手を伸ばすと、その身体はすぐに手に入ってきた。
抱きしめると鼓動が聞こえてきた。
少しだけ緊張してこわばっている身体をなだめるように、その背を愛撫した。
吐息が漏れて、耳をくすぐった。
しなやかな腕が、抱きしめ返してきた。
顔をよく見たくなって、少しだけ身体を離した。
ほほを赤らめた秀麗な容貌が、こちらを見つめ返していた。
気がつけば、柔らかい唇にかみつくように口づけを求めていた。
ふさいだ唇からわずかなあえぎ声が聞こえた。
だが。
「聞きたいのなら、聞かせてもよいが」
唇を解放した瞬間のその言葉に、思わず顔を離した。
「気分の良い話ではないぞ」
哀しげな表情がさらに言葉をつむいだ。
「本当に……聞きたいか?」
俺が何をされたのか、その一部始終を、聞きたいか?
……聞きたくない。
もう、聞きたくなどない。
泣きそうな顔で、彼は言うのだ。
「俺は……、……に」
「よせ!」
「ひえッ!?」
「うわっ!?」
目の前に、驚いて両手をあげた新八と神楽がいた。
肩で息をしながら、思わず前のめりになっていたことに気づく。
うたた寝していて、夢を見ていたらしい。
「……夢か……」
呼吸を落ちつけながら驚いたまま固まっている二人の手に視線がいった。
キャップを外した油性マジックをもっている。黒と赤。銀時にはすぐ想像できた。
それはたぶん、おでことほっぺたのために。
銀時は半眼になりながら口を開いた。
「お前ら……はァ。ったく……」
そのまま椅子に座ってしまった彼に、思わず顔を見合せながら二人がすぐさまペンを隠した。さらに言い訳じみたことを言い始める。
「こ、これはちょっと試しただけアルよ!」
「い、一流の剣客は眠っていても殺気を察知できるっていう話になって、銀さんの警戒心を試してみようかなー、なんてぇ……」
「……何か、言ってたか、俺は」
「え?」
「何が?」
あんな夢を見たものだから、何か余計なことを口走っていたかもしれないと思ったが、二人の反応を見る限りだとそうではないようだった。
「や、なんでもねぇ」
苦笑しながら立ち上がり、銀時はそのまま洗面所に向かった。落書きはされていない。念のため瞼を固めずつ閉じて目の上まで確認したが、本当に書かれる寸前で起きたようだった。
彼はさらに、二人が顔を見合せて首をひねり合っている横を通り、玄関の方に向かった。
「あれ、銀さんどこいくんです?」
「……出かけてくらぁ」
「え、銀ちゃん今からどこか行くアルか? 夕ご飯だったら私も行きたいネ!」
「や、ちょっとな。野暮用」
「野暮用って……」
「大人になったらいろいろあんのよ。わりーけど、今日は一人にしといてくんね?」
振り返らずに銀時が言うと、向けた背中から何か察したのだろうか。二人はそれ以上余計なことは言ってこなかった。
「じゃあ神楽ちゃん、夕飯外食しよっか。こないだ散歩中に見つけたとことか、高そうだったけど今月は実入りがいいし」
「おー、たまにはいいこと言うネ新八も! 銀ちゃん、あとで悔しがっても連れてってやんないアル!」
「へいへい。行ってくるのはいーけど、その高そうな店で門前払いくわないよーにね」