スクールランブルIF17【脳内補完】

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「おいコラ、メガネ!! テメー、なんで俺の後をついて来やがる!! テメーのターゲットは一条だろーが!!」
「いーや、貴様のことだ。塚本君を探しているフリをして、また八雲君に近づきかねん。そんなこと、させはせんぞ!!」
「アホか!? なんで俺が妹さんに近づかなきゃなんねーんだ? 今、俺が探してんのは姉の塚本天満のほうだぜ!」
「ふん、どうだかな! 不良の言うことなど信用できん!!」
スタート直後、全員バラバラに散開し、単独で行動を開始したはずの男子チーム。
だが播磨拳児と花井春樹は、上のような理由から一緒に行動していた。というか花井が播磨に勝手について来ているだけだが。
(チッ…このメガネ、どこまでついて来やがる気だ? せっかく天満ちゃんと2人っきりになれるチャンスだってのに…)
天満をターゲットにした理由はやはりこんな思惑からであった。はっきり言って、今鳥と同レベルの理由だ。
(天満ちゃん…他の男の雪玉に落とされるくらいならば、俺がキミを落とす!! 紳士的に優しく雪玉を当て、俺の魅力を大アピールだ!!
 フッ…同時にキミのハートも落としてやるぜ…!待ってろよ、マイハニー!!)
とはいっても、花井は花井で勝手なことを考えているようだ。やはり3馬鹿である。
(八雲君…キミがなぜこんな男と頻繁に会っているのかは知らないが、僕の勇士を見せつけ、
 キミにふさわしい男が誰かということを証明してみせよう! 待っていてくれ、マイハニー!!)
まあ双方とも勝手な妄想ではあるが、やる気はかなりのものだ。両手の雪玉を握り締め、決意も新たに2人は進んでいった。
しかししばらく進んでも、天満はおろか、他の女子メンバーも発見できなかった。
作っておいた雪玉も体温で解けてしまい、使い物にはならなそうだ。
播磨と花井は雪玉を作りなおすべく、歩くのをやめ、立ち止まった。
「チッ…塚本、いねーな…つーかこの土地が広すぎなんだっつーの! お嬢め…」
「まぁ仕方あるまい。それに女子チームとて、我々を発見するのに苦労しているハズだしな…播磨、気を抜くなよ!」
「わーってるよ! …ったく。」
(はやく見つけねーと天満ちゃんが他のヤローに落とされちまうかもしれねえ…)
雪玉を用意しながら、播磨が少し焦り始めたその時だった。
「マヌケ面でそんなところに座りこんでいるなんて、随分と余裕じゃない、ヒゲ?」
「…こんにちは、お二人さん」
しゃがみこんで雪を集めていた播磨と花井の前を2つの人影が横切っていった。
「い、今のは、お嬢!?…それに…」
「高野君か!…チイッ! 播磨、追うぞ!!」
どんどん離れていく2人の敵の後ろ姿を見つめながら花井が叫んだ。
「だから命令すんなっつってんだろ!つーか、お嬢も高野も、俺らのターゲットじゃねーだろーが?」
確かに播磨の言うとおりである。沢近愛理をターゲットにしているのは麻生、そして高野を狙うのは烏丸のハズである。
「何を悠長なことを言っているんだお前は!? この広いフィールドでは、自分のターゲットうまくを発見できるとも限らん!
 せっかく敵を見つけたんだ、この際相手が誰であろうと構わん!追うぞ!!」
八雲に自分の活躍を見せ付けるとハリキっていた花井であったが、敵が見つからないのではどうしようもない。
このまま撃墜数ゼロという不名誉な戦果でゲームが終わることを恐れた花井は、愛理と晶を倒し、撃墜数を稼ぎたいようだ。
しかし、天満を発見することに執着した播磨は、
「お、おいメガネ!俺は天満ちゃんを…」
と言いかけたが、遠くから声が聞こえた。
「あーら、播磨くん、もしかして私が怖いのかしら?情けないわねー、ゲームが終わったら皆に言いふらしちゃおうかしら?」
愛理の声だった。こうまで言われた播磨、さすがに黙ってはいられない。
「…んだとぉ、お嬢!! 上等だ、いますぐブチのめしてやるぜ!! いくぞメガネ!!!」
「ふん!貴様に言われるまでもない!!」
かくして、播磨と花井の、『沢近・高野追撃戦』が始まったのだった。



『…ねえ、こんなのはどうかしら…?』
ゲーム開始前、いい策が思いつかず苦悩していた女子チームで、そう言い出したのは沢近愛理だった。
『沢近、お前なんかい作戦でもあるのか? とりあえず言ってみなよ!』
渡りに船、といった様子で美琴が尋ねる。他のメンバーも期待の眼差しを愛理に向けた。
『うまくいくかどうかは分からないケド…』
彼女には珍しく、少し自信なさげだったが、彼女はチームメイトたちに作戦を説明した。
誰かがオトリになり敵を1人ずつ誘い込み、3人で確実に落とす。その間、ほかの2人で、他の敵を引き付けておく。
これが愛理の作戦だった。個性が強すぎる(悪い意味で)男子チームの単独行動を読み、3人がかりで1人ずつ落としていく。
とりあえず、最初は落としやすそうな今鳥を狙うことも提案した。
『いいじゃないか、沢近! イケるんじゃねーか、それ!?』
『私もいい作戦だと思います!』
『なんかよく分かんなかったケド、さっすが愛理ちゃんだねー!!』
美琴、一条、天満がそれに賞賛の声を上げる。しかし…
『………』
晶だけが一人、なにも言わずに黙り込んでいた。目を瞑り、何かを考えているようだ。
『なによ、晶。私の作戦に何か不満でもあるって言うの?』
皆に褒められ、自分の作戦に自信のついた愛理が、少しイラついた声で晶に尋ねたところ、
『いえ…他に作戦も思いつかないし、それでいいんじゃないかしら?』
と答えた。晶の態度に何かひっかかるモノを感じながらも、とりあえずは満場一致で賛成となった愛理の作戦の詳細を決めていった。
「やっぱり上手くいったわね、私の作戦!」
そう言いながら会心の笑みを浮かべる愛理。後ろを追ってくる播磨と花井を見ながら、満足そうに笑った。
「…そうね、確かにうまくいっているわ。…今の所は、ね」
いつものポ−カーフェイスでそれに答える晶。その表情からは何も読み取れないが、何か含みのある言動だ。
しかし、自分の思い通りの事がはこんだことで上機嫌の愛理は、晶の言葉の裏にあるであろう意味に気づいていなかった。
「このままうまくいけばいいけど… !? この感じは…」
走りながら、晶が何かを感じとったようだ。何事かと思い、愛理が尋ねる。
「なに、どーしたのよ、晶?」
「………。ちょっと用事ができたわ。愛理、あなた一人で播磨君たちを引き付けられる?」
しばらく考え込んでいた晶だったが、何かを決めたのか、愛理にそう聞いた。
「用事って…いきなり何よ、それ?」
不思議そうに質問しかえした。となりを走っていた仲間に突然用事ができれば、誰だって不思議がるだろう。
「気にしないで。用が済んだらすぐに追いつくわ。それより、どう?一人でいけそう?」
まだ訝しげな顔をしていた愛理だったが、気にするな、と言われたのでとりあえず愛理は気にしないことにし、
「当然。たった2人を引き付けておくくらい、私にとっては楽勝よ!」
と、自信たっぷりに答えた。
「そう…それじゃ、あの2人は頼んだわ。いちおうトラップを一つしかけて置いたんだけど…気をつけてね、愛理。」
晶はそう言うと、直角に右折し、走っていってしまった。
「…用事ってなんなのかしら…? まぁいいわ、私は私の仕事をするだけよ!」
話こんでいるうちに後ろの2人との距離がやや詰まってしまったため、愛理は少し加速した。
「おい! 高野がどっか行っちまうぞ! どーすんだ!?…って、うおおおお!? なんだぁぁぁ!!??」
気づきにくいように足元に張られていたピアノ線に引っかかってしまった播磨の頭上から大量の雪玉が降りそそいできた。
なんとか両腕で頭を隠し、防御しきれたようだ。
「…晶、いつの間にあんなの仕掛けたのかしら? まあいいけど」
驚いたように言うが、普段から謎が多い晶なので、それほど気にはしない沢近愛理だった。
「こんな罠を仕掛けるのは高野君しかいないな…もう姿を見失ってしまったか。仕方がない、このまま沢近君を追うぞ!」
愛理まで見失うことがないように、2人はしっかりと彼女の後をついていった。


愛理と分かれてすぐに、晶は烏丸と対峙した。走っているときに感じたのは彼の視線だったのだ。
「…こんにちわ、烏丸くん…」
「………」
挨拶に対して全く無反応の烏丸。雪玉は用意していないようだ。晶はそれに気を悪くするでもなく、
「私たちは敵同士。なぜ攻撃してこないのかしら?」
と話しかけた。
「………」
またしても無言の烏丸。そんな彼の態度など意に介さないといった感じで言葉を続ける。
「さっき愛理と走っていたときもそう…あなたの実力なら、あの時あなたに気づいていなかった私たちに雪玉を当てるくらいできたハズよ。
 あなたの本当の力…私が気づいていないとでも思っていたかしら?」
「………」
「さあ、答えなさい。どうしてさっきも今も、攻撃してこないの?理由によっては、タダじゃおかないわ」
ここに来るまでに用意した雪玉をいつでも投げられる体勢になる。敵にナメられることを嫌がったのだろうか。
晶は普段よりも強い口調で烏丸に言った。
「……カ、レー……」
やっと口を開いた烏丸だったが、出てきた言葉はやはり『カレー』だった。相変わらず訳の分からない男である。
しかし意外にも、その言葉で晶はすべてを理解したようだった。…どうしてかは不明だが。
「そう、そうだったの…なら仕方ないわね…」
構えをとく晶。
「……(コクン)……」
うなずいた烏丸。他からみると、あれだけのやりとりでコミュニケーションが取れているとは考えずらいのだが…
「どうやら誤解してしまったようね。…ごめんなさい。お詫びというわけではないけれど、これをあげるわ」
手渡したのは1枚の小さな紙切れ。それを受け取ると、烏丸は小さく
「…ありがとう。」
と言い、足早に立ち去っていった。…グゥ〜、というお腹の音とともに。
「…本気のアナタと全力で戦える日が来るのを楽しみにしているわ、烏丸君…お遊びじゃない、真剣勝負でね…」
去っていく烏丸の背中を見つめながら、晶はそう呟いた。
「さて、愛理に追いつかなきゃね」
もしかしたらそろそろ危ないかもしれない。そう考えた晶はもと来た道を再び走り始めた。

そのころ、愛理は窮地に立たされていた。
2人を引きつけていた愛理だったが、徐々に差を縮められ、焦りからか転倒してしまったのだ。
地面には雪があるので、ケガこそしなかったものの、その結果2人に追いつかれてしまった。
愛理と晶が引き付け役になったのは、2人の脚力に定評があるからであった。
しかし、相手はあの播磨と花井。皮肉にも、愛理のケガのせいで迷惑をかけたリレーで大活躍をした2人である。
ケガをしていない自分なら、あの2人と速さは同じくらいのハズ。愛理は自分の脚力を過信していたのだ。
愛理も確かに足は速いが、そこは男子と女子の差、2人のほうが当然速い。晶はこれを気にしていたのだった。
いままで追いつかれなかったのは、地面に雪が積もっていて、お互いに全力では走れなかったから。
全力ではなかったため、それほど顕著に差は現れなかったが、少しずつ脚力の差が影響してきたのだった。
「さあ!追い詰めたぞ、沢近くん!!」
「けっ! 口ほどにもねぇな、お嬢!!」
「くっ…」
愛理が悔しそうに口唇を噛み締める。そんな時、3人同時に携帯電話のメール着信音が鳴り響いた。正確にはプレイヤー全員にだが。
脱落したメンバーは他の人に知らせるため、メールにて連絡を入れることになっていたのだ。
『今鳥恭介、一条かれん 相打ちにて共に脱落』
そして、ほぼ同時にもう1通メールが届いた。
『烏丸大路 戦線離脱により棄権 カレーうどんは認めない』
烏丸からのメールには画像が添付されていた。画像を開いてみると、おいしそうなカレーを食べている烏丸が画面に表示された。
カレーの横には、何かの半券がおいてあった。おそらくどこかで手に入れた割引券だろう。…誰かさんから貰ったものかもしれない。
「二条…じゃねぇ、烏丸の野郎! いつの間にソコイチに行きやがったんだ!!」
さすがはカレー好き。携帯の写真だけでどこの店か判別できたようだ。
「しかし、相打ちとはいえ、まさか今鳥ごときが一条君を沈めるとは…アイツにしては上出来だ!!」
満足そうにうなずく花井。もともと烏丸は戦力として考えてなかったため、特に問題はないらしい。
(まさか一条さんがやられるなんて…)
対照的に愛理は悔しさをさらにつのらせた。またも自分の作戦通りにいかない事態だ。
「さて、あの今鳥でさえ男を見せたのだ! 僕も八雲君のため、活躍せねばならん。沢近くん、スマンが覚悟してもらおう!」
花井が攻撃態勢に入る。愛理はまだ転んでから倒れたままだ。このままでは確実にやられる。
「ちょ、ちょっとヒゲ! アンタ、何ボサッとつっ立ってんのよ! 早く私を助けなさい!!」
彼女は反射的にそう言い放った。こんな事を言うつもりはなかったのだが、なぜか彼に助けを求めてしまったのだ。
「何言ってんだオメーは? 俺とオメーは敵同士だろーが。そもそも、なんで俺がオメーを助けなきゃならねーんだよ!?」
もう別のこと(天満のこと)を考えていた播磨は、言い切った。
「…ヒゲ…アンタ、後で覚えときなさいよ…!!」
「おっ、脅してもダメだぞ! これは正々堂々としたゲームなんだからなっ!!」
(この勝負には俺と天満ちゃんの未来がかかってんだ! いくらお嬢の脅しでも、こればっかりは譲れねえ!!)
一瞬、沢近のプレッシャーに怯んだ播磨だったが、とりあえず理由をつけて逃れようとした。
その播磨の正々堂々という言葉に、
(そうよね…正々堂々やった結果だもの…それに、すべては私の作戦ミスのせい…負けたくなんてないけど…仕方、ないわよね…)
と、愛理は諦め、やられる覚悟をしたようだ。
しかし、愛理のその弱弱しい表情を見てしまった播磨。普段、強気な彼女だが、前にもこんな表情を見たことがある。
(そうだ、あのリレーで失敗したときの…って、別にお嬢がどうなろうと関係ねえ! …関係ねぇ、ハズなのに…なんだ、この気持ちは…?)
心のどこかがチクリと痛む。そんな播磨の心境など知る由もない花井は、愛理に止めをさそうと雪玉を持った手を振りかぶった。
「沢近君! 僕と八雲君の愛のための礎になってくれたまえ!!」
「…メガネ!ちょっと待…!!」
とっさに出た言葉。しかし、その声は別の声によってかき消された。
「愛理は…やらせないわ…!」
すでに愛理の近くまで来ていた花井の足元に雪玉が次々に着弾する。花井は身の危険を感じ、バックステップでその場を逃れた。
「この声は…高野君か!!」
颯爽と現れ、倒れてたままの愛理をかばうように立ちはだかる晶。烏丸を倒した(?)あと、すぐに愛理のあとを追った彼女が今、到着したのだ。
「ごめんなさい、愛理。ちょっと遅くなってしまったわね…」
花井たちから視線を逸らさずに愛理に話しかける。その間もまったく隙を見せない。
「…別に。アンタが来なくても大丈夫だったわよ。…でも、一応、お礼は言っておくわ…」
そっぽを向いて言う愛理。相変わらず素直でない友人の言葉に晶は薄く笑みを浮かべた。
「高野君か…今までどこに行っていたかは知らんが、こちらにとっては好都合! 探し出す手間が省けたというワケだ!
 この状況でキミが来たところで、僕たちの勝利は揺るがん! 播磨、貴様もはやく攻撃態勢をとらんか!」
ボーっと事の成り行きを見ていた播磨に、花井が喝を入れる。
「あ、ああ。分かってるぜ…」
(俺はさっき、なんで花井を止めようとしたんだ…?アイツは…お嬢は敵だってのに…アイツには色々と恨みもあるし、
 第一、この勝負には天満ちゃんとの幸せがかかってんだ…ならどうして俺は…クソッ!分からねぇ!!)
いくら考えても、抜け出せない迷宮に入り込んでしまったように答えが出ない。ヤケになったように播磨も攻撃態勢をとった。
「だぁ〜! この際ンな事はどーでもいい!! お嬢、積年の恨み、今こそ晴らしてやるぜ!テメーを落とす!!」
「へぇ〜…おもしろい冗談だわ。こっちこそ、今までの恨み、一気に返してやるわ!!」
そう言って愛理は立ち上がりながら雪をつかみ、雪玉を作った。
「…待ちなさい、愛理」
一気に攻撃に打って出ようとした彼女に、晶は声を掛けた。
「なによ晶? アンタもはやく玉を用意なさい!!」
晶は花井を退けるために雪玉を投げきってしまったので、今は丸腰だ。
「落ち着きなさい。…冷静に考えて、私たちだけであの2人に勝てると思う?」
「え?…それは…でも、やってみなくちゃ分からないじゃない!!」
確かに冷静に分析すれば、相手のほうが実力は上だろう。ケンカで無敵を誇る播磨と、少林寺全国レベルの猛者の花井。
だからと言って、先程とは違い、晶もいるし、自分も既に起き上がっている。この状況で、素直に負けを認めるワケにはいかなかった。
「…愛理、勝ちたいでしょう?」
「そ、そんなの当然じゃない! 言ったでしょ、やるからには絶対に勝つって!」
意気込んで答える愛理。そんな愛理の言葉にうなずきながら、晶は言った。
「それでこそ愛理よ。勝ちたいのなら…今すぐにここから逃げなさい。そして天満たちと合流して、作戦をつくりなおして。2人は私が食い止めておくわ」
逃げる…? 食い止める…? 誰が…?
最初は何を言っているのか理解できなかった愛理だったが、言葉の意味が分かると勢いよく反論した。
「な、なに言ってるのよ!! …晶を置いて逃げるだなんて、そんなこと…!」
「愛理…勝ちたいのはアナタだけではないのよ。私だって勝利を掴みとりたいの。…チームの勝利をね。
 一条さんが落とされた今、これ以上ムダに犠牲を出すことはできないでしょう?」
「あ、晶…」
沢近は、彼女の瞳の奥に宿る決意が、ハンパなものでないことを感じ取った。
「早く行きなさい、愛理。私だって、まだ落とされると決まったわけではないわ。隙を見つけたら当然逃げるつもりよ」
すべては自分のミスのせいだ。本当なら、自分がここで2人を食い止め、犠牲になるべきだろう。
だが、そんなことを言えば、晶の気持ちをムダにすることになってしまう…
しばらく俯いて黙っていた愛理だったが、わずかだが、確かにコクンとうなずいた。
「晶…絶対に落とされないで…また逢いましょう」
かすれた声でそう言葉を紡ぐと、手にもっていた雪玉を晶に手渡した。
晶は、愛理の言葉には答えず、わずかに微笑んだだけであった。
「さっきから何をコソコソと話している…? いい加減、覚悟を決めたまえ!!」
花井が一歩距離を詰めた瞬間、
「さあ、行きなさい! 沢近愛理!!」
「……っっ…!!」
愛理は晶や播磨たちに背中を向け、勢いよく走り出した。
「晶…私、いえ、私たち…絶対に勝ってみせるから!!」
さらにスピードをあげた彼女は、どんどん3人のもとから遠ざかっていった。
「さあ、あなたたちの相手は私よ…」
構える晶。腰を少し落とし、相手の攻撃に反応しやすい体勢になる。
「お、おいメガネ!? お嬢が逃げちまうぜ!?」
小さくなってゆく愛理を見ながら播磨が叫んだ。
「そんなこと見れば分かるに決まっているだろう! 仕方がない…播磨、お前は沢近君を追え! 僕は高野君を落としてから向かう!!」
「チッ…オメーに命令されんのは癪だが、今回はそうするしかねえみたいだな!!」
愛理を追おうと、走り出そうとする播磨だったが、
「!?…うおっ!な、なんだ!?」
鼻先を雪の塊が通りすぎていく。それは、威嚇などという生易しいものではなかった。
「行ったハズよ…あなたたちの相手はこの私ってね」
晶が立ちはだかった。友を守るために。
コイツを倒さないと先へは進めない。そう本能で感じ取った播磨と花井は、気を引き締め、2人がかりで攻撃を開始した。

晶と別れた場所からもう随分と離れた。あの2人が追ってこないということは、足止めが成功しているということだ。
「晶…大丈夫かしら…」
あの2人の攻撃をかわしつつ、隙を窺って逃走を図り、逃げ切るというのは、現実的に考えて、かなり無茶なことだ。
だが、あの謎のベールに包まれた部分が多い晶ならば、もしかして…
そんな彼女の期待を裏切るかのように携帯電話のメール音が鳴り響く。
『高野晶 脱落』
無機的に携帯電話のディスプレイに浮かび上がる文字。無情にも、それは愛理の希望を断ち切る内容であった。
(絶対に落とされないでって言ったのに… ゴメンナサイ、晶…)
しかし、彼女は涙を懸命に堪えた。自分を生かしてくれた友人との約束、『チームの勝利』を勝ち取るまで、挫けてはいけない。
そう自分に言い聞かせ、愛理はさきほどより重く感じるようになった足を動かし、残っている仲間たちを探すのだった。
すべては勝利のために…
「ち。やられた…」
「ハーッ、ハーッ…やっと、倒せた…」
「ゼー、ゼー…こっちは二人がかりだってのに、なんて女だ…避けまくりやがって…」
攻撃を開始してから3分、播磨と花井の攻撃をかわし続けた晶だったが、ついに花井の雪玉が晶の背中を捕らえたのだった。
「まあいいわ。所詮ゲームだし、充分楽しめたし、ね」
晶は自分の脱落を知らせるメールを打ちながら、いつもの感情を感じさせない口調で述べた。
「所詮ゲームってお前…さっきのお嬢、すげー真剣じゃなかったか?」
息を整えた播磨はその一言を聞き逃さず、晶に突っかかった。
「そうね。愛理ったら、ドラマみたいな雰囲気に随分と流されちゃったみたいだし」
「…食えねえ女だ。確かに所詮ゲームだが、逃げるとき、アイツはマジでお前のことを心配してたんだぜ!?」
少し強い口調になる。愛理の真剣さを晶が感じていないような気がして、なぜかイラついたのだ。
「ええ、そうね。…たかがゲームで、あんなに私のことを心配してくれるなんて、思っていなかったわ」
気のせいか、わずかだが嬉しそうな声に聞こえるのは気のせいだろうか?それを感じ取ったのかどうか分からないが、播磨も落ち着いたようだ。
「…ま、ゲームだってことも忘れるほどダチの為にあそこまで一生懸命になれるってのは、アイツのいいところかもな…」
「あら?よく分かってるじゃない。もしかして、愛理にホレちゃったかしら?」
淡々と言う晶。それに対し、絶対にゴメンだ、というように答える。
「…ケッ!だが悪いところが多すぎるからな!あんな奴にホレる奴の気が知れねえぜ!やっぱ俺の理想の女は…」
「…理想は…?」
当然天満ちゃん!…と答えようとして、とっさに口を止めた。コイツに知られたらどーなるか分からねえ。そう考え、話を逸らす。
「どっ、どーでもいいだろ!んなコトはよ!…んじゃ、俺は行くぜ」
「ええ。健闘を祈るわ。…勝つのは『私たち』でしょうけど」
「…さあな。俺らも簡単には負けねえぜ!じゃあな!!…いくぞ、メガネ!」
「む!僕に命令するな!!」
播磨と花井は去っていった。残りの敵を発見するために。


2人を見送ったあと、背中についた雪を落としながら播磨の言葉を思い出し、晶は一人つぶやいた。
「…そうね、あんなに私の身を案じてくれる友達がいるなんて、私は幸せ者ね…ありがとう、愛理」
実はあの時、必死になってくれている愛理を見ているうちに自分もゲームだということを忘れて本気になってしまっていたのだが、播磨には悟られずに済んだようだ。
そして今もどこかで戦っているであろう仲間たちに向けて言った。
「…がんばって、みんな。絶対に勝ちましょう」
すでに晴れきっている空は、今の晶の心のように青く澄み切っていた。


男子チーム:烏丸大路…脱落(ってか試合放棄)
女子チーム:高野晶……脱落
残り人数:6名

たぶん続く…