まだイギリスにいた頃、彼女は父に、スペインへバカンスに連れて行ってもらったことがあった。
その時に見た、どこまでも広がる向日葵の原は、幼い心に焼きついている。そして、父の言葉も。
「この花のように、気高く、輝きなさい」
以来、沢近愛理は部屋に必ず、黄金に輝く花の写真を飾っている。
If…brilliant yellow
目を覚ましてまず初めに、彼が思ったのは、見上げた天井を自分が知らないということだった。
ベッドに体を起こし、汗ばんだ裸の上半身にまとわりつく薄檸檬色のシーツを引き剥がす。そし
て播磨は、額に手をあてながら辺りを見回した。
小さなガラス張りのテーブル、木製の勉強机、本棚、箪笥、クローゼット。そういったものをぼ
んやりと見て取った後、徐々に明晰になる意識と反比例するかのように、彼の顔は青ざめていった。
子犬や子猫が可愛くポーズをとるポスター、そして咲き誇る向日葵の写真が壁に何枚か貼られ、
ガラス製の小さな白鳥の像が机の上に飾られている、ここは勿論、播磨の部屋ではない。
そしておそらく、男の部屋でもない。
ハンガーにかけられた服はどう見ても女性物のスーツだし、片隅に畳んで置かれた洗濯物の、一
番上に置かれているのは白のミニスカートだ。
女装趣味を持つ知人はいないはずだから、ここは女の部屋だということになる。そこまでは彼に
も理解できた。
だが、何故、自分がここにいるのか。そして誰の部屋なのか。全く記憶にない。
必死に彼は思い出そうとして、微かに痛む頭に手をやった。
昨日は、確か。なかなか動き出そうとしない脳に鞭を打って、彼はやや混濁する記憶を追う。
連載中の作品の今回分の脱稿と、単行本化決定を祝って、担当編集と飲みに出た。そこまではは
っきりと覚えている。
そして出かけた先で、懐かしい誰かに会ったような……
考える播磨の鼻に届く、香ばしく焼けたパンの匂いに、ぐぅ、と盛大に彼の腹が鳴った。思わず
一人赤面する彼の前に、キッチンとおぼしき場所から彼女が、現れた。
「あら、やーっと起きたの?」
綺羅綺羅と輝く金の髪を、無造作に首のあたりでまとめた彼女は、
「お、お前……お嬢?」
沢近愛理、だった。