「………」
ゲーム開始から既に20分が経過した。彼のもとにも、脱落者を知らせる連絡が先程から次々と入っている。
他の場所では激しい戦闘が行われているのだろう。しかしそんな中、未だに一度も敵と遭遇できていない男がいた。
「……いねえな……」
携帯で、今鳥、烏丸、一条、高野、合計4人の脱落を確認していた。たった20分で4人もの脱落者が出ているという事実を考えると、
自分以外の者はうまく敵を発見できているようだ。
(…ならどうして俺だけ敵が見つからないんだ?)
不満そうな顔で雪を踏みしめ歩くその男、麻生広義は不機嫌そうにため息をついた。
「沢近どころか、誰も見つからねえなんてな。ったく…せっかくやる気になった俺がバカみたいじゃないか」
麻生は手の中で溶けかかっていた雪玉を近くの木の幹にぶつけ、つぶやいた。
彼のターゲットは沢近愛理。彼女の脱落を伝えるメールはまだ入っていない。つまり、まだ生存しているということだ。
「ったく…こんなことなら、家でゴロゴロしてたほうがよかっ… ん?」
そんな独り言を言っていた麻生だったが、視界の端に偶然、動いている『何か』を捉えた。そんなに距離は遠くない。
「チイッ!」
敵か!? 麻生はとっさに近くの木の裏に身を隠し、今、僅かながら見えたモノを考える。
(…チラッとしか見えなかったが、今のは…)
一人ぼやきながら歩いていた麻生の視界に偶然はいってきたもの。それは、この雪の中でも特に目立つ金髪の髪であった。
(沢近、か…やっと見つけたぜ。こっちには気づいてないようだな。だが…)
敵は休憩でもしているのか、立ち止まっているようだった。やっとの思いでターゲットを発見した彼としては、すぐにでも攻撃を仕掛けたいところだ。
だが、彼女は一人ではなかった。彼女の隣には、仲間と思しき者が一緒にいたのだ。
複数の敵と同時に戦りあうには、高度な戦闘技術、もしくは完璧な策が必要だ。軽々しく仕掛けるわけにはいかない。
発見される恐れがあるため、この距離では木の陰から顔を出して敵を確認することはしないほうが得策だろう。
(一緒にいた奴は確か黒髪だった。金髪よりも高いところに黒髪が見えたから、身長は高いな。残っている敵チームから考えると…周防か!)
敵はあの沢近と周防のようだ。ともに運動神経抜群と名高いこの2人を同時に落とすのは至難の業であろう。
ならどうする? どうやって落とす? 麻生は考える。
(…片方ずつ落とすしかないな。どちらかを先に不意打ちで落として、その後、残った1人とタイマンでケリをつける…!)
雪玉を作りながら攻撃プランを組み立てる。そして、少しでも成功確率の高い方法を模索する。
(最初に落とすのは沢近。その後、一対一で周防とだ。これが今俺が実行できるベストな作戦だろう…)
―――周防の鍛えられた反射神経では、不意打ちでも避けられる可能性がある。もちろん沢近の運動能力の高さも知っているが、周防よりは落としやすいハズだ。
それに、自分のターゲットはもともと沢近愛理だ。とりあえず自分の仕事を完遂してから他の敵を狙う―――
このような理由で、彼は最初に狙うのを愛理にしたのだった。
(もっとも、まず沢近を不意打ちで落とせるとは限らないし、タイマンでも周防はかなりの強敵だ。うまくいくとは限らないけどな…)
だがやるしかない。作り上げた両手の雪玉を握りなおす。
せっかくのチャンス。これを逃したら次にいつ敵を発見できるか分からない。
それに…
「黙って敵に背を向けるなんてゴメンなんでな!!」
覚悟を決めた麻生。そう自分に言い聞かせると、隠れていた木の裏から飛び出し、速攻で攻撃を仕掛けた。―――まずは沢近を速やかに落とす!
「悪いが、遠慮はしないぜ! 沢ち―――」
雪玉をぶつける相手に言い放つ。その荒々しい声に反応して振り返るのは美しいブロンドヘアーの少女、沢近愛理!…だったはずなのだが…
「あ、麻生先輩!?」
―――沢近愛理が立っているハズの空間にいる少女。
それは、愛理と同じ金髪の英国娘、バイト先の同僚で1年後輩のサラ・アディエマスであった。当然、隣にいたのは一緒に見学していた塚本八雲。
「な!? お前がなんでここにっ…!」
気づいた頃には、『時、既に遅し』。麻生の手を離れた雪玉は、寸分のズレもなく、確実にターゲットの頭部へ向かって飛び去っていた。
この後の面倒が頭に浮かんできた麻生の瞳には、その光景が妙にスローにみえたという…(後日談)
グシャ。
―――実は、敵を探して彷徨い歩いていた麻生はいつの間にか、ゲーム開始時にチーム分けなどをしたフィールドの中央付近まで来てしまっていたのだった。
それで、フィールド中央にいた見学者、サラ&八雲の2人を発見したのである。
「………」
「………」
「…さて。どーゆーつもりなんですか麻生先輩!? いきなり私の頭に雪玉をぶつけてくるなんて!!」
しばらく続いた気まずい空気の中、サラはそう切り出した。当然怒っている。まあ、彼女の人柄ゆえか、それほど迫力はないのだが。
「まあ、その… すまなかったな」
「『すまなかった』じゃないですよ! 一体どーゆーことなのか、ちゃんと説明して下さい!!」
膨れた顔で麻生に詰め寄る。
「いや…敵を探して歩いている最中にチラッと金髪が見えたから、沢近だと思ってな。」
包み隠さず、本当のことを話した麻生。だが、この言葉によりサラの怒りのボルテージはさらに上昇したようだ。
「むぅ〜!! しかも私を他の女の子と見間違えるなんて! 先輩ヒドすぎです!! サイテーですよ!」
激しく感情を出すサラ。横で見ている八雲はオロオロしている。普段、仲の良い八雲ですら、こんな感情を表に出すサラは見たことがない。
止めたくても止められない、といった感じだろうか。
「仕方ないだろ。見間違えちまったんだから。…悪かったな」
「そーゆー問題じゃありません! 乙女心が全っっ然分かってないです!!」
何をいっても収まらないサラの怒りに、麻生はため息を出すしかなかった。
(ちゃんと謝ってんのに、どーすりゃいいんだ…? つーか、そんなに怒ることか?)
上目使いで睨んでくるサラ。しばらく機嫌は直りそうもない。
―――こういうときは素直に謝るしかない、か…
「その…ホントに悪かったって思ってるよ。ゴメンな」
麻生は、サラの頭についた雪を、優しく手で払ってやりながら言った。
その麻生の行動に少し動揺を見せたサラだったが、すぐに先程と同じように睨んでくる。
「…もう2度としませんか?」
真摯な麻生の言葉で少しは怒りが収まったのか、サラは麻生の目を見ていった。
「もう2度とさっきみたいなことしないって、約束してくれますか…?」
「ん?…ああ。いきなり雪玉をぶつけたりなんか、2度としない」
―――もうこんなに騒がれるのも面倒だしな。
なんとか機嫌が直りそうな様子に、麻生は軽く答えたのだが、サラは、
「そうじゃありません! 私が言いたいのは、『もう2度と、私を他の女の子と見間違えないで下さい』ってことです!!」
と、激しい口調で言い返した。…少しだけ赤くなりながら。
「他の人と間違えられたくなんて、ないです…」
「………」
(見間違えたから雪玉をぶつけちまったんだから、結局はどっちでも同じだと思うんだが…?)
なんだかよく分からない麻生だったが、サラの真剣な雰囲気に、
「あ、ああ。次からはもう間違えないようにする。約束する」
と答えたのだった。
それでもしばらくは、疑っているような瞳で麻生を見つめていたサラだったが、やがて信用したのか、
「約束ですよ…? 絶対ですからね!」
と、いつも通りの満面の笑みを麻生に見せたのだった。
(結局、コイツはなんで怒ってたんだ? あんなに怒ってたと思ったら、やけにアッサリ機嫌直すし。
…相変わらず、変なヤツだ。―――まあ怒っているコイツよりは、今みたいに笑ってるほうがいいとは思うがな)
サラの笑顔で、なぜか心が温かくなるように感じる麻生。
結局よく分かっていなかった麻生だったが、とりあえずサラが機嫌を直してくれたことに一安心したのだった。
(しかし、結局また敵を発見できなかったワケだな…)
やっとターゲットを見つけたと思い、綿密に作戦まで練ったが、その挙句に人違い。しかもサラには怒られる。
精神的疲労が溜まっただけであった。これでは麻生でなくともため息の一つもつきたくなるだろう。
そんな麻生を見て、すっかり機嫌を直したサラが麻生に尋ねてきた。
「ところで先輩、こんなところにいていいんですか? まだやられてないんでしょう?」
ここはフィールドの中央。人目につきやすい場所だ。脱落していない麻生にとっては危険なこの場所に、なぜいつまでもいるのか、サラには分からなかったのだ。
「まあ、確かにまだ落とされてない…と言うか、まだ一度も敵に会ってないんだが」
「へぇ〜、そうだったんですか。何人か失格になった人がいるみたいだから、てっきり麻生先輩も頑張ってるのかと思ってました」
「俺だってどうせなら頑張りたいんだがな…」
またため息をつく麻生。それから少し考えた後、つぶやいた。
「この際、ここで敵を待ってたほうがいいかもしれないな…」
確かにここだと目立ちすぎるため自分は不利になるが、このまま敵を発見できないよりはその方がずっといい。麻生はそう考えたのだった。
「ホントですか先輩!? ここにいてくれるんですか?」
それを聞いたサラが嬉しそうな声で麻生に尋ねる。
「ああ。ここなら敵のほうから見つけてくれるだろうしな。…って、なんでそんなに嬉しそうなんだ、お前は?」
麻生が不審そうな目―――先程さんざん怒られたから―――でサラを見る。
なぜ自分がここにいることでコイツが喜ぶのか? 麻生にはそれが理解できなかった。
「だって、先輩が一緒にいたほうが楽しいに決まってるじゃないですか♪」
麻生は自分のことを、我ながら無愛想な人間だ、と思っている。自分のような奴と一緒にいて何が楽しいのか?―――分からない。
「…お前、やっぱり変わったヤツだ」
「む〜。そんなことありませんよーだ!!」
麻生はそういうと、むくれるサラに構わず、しゃがみこんで雪玉を作り始めた。…前に作った玉はサラに誤爆させてしまったので。
「そういえば…」
ふと、2人のやりとりを少し微笑みながら眺めていた八雲を見て思い出した。
「ところで、塚本さん。さっき風邪気味だって言ってたが、大丈夫なのか?」
「え? ええと…」
急に会話を振られたので驚いた八雲。実は仮病でした、ともいいづらい。
「だ、大丈夫です…風邪気味って言っても少しだけですから…」
と、結局、ゲーム開始前に花井に言ったのと同じように答えた。
「そうか。大丈夫ならいいが…」
本人が大丈夫というのなら大丈夫だろう、と思い、雪玉作りを再開しようとした麻生だったが…
「…クシュン!!」
タイミングよく(悪く?)八雲がクシャミをした。…なんだかバツの悪そうな顔をしている。
本当は風邪などひいていないのだから、今のクシャミは偶然のものだ。誰だって、クシャミくらいたまには出るだろう。八雲には、それが『絶妙のタイミングで今』だったのだ。
「…よかったら、上着貸そうか?」
気を使って言った麻生だったが、それは更に八雲を困らせる。。
「いえ…! 本当に大丈夫です…」
「でも今、クシャミを…」
「い、今のは偶然で…」
「風邪気味なんだから、偶然じゃないかも知れないだろう?」
「えっと、それはそうなんですけど…」
「ならやっぱり上着を」
「い、いえ、大丈夫ですから…」
放っておけば延々と続きそうな2人の会話。困り果てていた八雲は、サラに懇願の瞳を向けた。助けてくれ、と。
その八雲の瞳の意味にサラは気づいたのだろう。
(仕方ないなぁ、八雲も麻生先輩も)
それまで楽しそうに2人の様子を見ていたサラは、少し笑いながら二人の会話に口を挟もうとした、その時だった。
「…ゴホン! 麻生先輩? なんだか八雲には随分と優しい気が―――」
「麻生くーん、覚悟〜!!!!!!」
八雲とのやりとりに気をとられ、完全に周囲の警戒を怠っていた麻生の背後から、ある少女がけたたましい掛け声とともに奇襲を掛けてきたのだった。
白く染められた大地を蹴り、麻生に向かって疾走してくる少女。腕には山ほどの雪玉を抱えている。
油断していた麻生。完全に反応が遅れた。このままでは確実にやられる!
「クッ、しまった!?」
「あ、危ない、麻生先輩!!」
麻生に迫る敵の影。麻生広義は、この危機を乗り越えることができるのであろうか…!?