塚本八雲が住む家の、庭先に一輪の彼岸花が咲いている。
真赤な、とても鮮やかに真赤な花だ。
If…scarlet
膝の上で丸くなる伊織の、背を撫でながら八雲は、本の頁をめくる手を止めて空を眺める。
夕焼けの片隅を横切る、飛行機雲が一筋。
それが、姉の乗ったものでないと知りつつも、彼女は目でしばし追う。
一月前にはうるさいまでに鳴いていた蝉の、最後の一匹の声が、止んだ。
唐突に訪れた静寂。高校一年生の秋のことを、八雲は思い出していた。
あの時、もしも違う言葉を伝えていれば、どうなっていたのか。
埒もないこと、と知りつつ彼女は、動き出した回想を止めることが出来ずに、空を見続ける。
夕の紅に染まった瞳に、しかし光はなかった。
「妹さん」
ゆらり、立ち上がった彼に、八雲は胸がさざめくのを感じた。
それは、恐怖にも似た、不思議な感覚。
「俺達は」
八雲は播磨の瞳を見上げるが、サングラスに隠れてその表情は読めなかった。
左手で、彼女は軽く自分の右手を握り、そして待った。彼の次の言葉を。
「俺達はつきあっている……らしい……」
「え……」
彼女の心臓は大きく跳ね、漏らした吐息は戸惑いのみではない色をしていた。