>>416 >この偈には直接現実と間接現実の混乱がある。
まったく、そのとおりなのであります。
つまり「遊び氏」は、勝義締とか世俗締とか書かないで
直接現実⇔勝義締
間接現実⇔世俗締
というように、文意においてもちゃんと二締で解釈してますね。
中論解釈では、これはアタリマエなんですよ。
アタリマエですが、そのアタリマエをちゃんと了解信解せんと・・・
もう話にならんのですよ(笑
だから私は毎度、中論には矛盾がある。と、言うておるではないですか?
矛盾(つまり世俗締)においてしか、勝義締は説示され得ない。つうことは
こういうことでありますね。
ですから、どうしたって中論解釈は、勝義締悟入が前提となります。
「遊び氏」は、そこをちゃんと解っておる御仁ですね。
勝義締悟入同士は、意味が通じ合うんですが・・・
それ以外の人間は意味すら通じんのですよ(悲しいことじゃありませんか)