――りぃん。
――Invisible full moon
見えないはずの、月を視る。
「ちょっとがっかりだね……」
縁側に腰掛け、足をぶらぶらとさせながら天満が嘆いている。腕の中に伊織を抱きつつ、うん、と頷いて
八雲がともに見上げる空は薄い雲に覆われていて、その向こうにあるべきもの――月の姿を隠している。
そこにあるのは、夜にあってなおうっすらと白く煙る、そんな空だけ。
月が見られない。別段それだけであればどうということもなく、一年という時間の中ではそんなことは
いくらでもあること。
けれど。
それが十五夜――中秋の名月となるとまた話は別となる。何気なく目に入った、ということではなしに、
能動的に人々が空を見上げる、唯一と言ってもいい晩。それが十五夜である。普段は気にすることがなく
とも、誰しも自然とそれにこだわってしまうような、そんな一つの文化。
「あーあ、残念」
もう一度そんな声をあげてから、お風呂入ってくるね、と立ち上がる天満。それからお団子食べちゃおう、
などと言っているその顔は、立ち直りが早いのかどうなのか、既に笑顔。つられるように、小さく笑みを
浮かべながらその後ろ姿を見送ってから、あらためて空を見上げる八雲。当然ながら、月の姿はやはりない。
「伊織も見たかった……?」
黒猫は答えない。