「……いいかい拳児君、私は学生の本分は勉強だなんてことを言うつもりはない。勉強より
大事なことなんかこの世の中にはいくらでもある。学生のうちはいろいろな経験を積んで、
心を豊かにすることが大事だと私は思うわけだ」
「ああ、まったくだな。オメーもたまにはいいこと言うじゃねーか」
緩んだ表情で、播磨が絃子の肩を叩く。その瞬間、絃子は思い切り自らの拳を机へと叩き付けた。
マンションの中に、凄まじいまでの音が響き渡る。壁に掛かっていた時計は落下し、辺りの
空気はビリビリと振動した。
「ど、どうしたイトコ?」
「どうしたもこうしたもあるか! 人生経験を積むのは大いに結構。だが、それはあくまで
最低限やるべきことをやってからの話だろう! 塚本さんにうつつを抜かす前に、ちょっとは
学業へと力を入れんか!」
「んなこと言っても、赤点取らないと天満ちゃんと一緒の補習が……」
大柄な身体を丸めて、播磨が呟く。泣く子も黙る不良である播磨も、恋愛が絡むと人格が一変して
しまうらしい。小さく息をつくと、絃子は播磨に冷たい視線を投げかけた。
「……この際、真実を伝えておこう。君は去年特例で進級したね? にも関わらず、君は
まったく反省の素振りを見せていない。今回に至っては、突然姿をくらました挙げ句テストも
ろくに受けないという有様だ。当然、君は様々な先生から批判を受けている。このままの
状態が続けば、学校側としても最後の手段をとらざるを得ない」
「……最後の手段?」
「そう、すなわち―――退学処分だ」
「な!?」
絃子の言葉に、播磨は思わず驚きの声を上げた。諦めにも似た表情で、絃子が言葉を続ける。
「しょうがないだろう、擁護するにしても限界があるんだ」
「た、頼む、退学だけは勘弁してくれ! 天満ちゃんに会えなくなったら、俺は!」
「だったら、この夏は勉強に専念することだ。バイトができない分、家賃はまけてやってもいい」
「そ、それは……」
「……どうした?」
「いや、実はだな……」