スクールランブルIF12【脳内補完】

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167If...brilliant yellow
 まだイギリスにいた頃、彼女は父に、スペインへバカンスに連れて行ってもらったことがあった。
 その時に見た、どこまでも広がる向日葵の原は、幼い心に焼きついている。そして、父の言葉も。
「この花のように、気高く、輝きなさい」
 以来、沢近愛理は部屋に必ず、黄金に輝く花の写真を飾っている。

 If…brilliant yellow

 目を覚ましてまず初めに、彼が思ったのは、見上げた天井を自分が知らないということだった。
 ベッドに体を起こし、汗ばんだ裸の上半身にまとわりつく薄檸檬色のシーツを引き剥がす。そし
て播磨は、額に手をあてながら辺りを見回した。
 小さなガラス張りのテーブル、木製の勉強机、本棚、箪笥、クローゼット。そういったものをぼ
んやりと見て取った後、徐々に明晰になる意識と反比例するかのように、彼の顔は青ざめていった。
 子犬や子猫が可愛くポーズをとるポスター、そして咲き誇る向日葵の写真が壁に何枚か貼られ、
ガラス製の小さな白鳥の像が机の上に飾られている、ここは勿論、播磨の部屋ではない。
 そしておそらく、男の部屋でもない。
 ハンガーにかけられた服はどう見ても女性物のスーツだし、片隅に畳んで置かれた洗濯物の、一
番上に置かれているのは白のミニスカートだ。
 女装趣味を持つ知人はいないはずだから、ここは女の部屋だということになる。そこまでは彼に
も理解できた。
 だが、何故、自分がここにいるのか。そして誰の部屋なのか。全く記憶にない。
 必死に彼は思い出そうとして、微かに痛む頭に手をやった。

 昨日は、確か。なかなか動き出そうとしない脳に鞭を打って、彼はやや混濁する記憶を追う。
 連載中の作品の今回分の脱稿と、単行本化決定を祝って、担当編集と飲みに出た。そこまではは
っきりと覚えている。
 そして出かけた先で、懐かしい誰かに会ったような……
 考える播磨の鼻に届く、香ばしく焼けたパンの匂いに、ぐぅ、と盛大に彼の腹が鳴った。思わず
一人赤面する彼の前に、キッチンとおぼしき場所から彼女が、現れた。
「あら、やーっと起きたの?」
 綺羅綺羅と輝く金の髪を、無造作に首のあたりでまとめた彼女は、
「お、お前……お嬢?」
 沢近愛理、だった。