ある日の帰り道。
花井春樹が軽い空腹感を覚えてワクドナルドへ寄り道してみると―――
「ん?」
自動扉の開いた先に、なにかバランスの悪い行列が発生していた。
ふたつあるレジの片方は混雑中。そしてもう片方は、完全に無人。
「なぜこっちのレジだけ混んでいるんだ? 隣のレジはガラガラだというのに」
故障中なのかと思いもしたが、そういった立て札もなければ店員も立っている。
店内に足を踏み入れた途端に温度差で曇ってしまった眼鏡でもそれくらいはわかる。
「まあいい。空いているなら僥倖というもの。そうだな……」
などとメニューを前に悩んでいると、その店員が声を放った。
「ち。」
たった一音だが、あまりに聞き覚えのあるその言葉に急いで眼鏡の曇りを拭く。
彼の目の前にいたは予想通りの人物。クラスメイトにして茶道部部長・高野晶だった。
飲食業なのに無表情という点を差し引いても、どこかしら華のある制服の着こなしである。
「やはり高野か。アルバイトならちゃんと接客してみたらどうだ?」
辺りがどよめく。どうやらこの店では彼女はなにやら特別扱いされているらしい。
しかし、どのような理由があろうと何もせずにいて給与を得る行為を彼は快く思わない。
お金は労働の対価として得てこそ真の価値があるという感覚の持ち主なのである。
よって、この無表情な級友に少々お灸を据えてみることにした。
「何にするの?」
「『スマイル』。スマイルはタダだろう?」
周囲が、大きくざわついた。