……歌う気持ちを取り戻した彼女への素直な好意)
(今夜出会ってから最も強い眼差しを浴び、その意図が掴めないまま逃げるように視線を夜空の星へと向けていく)
【シェリルのレスを待つくらいの余裕はあるから……】