「いやー、いつもいつもすまねえな妹さん。」
「…いえ…。」
放課後の屋上。
いつものように播磨に呼び出された八雲が、
相変わらずの無表情で原稿の下書きに目を通している。
陽も少し眠りに早くなり、僅かに夕日がかった色彩が彼女の頬を照らし出し、
なんとも言い難い神秘的な雰囲気を醸し出していた。
勿論、それは彼女の手にある原稿の束を気にしなければの話で。
そして当然のように、彼女の目の前に立つ男は
全く自分がどれほど希有に多幸な人間であるかなど、
露程にも理解していないのだ。
「…だからよ、ここでこう来てズガン!とキメたいわけよ。」
「あの…あまり大ゴマに拘らない方が…。」
「そ、そうか?うん、そ、そうだな…。」
いつものように繰り返される、作家と編集のような会話。
八雲の意見は、客観的かつ冷静沈着にて的確。
校内一の不良として名高い播磨も、彼女の前では借りてきた猫であった。
ピルルルル。
その時、全く無味乾燥な呼び出し音が鳴り響いた。
「チッ、誰だよ…。ちょいとすまねえ、妹さん。」
顔を顰めて播磨が胸元を探り、携帯電話を取り出す。
だが、待ち受け画面を見た瞬間、播磨の顔色が変わった。
「あー、ゴホン。…もしもし俺だ。」
咳払いをして声の調子を整えるまでする相手。
おそらく姉だろう、と八雲は鋭く察した。