『I don't say』
ハリマ☆ハリオこと播磨拳児の漫画は無事完成し、談講社の新人賞に投稿された。結果が出るのはまだ先だろう。
しかし、播磨にとってはその結果よりも――もちろんそれも重要だが――大切なことがあった。
それは『誓い』である。
漫画を描き終えたら塚本天満に自分の想いを告げるという誓い。
だいたいにして、そんな誓いを立てないと告白できないこと自体少し情けないのかもしれないが、彼にはきっかけが必要だった。
その豪快なみかけとは裏腹に、彼は非常にシャイなのである。
いや、まあ一番の問題は天満の鈍感さにあるのであるが……。
幾度も告白を決意して、そのことごとくを――もはや芸術的と言えるまでに――スルーされている。
完全にフラれてないだけ良いのかもしれないが、塚本天満という名の鈍感王は他者からの想いには特に鈍かった。
しかしそれは、播磨拳児にも同じことが言えるのかもしれない。
「ふぅ……」
「どうしたんだよ、沢近。ため息なんかついちまって」
ホームルーム前の朝の教室で、沢近愛理は物思いにふけっていた。それを見た周防美琴が声をかけた。
「どうしたの愛理ちゃん?」
美琴につられてか、天満と晶も集まってきた。これでいつもの四人組である。
無意識のうちに愛理は天満を見つめる。悩みの種は天満にあるのだ。
「なに、愛理ちゃん?」
それに気づいた彼女がきょとんとした笑顔で聞いてくる。やはり彼女には笑顔が似合っていた。
彼女から笑みが本当に消えてしまったら、ひどい違和感を感じることになるに違いないだろう。
もちろん天満だって年がら年中笑っているわけでもないだろう。しかしそうあってほしいとまで願ってしまうほど、眩しい笑顔だった。
――そっか、こういう子が好みなのね。
愛理は思う。私には無理だ、と。
「……ううん、何でもないわ。別に何もないから気にしないで」
笑みを浮かべ、答える。真実を心の奥に押し込んで……。
美琴が何かを言いかけたが、何か思ってか口にするのを止めた。
「あ、そうそう」
愛理が口を開く。とりあえず自分のまいた種だ。少しは拾っておかなければいけないだろう。
「なに?」
高野晶が表情を変えないまま言った。
「播磨君と八雲って付き合ってないみたいよ。私の勘違いだったみたい」
「え! そうなのか!?」
美琴が声を上げ、体を前に乗り出した。その声に驚き、教室中のみんなが彼女を見た。
ちなみに播磨はまだ来ていない。大方緊張して夜遅くまで眠れなかったのであろう。遅刻かもしれない。
美琴は少し気まずそうにこほんと咳をすると、椅子に座りなおした。
「それ本当か? つーか、お前いつの間に塚本の妹のこと名前で呼ぶようになったんだよ」
「あ、そういえばそうよね。まあ、それはいいとして……そういうことだから。ごめんね、早とちりし――」
「付き合ってるよ」
突然、天満が言った。
「え?」
愛理と美琴の二人が声を上げた。晶は声こそ上げなかったが、眉がわずかに動いた。
付き合ってないなんて、そんなはずはないと笑顔のまま天満は言う。
「付き合ってるよ、播磨君と八雲は。だってこの前八雲、播磨君の家に泊まったもん」
「〜〜〜〜!?」
声にならない声を上げ、美琴の目が驚愕で見開かれた。天満の爆弾発言にクラス中の視線が集まったのは言うまでも無い。
その中に花井春樹がいなかったことは不幸中の幸いだろう。
「うん、ほんとだよ」
いつもの調子で楽しそうに天満は言う。だが……心の奥底でよどむ言いようのない不安が天満を襲っていた。
妹が男の家に泊まったなんて、あまり言っていい話ではないはずだ。彼女にもそれはわかっている。
だけどそれを言わなければ、全てがそのまま嘘になってしまいそうで、天満は怖かった。
彼女は思う。
――――楽しそうだった。
楽しそうだったのだ、八雲が。他の人には感じ取れないかもしれないけれど、ここ数日、妹は楽しそうだった。
幸せそうだった。八雲自身も自覚していないかもしれない想い。でも、自分にはわかった。だって、ずっと一緒だったから……。
理由をちゃんと話してくれないのは寂しいけれど、八雲が幸せならそれでもいいかなと思っていた。
そしたら、これだ。
そんなわけがない。播磨君と八雲は付き合っている。彼女は自分に言い聞かせる。
自分さえもそれを否定してしまったら、大好きな妹の幸せをも否定してしまいそうで、天満はすごく嫌だった。
「だから、ね。二人は付き合ってるんだよー」
それは願いに近かった。このまま八雲が幸せであってほしいという願い。
ふぇ〜、と美琴が変に感心していた。
愛理はと言うと特に驚いた様子もなく、むしろ少し笑みを浮かべていた。二人の考えていることと事実とのギャップが少し面白かった。
「……ずいぶん冷静だね、愛理」
「晶ほどじゃないわよ」
「そうかな。これでも驚いてるんだけど……」
そう言う晶の表情から驚きは読み取れない。まあ彼女が大声を上げて驚くところは想像もつかないので、これはこれで本当に驚いてるかもしれない。
晶の問いに、そりゃ驚かないわよと愛理は思った。だって私も泊まってたんだし、理由も知ってるし、と。
もちろん、愛理はそれを口にするような人間ではない。
播磨からしきりに内緒にしていてくれと頼まれていた。さすがに土下座までされたときは、愛理も本気で困ったが。
「なんだよ、沢近〜。やっぱ付き合ってるじゃないか。あ、もしかしたら嘘から出た真ってやつかな」
「だから違うわよ。だって播磨君自身が否定してた……し……」
そこまで言って愛理は気づいた。
彼女もあの場、つまり播磨の家に居て、泊まっていたものだから失念していたのだ。ついさっきギャップがどうこう思っていたのに。
完全に考えが行き届いていなかった。
泊まるということが、播磨の漫画のことを知らない人から見ればどう映ってしまうのかを。
「播磨君が……付き合ってないって、そう言ったの……?」
「え、えと……それは」
「あ、播磨君だ」
晶が教室の入り口に目を向けて言った。そこにはちょうど教室に入ってくる播磨の姿があった。
告白をすることによる緊張のためなのか、表情が硬い。もっと気になるのは同じ側の手と足が同時に出ていることだが。
――なんでこのタイミングで来るのよ、アンタは!
愛理が心の中で叫んだ。これじゃ誤魔化す暇もない。
そして案の定、天満は机に鞄を下ろす播磨の下に駆け寄っていった。
「播磨君!」
「うお!」
突然目の前に現れた天満に、播磨は思わず後ろに跳躍した。誰かぶつかり――吉田山――うめき声がしたが、そんなことはどうでもいい。
――てて、天満ちゃん!? ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ心の準備が!
「な……なんだ、塚本?」
心に大量の汗をかきながら、どうにか声を振り絞りそれだけ言った。
「ちょっと屋上に来て」
「あ、ああ。わかった……って、ええっ!?」
――おいおいおい、どういうことだよ?
天満の後ろに目を向ける。少し離れた席に沢近愛理が座っており、播磨の方を見ていた。
――ま、まさか誤解を解いてくれたのか、お嬢! そしてこのシチュエーションを作ってくれたのか!?
愛理の慌てふためく表情を見て、どうすればそのような結論に至るのかいまいち理解できない。
しかし、少なくとも播磨は『お嬢が漫画のことをばらした』などとは考えていなかった。
――いや、まさかお嬢がそこまでやるとも思えねえな。しかし、なんにせよこれはチャンスだ!
「ああ、わかった塚本! 屋上だろう地下だろうが何処へだって行ってやるぜ!」
そう言って――ちなみにこの学校に地下はない――二人は教室を出て行ってしまった。もうすぐ授業も始まるというのに。
「……あー、もう!」
しばらくの間、右往左往していた愛理だったが、やがて決意を固めたのか席を立って教室から飛び出していった。
「おい、沢近!? どこいくんだよ」
「大丈夫、すぐ戻ってくるよ」
晶が言った。
「八雲のクラスってどこ!?」
その問いに晶は即座に『1−D』と答え、愛理が再び駆けていくのを見届けると美琴に言った。
「ほらね」
「……これで当分帰ってこなそうだな」
美琴が盛大なため息をついた。
クズリさん、GJでした。
けど、♯98を意識して書いたからなんでしょうが、この時点で八雲が料理できることを播磨が知らないというのには首を傾げました。
ほぼ毎日お手伝いに行ってるなら食事を作る機会があったり、話の話題に上がるのではないでしょうか? 八雲が知らないままというのも変です。
ですので、HPに掲載する際はそのあたりを直した方がいいと思います。
「播磨君……」
「塚本……」
屋上、二人は向き合っていた。
今まで何度かあったこの状況。しかし、今まで播磨は彼女に正確に想いを伝えられたことがない。
だが、今度こそ……!
心臓は高鳴り、周囲の音は耳に入らない。播磨には天満以外の全てがぼやけて見えていた。
『好きだ』
初めて出会ったときから、胸の奥に溜まっていった感情。ただ一人、天満にだけに向ける唯一の想い。
溢れ出すそれを、今。彼は彼女に伝えようとしている。
玉砕しても構わない。ただ想いを告げたいだけ。
播磨は拳を握り締めた。
「つ――」
――ツカモト!
彼がそう言おうとした、まさにその瞬間だった。
「八雲と付き合ってないってほんとうなの?」
天満が、そう言った。
『誤解が解けている』
播磨はそれを確信した。やはりお嬢が解いてくれたのだと、彼女に感謝した。
告白の出鼻こそくじかれたものの、誤解が解けることは非常に良いことだ。
しかし、彼女は本当なのかと聞いてきている。悲しそうな瞳で聞いてきている。
その時播磨は初めて天満の顔を良く見た。緊張のあまり、気づかなかった。
いつもの明るい笑顔がどこにもない。
播磨が天使の笑顔と憧れていたそれは今、忽然と姿を消していた。
おい、なんでだ? 俺のせいか?
何故なのか、大体予想がつく。それは彼女の「本当なの?」という問いに現れているのだから。
いつもの都合のいい解釈が、このときばかりはできなかった。
誤解を完全に解いたらどうなってしまうんだろうか。
きっと、彼女は涙をこぼすだろう。
「ねえ、ほんとうなの播磨君?」
天満が聞く。
いつも笑顔はどこに行った? 戻ってきてくれるのか?
そのとき播磨は、自分がひどく情けない男に思えた。
ったく、情けねえ……。
――ああ、本当だ。
そう言って……頷けばいいだけなのに……なんで……。
「……本当じゃ、ねえよ」
――――言えないんだよ、俺は。
同時に、始業のベルが学校に鳴り響いた。
一度廊下に退避し、階段を降りて来る天満をやり過ごすと、愛理と八雲の二人は屋上に出た。
そこには播磨拳児だけが下を向き、呆然と立ち尽くしていた。
八雲を呼び出し事情を説明した愛理は、急いで彼女を連れて屋上まで向かった。
しかし先程まで、ドアから覗くことしかできなかった。どうしても屋上に出ることができなかった。
何故なのかはわからない。
天満と播磨が何を言っているのか聞こえない。それでも雰囲気が重いことだけは感じた。
出て行って止めるべきだと思った。
なのに、なぜ。私達は動けなかったのか。今思えばひどく臆病だったと、二人は後悔する。
「播磨君」
「播磨さん……」
ほとんど同時に声を出し、播磨に近寄る。
「……お嬢。妹さん……」
彼はひどく落胆している様子だった。
あの様子では誤解を解いたが、嫌われてしまったのだろう。そしてそれは自分のせいだと愛理は謝ろうとした。
「ごめんなさい、播磨君……。わたしが――」
「いや、いーって」
播磨が愛理の言葉をさえぎった。しかし、それは優しさというよりも、何も言わないでくれと頼み込んでいるようだった。
「それと妹さん……すまねえ」
「え……?」
「天満ちゃんの誤解……解けなかった。つーか、逆に本当だって言っちまった……。俺たちは付き合ってるってよ」
その言葉に二人は驚きを隠せなかった。少なくとも誤解だけは解いてると思っていたのに……。
「ほんと、わりいな妹さん。いつも迷惑ばかりかけてよ……。ほんとわりい……」
「播磨さん……」
何度もすまないと謝る播磨。八雲と愛理は戸惑うことしかできなかった。
俺はバカだ、播磨は思う。
なんで『誤解なんだ』って言えなかった。あの誤解は妹さんにも迷惑なのに。自分でもまさか、ここまで馬鹿だとは思わなかった。
だけど……なんで言えなかったのか、本当はわかっている。
それは、見たくなかったからだ――――。
「ちょっと……一人にしてくれ」
そう言って、彼は二人に背を向けた。
愛理と八雲は階段を降りていた。授業中だから静かだった。聞こえるとしても元気のいい先生の声ぐらい。
二人は無言だった。何も言うことができなかった。
頭の中が彼のことでいっぱいで……。
愛理と八雲は無言のまま別れる。2年と1年では階が違うのだから当然のことだった。
「……」
愛理は廊下を歩こうとしてはたと立ち止まる。
もう少し歩けば教室に着くだろう。そしてドアをガラリと開けて『すいません』と謝って教室に入ればいいだけだ。
何事もなかったように授業に集中すればいい。国語は苦手だからなるべくしっかり聞かないといけない。
だけど――。
「そんなこと、できるわけないでしょ……」
彼女はこの場にいない彼に怒りを覚えた。
「……んだよ」
屋上。播磨はフェンスの近くで仰向けに寝ていた。もうすこし入り口から見えないところで寝ればいいのだが、そんなこと播磨は気にしない。
そんな彼の顔を上から覗き込む女が一人いた。
他でもない、沢近愛理だった。
「別に。ただなんとなく、よ」
「授業始まってるだろうが」
「あんただってサボりじゃないの」
なんでこの女は……。
播磨は苛立ちを隠せなかった。
「帰れ。一人になりてえんだ」
「イヤよ」
「……っ! お前なぁ!」
播磨は思わず身を起こし、サングラス越しに愛理を睨みつけた。
しかし、肝心の愛理は何も聞かなかったように播磨の横に座った。
小さな風が吹いた。
「ちっ……」
どうせこの女は言うことなんか聞きやしないだろう。そう思った播磨は舌打ちをすると再びコンクリートの上に寝転んだ。
また、小さな風が吹いた。
愛理はしゃべらない。播磨もしゃべらない。
無言の空間。静寂が世界を支配している。
それは何故か、播磨にとっても心地悪い空間ではなかった。
しかし、なんで愛理が自分の横に座っているのかは理解ができなかった。責任を感じての行動にしてもやりすぎだ。
だいたい、問題は自分にある。あのとき、いや今までに誤解を解くことのできなかった自分が……一番悪い
「……あのよ」
播磨がつぶやいた。その声に愛理が播磨の方を見る。
「なに?」
「別に誤解を解こうとしてくれたことは感謝してる。そりゃたしかに変なことになっちまったけど、別に責任なんて感じる必要はねえぜ?」
「だから?」
変わらぬ愛理の態度に少しむっとしながら播磨は言った。
「ここにいる必要ねえって言ってんだ。教室もどれよ」
「イヤ」
即答だった。
播磨は一瞬面食らっていたが、すぐに気をとりなおした。
――なんつー頑固なヤロウだ。
まあ知ってたけどよ、と播磨はため息をついた。
「……お嬢、おまえな」
「うっさいわね。私が好きでここにいるんだから別にいいでしょ」
そう彼に言い放つ。
――だって一緒にいたいもの。
それが理由だ。愛理は本当に好きでそこにいる。
もしかしたら傷心している播磨を慰めて振り向かせようと考えているのかもしれない。
そうであったらズルイ女だな、と愛理は心の中でため息をつく。
しかし、たとえそうだとしても。それだけではない、絶対に。
愛理にはさっきの播磨は見ていられなかった。あんな彼を見て、それでも授業を受けろだなんて無理な話だった。
横にいたかった。それで自分が何かできるとは思えない。自己中心的な考えなのもわかってる。だけど――それでも許してほしい。
愛理は思う。彼の横にいたい。本当にそれだけだから、と。
「……ったく、わーったよ。勝手にしろ」
半ば呆れた口調で播磨が言った。どうせ次の授業までには戻るだろう。
なぜって彼にとっては彼女が自分に付き合う理由がないからだ。だいたい今この場に彼女がいること自体、播磨には不可解なのだ。
播磨は寝転んだまま空を見る。
青い空を、白い雲が漂っていた。
そのころ八雲は教室で授業を聞いていた。
いや、聞いているというのは間違いだろう。絃子――今は数学の授業だ――の声が右の耳から入ってきて、左から抜けていっている。
手にシャーペンを持っているものの、微動だにしていない。
彼女は思い出していた。
屋上で播磨が言った言葉を。
そして……屋上にいた愛理と播磨のことを……。
『逆に本当だって言っちまったよ……。俺たちは付き合ってるってよ』
あの言葉には驚いた。誤解は解けているものだと思っていた。
播磨さんは姉さんのことが好きなのに……。
少なくとも自分をそういう対象にみていないのは確かだった。もしそうなら彼女には『視える』のだから。
小さなため息をつく。
それはあの言葉を聞いた時の自分の想いに対して……。
――どうして私は、それを嬉しく思ってしまったのだろう。
わからない。
それは真実ではないのに、嘘なのに、播磨さんが好きなのは姉さんなのに、なんで――。
一瞬でも嬉しく思ってしまったのか。
支援?
そして愛理と別れた後、彼女も戻っていた、屋上に。
階段を上がったり下りたりとしばらく悩んでいたのだが、播磨が心配になったから戻った。
理由はきっとそれだけのはずだと、彼女は自分言い聞かせる。
愛理は彼女に『あなたは播磨君のことが好きなのよ』と言ったが、八雲はそれがいまいち実感できずにいた。
たしかに嫌いではないけれど……よくわからない。
とにかく八雲は屋上には心配だから見に行った。少なくとも本人はそう思っている。
しかし、彼の横にはすでに先客がいた。言うまでもなく沢近愛理である。
屋上。そこはいつも八雲と播磨が二人でいた場所。
それは漫画の打ち合わせだったが、彼女にとってその時間はどんな意味を持っていたのか。何のためだったのか。
その時間だけは二人だけの秘密。
だが今では違う。漫画のことは愛理も知った。彼女もアシスタントをやっているのである。
二人だけの秘密ではなくなってしまった。
あの時、八雲は屋上にいる愛理と播磨の後姿を呆然と見つめていた。屋上は天満と播磨が話していたときとは違い、不思議な雰囲気だった。
どこか自然で、どこか険悪で、どこか優しい。
そしてだからこそ、八雲は二人の前に姿を現すことができなかった。
沢近先輩がいるのなら私は行かなくても平気だろう……。そう思い、彼女は屋上へと続く階段をあとにした。
まだ何も書いていないノートを眺めながら八雲は思う。
階段を降りていったあのとき、胸がちくりと痛んだのは何故なのだろうか……と。
どうしても、わからない。
教室には、チョークが黒板を叩く小気味良い音が響いていた――。
....TO BE CONTINUED?