空を、見ていた。
遠く、遙か彼方にある空だ。
手を伸ばしたところで届くはずもなく、たとえ翼があったとしても辿り着くことなど永久に出来は
しない――そんな空。
いつだって当たり前のように、そして当たり前にそこにある空。変わらずにただあるだけだと思い
こんでいたそれが、日々移ろいゆくものだと知ったのはいつだったか、そんなことを考えていると。
「――何してるの?」
不意に声をかけられる。辺りには誰もいないと思っていたので軽い驚きを覚えたけれど、それも
今日の空の下ならばありえてもおかしくない気がした。それくらい、遠く美しい空だった。
「空を見ているの」
問いに対する答は簡潔。もちろんそれで分かってもらおうなどとは思ってはいない。ただ、余計な
言葉を紡ぐ必要がない、そう思ったからだ。
「そっか」
意外にも、見ず知らずの私のそんな態度に腹を立てるでもなく、穏やかに彼女は笑った。強くも
なければ弱くもない、緩やかな陽射しにゆれるその笑顔が、少し眩しい。
――それは、私が持っていないものだったから。
「隣、いいかな」
そんな心の内を悟られないよう、言葉ではなく軽い頷きを返すと、それじゃ、と彼女も腰を下ろす。
そして、まっすぐな眼差しで空を見上げた。
変わった子だ、と思ったけれど、向こうにしてみれば自分も同じなのか、と納得し、私ももう一度
視線を空へと飛ばす。
点々と浮かぶ白い雲、それだけが視界の中でゆっくりと流れていく。
ただ空があって、他には何もない。緩やかな風とともに、時間だけが過ぎていく。
「私もね、知らなかったんだ」
やがて、彼女がぽつりとそう呟いた。
「昔は余裕がなかったのかな、空を見上げることなんて全然しなかった。そんなことする必要なんて
考えもしなかったし」
独り言か、それとも私に言っているのか。どちらともつかないそれに、静かに耳を傾ける。