――ミーン、ミーン、ミーン。
暑い夏の日差しが降り注ぐ中、今が旬とばかりにセミの鳴き声があたりにこだましていた。
矢神坂学院高校の物理教師である刑部絃子は、居間のテーブルの上に頬杖をつきながら、
ぼんやりとセミの鳴き声を聞いていた。
「明日……か」
ふと、絃子の口からつぶやき出た声が、家主以外誰もいない部屋の天井へと吸い込まれる。
うつろな視線の先には、壁に押しピンでとめられた、やや大きめのカレンダーがあった。
8月18日。
絃子の誕生日であった。
だが、若い頃ならいざ知らず、さすがに20代も後半になってくると、自分の誕生日を素直に喜べなかった。
別に年を一つ重ねること自体に、嫌気がさしているのではない。とはいえ、少しずつ自分の年齢というものを、
正視したくなっているのも事実であった。
ふと、絃子の脳裏に、先日出席した友人の結婚式のことが浮かび上がる。
別に結婚が全てだとは思ってはいないが、幸せそうな二人をみていると、ほんのわずかにうらやましいとも思えた。
あの二人は、おそらくお互いの誕生日の時には、きっとお互いを祝いあうのだろう。
絃子には、現在特定の相手というものはいないが、もしいるとするのなら、
自分の誕生日には何か気の利いたプレゼントや、優しい言葉の一つでもかけてくれるのかもしれない。
絃子はそこまで考えると、そんな自分の妄想にも似た考えを振り払うかのように、2、3度かぶりを振った。
「そういえば、拳児クンはどうしているのかな?」
絃子はそうつぶやくと、自分の同居人の様子を伺うために、ゆっくりと部屋に向かった。