『Escapes from himself』
周囲にチャイムが鳴り響く。結局、二人は屋上で一時限目を完全にサボってしまった。
しかし、一向に愛理は教室に戻る素振りを見せない。
「おい、戻らねえのか? 次の授業始まるぞ」
「播磨君が戻るのなら戻るわよ」
「なんだそりゃ」
「言葉どおりの意味だけど?」
二人は視線を合わせないままそんな会話をする。
愛理は悩んでいた。「諦めるの?」と聞いていいのだろうか、と。
しかし、これで天満を諦めてくれたら自分にとっては好都合じゃないのという気持ちと
彼の一途な想いがこんな形で終わっていいのかという気持ちが天秤にのり、揺れている。
愛理が頭を抱えていると、突然播磨が体を起こし、立ち上がった。
「あ、ちょっと……」
「戻んだよ、教室に。ま、どーせ授業はほとんどわかんねーけどな。お嬢はあとから来い。変な噂立てられたくねーだろ」
教室にいる人から見れば来ていたはずの二人がいないのだから、もう手遅れのような気もする。
出口に向かいながら播磨は軽く手を振る。あの様子だと本当に戻るようだ。
消えて行く彼の背中を見送ったあと、愛理は座ったまま空を眺めてつぶやいた。
「変な噂……か」
私にとっては変でもなんでもないのだけど……。ホント、鈍感よね播磨君って。
とは言っても彼女自身これ以上どうしろというんだと思う次第であった。
たいていの男なら少しぐらい気になるようになるはずなのだが、そうならないが故に播磨は播磨なのであろう。
青空の下。もう慣れたとはいえ、愛理はため息をつかずにはいられなかった。