スクールランブルIF12【脳内補完】

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549【夏祭りの夜に -yakumo side-】
 矢神神社、夏祭り。花火大会の後のこの小さな祭りは地元の人々
のささやかな潤いの場として年々賑わいをみせていた。子供は親と、
恋人は恋人と、共に出かけさざめく。そして、祭りの夜に祈るのだ。
 いつまでも、一緒にいられますように、と――。

   【夏祭りの夜に -yakumo side-】

 矢神神社、境内。今夜、女の度胸が試される。
 決戦、お化け屋敷、といった風情で望んだ浴衣姿の塚本天満、塚
本八雲、沢近愛理、高野晶の四人組。だが約三名の恐怖はいままさ
に最高潮にふくれあがらんとしていた。
『ゴスッ』『バキィッ』『ガスッ』
「な、なによ、あれ…」
「なんでしょう…」
「だんだん音がちがづいでぐるよ〜」
「いや、あれはたぶん恐らく…」
「恐らくって、なに!」
「いわないで〜、あぎらぢゃ〜ん」
「姉さん、しっかり…」
『ドバヴギャァー!』
「「キャー!」」
 カシャッ。閃く閃光。その中には朦朧とした姿の男がうかび上が
った。
『や、や〜め〜ろ〜』
「「キャー、キャー、キャー!!!」」
 カシャッ、カシャッ。再び閃く閃光。
550【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:10 ID:epX08F5k
「いやー!胸さ〜わ〜ら〜れ〜た〜!」
 ばりばりばりっ!相手の顔面をここぞとばかりに引っ掻く天満。
「ね、姉さんしっかり…」
「キャー、キャー、キャー!!!」
 壊れた機械のように叫び続ける愛理。
「もう嫌だ、出る〜!」
「あっ、姉さん!」
 一人脱兎のごとく駆け出す天満。
「ま、待って、天満!私も…」
 走り出そうとする愛理。そのとき、男の声が被さった。
「て、天満ちゃ〜〜〜〜〜!!!」
「きゃあっ!」
 ん、と叫び終わる前に男は愛理とぶつかり、彼女を巻き込んで盛
大に転んだ。
「いたた…なに、いまの」
「ひょっとしていまの…」
「播磨君?」
「ちがう、俺は播磨なんていうものじゃ…」
 カチッ。暗闇の中、巾着袋から取り出したミニマグライトで顔の
下を照らす晶。その反射した薄明かりの下には顔を隠そうとして、
反射的にサングラスを付けたばかりのミイラ男がいた。そのゆるん
だ包帯の下からは見間違えることない特徴あるヒゲ。その姿はどう
みても愛理たちと同じクラスの不良、播磨拳児だった。
551【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:11 ID:epX08F5k
 一同に一瞬訪れた静寂を破ったのは愛理だった。
「は、播磨がなぜここにいるのよ!」
「うるさい!いちゃ、わりぃか!」
「ええ、悪いわよ!」
 播磨もこうなっては身を隠せないと覚悟を決めたらしい。どなり
つける愛理を前にして、対等にやりあっている。八雲は事態の進行
についていけず目を白黒したままだ。転んだまま舌戦を続行しよう
とする二人を止めたのは晶だった。
「ストップ、お二人さん。仲がいいのはいいことだけどとりあえず
外にでよう」
「仲良くなんか、ないっ!」
「仲いいわけ、あるかっ!」
 仲良く声が重なる二人。
「立てますか、沢近先輩?」
「ありがとう、八雲…痛っ!」
 愛理は八雲の手を借りて立ち上がろうとしたが、右足首に鋭い痛
みを感じて思わず声を上げた。見れば右足に履いていた下駄が明後
日の方向に飛んでいる。慣れない他人の鼻緒の下駄だったせいか転
んだときひねったらしい。晶は下駄を取り上げ、愛理の足に履かせ
ると外まで傷みを我慢できるか、と声をかけた。
「う、うん…」
「じゃ、出ましょうか。外へ」
552【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:12 ID:epX08F5k
 一同は外に出ると、播磨がお化け屋敷の受付から持ってきた椅子
に愛理に座らせ、足首を晶のミニマグライトで照らし、彼女の傷の
具合を確かめ始めた。
「ここはどう、愛理?」
「い、痛っ!」
 浴衣の裾を捲り、再度晶が足首を軽く押す。それだけで愛理は軽
い悲鳴を上げた。
「どうですか、高野先輩。傷の具合…」
「骨折はしていないみたいだけど全然良くないね…。とりあえず愛
理をつれて天満を探しにいくのは無理そうだ」
「そうですか…」
 晶の一言を聞いて、八雲の眉は下がった。播磨は無言だが自分に
も非があると認めているのか、心なしか大人しい。だが、足や肩が
そわそわしていて挙動不審だった。
「いいわ、二人とも。私を置いていって。私は中村に向かえにきて
もらうから」
「愛理、いくら中村さんが執事とはいえ万能じゃないんだから、祭
りのまっただなかにこんな神社の境内の奥までは迎えにはこれない
よ」
「だったら、美琴のうちまでむかえにきてもらえば…」
「それでもこの怪我で一人で美琴のうちに行くのは無謀だよ」
「困りましたね…。姉さんのことも気にかかりますし…」
553【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:13 ID:epX08F5k
 一方、播磨は。
(い、言えねぇ〜!この状況でこのメンツに「俺が塚本を捜しに行
ってやろうか?」なんていった日にはぜってー俺が天満ちゃんを好
きなことを感づかれる!こいつらに気づかれないように天満ちゃん
を捜しにいくには…)
 ぶつぶつと一人天満を捜しにいく方法を考えていた。
 そんな播磨をじっと観察していた晶は、突如彼に声をかけた。
「播磨君」
「なんだ?え、え〜っと…」
(こいつの名前、なんだっけ?)
「高野晶」
「…高野」
「ちょっとこっちに来て」
 愛理と八雲がいる場所から少し離れた位置に立った二人。相変わ
らず天満のことでうわの空な播磨に、突然晶が切り出した。
「播磨君、美琴のうちまで愛理を送っていってくれないかしら」
「な、なんで俺があいつを…」
「そもそも、愛理を転ばせたのはあなたよ」
「ぐっ…」
 言葉につまる播磨。しかし食い下がる。
「い、いや、それで言えばそもそも塚本が行方知れずになったのも
俺の責任だ。俺が塚本を捜しに行ってくるから、お前ら三人はここ
で待っていてくれ」
(い、言えた、俺ーーー!)
554【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:14 ID:epX08F5k
「ふぅん…」
 小さく拳を握る播磨の前で、晶は巾着袋からデジカメを取り出し
た。
「言うことを聞いてくれないと…天満に見せるわよ?あなたが天満
の胸をさわっている写真」
 無言で3mほどふっとぶ播磨。本来、打たれ弱い播磨だったがこ
の件だけは見過ごせない。ゆらり、と播磨は立ち上がった。
「ど、どこにそんな証拠が…」
「この、デジカメに」
「貸せっ!」
 ひらり。
 播磨はむしゃぶりつくがごとく晶のデジカメを奪おうとしたが、
浴衣に下駄とは思えない彼女の素早い動きによってそれを阻止され
た。
「あら、播磨君は女性を襲うの?それも天満に言おうかしら…」
「ぐ、ぐぐっ」
 学校一の不良も恋の前にはただのへたれ。播磨は晶に完全敗北し
た。
「サワチカサンヲスオウサンノオウチマデオオクリイタシマス…」
「商談、成立」
 取引を終えた播磨と晶。
「あの二人、なに話しているんだと思う?」
「さあ…」
 その二人の姿を愛理と八雲はいぶかしげに見守っていた。
555【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:14 ID:epX08F5k
「愛理、話しが決まったわ。播磨君が美琴のうちまで送ってくれる
そうよ」
「なんで播磨がっ!それぐらいなら一人で帰るわよっ!」
 戻ってきた晶の開口一番の一言に、愛理は猛反発した。
「八雲を一人で捜しにいかせるのも、私が一人で捜しに行って八雲
と怪我したあなたを二人で帰らせるのもどっちも不安。かといって
天満を捜さないのは大問題…。そもそもあなたの怪我で帰るのには
男手が必要だわ」
「なら、中村がここに来るまでここにいるわよっ」
「愛理、無茶いわない…。待っていられるほど軽い怪我じゃないの
は自覚があるんでしょう?一刻も早い手当が必要よ」
 言われた愛理はぴたっと黙る。実際に自分でも腫れと痛みが増し
てきているのがわかる。我慢をして表情には出さないようにしてい
たが、晶にはばればれのようだった。
「わかったわよ…」
「わかってくれて、よかった。じゃ、播磨君。あとをお願い」
「お、おう」
「くれぐれも、送り狼しないように」
「するかっ!」
「されないわよっ!」
 再び見事に声の重なる二人だった。
556【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:15 ID:epX08F5k
「じゃ、捜しに行きましょうか」
「はい、先輩」
 愛理、播磨と別れてまずは天満の携帯にかけてみた八雲と晶。が、
落としたのか、家に忘れたのか見事に繋がらなかった。
「天満らしいわね」
「はい…」
 八雲と晶はしかたなく境内から捜し始めることにした。
「あれだけおばけ屋敷の前で話し合っていたのに、自ら戻ってこな
いのはおかしいわ…。それにあの子ならはぐれたことをけろっと忘
れて遊んでいてもおかしくないし」
 という晶の一言で、主に人が遊んでいる屋台を見ながら捜すこと
になった。
 人混みの中を十分ほど歩いたころ、人だかりのできている屋台が
見つかった。どうも亀すくいの屋台らしい。
「姉さん、いるでしょうか…」
「いってみましょう」
 近づいてみるとその人混みの中心では、いままさにもめごとが起
こっている真っ最中であった。
「あんなにやったのに取れないなんて詐欺だ!」
「坊主の腕が悪いだけだ。金がねぇなら帰ぇんな」
「あら、あの声は…」
「修治君?」
「あ、八雲姉ちゃん、晶姉ちゃん!」
 そこにいたのはテキ屋の若い兄ちゃんに食ってかかっている播磨
拳児の弟、播磨修治だった。
557【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:16 ID:epX08F5k
「なにしているの…?」
 不思議そうな顔で修治に事情を聞く八雲。
「俺、一万円がくくりつけてある亀狙って、五回もチャレンジした
んだけど取れなくて…くやしくて…」
 修治は久しぶりに八雲に会えたことに喜びつつも、八雲に格好悪
いところを見せた、と俯きながら話した。
「ふぅん、そんなに難しいんだ…。お兄さん、一回いくら?」
 晶はなにを思ったか若い店主に値段を聞いた。
「一回三百円だよ」
「そう。じゃ、二回」
「先輩…?」
「晶姉ちゃん?」
「敵、とってあげる」
 水の中には無数の亀の中に三匹の一万円の括りつけられた亀が泳
いでいる。晶はすっと亀すくい用最中とお椀を構えた。ピチャッと
いう小さな水音のあとにはお椀に一万円がくくりつけられた亀が入
る。周囲から小さくはないどよめきが上がった。晶はもう一度最中
をかまえるとこれまた見事に一万円亀を掬った。
「先輩、上手い…」
「晶姉ちゃん、すげぇ…」
 周囲のどよめきが一層大きくなるなかで八雲と修治はぽかーんと
驚いていた。
558【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:18 ID:epX08F5k
「じゃ、行きましょうか…。お兄さん、亀を袋にいれてくれる?」
 あっけにとられていた店主だったがそこで我に返った。
「ちょっと待て、ねーちゃん!お前ずるしてるだろ!」
「あら、しっかりあなたの目で見ていたでしょ…。それにこの店は
詐欺をしていないって修治君に言っていたのはあなたじゃない」
「それとこれとは話しが違う!とにかく、亀は持っていかせられ
ん!」
 店主も店の売り上げをごっそり持っていかれてはかなわないと必
死だ。八雲も修治も周囲もことの成り行きをはらはらして見守って
いた。そこに周囲の客を割ってはいる人物が現れた。
「おら、どいたどいた…。ユウジ、お客さんとなにもめてんだ」
「あっ、元締め…。いや、このねーちゃんがずるしようとしたんで
それで…」
「私はずるはしていないわ。それは周囲のお客さんみんなもみてい
たことよ」
 そーだ、そーだ、と周囲から晶に味方する声が上がる。
「そうかい…。姉さん、騒がせてすまねぇ…ってあんた、晶ちゃん
かい?!」
「あら、虎次郎さん。おひさしぶりね…」
「へ?お知り合いで?」
「ばかっ、お前なにいちゃもんつけてんだ!この人は高野さんとこ
のお嬢さんだぞ!」
「え、そうなんですかい…そ、それは失礼しやしたぁっ!」
「いいわ…悪気があったわけじゃないみたいだし。でも小さな子相
手にあまり阿漕な商売はしないことね…。素人さんにはまっとうに
楽しんでいただく、それがテキ屋稼業の鉄則よ…」
「へ、へいっ!!!」
「晶姉ちゃん、かっくえー…」
(先輩っていったい…)
 事態のなりゆきに、ただただ驚く八雲だった。
559【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:19 ID:epX08F5k
 結局、元締めの登場によりもめ事は終わった。晶が掬った亀の二
万円だが「喧嘩両成敗ということね」と晶は言い、一万円だけ貰っ
ていくことにした。修治は八雲と晶が天満を捜している、と聞くと
ついていって一緒に捜してやるといって聞かなかったので一緒に天
満を捜すことになった。
 そしてかれこれ二十分。境内もほとんど探し終わった八雲、晶、
修治の三人。当然別の場所を探そう、ということになるが晶が一カ
所だけ寄りたいところがある、と言い出した。
「…あそこですか?」
「あそこよ」
 そこは…刑部絃子に穴場だと教えてもらった射的場。ただ、雰囲
気がなぜか異様なのは、どっさりと実銃かと見まごうばかりのトイ
ガンが積んであるせいだろう。景品の棚もなぜかまばらで数が少な
い。当然、お客も少ない。お店も終わり間近らしい。40代半ばご
ろの老けた店主が一人、番をしていた。
「終わりかしら?」
 店主に聞く晶。
「いや。でも今日は二人連れの髪の長い姉さんにあらかた景品持っ
ていかれちまって商売にならなくて…。お客さんたちで終わりにし
ようと思ってるよ」
 と店主。
560【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:20 ID:epX08F5k
「じゃあ、3人1回ずつお願いしま――」
「「「あーっ!修治!」」」
「おー、晶!」
「あら、美琴…。ということは…」
「や、八雲くんではないか〜〜〜!!!」
「花井先輩…」
 そこに通りかかったのは3人の子供を連れた周防美琴と花井春樹
だった。
「子守中?そうやっているとまるで夫婦ね…」
「ばっ馬鹿ヤロー!冗談言うな!」
 晶に軽く揶揄されただけで仄かに頬を染める美琴。もう一方の花
井はというと。
「浴衣姿の八雲君、浴衣姿の八雲君、浴衣姿の八雲君、八雲姿の浴
衣君…」
 目は眼鏡越しにもわかるほど真っ赤に血走り、ぶつぶつとつぶや
くその言葉はすでに呂律が回っていなかった。
 そのあまりの思念の強さに思わずそっと晶の影に隠れる八雲。ま
あ、隠れてもそのいささか度の過ぎた思念は八雲に伝わってきてし
まうわけだが。
561【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:21 ID:epX08F5k
「で、なにしようとしていたんだ?」
「見ればわかるでしょ、射的…」
「射的って…これでか?」
 子供たちがわいわい言いながら触ろうとするトイガンを指さす美
琴。
「いまはぐれた姉さんを捜しているんですけれど、高野先輩がこれ
だけはやるって言ってきかなくて…」
 困り顔の八雲。
「よし、わかった!困っている八雲君のためとあってはしかたな
い!いまやろう、すぐやろう、ぜひやろう!そして塚本君を捜しに
いこうではないか!」
 屋台を八雲と回れる口実になる、と考えた花井は興奮のあまり拳
を天に振り翳して雄叫びを上げた。
「ええっ!まじかよ?!しゃーねーなぁ…」
「美琴ねーちゃん、俺もやりたい!」
「俺も銃さわりてー」
「ぼ、僕も…」
「お、俺もやる!」
 口々に騒ぎ出す子供達と修治。
「しかたないね…花井君以外ならおごってあげる」
 やったぁ!と喜ぶ子供達。
「いいんですか、先輩…」
「たまには散財もいいでしょ」
「わりーな、晶」
 亀すくいで儲けたことだしね、と珍しく太っ腹な晶だった。
562【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:22 ID:epX08F5k
「いくら?」
「二発で四百円。ルールは商品の下の台に描いてある赤い丸に穴
が空けば勝ち。商品に当たったり落ちても商品はもらえないよ」
 ルールを聞き、子供たち一人一人にてきぱきと銃をくばっていく
晶。射的には銃選び、とはいっても子供たち各人の筋力を判断し、
銃を采配するその目はこだわりに満ちていた。
 その仕切りっぷりに自分で銃を選びたい年頃の男の子達は不満の
声も出たが「手首を痛めるから駄目」といって分不相応のトイガン
はけっして許さなかった。
「さて…貴方達はどれにする?」
「僕はこれだ!む、重い…」
 デザートイーグル 50A.E.を選び意外な重さに驚く花井。
「なー、ルパン三世の使っていたのってどれだっけ?」
「それはこれ…」
「サンキュー」
 ワルサーP38を構える美琴。
「じゃあ、私はこれを…」
 一番小さなデリンジャーを選ぶ八雲。
 晶は無言でS&W M29を取り上げた。
「いいかい、必ず両手で撃つんだよ」
 店主から注意の声があがった。
563【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:22 ID:epX08F5k
「はっはっは、まずは僕からだ!」
(はっはっは、まずは僕からだ!)
「花井のにーちゃん、ずっちーぞー」
「ずっちーぞー」
「豪華な景品に当てて、八雲君にプレゼントするのだ!」
(豪華な景品に当てて、八雲君にプレゼントするのだ!)
 大人げない花井に子供たちから花井にブーイングがあがる。だが
100%間違った方向に有言実行な男、花井春樹は浴衣の八雲に壊
れたあまり思ったことをありのままに述べ過ぎていた。
「じゃあ、花井は見本ということで」
 しかたなく美琴が仕切る。ジャキッ、と片手で構える花井。
「いくぞぅ、愛のマァグナァムパワァー!!!」
「みんな、伏せて!」
「えっ?えっ?」
 ガガンッ!
 とっさに叫ぶ晶。戸惑う八雲。発作的に頭を抱える美琴と子供達。
跳ね上がる腕。明後日の方向に飛び出すBB弾。反動で倒れ込む花井。
そしてため息をつく店主。
「あんちゃん、だから両手で構えろっていったろ…」
 そこには屋台の柱に頭を打ち付け、気絶する花井の姿があった…。
564【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:23 ID:epX08F5k
 ぴしゃっ、ぴしゃっ。
「起きねーな…打ち所、悪かったかな?」
「大丈夫でしょうか…」
「仕方ないわね、やっているうちに起きだしてくるでしょう」
 頬を叩いて起こそうとする美琴と心配そうにのぞき込む八雲と子
供たち。対照的に晶はあくまでクールだった。
「美琴姉ちゃん、俺たちそろそろやりたいよぉ…」
「仕方ねぇな…お前達、悪い見本の真似だけはするんじゃないぞ」
「「「「うんっ!」」」」
 子守から悪い見本にまで立場の下がった花井であった。
 トイガンをそれぞれに構え始める子供達。景品の少ないのと台の
狭いのとで修治は次に回る。三者三様にトイガンを構える子供達。
発射されるのはBB弾とわかっていても心が躍る。しかも景品はもう
高い位置にある大分難易度の高い、つまり高価な物のしか残ってい
ない。自然子供達は口数も少なくなり真剣に狙うようになった。
 パーンッ。パパーンッ。パーンッ。
 銃声が響く。しかし…。
「だめだ〜、とれねー」
「俺も駄目だ」
「僕も…」
 所詮は慣れないトイガン、一朝一夕にそう使いこなせる物ではな
いようだ。だが偽物とあっても拳銃を撃てて満足する三人だった。
565【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:24 ID:epX08F5k
「次、修治君撃つ…?」
「いいよ、俺後で。八雲姉ちゃん、先撃って」
「そう…?」
「美琴、先に撃っていいわよ」
「わりーな、晶」
 順番を決める四人。八雲と美琴が台の前に立つ。
「美琴ねーちゃん、ゲームボーイアドバンスとってー!」
「おう!」
 声援にこたえる美琴。しかし威勢良く撃った二発は一発は台を掠
めて、一発は手前のぬいぐるみを倒して終わった。
「お嬢ちゃん、惜しいね〜」
 あ〜あ、と肩を落とす子供達。店主はこれ以上景品を落とされた
くないのか心持ち安堵している様子。
「次は八雲だね」
「は、はい…」
 狙いを定める八雲とそれをじっと見つめる修治。しかしいかんせ
ん腰が引けている。
「え、えいっ」
 パン、パン。
566【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:24 ID:epX08F5k
 結果は見事にはずれで終わった。じっと見ていた修治が話しかけ
る。
「八雲姉ちゃん、どの景品狙ってたの?」
「あの薄いグリーンの紙に包まれてる小さい箱…」
 よおっしっ、と気合いを入れる修治。
「八雲姉ちゃんの敵、とってやるよ!」
(俺、八雲姉ちゃんになんかプレゼントしたいっ!)
 はじめはきょとんとしていた八雲だったが意味を解したのか
「頑張って、修治君…」
と精一杯の声援を送った。
 修治は思いを込めてぐっとトイガンを構えた。その時、口を噤ん
でいた晶が口を開いた。
「その構え方じゃ、だめよ…」
「えっ…」
 後ろを振り向こうとした修治にそっと覆い被さる晶。そのまま修
治の手に手を重ね合わせると優しく声をかける。
「一度手を開いて…力を抜いて…優しく握るの…。そう、上手いわ
…。そしてそのまま腕を上げて…」
(晶姉ちゃん、いい香りがする…)
 これではいけない、と慌てて気を引き締める修治。薄いグリーン
の箱を一心不乱に見つめる。全員、じっと固唾を飲んで見守る。
 パーーーンッ…。
567【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:25 ID:epX08F5k
「あ、当たったーーー!」
「すっげー、修治!やるじゃーん!」
「すごいね、修治君…」
「おー、ほんとすごいなー」
 どよめく一同。チャリン、チャリーンとやる気なさげにベルを鳴
らす店主。だが当たったのはグリーンの箱のある台ではなく、隣の
ブルーの包み紙につつまれた小さな箱のほうだった。狙いはよかっ
たが、小さな腕がトイガンの反動でぶれたのだ。当たったにもかか
わらずしょんぼり肩を落とす修治。
「ごめん、八雲姉ちゃん。敵とれなかった…」
「そんなことないよ。修治君かっこよかったもの…」
「えっ…。ほんと?」
「ほんとにほんとだよ…」
 八雲の一言に一気に元気になる修治。その辺はやっぱり子供だ。
「坊主、持ってきな」
「ありがとう、おっちゃん。…八雲姉ちゃん、これ、貰ってくれ
る?」
(貰ってくださいっ…!)
 修治は精一杯の勇気を込めて差し出した。
568【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:26 ID:epX08F5k
「え、えっと…」
「貰ってあげなさいよ、八雲」
「う、うん。修治君、貰うね…」
 受け取る八雲。ひゅー、ひゅー、と囃し立てる子供達。囃し立て
る声を真っ赤になってこらえる修治。
「で、中身はなんなんだ?」
 ひょいっ、と覗き込む美琴。なんでしょう、と首を傾げる八雲。
「開けてみたら?」
「「「見ーせて、見ーせて、見ーせて!」」」
 がさごそと包み紙を破り、出てきたのは…プラスチックの箱に入
った、真ん中に大きなハートのビーズのついた、ブルーのビーズの
指輪だった。
「指輪だー」
「これは…スワロフスキーだね」
「でしょうね」
「それって、いいもの?」
 修治は晶に尋ね、結構いいものよ、という答えを聞くとほっと息
を吐いた。
(八雲姉ちゃんに変な物は贈れないよな…)
569【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:26 ID:epX08F5k
 と、その時、一人の子供が言い出した。
「知ってるかー、修治。女に贈る指輪は『エンゲージリング』って
いうんだぜー」
「えっ…!」
 修治には考えもつかなかった発想のようで彼はみるみるうちに絶
句した。
 あら、結婚指輪という物もあるわよ、という晶の一言が更に追い
打ちをかける。
「やーい、婚約、婚約ー」
「結婚、結婚ー」
「う、うるさーい!!!」
 さすがの修治もこれには堪忍袋の緒が切れたらしい。手近にいた
一人に飛びかかった…がかわされた。みるみるうちに追いかけっこ
に発展する四人組。修治はそのまま逃げ出した三人を追いかけて走
り去った。
「あ、修治君…」
 八雲はためらいも振り向きもせず、雑踏に消えていく修治の姿を
見てふと不安を感じた。
570【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:27 ID:epX08F5k
「あー、しまった…。逃げられた…。おい、起きろ、花井!」
 がくがく…と襟首を持って花井を揺さぶる美琴だが、よほど衝撃
が大きかったのかなかなか目覚めない。
「美琴、どいて…」
 そういうと晶は手にしていたS&W M29の銃底で、花井の頭を容赦
なくドカッと殴りつけた。
「い、痛たっ!…なんかえらい目に…はっ!八雲君!」
「この馬鹿、子供達がはぐれたんだ。探しにいくぞ!」
「はっ?し、しかし僕には八雲君と一緒に屋台を回る…もとい塚本
君を捜すという崇高な使命が」
 花井はこの期に及んで当初の目的に固執している。
 そこへ勇気をふるった八雲から声がかかった。
「花井先輩…修治君まではぐれちゃったんです…。どうか捜してい
ただけませんか?私達のこの浴衣では走っている修治君達に追いつ
くのは至難の業ですし…」
 困り顔の、しかも浴衣のせいでいっそう可憐に見える八雲にお願
いされたとあってはさしもの花井も折れざるを得なかった。
571【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:28 ID:epX08F5k
「むむむ、致し方ない。義を見てせざるは勇なりき!この花井春樹、
必ずや使命を果たし八雲君のところへと戻ってこよう!それまで待
っていてくれたまえ!それまでの再会の約束を…ばっ!」
 がしっ!と八雲に抱きつこうとする花井。が、しかし。
「なにやってんだ、この馬鹿!いくぞっ!」
「………」
 絶妙のタイミングで花井の襟首をひっつかみ、ずるっと引きずっ
た美琴と、無言で八雲の前に立ちガードした晶の連係プレーがそれ
を阻止した。
「し、仕方ない。だが僕は必ずかぁ〜えぇ〜ってぇ〜くぅ〜るぅ〜…」
 スニーカーの足下も軽く走り出す美琴と叫びながら雑踏に消えて
いく花井。
 一方の晶は「やれやれ、やっと静かになった…」と言ってこきこ
きと肩を回した。
 そこへ声をかけてくる店主。
「どうする、髪の短いねーちゃん。まだ弾が2発残っているけど」
「せっかくだからやっていくわ…ちょっと待っててくれる、八雲」
「は、はい…」
 晶は八雲に一声かけるとすぅ、と自然な仕草で片手でS&W M29を
構えた。
「先輩、片手撃ちは危ないんじゃ…」
「いいのよ。撃ち慣れているから」
「え…?」
572【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:29 ID:epX08F5k
 パパンッ!
 八雲が驚く間もなく、晶はリボルバーを二発続けて速射した。残
ったのは台に空いた穴二つ。
 がっくりと肩を落としながらベルをならす店主。閉店間際に連続
して二つも高価な景品を持っていかれてたまらなかったらしい。し
ぶしぶと景品を渡す。八雲の狙っていた薄いグリーンの包み紙に包
まれた小さな箱とプラスチックケースに入った腕時計だ。八雲はブ
ルーの包み紙の箱を指さした。
「なんだったんでしょう、これ…」
「それも気になるけど、いまは天満を捜しにいきましょうか」

 やっと本題である天満捜しに戻った八雲と晶。とはいってもこの
人混みと屋台の群れ。当てずっぽうに捜してもらちがあかない。
「どうしましょうか…」
「たぶん、もう境内にはいないわね」
「どうしてですか?」
「この射的場はお化け屋敷からそう離れていない。お化け屋敷に戻
ってくる、という知恵が天満にあるなら天満のほうから私たちを見
つけているはず」
「なるほど…」
「そうなるとどこかしら…?」
 晶は額を抑えて考え込んだ。
「先輩、サラのところにいった、という可能性はありませんか?」
「可能性はあるわね…。いってみましょうか」
「はいっ」
 二人はからころと下駄を鳴らし、境内の階段へと向かった。
573【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:29 ID:epX08F5k
 境内下、参道。青の縞地に紫の花柄の浴衣の八雲と、藍の絞りの
浴衣地に紫の帯を締めた晶は周囲の目を引いていたが二人はいたっ
て気にしていなかった。
「さて、サラの居場所はどこだったかしら…」
「あそこですよ、先輩」
 そこは参道に面した小さな広場にある焼きそばの屋台だった。し
かし無人である。広場にある他の屋台はまだ賑わっているのだが、
商品もないところを見るとそうそうに店仕舞いしたらしい。
「いませんね」
「いないわね…」
 試しにサラの携帯に電話をかけてみるのだが、電源が入っていな
いのか繋がらなかった。
「まあ、サラは一人じゃないから大丈夫でしょう…あと広場をちょ
っと捜してみましょうか」
「はい」
574【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:30 ID:epX08F5k
 狭い広場をぐるっと捜す。スペースがあるせいか、屋台の後ろに
テーブルと椅子を設け飲食できるようにした屋台がほとんどだ。そ
の一角で二人はビール瓶に囲まれた女性の二人連れを見つけた。
「刑部先生、笹倉先生…」
 そこにはつまみの山を平らげつつ、ビールの缶を傾ける浴衣姿の
美女が二人。矢神高校物理教師であり、八雲の担任である刑部絃子
と同校美術教師の笹倉葉子だった。八雲と晶は二人に軽く頭を下げ
た。
「やぁ、奇遇だな。飲んでいくか?」
「駄目ですよ、高校生にお酒勧めちゃ」
 絃子は二人を席にと誘ったが、葉子に窘められた。
「ご遠慮しておきます」
 丁重に断る晶。
「刑部先生、姉をご存じありませんか?」
「塚本さんかい?塚本さんは…見ていないな。サラ君ならさっき会
ったけどね。さっき商品を買ったんだ。麻生君と屋台に行くと言っ
ていたよ」
「そうですか…ありがとうございます」
「では失礼します」
「気をつけてね」
 挨拶をかわして別れる四人。
575【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:31 ID:epX08F5k
「あとは…どこにいるでしょうか」
「一応、町内会の本部に行ってみる?迷子として届けられているか
もしれないし」
「先輩、そんな…」
 でも確かにありえなくはない。迷子として預けられている天満を
想像して妙に納得しまい、一応行ってみようということになった。
 人混みを掻き分けて二人が辿り着いたのは、参道真ん中付近にあ
る町内会本部。町内会の役員の人に特徴を伝えてきていないかどう
か確認する。すると、一人の人が天満の浴衣を覚えていた。
「あー、あの山吹色の浴衣を着た、髪の長いお姉ちゃんだね?その
子なら二条先生と連れだってどこかへいったよ。まー、二条先生と
一緒なら大丈夫だよ。信頼おける人だし」
 はっはっはと豪快に笑ってその人は仕事に戻っていった。
「二条先生…?」
「まあ、一人じゃないってわかっただけでも一安心かな」
 参道を神社と出口方面へと向かったという目撃情報を元に天満捜
索を続行する二人だった。
576【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:32 ID:epX08F5k
 八雲と晶は目を皿のようにして、屋台をしらみつぶしに当たって
いたが、参道中程まできても天満は見つからなかった。そのかわり
に見つかったのは…。
「先輩、あれ…」
「サラだね」
 二人が見つけたのは晶の同級生、麻生広義と金魚すくいに興じる
八雲の親友、サラ・アディエマスの姿だった。
 サラの顔は水面にむかい一心不乱に金魚に対峙しているせいか、
八雲と晶の側からは見えない。だがその金髪とピンクの大輪の花柄
の浴衣は遠目にも目を引いた。麻生は隣で金魚すくいのこつを教え
ているようだ。
 サラの笑い声が微かに届く。はたからみたら恋人同士とも見える
二人の仲の良さげな様子に八雲は得も言われぬ淋しさを覚えた。
「邪魔はしないでおこうか」
「はい…」
 二人はお好み焼きの屋台の裏を通り、サラと麻生に見つからない
ように天満捜しを続けることにした。
577【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:33 ID:epX08F5k
「見つからないね…」
「そうですね…」
「帰ってしまったということはあると思う?」
「それはないと思います…」
 参道、出口付近。八雲と晶はなかなか天満が見つからないことに
少々焦れていた。ただでさえ祭りの人混み。しかも手数は二人だけ
とあっては無理のない話なのだが。
 特に八雲はいつもなら聞こえるはずの天満の思念が聞こえないこ
とに不安を感じていた。
(どうしたんだろう、姉さん…。ひょっとして姉さんの身になにか
…)
 きょろきょろと当たりを見渡したその時まさに、天満の心の声が
聞こえてきた。
(八雲…)
「姉さん?」
「どうしたの、八雲。天満、見つかった?」
「い、いえ…」
 もう一度、意識を集中してみる。すると再び天満の思念が伝わっ
てきた。
(ごめん、八雲、愛理ちゃん、晶ちゃん。でも今日は私の人生で最
良の日だよ…)
578【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:33 ID:epX08F5k
 そのとき、八雲の目はべっこうあめの屋台の前に立つ天満の姿を
見つけた。
「姉さ…!」
「待って、八雲」
 八雲は思わず声をかけようとして晶に止められた。
「どうして止めるんですか?せっかく姉さんが見つかったのに…」
「理由は…あれ」
 すっと、晶が指を指す先を見る。そこにはべっこう飴を買って天
満に渡そうとする烏丸大路の姿があった。
(姉さん、烏丸先輩といたんだ…)
 満面の笑みでべっこうあめを受け取る天満。そこにはまぎれもな
く恋する乙女の姿があった。
 その笑顔を見ていると、八雲の胸には言葉にはできない小さな傷
みが胸に広がった。
「そっとしておいてあげよう。烏丸君なら無事天満を家まで送り届
けてくれると思うよ。八雲は私が家まで送るから」
 晶の提案に無言でしか答えられない八雲であった。
579【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:34 ID:epX08F5k
 塚本家への帰り道。八雲は晶となにを話すわけでもなく、もの思
いにふけっていた。修治とサラと天満のことが気にかかっていたの
だ。
(修治君、無事見つかったかな…。サラ、麻生先輩とあのあとどう
しただろう…。姉さん、無事に帰ってこれるのだろうか…)
 修治がいなくなったときに感じた不安…。サラを見かけたときに
覚えた淋しさ…。姉を見つけたときに広がった痛み…。それぞれが
八雲の心を頼りなく心細くさせた。
(大事な人がいつも自分のことを想ってくれるわけでも、そばにい
てくれるわけでもない…。そんな当たり前のことが、私にはちっと
もわかっていなかった…。姉さんは、姉さんで、サラはサラだ。姉
さんもいずれは好きな人と結ばれて私たちの家を出て行く…。サラ
も留学期間が終わればイギリスに帰ってしまう…。修治君も大きく
なれば私のことなど忘れてしまうだろう…。それはまぎれもない事
実なんだ…)
 急に襲ってきた孤独感。それはまるで恐怖のように八雲の心を震
わせた。
 そこへふと、晶が話しかけてきた。
「どうしたの、八雲?」
「え?」
「あなた、ずっと黙ったままだし、なんだか深刻な顔してるから」
580【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:35 ID:epX08F5k
 八雲は勇気を振り絞って晶に尋ねた。
「先輩は…もし大事な人といられる時間が限られているとしたらど
うします?」
「今を大切にする」
「今、ですか…」
「人との出会いって本当に一瞬しかないものだと思う。だからね、
今ってそれこそ八雲と居るこの時のように人と居るこの一瞬にしか
感じられないものじゃないかな。
 一瞬、一瞬に出会って、その次の一瞬、一瞬には別れ、また次の
一瞬に会う。だからね、その人といられる今が大事なんだと思うし、
大切にしたいと思う」
「そうですか…。でも…今しか一緒にいられないのなら、別れが怖
くありませんか?もしもその一瞬出会えても、その次の一瞬に会え
ることがなかったとしたら…?」
「その時は、その時。別れに始めから恐怖していてはどんな出会い
も始まらないよ。
 例えば今日私たちは播磨君にあった。修治君にあった。美琴にも
花井君にも刑部先生にも笹倉先生にも会った。そしてその都度別れ
た。
 でも、別れるのが怖くて今日一日家にいたら会えたはずのみんな
に会えなかったわけでしょう?一緒に遊んだり話したりすることも
出来なかったわけでしょう?それはとてもとても淋しいことだと思
うよ」
「そうですね…」
 八雲は晶に言われてみて、気がついた。修治やサラや姉との別れ
以上に自分の周りには無数の出会いがあることに。いつか別れがく
るとしても、それ以上に大切な今があることに。そう気がつくと感
じていた心の震えが幾分か収まった気がした。
581【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:36 ID:epX08F5k
「ありがとうございます、先輩…」
「なに改まっているの?」
「いいえ、とても楽になりました」
 そう、と晶はつぶやく。八雲は今一人でなくて、隣に晶がいてく
れてこの上なく良かったとそう思った。
 やがて塚本家が見えてきた。
「先輩、わざわざ送っていただいてありがとうございました。」
「どういたしまして。一応、玄関まで送るわよ」
「いいえ、ここで大丈夫です…」
 電灯の下で話す二人。固辞する八雲の前で、晶は巾着袋から薄い
グリーンの包み紙に包まれた箱を取り出した。
「先輩…?」
「今日、という今の記念よ。あげるわ」
「いいえ、そんな…」
「遠慮しないで。あなたのために獲ったようなものだから」
 なら…と受け取る八雲。
「なんでしょう、これ」
「開けてみたら?」
 晶の見守る中、がさごそと包み紙を解く。そこに出てきたのは箱
に入った淡水パールの組み合わさったイヤリングだった。
「可愛い…」
「八雲に似合いそうね…。貸して、つけてあげる」
 晶は八雲からイヤリングを受け取ると、彼女の耳たぶにそっとつ
けた。
「似合うわよ、八雲」
「ありがとうございます…」
582【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:36 ID:epX08F5k
「そういえば、先輩の獲った腕時計はどんなものだったんですか?」
「私の?」
 巾着袋から腕時計が取り出される。
「OMEGA…?」
「OMEGA スピードマスターのフェイクね…。それにしてはよくでき
ている…」
 あの店儲かっているのかしら、と晶は首を傾げた。
「男物ですね…」
「そうね…。でも気に入ったわ」
 ちゃら、と音をならして晶はその細い手首に腕時計をつけた。腕
時計は晶の手首には緩かったが、手のところでかろうじてなんとか
止まった。
「調節すれば、使えるでしょ」
「格好いいです…。先輩」
「そう?ありがとう」
583【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:37 ID:epX08F5k
 じゃあ、ここで。そういって別れようとしたとき、八雲は晶にふ
と聞いてみたくなった。
「あの、先輩」
「なに?」
「先輩の大事な人って、今そばにいらっしゃいますか?」
「いるわよ」
「え?」
「ここに、ね」
 そういって晶は浴衣の胸を親指で指さした。八雲は晶がそのとき
初めて見せた愛おしげな微笑と仕草につかの間、心奪われた。
「じゃあね」
「あ、はい。おやすみなさい…」
 八雲が一瞬気をとられた隙に晶はくるっと踵を返し、そのまま振
り返りもせず去っていった。
 八雲はさっき晶が見せた表情に少し気をとられながらも晶を見送
り、姿が見えなくなったあと塚本家の玄関の戸をくぐった。
584【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:40 ID:epX08F5k
 家には天満はまだ帰り着いていないようで、しん…とした家の中
には人気も灯りもなかった。
 下駄を脱ぎ、玄関を上がる。そのまま自室には行かず、浴衣のま
ま居間にぺたん、と座った。
 たたっという軽い足音と共に猫の伊織が八雲の元に駆けてきた。
「ただいま、伊織…」
 伊織に声をかける。伊織はにゃぁ、という泣き声と共に八雲の腰
に擦り寄った。
「淋しかった…?」
 そっと、猫の背を撫でる。猫は体重を八雲に預け、無言で八雲に
答えた。
 淋しいのは八雲のほうだった。いつもは姉のにぎやかな笑い声の
絶えないこの家に独り座っていると、ひどく深い孤独が近づいた。
(でもこれが当然なんだ…。大切な人がそばにいる時の代わりの幸
せの代償…)
585【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:40 ID:epX08F5k
 どのくらい経ったころだろうか。パチン、と灯りをつける音がし
た。そっと体を揺する誰かの優しい手を感じる。
「八雲、こんなところでうたた寝していると風邪引いちゃうよ?」
「あ、姉さん…」
「ただいま、八雲」
 八雲を起こしたのはいま帰り着いたばかりの姉、天満だった。手
にはべっこう飴を二本持っている。
「先に帰って来ちゃってごめんね…。無事帰ってこれた?」
「ううん、大丈夫。烏丸君とばったり会って、彼がね…。えへへー、
送ってくれたのー!」
「よかったね、姉さん…」
 心の底からそう思える。そこにはさっき二人を見たときに感じた
小さな傷みはすでになかった。
「あ、そうそう。これ八雲におみやげだよ。心配させたおわび」
 天満は紅色のべっこう飴を八雲に差し出した。
「え、でも姉さん。それは烏丸先輩に買って貰ったものじゃ…」
「それはこっち。そっちは八雲用に私が買ったやつ。…ってなんで
烏丸君が買ってくれたものだって知ってるのー!」
 ずさっ、と天満が飛びすさる。
「ごめん、二人が一緒にいるところ、高野先輩と一緒に見かけた…」
586【夏祭りの夜に -yakumo side-】:04/08/27 18:41 ID:epX08F5k
「ええっ、晶ちゃんと?!ううっ、二人とも趣味悪いなぁ…。声か
けてくれればいいのに…」
 次に会ったらからかわれる〜、と頭を抱える天満。そんな天満
を見ていて、八雲は胸に安堵が広がるのを感じた。
(やっぱり、姉さんは姉さんだ…)
「姉さん」
「ん?なに?」
「帰ってきてくれて…ううん、一緒にいてくれてありがとう」
「変な八雲」
 天満に意味は伝わらなかったようだ。でもそれでいい。一緒にい
られるだけでいい。八雲はそう思った。

(ずっとは一緒にいられないかもしれない…でもいつまでも一緒に
いられますように…)

「ねー、八雲ー。べっこう飴を永久保存しておくにはどうしたらい
いと思う?」
「冷凍室にでもいれればいいんじゃないかな…」
「ん、わかった!」
「それより姉さん、浴衣着替えないと…」
「えー、もう少し着ていたいよー」
「だめ、皺になるから…」
 こうして八雲は姉といる今という日常に戻っていった…。