きゅきゅきゅ、と紙の上をすべるサインペンの音だけが辺りに響く。紙は答案、サインペンは朱色、
要は採点作業、というヤツだ。テストが終われば、あっさり自堕落な生活に舞い戻る学生――もちろん
全員がそうだとは言わない――とは違い、教師にしてみれば休む暇などはない。
ただ機械的に正誤を判断する、というのならそれほど難しいことではない。過程など省いて解答さえ
見てしまえばそれまでだ。正正正正誤誤正正。しかし、当然ながらそれでいいはずがあるわけもなく、
そんなことをしていては何の意味もない。点数さえあればいいなら構わないが、理解度を見る、という
その本来の役目に立ち戻れば過程こそが重要。加えて想定してもいないような奇天烈な解答も存在し、
結果採点作業は難航を極め、突き詰めればキリがない。
もちろん、好きで選んだ仕事なわけで、手を抜くつもりなど欠片もない。結局出来るのはペンを走ら
せることのみ。きゅきゅきゅ、という音は響き続ける。
「ふう……」
そんな行為も無限に続くわけもなく、最後の一枚に点数を書き入れたところでひとまずの終わりが
告げられる。当然ながら見直しも必要だが、それはまた後日、そう思っているところに。
「お疲れさまでした」
かけられる声に視線を上げれば、いつものように微笑む葉子の姿。差し出されたその手にはコーヒー
カップがある。ありがとう、とそれを受け取ると、ずいぶん根を詰めてましたね、という言葉が返って
くる。別段、自分としては特別気合を入れていたつもりでもなかったのだが。