スクールランブルIF17【脳内補完】

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585My Place-2
 言っちゃったな。
 舌の上でその言葉を転がしながら、ベッドの上で寝返りを一つ。
 カーテンは開けない。その向こうに、明かりが灯っていることを知っているけれど。
 眠れない夜は、少しずつ、ふけていく。


 My place
  〜唇に想いを、その手にぬくもりを〜


「ねぇねぇ、ミコチン。デートしよ、デート」
「だぁっ!うるさい奴だなっ!!しねぇって言ってるだろーが」
 それはいつもと変わらない午後の一時。毎度毎度、飽きることなく彼女に言い寄る今鳥を、邪険に
あしらう美琴、そしてどこか呆れながら二人を見守る天満達。
「今鳥君も諦めないよねー。すごいなー」
「美琴も美琴よ。いい加減、ビシッと言ってやればいいのに。もう何度、断ったと思ってるのかしら?」
「これで通算千回目……冗談よ」
 数えてたのか、と驚く二人に淡々と言ってみせた後、晶はその視線を件の二人へと向ける。しつこ
いなどと言いながら教室を出て行く美琴、それを追いかける今鳥の顔に、晶は一瞬、目を細めた。
「あら……」
「ん?晶、どうかした?」
「――――別に。何でもないわ」
 いつもはどこかのほほんとした彼の顔が、わずかに強張っていたこと、その目に初めて真剣な光が
灯っていたことに晶は気付いたのだが、そのことを友人達に話す気にはなれなかった。憶測だけで物
事を語るのは嫌いだったから。
 そしてふと気付く。自分と同じように、二人の姿を目で追っていた男がいたことに。その横顔からは、
彼が何を考えているかわからなかった。普段は、わかりやすすぎるほど、わかりやすい男だというの
に。
 これも珍しいわね、思って晶はじっと当の彼、花井春樹を見つめ続ける。二人が出て行った後の扉
に目をやっていた彼は、少女が向けてきた視線に気付いたのだろうか、振り向いて彼女の方を見た。
586My Place-2:04/11/29 05:48 ID:byzDKkeA
 二つの視線が一瞬、ぶつかった。目を細める晶、自然を装ってそらす花井。動揺とも、惑いとも
取れるその行動に、彼女はふと悟る。
 ああ、そういうこと。合点がいけば、どうということはない。よくある話だ。
 ――――だったら、私は何も、することはない、か。
 心の中で呟いて、晶は身を翻し二人の親友へと近付いた。きっと、なるようになるだろう。そう、
思いながら。

「ミコチン、ねぇ、ミコチン」
「……………………」
「デートしよ、デート。きっと楽しいよー?」
「あのな、今鳥」
 教室を出た後も、珍しくしつこく付いてくる彼から逃げ回っていた美琴は、我慢の限界に達して振
り返った。その瞬間、今鳥は輝かんばかりに表情を変える。
「デートしてくれるの!?」
「違うっ!!どうしてそう、自分に都合の良いように考えられるんだっ!!」
 思わず出てしまった大声に、廊下を歩いている生徒達が振り向いてこちらを見てきた。その視線が
、まるで二人が痴話喧嘩をしているのだと考えているように思えて、美琴は顔を赤らめてまた歩き出す。
「あ、待ってよー、ミコチン」
 のんびりとした声をあげながら走り寄ってきた今鳥が、肩に手をかけてくる。投げ飛ばしてやろう、
思うと同時に動き出した体、左手で彼のシャツの袖を掴んだ瞬間、
「放課後、旧校舎裏で、待ってるから。話したいことあるし」
 そう耳元で囁かれて、美琴は硬まった。そのまま彼女を追い抜いていった今鳥は、軽く振り返って、
ウィンクを一つ飛ばして去って行く。鼻歌交じりに廊下を曲がる彼を、少女は呆然と見送ることしか
出来なかった。自分の頬が不自然に熱くなっていることに、戸惑う気持ちを少し、持て余したまま。

 放課後までの数時間。無意識に今鳥へと向かう視線を、抑えようとして叶わず、何度も美琴は授業
中に今鳥の方を振り返る。だが彼は一向に、気付いた素振りを見せない。携帯を手にメールを打って
いたり、机に突っ伏して眠っていたりして、彼女と目を合わせることはなかった。
 何だってんだよ、一体。苛立ちともやもやに頭を悩ませる美琴は、気付かなかった。
 そんな二人を、花井が見ていることに。
587My Place-2:04/11/29 05:49 ID:byzDKkeA
「で、何なんだよ、今鳥」
 天満達に先に帰ってくれと言ってから待ち合わせの場所に向かった美琴は、そこに今鳥の姿を見
つけて声をかける。
 紅や黄金の葉が、舞う中を木に背を預け、ポケットに手を入れて空を見ていた彼は、その声に初
めて彼女の存在に気付いたかのように、顔を少女へと向ける。
 どこか愁いを帯びた瞳に捉えられて、美琴は胸の奥でトクンと、心臓が一つ大きく動いたのを感
じた。見た目、だけはいいんだよな。そんな自分に言い訳をするかのように、美琴は心の中で呟い
て彼から顔をそらす。
「ミコチン。あのさ」
 いつの間にか、近付かれてしまっていた。不覚、そう感じるのも一瞬のこと、美琴はじっと覗き
込まれて、身動きが出来なくなる。そこに浮かぶ表情に、普段のおちゃらけた彼はいない。
 いつもとは違う。そのギャップに戸惑い、胸が震えた。そんな自分を否定しようとして、なおさ
ら彼女は迷路に迷い込む。高鳴る自分の心臓の音が、耳元で聞こえた。
「な、なんだよ」
 そのままでいれば、自分が壊れてしまいそうで。吸い込まれてしまいそうで。
 美琴は慌てて口を開いて、微かに身を引いた。それでも絡み取られたように、視線を外すことは
出来ない。
 覗きこまれる。じっと、奥まで。まるで裸の――――素のままの自分を見透かされているような
気分に、しかし、嫌悪は覚えなかった。胸の一番奥、心の底に触れられたような感覚が心地よくて、
美琴は、一層に惑う。まるで……
 まるで自分が、惹かれているようだ、と。
 目の前の、男に。
「い、今鳥?何だよ、そんなマジな顔して」
 それでも精一杯の抵抗を、彼女は試みた。乾いた唇を動かして、何とかその名前を呼び、そして
ぎこちなく笑った。
 その反応に、一瞬、彼は目を細める。そして、

「デートしよ、デート」

 いつもの身軽な口調で言って、笑った。その顔と瞳から魔力は消え失せていて、美琴は目を丸く
する。変わらない、普段の彼の顔がそこにはあって。時間にすればほんの二、三分の出来事。それ
はまるで幻だったかのよう。
588My Place-2:04/11/29 05:50 ID:byzDKkeA
「な……こ、こんなところに呼び出しておいて、結局、それかよっ!!」
 慌てて彼女は、今鳥から距離をとる。その様子に傷ついた素振りも見せず、ただ、不満げに口を
尖らせて彼は、
「えー。デートしようと、デート。こういう場所で、誘って欲しかったんじゃないの?」
 言ってデート、デートと無邪気に繰り返す彼は、朗らかに見えた。
「何、考えてるんだよ、お前は……」
 額をおさえて、大きく溜息をついた美琴は、周りに誰もいないことを確かめてから、彼をじっと
睨むようにして見据えた。
「この際だからはっきり言っとくぞ、今鳥。私はお前と付き合うつもりもないし、デートする気も
ないからね。だからいい加減、諦めろって」
「どうして?」
 間髪を入れず返ってきた返事に、彼女は言葉に詰まってしまう。そんな少女をじっと見据える今
鳥の顔からはまた、笑みが消えていた。
「ど、どうして……って、そりゃ、その」
「そういや、さ。ずっと前に聞いた好きな人の話。あれ、どうなったの?」
 答えを探す美琴に構わず、今鳥は別の質問を投げかける。
「どう、って……その」
 頬を染めながら目をそらすが、彼は追撃の手を休めない。
「あれから随分経つけどさ、どうなったの?ちゃんと告白とかしたの?」
「な、何で、そんなこと、お前に言わなきゃならないんだよ……」
 抗議の声は徐々に小さくなる。やがて諦めたように溜息をついて答える。
「フラれたよ。っていうか、彼女、出来ててさ。私の入る隙間なんて、なかったな」
「ふーん」
 美琴は言って、強がりでない笑顔を見せる。もうすでに、心の整理はついていたから。まだ口に
すると少しだけ、切ない想いが胸を苦しめるけれど、それでも笑っていられる。
 そんな彼女の気持ちに、気付いているのか、否か。今鳥は少し考えたあと、ゆっくり顔を上げた。
「じゃあ、さ。今、ミコチンはフリーなわけでしょ?だったら、いいじゃん」
「あのな、そういうわけにも……」
「それとも、他に好きな人でもいるの?」
 一瞬、流しそうになるほど自然に、聞かれて。
 美琴はまじまじと見つめ返す。今鳥も、また。
 沈黙が続く。舞い落ちる葉が一瞬、二人の間を遮った。
589My Place-2:04/11/29 05:51 ID:byzDKkeA
「突然、どうしたんだ。周防」
 美琴の言葉に、ようやく花井は言葉を返すことが出来た。
 幼馴染をやめないか。
 その言葉の意味を掴みきれずに、彼は美琴の顔をうかがう。普段ならば、それだけで彼女のこと
が大体わかる。
 否、わかってきた。だが、今日は。
 深い瞳の奥にくすぶる想いを捉えきれず、花井は戸惑う。いつも、どんな時も、彼女のことでわ
からないことなどなかったのに。たとえどんな小さな心の動きであろうとも。なのに。
「いいから。うん、って言えよ」
 ぎこちなく笑う少女は、その顔を近づけてくる。いつもと同じ顔、なのに知らない人間のように
何故か思えた。鈍く輝く瞳は、微かに濡れて、花井の顔を包み込む。
 全てをわかることは出来なかった。それでも、小さく震える足を見れば気付かされる。
 この問いかけが、彼女にとって大切なものだということが。
「ああ……わかった」
「ホントにか?ホントにわかったのか?」
「うむ……僕とお前は、今日から幼馴染じゃない。これでいいんだろう?」
 理由を知りたい、そう思う気持ちははやる。だが、きっと尋ねても答えてはくれないだろう、そ
う思いながら言葉を返す花井を睥睨した後、美琴はやっと、彼から体を離す。
 微かに漂う香水の匂い。
 ふと気付く。いつ頃からだろうか。彼女が汗の匂いを嫌がって、制汗剤や香水を使うようになっ
たのは。泥だらけになって遊び回るのを避けるようになったのは。
「ま、いいけどさ。じゃ、聞くけどよ」
 すぅ。一つ、深呼吸をして、彼女は花井の顔をわずかに見上げた。長い睫毛が、夕に染まる。
「お前にとって、私って、何だ?」
「……何だと?」
「だから、さ。幼馴染じゃなかったら、私ってお前の何なんだ?」
 悲壮さはない。軽い問いかけ。
 だがそれは装い。
 組んだ手を彼女が握り締めたのは、きっと、恐れているから。彼の答えを。
 艶やかな黒の髪に映るは夕陽。微かな風にも揺らぎ、乱れて跳ねる光が瞳や顔に絡んで彩る。だ
が、頬が朱に染まるのは、秋の色だからではなくて。
 花井の目には、少しだけ彼女が、大人びて見えた。女に見えた。
590Classical名無しさん:04/11/29 05:53 ID:GSSAd3jY
支援
591My Place-2:04/11/29 06:03 ID:byzDKkeA
「周防にとっては、どうなんだ」
 胸が圧迫されて、辛くなって、苦し紛れに花井は問い返す。それは逃げだと、彼も気付いていた。
答えを出すことを――――いや、自らの内に探すことを恐れたのだ。
 幼馴染でない彼女を自分は、どのように思っているのか。
「私にとって?」
「ああ。周防にとって、幼馴染じゃない僕と言うのは、一体、何なんだ?」
 美琴は笑った。薄く。どこか悲しそうに見えたのは、太陽の光の生み出した幻だったのだろうか。
 花井には、わからなかった。

「バ、バカ言うなよ。そんな、好きな人なんて――――」
「本当に?」
 今鳥の追及は厳しくて、美琴は喉に言葉を絡ませたまま、目を背ける。ゆっくりと近付いてくる
彼の気配に体が強張って。
「俺は、ミコチンのこと、好きだよ?」
 そこにはいっさいの、飾り気はなかった。単純に、想いのたけを口にしただけ、駆け引きも何も
ないその言葉はしかし、それゆえに心に響く。
 だから彼女は、真っ直ぐに今鳥の顔を見つめることが出来なかった。見てしまえば、紅潮した頬
を彼に晒すことになるから。
「ミコチンは、どうなの?」
「わ、私は……」
 答えを待たず、今鳥はわずかに屈んで、下から少女の顔を覗き込んだ。それでも視線をそらし続
ける彼女を見て、彼は小さく笑う。そのどこか悲しそうな笑顔を、美琴が見ることはなかったのだ
けれど。
「……俺じゃダメ?」
 それは美琴にとって、心地よい囁きだった。体の芯が熱くなって、とろけそうな。
 甘えられるところを想像してみる。彼と付き合ったら、どうなるかを考えてみる。
 どうなるか、わからなかった。だけど、好かれている方が幸せなんじゃないか、ということ。
 妥協、ではない。それは幸せへの選択なのだ、と。
 だけど。
「ゴメン」
 言った彼女の顔に浮かんだ苦渋を、今鳥は見つめていた。まるで心にそれを刻み込もうとしてい
るかのように。
592My Place-2:04/11/29 06:04 ID:byzDKkeA
「そっかー。ダメかー」
 言いながら彼は、落ち葉のベッドの上に寝転がった。黄色と紅を手にすくって空に放り投げると、
ひらひらと舞い落ちて。何度かそれを繰り返すうちに、彼の体は落ち葉の中に半分ほども隠れる。
「あーあ。フラレちゃったー」
 明るい声は、枯葉に覆われた下からくぐもって聞こえてくる。その声から、腕に隠された彼の表
情はうかがえない。
「ゴメン」
 両の手で自分の体を抱きしめた美琴は何故か、その場から離れがたく、立ち尽くす。
 さらさらと風が流れ、落ち葉を舞わせ、時を運び去る。
「謝らなくていいよー。しょうがないし」
 やがて立ち上がった彼は、色を抜いた髪に絡んだ葉を払い落とす。わずかにうつむいているのは、
顔を見られたくないからだろうか。
「あのさ、一つだけ、聞いてもいい?」
 しばらくの、沈黙の後。まだ後ろ髪に落ち葉の欠片を付けたまま、今鳥は美琴の方に顔を向けた。
目をそらしたくなる気持ちをこらえて、まっすぐに見つめ返す。ここで逃げちゃダメだと囁く自分
の心に、身を任せて。
「ああ。何だよ?」
「――――ミコチンにとって、さ……」

「周防?」
 声をかけられて、彼女は一瞬の記憶の彷徨から目を覚ます。怪訝そうに見つめてくる花井に、美
琴は背を向けて、一歩、二歩と石畳の上を歩んだ。
 目を閉じて、息を吸う。鎮守の森の空気は清らかで、澄んでいてどこか冷たい。体の内に燻って
いた炎が消えて、開いた目に映る世界は新鮮で。
「私にとって、幼馴染じゃないお前は……」

「ミコチンにとって、さ。花井って、どういう存在なの?」
「え……?そ、そりゃ幼馴染……」
「本当に?」
 見据えられて、美琴は、覚悟を決めた。
 真っ直ぐな想いには、真っ直ぐに返さないと、と。
「私にとって、花井は……」
593My Place-2:04/11/29 06:05 ID:byzDKkeA
 言っちゃった、な。
 想いを抱えながらベッドの上を、美琴は転がる。
 高揚であり、恐れでもあり。
 そして葛藤でもあって。

 答えを彼からもらってはいない。
 ただ、逆光に隠れてわずかにしか見えなかった驚愕の顔が、脳裏から離れなくて。
 しっかりしろよ、私。後悔、したくなかったんだろ。
 自分を励ます声を、心の中で大きく叫んでみても、どこか空しい響き。

 だから美琴は、その言葉を唇に乗せて弄ぶ。抱きしめていないと、心臓の高鳴りに内から弾けそ
うな体を、両の腕でしっかりと抱きしめながら。

 彼女にとって、幼馴染ではない、花井春樹という存在は。

「好きな人」

 一人の部屋で、美琴はそう、何度も呟くのだった。