小説書いてみたい奴と読みたい奴のスレ〜第15章〜

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560司書 ◆lo0Ni729yM
空は色濃い闇の中に沈み、星さえも息を潜めているようだった。
予定通りならば、この船は明日の明け方にもカレーの港へ入るはずだ。
凪いだ海は、底知れぬ深さで死へと誘惑する。
いいや、そうではない。
震える膝をこらえ甲板に立つと、夜風が頬を撫で、髪を揺らした。
561司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:40:51 ID:8YbFD8tn
生きるのだ。
何が何でも生きろ。
カレー迄なら泳ぎ切れる。
泳げ。
562司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:43:18 ID:8YbFD8tn
暗い波間に、一つの影が落ちるのを、誰が気付いていただろうか。
ゆっくりと陰っていく月を波越しに見上げ、もう一度呟いた。
泳げ。生きるために、泳げ。
563司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:43:44 ID:8YbFD8tn
故郷のヨークシャーを出立したのはいつだったろうか。
母の丹精した庭には季節毎にとりどりの花が咲き乱れていた。
中でもバラは母の自慢だった。ああ、そうだ、ヨークシャーを出る日にも、庭にはバラの香りが満ちていた。あのバラは今年も咲いただろうか。
いいや、きっともう無理だ。
564司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:44:21 ID:8YbFD8tn
「ニコラス…」

ふと頭をよぎる懐かしい名前は、心を切なく締め付けた。
まだ何も知らず、幸せでいた日々…
565司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:44:42 ID:8YbFD8tn
「愛しています」

優しい口づけも甘い囁きも、首筋を滑る骨ばった指の温かさも、みんなみんな置いてきてしまった。
「愛しています…リーズ」
566司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:45:09 ID:8YbFD8tn
リーズ…もう還らない温かな日々…
すべて、あの朽ちたバラの園に葬るのだ。
今日より私はオリバーだ…リーズは…死んだ…
567司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:45:37 ID:8YbFD8tn
腕が辛い。
港の灯がひどく遠く霞んで見えた。海の底から見えない何かが足を引っ張ってくるようだ。
いけない。
まだ、こんなところで…
薄れていく意識の中で愛しい過去が囁いていた。
568司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:46:03 ID:8YbFD8tn
マリ・リーズル様…いいえ、あなたはリーズと呼んで。みんなはマリと呼ぶけれど、これはあなただけに許す特別な名前。
ニコラス…あなただけよ…私の味方は…
569司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:46:27 ID:8YbFD8tn
日に焼けたニコラスの胸からは土の匂いがし、ささくれた指からはかすかにバラの香りがした。
生まれた時から同じ乳を吸い、同じ布団に眠り、時間と同じだけ、喜びも涙も分かち合ってきた乳兄弟…いいやもうそれ以上の存在だった。
570司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:47:06 ID:8YbFD8tn
私はあなたと一緒になりたい…そう打ち明けた夜、ニコラスは悲しげに首をふり、ただ口づけだけを残し、二度と屋敷には戻らなかった。


「ニコラス!」
571司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:48:41 ID:8YbFD8tn
日に焼けたニコラスの胸からは土の匂いがし、ささくれた指からはかすかにバラの香りがした。
生まれた時から同じ乳を吸い、同じ布団に眠り、時間と同じだけ、喜びも涙も分かち合ってきた乳兄弟…いいやもうそれ以上の存在だった。
572司書 ◆lo0Ni729yM :2008/01/26(土) 15:49:11 ID:8YbFD8tn
私はあなたと一緒になりたい…そう打ち明けた夜、ニコラスは悲しげに首をふり、ただ口づけだけを残し、二度と屋敷には戻らなかった。


「ニコラス!」