花井の様子がおかしい、ということに気がついたのは、ほんの数日前だった。どこがどう、と聞かれ
ると返事に困るような、そんな些細な違和感。
「なあ、最近花井のヤツなんかおかしくないか?」
「え?花井くん?うーん、そんなことないと思うけどな……」
誰に聞いてみても返ってくるのは似たような返事ばかりだったけど、私にはやっぱりおかしなふうに
見えた。空元気、なんて言えばいいんだろうか。普段からテンションの高すぎるヤツではあるけれど、
それ以上に明るすぎるような気がした。
――何かがずれている。
それは確かなのに、その正体が分からない。他の誰もが気づいてないんだから、見なかったことに
でもしてしまえばよかったはずなのに、居心地の悪さだけがずっとついて回ってきた。
だからその日、
「周防、話があるんだ」
そう言われたときは、ガラにもなく心の中で喜んだりしてしまった。これでようやく安心出来る、と。
その『話』がもっと大きな混乱を私のところに連れてくるのも知らずに。
「こんなトコでってことは、よっぽど大事な話なんだな」
「ああ、そうだ」
沈む夕陽に照らされながら、こんなトコ――学校の屋上に私たちはいた。秋も終わりに差し掛かろうと
しているせいか、冷たさの混じる風に吹かれるその場所には二人分の影法師が伸びているだけだ。
「……で、いったいなんだよ。これでくだらないことだったら怒るよ?」
出来る限り明るく、冗談みたいに言ってみたのは、これから告げられることにおおよその見当がついて
いたせいなんだろう、と思う。あまり聞きたくなかったような、そしてもしかすると、聞きたかったの
かもしれない、そんな事実。
「実はな」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、アイツはずいぶんあっさりと言った。
「八雲君に交際を断られた」
私は返事をしなかった。
そうだろうな、とは思っていたし――まあ、何かの奇蹟だかなんだかで、その正反対のことを言われる
かもしれない、とちょっぴり覚悟もしていたけど――実際その通りだったからだ。