ゆっくりと染まっていく黄昏時の空。その色は、茜を通り越してもはや金に近い。日中の柔らかな陽射し
から一転、刺すような強さをもった光は世界を同色に変えていく。
そんな、他のどの季節よりも鮮やかな夕暮れの中、公園のベンチで一人溜息をつく女性――刑部絃子の
姿があった。さして大きくもない公園、加えてそろそろ夜風も冷たくなってくる時期ともなれば、辺りに
他の人影は見えず、わずかに遠く、まだまだ遊び足りない子供たちの声が聞こえてくる程度。
「……どうしたものかな」
言っても詮無いこと、と分かっていながらもそう呟く絃子。悩みの種――は言うまでもなく、ここ数日
帰っていない自宅のこと。変に気を使わず、あるいは動じることなく普段通りに帰宅すれば、それでどうにか
なる、ということは彼女とて承知している。
それでも。
どうしてもそんな気分になれず、こんなところでだらだらと時間を潰している、という次第である。理由は
これもまた考えるまでもなく分かっているのだが、それを認めるのはどうにも釈然とせず、結果思考は堂々巡り
をひたすらに続けている。
「今日も葉子のところか……」
落ち着くまでは構いませんよ、そう言ってくれた後輩の顔を思い出しつつ誰にともなく呟いてみる。もちろん
それが根本的な解決にはまったくなっていないのは、『落ち着くまで』という彼女の言葉によるまでもない。
とは言え、結局人間は感情の生き物、道理が通っていれば万事上手く収まるわけでもない。無意識のうちに
ついた溜息が、金色の光の中に飲み込まれていく。
と。
いつのまにか、自分の隣に一匹の黒猫がいることに気がつく絃子。静かにこちらを見つめるその瞳に、余程
自分が、ぼう、としていたのかと苦笑がもれる。
「まったく……ん?」
我ながら情けない、そう思ったところで、黒猫の特徴ある額の傷に見覚えがあることを思い出す。
「塚本君のところの子だったね。確かそう――伊織」
すると、わずかに間を置いて小さく、なう、と返事を返す黒猫。いくらなんでも言葉が通じる、と思いは
しないものの、その仕草が何故かおかしく思え、周囲に誰もいないのを確かめてから絃子は会話を始める。