「さて、今日はわざわざありがとう。悪いけれど私は、これで失礼させていただくよ」
立ち上がった絃子の背中に、わずかに届いた谷と葉子の会話。
「……なんか不機嫌そうですね」
「フフ。本当に祝って欲しい人が、今、遠くにいるんですよ」
余計なことを。舌打ちしながら、振り返って怒鳴りつけたくなる衝動を、彼女は辛うじて抑えた。
開く携帯電話。いっそ、こちらから電話をしてやろうかとも考えるが、そうしたところで。
また一つ、舌打ちをして、彼女は空を見た。街の光が眩しくて、星は見えない。
それが何故か悔しくて、切なくて、彼女は家路へ向かう道を早足に歩いた。
誰もいない、暗い自分の部屋。同居人は今、茶道部のキャンプに参加しているという。
全く、これでは本末転倒だな。一人言を呟きながら、電気をつける。そんな自分が惨めに思えて、
絃子は小さく笑う。自らを嘲笑う。
今日は彼女の、何度目かの誕生日。
何を期待しているわけでもないが、彼と共に過ごしたいという欲望に負けて、キャンプには行かな
いと告げた。だが当の本人が、そちらに行ってしまっている。
結局、笹倉と谷の二人に、先ほどまで祝われていた。アルコールには強いはずの体、だが今は、
気分が悪い。
ふと気付く。家の電話の、ボタンが光っている。それは留守電が入っているということ。
ボタンを押して、再生する。
『あー、絃子か?』
彼の声。知らず、彼女の頬は染まる。アルコールに、ではなく。
『こういうの、柄じゃねえんだけど、よ。誕生日、おめでとな……そんで俺の机の上に、プレゼントが
置いてあるから……あー……じゃ、な』
照れ臭そうな言葉と共に、留守電は唐突に終わる。
言われた場所には、細長い箱。その中には、銀のネックレスが、一つ。
「フン、いつも金がない、金がないと騒いでいるのに」
誰も見ていないのに、うるむ瞳を誤魔化すように彼女は一人、自分に呟く。
姿見の前で、プレゼントを身につけてみる。それは彼女の白い肌に、とても映えた。
「君にしては、いいセンスじゃないか」
この場にいない、彼に絃子は感謝の言葉を捧ぐ。
帰ってきたら、少し優しくしてやろうか。
そんなことを思う彼女の顔は、先ほどとは別人のように、そして少女のように、ほころんでいた。