――十月。
足踏みをしていた夏もようやく遠ざかり、秋がその足音を響かせ始めている。刺すような陽射しは
和らぎ、吹く風も穏やかなものへと変わりつつある。
そんなうららかな午後、サラは一人部室で外を眺めていた。開け放った窓から吹くゆるゆるとした
風に、金色の髪がさらさらと揺れている。まさしく『絵になる』光景だったが、ただ一つそれを許さ
ない点があった。
テーブルの上、頬杖をついたその顔。そこに、わずかに憂鬱が影を落としていた。はあ、と一人
ついた溜息が風に流されて消えていく。
そんなところに。
「……ん?」
わずかに乱れた風の流れに目をやれば、いつのまにかテーブルの上に黒猫が座り込んでいた。振り
返ってみればドアは閉まったままであり、となると当然それが入ってきたのは窓からに違いない。
外を眺めていたというのに、そんなことにもまったく気がつかなかった自分に苦笑しつつ、黒猫――
伊織に話しかけるサラ。
「こんにちは。でもごめんね、今八雲はいないんだ」
猫に話しかけたところでどうなるわけでもないのだが、現在部室にいるのは彼女一人、どこかゆったり
とした周囲の空気にも引きずられるようにして、二人の会話が始まった。
さて、そんなサラの言葉に対し、伊織の返事は『なおう』の一鳴き。ここで喋ってくれたら面白いん
だけど、などと思いながらも、その意味を考えるサラ。
「えーと、分かってる……ってことかな」
ちらりと向けられた視線、わずかな首肯の仕草から同意と受け取る。もっとも、猫相手といえば猫相手、
間違っていたところであまり問題はないのだけれど。
「だったらどうしてここに来たのかな」
自問にも似たその問いかけに、ぷいと顔を背ける伊織。あまり訊かれたくない、というその様子が、
かえってサラの好奇心を引き、ふうん、と気のないふりをしながら、ゆっくり彼女は考え始める。
まず、八雲はいないと知っているのに伊織がここに来た、というのを前提条件にする。そもそもこれが
間違っていると話にならないのだが、それを言ってしまえば答などないに等しく、とりあえずは目をつぶる。
その上で、じゃあどういうことなのか、を考えて――