『Point of a look -3』
播磨がサングラスを外した日から一週間が経った。
彼の部屋の目覚まし時計がやかましく鳴り響く。
それを叩いて止めると、播磨拳児はむくりと起き上がった。
彼はほとんど眠ったまま無意識のうちに着替えをすませ、部屋を出てふらふらとリビングに入っていく。
「おう。おはよう、拳児くん」
「おー……」
大きなあくびをしながら、播磨は新聞を読んでいる絃子に返事をした。
「最近は寝坊しないな」
視線は新聞に向けたまま絃子が言う。
「早く行かないと絃子が『私が出られない』って言うからだろうが」
「まあ、そう言うな。それよりもう時間なんじゃないか?」
ばらりと音を立てて彼女は新聞をめくる。播磨はテーブルの上においてあったロールパンの袋からひとつだけパンを取り出した。
「わーってるって。あいつもあいつで少しでも遅れるとうっせえからな」
彼はパンを急いで食べ終え、鞄をつかみ玄関に向かった。
そしていつもの時間にドアを開けると、そこにはいつものように彼女が立っていた。
「ったく、やっぱりまたかよ」
「播磨君がちゃんと学校に来るって約束してくれればやめるわよ」
「嫌だっつってんだろ」
「あら、そう。ま、いいわ。行きましょ」
「おう」
少しおかしな会話。しかし二人はそれでいいと思っている。
心地良い時間であることは間違いなかった。わざわざそれを壊そうだなんて、二人とも無意識にすら考えなかった。
そして播磨と愛理はバイクに乗り、いつものように学校に向かう。
二時限目の数学が終了すると、愛理の席に播磨が歩いてきた。
ちょうど美琴と話していた愛理がそれに気づき彼を見る。
「おい、お嬢。シャー芯くれ」
「何で私が」
「前に俺もやっただろうが」
「そんなこと覚えてるなんて小さい男ね」
そう言いながらも愛理はシャーペンの芯のケースを取り出し、播磨に渡した。
「おう、サンキュ」
気心知れた親友のような状態。しかし、二人の関係がそれでいいのかは本人同士でしかわからない。
播磨はシャーペンに芯を補充すると愛理にケースを返し、自分の席に戻っていった。
「へえー」
その後姿を見送ってから、美琴がにやにやと愛理を見た。
「な、なによ」
「いやー? やっぱ仲いいんだなーって思ってさ」
「なな、何言ってるのよアンタ。そんなわけないでしょっ」
顔を真っ赤にして言うのでまったくもって説得力が皆無であった。
二人で学校に登校していたりするくせ、彼女はこういう質問は恥ずかしさからいつも否定してしまう。
「……なあ、沢近。もすこし素直になりなよ。じゃないと絶対後悔するって」
美琴は呆れているようだったが、その言葉はどこか真実味を帯びていた。
その言葉に愛理は「知らないわよ」と言ってそっぽを向くことしかできなかった。
その日の放課後のことだった。
偶然先生の目に止まったばっかりに雑用を命じられてしまった天満と愛理は、二人だけ居残る羽目になった。
放課後の廊下を、ようやく頼まれた仕事を終えた二人が疲れきった様子で歩いていた。
「やっと終わったよ〜」
「もう、なんであんなめんどくさいこと私達がやんなきゃいけないのよ」
二人は開きっぱなしのドアを通り教室に入った。2−Cのメンバーは授業が終わるとさっさと帰るか部活に行くかのどちらかだ。
その日もやはり誰も残っておらず、いつもの騒がしさが嘘のように教室は静かだった。
二人は自分の席に移動し、鞄にノートや教科書をしまいはじめた。
そのときふと、天満が鞄にしまおうとしていた一冊の教科書が愛理の目に入った。
見覚えのある教科書。もちろん自分も同じものを持っているからという理由ではない。
なんとなく思い出し、愛理が言った。
「そういえば天満。先週その教科書忘れて帰ったでしょ」
「ふぇっ!? え、え。し、してないよ!」
何気ない一言のはずだった。しかしそれに対するあまりの天満の慌てぶりに、愛理は面食らった。
「え? だって私見たわよ。机の中にそれ入ってた……の」
――まった。それを見たのはいつだった?
「え、えーと……う、うん。そういえば忘れちゃったかも……なんてー」
あははと笑う天満だったが様子がおかしいのは一目瞭然だった。
それにすでに愛理は答えに行き着いていた。
オレンジ色の教室。そこで自分が見た天満の忘れ物。その前の自分と播磨との会話。そして翌日からおかしくなった天満の態度。
可能性として考えるだけなら、それだけでも十分に材料がそろっていた。
「天満もしかして……」
彼女の笑顔がその瞬間すまなそうな顔になる。そのあと何を言われるか、天満にもだいたいわかった。
「そっか……。聞いてたんだ、あれ」
彼女は顔を赤らめながら小さく頷いた。
よくよく考えてみれば簡単に考え出せる結論だった。
播磨があれだけ大声で叫んだのだ。聞いていた人がいてもおかしくない。
「ねえ、愛理ちゃん。播磨君に……言うの?」
「……さあ、どうかしら」
それは本心から出た言葉だった。
悩んでいる、教えていいのか黙っていたほうがいいのか。
選ぶのなら、どっちが自分らしいのだろうか。
それは――。
「愛理ちゃん。大丈夫だよ」
「え?」
「うーんと……ごめん。なんて言っていいのかわかんないや」
困ったように天満が笑う。あまり元気はないけれど、彼女の笑顔に愛理は根拠のない安心感を得た。
「よくわかんない子ね。でも、天満。さすがにあの態度はやめたほうがいいと思うわよ」
「それはわかってるんだけど……。私、誰かに好きになられた経験ないからちょっと……」
天満はそう言うが実際のところ彼女に想いを寄せている人間は他にもいる。だがはっきり言葉にしない限り天満は一生気づかないだろう。
そんな彼女の返事に呆れながらも、愛理はやはり播磨に惚れられた彼女のことが羨ましかった。
――――少し風にあたりたい。それで頭を冷やしてから考えよう。
愛理は天満と階段の前で別れると、屋上に向かった。
ドアを開けると屋上に意外すぎる人物がいた。
「なにしてんのよ……」
呆れ気味に屋上で寝ている播磨を見る。大きないびきをかいて播磨は熟睡していた。
寝ている彼に歩み寄り、愛理は声をかけた。
「播磨君。ちょっと……! 起きなさいって」
「……ん。あ、お?」
どうやら授業終了からさっきまでずっと寝ていたらしい。
播磨は身を起こすと寝ぼけたままきょろきょろと周囲を見渡し、次に携帯電話を取り出して時刻を確認した。
「うおっ! そんな馬鹿な!」
そして驚愕する。どうやらタイムワープした気分のようだ。
聞くと最近早起きなためにどうにも眠くなり、屋上で一休みしてから帰ろうと考えたということらしい。そしたら寝過ごしたという、
ものすごく単純な話しだった。
「ほんとバカね」
「うるせえ。別にいんだよ、良く眠れたからな。それにお前だって先週教室で寝てたじゃねえか」
立ち上がり、ズボンを軽くはたくと播磨は大きく伸びした。
「……ねえ、播磨君。ひとつ聞いていい?」
「あん?」
「天満のこと……諦めるの?」
「……さあな」
愛理の問いに顔をしかめた播磨だったが、すぐに顔を少しそらして言った。
そんな彼を複雑な想いで愛理は見つめていた。
言うべきなのだろうか、最近天満が播磨を避けている理由を。
だけど彼は諦めかけていると思う。
それなら言う必要はないんじゃないか。
天満を諦めてくれればもしかしたら彼も私を――――見てくれるんじゃないか。
「なあ、お嬢」
「え、あ。ご、ごめん!」
突然謝ってきた愛理に、いぶかしげな顔をして播磨が言った。
「何がごめんなんだよ。っと、んなことより俺は帰っけどお嬢はこの後どうすんだ?」
「このあと?」
「だからお嬢も帰んのかって聞いてんだよ」
「もちろん帰るけど……」
彼女はすでに風に当たって頭を冷やそうという目的を忘れ去っていた。
「んじゃ乗っけてってやる」
播磨の提案に愛理は思わず間抜けな声を出した。
遅い気もするけど支援
すでに慣れた播磨の後ろ。愛理は彼にしがみつき、時折信号待ちで停止している際に自分の家への道を教えた。
やがて沢近邸前に到着する。停止させたバイクのダンデムシートから愛理が降りたところで、播磨が彼女の家を見上げながら聞いた。
「オイ。まじでここか?」
「そうだけど? なにか変?」
「……むかつく」
「はぁ? 何よそれ」
予想していたとはいえ、本当にお嬢様にもほどがあった。家というよりお屋敷という言葉のほうが似合う。
自分は家賃折半でなおかつ従姉妹にコキつかわれているというのに、なんなのだろうかこの差は。
「播磨君。ここからマンションまで帰れるの?」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。俺様を甘く見るな」
「そう……」
去ろうとする彼を見て、天満の顔が頭によぎる。
「じゃあな、お嬢」
「あ……うん」
手を挙げた播磨につられ、愛理も手を挙げる。
そして播磨の乗ったバイクは動き出した――。
愛理は自分の部屋のソファーに座っていた。帰ってきて随分経つが、いまだ制服のまま着替える気が起きない。
彼との会話が思い出される。
「ほんとダメな女ね、私って」
愛理は自分を嘲られずにはいられなかった。
どうして天満があの教室での会話を聞いていたことに気づいてしまったのだろう。
それさえわからなければ、こんなに苦しむことはなかったのに。
自分が良くわからない。
だって簡単なのに。
彼を奪うのなら、何も教えなければいいだけだ。本当にそれだけなのに。
そしたらいつか、彼も私のことを見てくれるようになるかもしれない。
だから黙っていればいい。
私の知っている私なら、迷わずそれを選ぶと思っていた。
なのに自分はどうして――。
「どうして……教えちゃったんだろ」
愛理は仰向けにソファーに寝転んだ。
額に腕をのせる。
愛理はバイクが動くと同時に播磨を呼び止め、彼が戸惑う暇もないうちにいっきに天満のことを話し、
全て言い終えると自分の家に逃げ込んだ。
彼は今頃どうしているだろうか。愛理が思う。
あれを聞いたとき、播磨君は何を思ったのだろうか。
彼の顔を見ることなんてできなかったから、何もわからない。
あの時の私は何を考えていたのだろう。ホント、バカだ。これじゃ播磨君を馬鹿にすることなんてできない。
でも――。
それでも私は――。
「これで……よかったのよね」
ため息混じりに愛理がつぶやいた。
彼女には真実に気づき、それが自分に不都合なモノだったからといって、播磨に黙っておくだなんてできなかった。
ただそのせいで彼が彼女から離れていってしまうのだとしたら、教えるのと黙っているの、どちらが正解だったのだろうか。
……そんなのはわからない。
きっと答えなんてない。どっちも正解で、どっちも不正解だ。考えるだけ無駄なことなのだろう。彼女は思う。
それに私はきっと――。
――――播磨君のことを本当は好きじゃないのだろうから。
愛理は小さなため息をまたつくと、今まで何処を見ていたのかすらわからない目を静かに閉じた。
翌朝。播磨がドアを開けても彼女は立っていなかった。
「んだよアイツ……寝坊か?」
嫌な予感を覚えながらも、それに気づかないふりをして彼はドアの前に立ち、いつもどおり来るはずの彼女を待つ。
しかし、いつになっても彼女は現れない。
「電話……すっかな」
ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、少し前に教えてもらい登録しておいた『お嬢』を選択する。
あとは発信キーをプッシュすれば電話がかかるだろう。
しかしいざとなるとそれが押せない。指はそこに乗っているのに、あと少し力を込めれば押せるのに、たったそれだけのことがどうしてもできなかった。
彼は悪態をついて電源を押し、待ち受け画面に戻すと携帯電話をしまった。
「俺がかける必要なんてねーよな。別に約束してるわけじゃねーんだし……」
ならば一人で学校に行くか、家に入るかすればいい。
わかっているのに彼はその場から動くことができなかった。
ガチャリ。
「どわぁ!」
「うおっ」
突然開かれたドアに播磨の心臓が飛び跳ねた。数歩分飛び退く。見ると、目を丸くした絃子ドアノブを持って立ち尽くしていた。
「な、なんだ拳児君か。びっくりさせるな。それよりまだ行ってなかったのか? ……彼女はどうした?」
「あ、ああ。っと……寝坊だ」
そう答える播磨に対し絃子は「そうか」とだけつぶやく。
「学校、行かなくていいのかい?」
「もともと俺は休んでもいいんだよ。サボるつもりだったんだからな」
絃子はまた「そうか」とだけ言い、彼を残して出かけていった。
それでも播磨はずっとドアの前に立っていた。
何分経ったのだろうか。いまだ彼女は来ない。
播磨は携帯電話を取り出し時刻を見る。ちょうど、一時限目が始まったところだった。
「ったく、バカヤロウが。アイツのせいで遅刻じゃねえか……」
彼は歩き出す。バイクに乗り、学校に行くために。
もしこれで彼女が学校に行っていたら、何か文句の一つでも言わなくてはならないから……。
一時限目の途中で播磨が教室に入ってきたとき、愛理はそちらを見ないように努めた。
そして授業終了と同時に案の定、彼はずんずんと愛理のほうに歩いてきた。
――きた。
彼女も彼が教室に入ってきた時点でそれは覚悟していたし、当然の行動だとも思っていた
「おい、お嬢」
「なに?」
「なに、じゃねえよ。なんでこねーんだ。テメエのせいで無駄な時間使っちまっただろうが」
愛理はさも呆れた風に偽りのため息をつく。胸がきりきりと締めつけられて苦しい。
「播磨君ってやっぱりバカね。好きな女の子がいるって男が他の女と登校してきていいわけないじゃない」
そう播磨に小声で言う。さすがに他の人に聞こえてはまずいだろうと彼女も思ったからだ。
しかし播磨は今さらすぎる愛理の言葉に驚いているようだった。たしかに言っていることは間違っていないが、なにかおかしい。
それでも彼女は続ける。
「わかったでしょ。私はお邪魔虫ってわけ。OK?」
微笑で本心を隠しながら愛理は言う。
播磨君に天満のことを教えた時点で、私は彼を諦めたということになるんじゃないか。そう彼女は考えていた。
私の知ってる私なら、本当に好きならきっと教えないはずだ。私はそういう女のはずだ。
だから教えたっていうことは、本当は彼のことを好きじゃなかったということ。
だったら私は彼を応援しよう。そう思った。
だけど……。
だけど自分を偽って、偽って、嘘ついて。ほんとうに私はこれでいいのだろうか。
ほんとうに私は播磨君のことが好きじゃないのだろうか。
後悔しないのだろうか。
――――いけない。泣きそうだ。
早く、逃げなくちゃ……。
「ま、そういうわけだから。がんばりなさいよ」
「え、あ、ああ……」
もう一度微笑むと、優雅に愛理は彼の前から立ち去った。
教室から出ると、さっきまで堂々と上げていた顔がだんだんと下がってくる。
やがて無機的な廊下だけが目に映り、その視界さえも少しでも気を抜けば滲んでしまう。
そろそろ限界だ。屋上まではもたないな……。
愛理は廊下を歩き、近くにあった女子トイレに入る。そして個室のドアを閉めると、声を出さずに泣いた。
「塚本、話しがある。屋上に来てくれ」
「え……?」
本日の授業も全て終わり、さあ帰ろうと天満が鞄に手を伸ばした瞬間、唐突に彼女は播磨に声をかけられた。
あまりにも突然すぎて、いつもみたいに逃げ出すタイミングもない。
天満は愛理のほうを見る。彼女は気づいていないようで鞄の中に教科書類を入れて帰宅準備をしていた。
今度は播磨を見た。とても、真剣な目をしていた。
愛理があのことを話したであろうことは明白だった。いまだ困惑している心をなんとか落ち着かせようと努めながら、天満は播磨に頷いた。
それを見た播磨はくるりと天満に背を向けて歩き出した。天満も席を立ちその後ろを歩いていく。
教室から出て行く二人を、一人寂しげに愛理が見つめていた。
播磨は時々ちらりと後ろに見て、天満が来てくれているかを確認する。
天満は少しおどおどしながら、それでもしっかり彼の背中についてきていた。
階段を上る。放課後になったばかりでまだ学校は騒がしいはずなのに、播磨には自分と天満の足音だけがやけに大きく聞こえた。
あと三段。
今度こそ俺は――。
二人は屋上に出た。少し進んでから播磨は向き直る。緊張で頭が真っ白になっていた。
天満は天満で彼の気持ちを聞く覚悟がしきれていなかった。
その結果生まれたのは沈黙。お互い何かをしゃべろうと思ってもなかなか言葉にならない。
――落ち着け。落ち着け俺!
「ええとだな……」
播磨がとりあえず何かを言おうとする。
しかしそれがトリガーになり、いまだ不安定だった天満の頭が暴走しだした。
――ど、どうしよう。
そしていつもと同じ、最も単純な答えを出そうとする。
どうしていいのかわからない。だから――。
「ご、ごめんね!」
それは何に対しての『ごめん』なのか。結局その場から逃れるという結論しか、彼女の頭は出してくれなかった。
いつものように駆け出そうとする天満。
「待ってくれ、塚本!」
しかし彼女のその腕を、播磨はとっさにつかんでいた。
つかんでしまえば天満と播磨の力の差は歴然、彼女の動きが止まる。
強い力に引き止められた天満が自然と振り向く。播磨と天満、二人の目が合った。
天満の不安げな瞳。それを見た瞬間に播磨の頭は急激に冷え、あわてて手を放した。
「わ、わりぃ。……だけど塚本。俺はお前にずっと……ずっと前から、言いてえことがあったんだ」
「播磨君……」
「言わせてくれ」
二人が見詰め合う。
天満は決めた。
彼の真摯な想いから逃げ出さないことを。しっかりとその想いを聞くことを。
播磨の口が静かに開いた。
「塚本」
拳をにぎりしめる。播磨は恥ずかしさから顔をそらしたい衝動に駆られたが、必死にそれを耐え、今にも震えそうなのどに力をこめる。
「俺は……」
そして今までの想い、全てをこめて彼は――
「君が好きだ」
――彼女に、告白した。
播磨の言葉とともに訪れたのは沈黙。しかし甘い雰囲気のものではない。
やがて天満が
「ごめんなさい……」
そう言ってゆっくりと頭を下げた。
それは同時に彼の恋心が砕けた瞬間でもあった。
顔を上げた天満が言った。
「播磨君の気持ち、うれしいよ。でも、私には好きな人がいるから……」
「ああ、わかってる」
だけどこれで悔いはないはずだ。誤解も解けたのだし、彼女に想いを告げることができた。
受け入れられることはなかったものの、受け止めてもらい、真剣に返事をしてもらった。
それならあとは、この結果を自分自身が受け入れるだけ。どれだけ時間がかかるかはわからないが……。
「ありがとうな塚本。話しはそれだけだ。んじゃな」
「ちょっと待って」
情けないと思いながらも足早に屋上を立ち去ろうとした播磨を、天満が呼び止めた。
「少し、いいかな?」
播磨は振り向いたが何も言わない。天満はそれを無言の肯定ととり、話しを始めた。それは彼女が感じた播磨の真実。
「私……偶然播磨君の気持ちを知っちゃって、それですごく播磨君のこと気になっちゃったんだ」
少し照れながら言う天満に、播磨は彼女が何を言おうとしているのか、良くわからなかった。
「たった数日だったけど私、播磨君のこと見てたの。そしたらね、播磨君が本当は誰を見てるか……わかったんだよ?」
天満が播磨を見て素直に思った気持ち。彼の視線の先。播磨が見つめるそこには一体誰がいたのか。
授業中。休み時間。放課後。嬉しそうなときや悲しそうなとき。彼の視線の先にはいつも彼女がいた。
「それが誰だったって言わないけど……」
――おい、待ってくれよ。
瞬間、播磨には全て理解できた。天満が何を言おうとしているのか。
なんで理解できてしまったかなんて今の彼にはどうでもよかった。
「私じゃなかった」
――それ以上言うな。
しかし声には出ない。それは戸惑いからなのか、それとも他に言えない理由があるからなのか。
播磨には天満の唇の動きが、いやにゆっくりに見えた。
「だから――」
――だからそれを言われたら、俺は一体なんのためにここまでやってきたかわからなくなる。
しかしゆっくりと、
そしてはっきり、
彼女は彼に、
真実を告げた。
「播磨君が本当に好きな人はね、きっと私じゃないんだよ」
「な……」
「こんなこと言っちゃいけないのはわかってるけど、播磨君には本当に好きな人がいるはずだよ? 一番それをわかってるのは播磨君なんじゃないかな」
「お、俺は!」
「播磨君!」
播磨の声をさえぎると、天満は柔らかい笑みを見せた。しかしその笑顔はどこか儚げで、苦しそうだった。
「素直にならなくちゃだめだよ。ね?」
「塚、本……?」
播磨は否定できなかった。言葉が出ない。自分が何を言いたいのかわからない。
思考はかき乱され、困惑が心に渦巻いている。
なんで否定しねえんだ?
違うはずだろ?
だって俺は天満ちゃんのことが……。
しかしそれは本当か?
無意識につぶやく。
「どうして――」
――俺は何も言えねえんだよ、おい。
「ごめんね播磨君……。でも、私はそう思ったんだ。それを、播磨君に言わないといけないと思ったんだ。本当に、ごめん、ね……」
やはり天満はその笑顔を保つことができなかった。
一瞬のうちに流れるように、彼女の笑みは涙をこらえる顔になり、それもかなわず瞳から涙があふれ出す。
その涙は罪悪感からなのだろう。
自分を好きだと言ってくれた男の子に「その気持ちは嘘だ」と否定する。
いくら自分で正しいことだと信じていても、それは辛すぎた。
――ああ、なんだ。
播磨は呆れた、結局天満を泣かせてしまった自分の馬鹿さ加減に。
「いいって、塚本。気にすんな」
「ご、めんね……」
「それによ、俺は笑ってる塚本が好きだったんだ。泣かれちゃ困る」
それでも彼女の涙は止まらない。天満自身が泣いてはいけないとわかっていても、あふれる涙は止まってくれない。
播磨は複雑な想いのまま笑顔をつくり、彼女の頭を優しく叩いてあげることしかできなかった。
『播磨君の本当に好きな人はね、きっと私じゃないんだよ』
部屋のベッドに横になっている播磨の頭に、天満の言葉が何度も何度もこだまする。
もう彼自身、自分の想いが良くわからなかった。
自分が播磨拳児なのかどうかすら自信がなくなってくる。
そして思い浮かぶのはブロンドの彼女の姿だった。
――俺はあいつのことが好きなのか?
言われてみれば最近あいつのことを見てることが多かった気がする。
たった数日一緒に登校しただけなのに、それが当たり前に思ってた気がする。
やっぱり俺はあいつのことが好きなのだろうか……。
そうかもしれない。
だけどそれこそ本当か?
自信がない。
俺はあいつのことが好き?
んなこと今さら言ったって、ふられたから手近にいた奴に逃げただけとしか思えねえよ。
好きなふりをして、本当は誰でもいいから近くにいてほしいだけなのかもしれない。
俺は――。
……だめだ、全然わかんねえわ。
その日は播磨はもう何も考えず、ただ無理やりに眠ることにした……。
....TO BE CONTINUED?