>>797 陸への興味や好奇心というものは三橋にもあった。
ただ田島のような積極性というものは持てず、こうして海のうえに頭を出してみても遠くから眺めることしかできない。
「おーすげー! 今日はなんか賑やかだな!」
隣で田島がぷかぷかと浮きながら、片手を目の上に沿えて遠くを覗き込むように身を乗り出した。
不器用な三橋はなんでもこなしてしまう田島とは違い、泳ぎもあまり得意ではない。
今も時々波に攫われそうになり、その度に陸から意識が離れる。
もっと近くで見たい。
あの楽しそうな人々の中に自分も加われたら。
そういった想像は夢の中でさえ上手く実現することができなかった。
陸の人々と海の人々は、その性質の違いからかほとんど交流を持っていない。
海の人々の存在を知りもしない陸の人間も多い。
逆に海の人々は陸の人のことを熟知しているようで、やはり無意識下で阻害していた。
中には見下すような意識を持った者もいて、王も何度か種族間での交流を考えがしたが、実行には遠く及ばないのが現状なのだそうだ。
「オレもうちょっと近くで見てくる!」
「あ、た、田島く……」
追いかけようとした三橋だったが、小さな渦に阻まれてすぐに田島の姿を見失ってしまった。
一人、大きな海の上でぷかぷかと浮かびながら、陸の上の人々をぼんやりと眺めることしかできない。
それはいつもの日常の繰り返しであり、歯痒い思いを抱えることにも三橋はもう慣れてしまっている。
日常から切り離された世界へと飛び込む切っ掛けになったのは、それからしばらく後、嵐の夜のことだ。