スクールランブルIF11

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666【夏祭りの夜に -tenma side-】
 矢神神社、夏祭り。花火大会の後のこの小さな祭りは地元の人々の
ささやかな潤いの場として年々賑わいをみせていた。子供は親と、
恋人は恋人と、共に出かけさざめく。そして、祭りの夜に祈るのだ。
 いつまでも、一緒にいられますように、と――。

   【夏祭りの夜に -tenma side-】

「たこ焼き、焼きそば、今川焼き、いか焼き、あんず飴、やきもろこし〜」
「ってほんと、よくそんなに胃袋に入るわね」
 生まれて初めてあんず飴を食べるという難題をクリアし終えたばかり
の沢近愛理は、りんご飴を舐めながらけったいな歌を歌う塚本天満に
つっこみをいれた。もちろん当の天満は柳に風だ。天満の妹、
塚本八雲は八雲で姉がおろして2年目の浴衣に染みを作りはしないか
はらはらしながら見守っていた。天満の浴衣は彼女が知っている
だけで4枚目だ。そのほとんどは破る、染みを作るなど姉の粗相に
よる失態で浴衣としての役目を終えていた。高野晶は涼しい顔で
かき氷を食べている。サラ・アディマエスはとある事情により焼きそばの
ところでそうそうにリタイアしていた。
「ね〜、愛理ちゃん。次はどこへいく?」
「お腹もふくらんだし、境内にむかってみたいかな…」
「じゃ、いきましょうか…」
いつもは長い境内の階段も祭りの夜ともなれば足が軽い。4人は
裾捌きも鮮やかに階段を上っていった。
667【夏祭りの夜に -tenma side-】:04/08/05 15:15 ID:BkR2NNmE
 矢神神社、境内。いつもは深閑としたこの境内も夏のこの日ばかりはと
賑わっている。狛犬には子供が登り、屋台では恋人たちが興にはしゃぐ。
そんな光景が矢神神社をいつもとは違う景色に見せていた。
「なにから回ろうかな〜。ね、八雲」
「う、うん。そうだね…」
「金魚すくいに亀すくい、ヨーヨーつり、くじ引き、輪投げに射的…あれは?」
と、晶が指を指した方向には『怪奇!へび女』の文字もおどろおどろ
しい見せ物小屋の姿が。3人は一様にぶんぶんぶん、と首を振る。
そう、好きなのに…とつぶやく晶。そこへ
「やあ、塚本君たちじゃないかね?」
と聞き慣れた声が話しかけてきた。
668【夏祭りの夜に -tenma side-】:04/08/05 15:16 ID:BkR2NNmE
「あ、刑部先生…」
「笹倉先生もいらしていたんですか?」
 そこには景品でいっぱいになった紙袋を抱えた刑部絃子と大きな
ピンクのビニール人形を抱えた笹倉葉子の姿があった。
「うわ〜、笹倉先生大きな人形ですね〜」
「うふふ、くじ引きで当たったのよ」
「運がお強いんですね…」
「刑部先生、この景品の山はどうされたんですか?」
「あそこの射的でとった。あそこは穴場だぞ。とりやすい」
「部長、後で行こうと考えているでしょう…?」
「…わかる?」
 夏休みという長期休暇であわなかった者同士。加えて祭りという
環境。話も弾む。
「で、君たちはどこへいこうとしていたんだ?」
「えっと、決まっていなくって…」
「なら、あそこはどうだ?」
と絃子の指を指した先には『恐怖!お化け屋敷』の文字が。
くるっと後ろを振り向く天満。ひくっとひきつる愛理。心持ち眉毛の
下がる八雲。あくまで無表情の晶。
「大丈夫よ、そんなに怖くないから」
「そうそう、私たちも行ったし。それにあそこなら…ただだぞ?」
669【夏祭りの夜に -tenma side-】:04/08/05 15:15 ID:BkR2NNmE
「…本当ですか?」
 ここへきて初めて目の色を変える晶。心持ち生き生きとしている。
「本当だ。受付のミイラ男に『刑部絃子より伝言。この4人は君の
つけにして入れてやりたまえ』と言ってみたまえ。入れるから」
「行きましょう」
「ええっ、ほんとうにいくのー!」
行く気まんまんの晶とすでに半泣きの天満。そこへ
「ねぇ、おばけ屋敷って…そんなに怖いの?」
と愛理がいささかまぬけなことを聞いてきた。
「愛理ちゃん、知らないの?お化け屋敷はね、すごーくすごーく
怖いところなんだよー!」
「し、失礼ね、私だって知っているわよ!ただ、日本のお化け屋敷には
入ったことがないだけで…」
「先輩、姉さんの言っていることは多少オーバーですから…」
ムキになる愛理とフォローにならないフォローをする八雲。それを
見つめてくすくすと笑う絃子と葉子。
「ま、行っても行かなくてもいいが楽しめることだけは確実だと思うぞ?」
「それじゃ、皆さんまた秋にね」
そういって二人は祭りの雑踏に消えていった。そして残された四人は
「い、行くの…?」
「行くわよ!」
「八雲も行くわよね?」
「は、はい…」
と、結局行くことになった。
670【夏祭りの夜に -tenma side-】:04/08/05 15:16 ID:BkR2NNmE
 決戦の地、お化け屋敷前。という風情の美女四人組。が、楽し
そうなのは一人だけ。あとは三者三様に浮かない顔をしている。
「あら、愛理…いまさらおじけづいた?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「姉さん、そんなに怖くないから…」
「そんなことないよー、ちっちゃいとき入ったときすっごく怖かったもん!」
どうやら天満は小さかったときの体験が多少トラウマになっているようだ。
だが受付にいるのは…やたら体格のいいミイラ男。
「なんかあの人怖いよ〜。そう思わない、愛理ちゃん?」
「こ、怖いと思うから怖いのよ!ほら、天満行きなさいよ!」
「え〜、私が行くの〜!」
「お化け屋敷はすでに始まっている…」
と晶はあくまでマイペース。
おそるおそる受付に近づく天満。なるべくミイラ男を見ないようにしながら
絃子にいわれた台詞を思い出す。
「え、えーっと…『刑部先生より伝言。私たちを貴方のこねで入れてください』!」
するとミイラ男は無言でこくっと頷き、入り口のカーテンを開けた。
「あ、ありがとうございます!」
「じゃ、入るわよ」
「れっつ、ごー」
671【夏祭りの夜に -tenma side-】:04/08/05 15:18 ID:BkR2NNmE
 お化け屋敷内部。そこは未知なる領域。何者かが現れても
おかしくない魔界。だが迷路になったその空間にはいまだなにも
現れていなかった。
「なにもあらわれないね…」
「なーんだ、拍子抜け」
「これなら怖くないですね…」
「油断は禁物…」
ほっと安堵する三人。ただ一人晶だけはあくまでも冷静だった。
「だいたいこういうのって恋人同士で入るものじゃない?女四人で
入ってなにが楽しいんだか…」
「私は結構楽しいです…」
「えー、そうだなー。でも私も烏丸君と入れたらもっと楽しいかも…」
暗がりの中で照れ笑いする天満。すると突然
『ドゴンッ』
となにかを殴ったような音が聞こえてきた。
672【夏祭りの夜に -tenma side-】:04/08/05 15:19 ID:BkR2NNmE
「え…?」
「なに、いまの」
「き、気のせいよ、気のせい」
が、立て続けに
『ゴスッ』『バキィッ』『ガスッ』
という音が続けざまに聞こえ
てくるにつれ、、四人の(正確には三人の)恐怖は徐々にふくれあがっていった。
「な、なによ、あれ…」
「なんでしょう…」
「だんだん音がちがづいでぐるよ〜」
「いや、あれはたぶん恐らく…」
「恐らくって、なに!」
「いわないで〜、あぎらぢゃ〜ん」
「姉さん、しっかり…」
『ドバヴギャァー!』
「「キャー!」」
カシャッ。閃く閃光。その中には朦朧とした姿の男がうかび上がった。
『や、や〜め〜ろ〜』
「「キャー、キャー、キャー!!!」」
カシャッ、カシャッ。再び閃く閃光。
「いやー!胸さ〜わ〜ら〜れ〜た〜!」
ばりばりばりっ!相手の顔面をここぞとばかりに引っ掻く天満。
「ね、姉さんしっかり…」
「キャー、キャー、キャー!!!」
壊れた機械のように叫び続ける愛理。
「もう嫌だ、出る〜!」
「あっ、姉さん!」
一人脱兎のごとく駆け出す天満。そしてお化け屋敷にはパニくる
愛理、愛理にしがみつかれて戸惑う八雲、そして晶の三人が残された。
673【夏祭りの夜に -tenma side-】:04/08/05 15:20 ID:BkR2NNmE
「はぁはぁはぁ…。どうしよう…、勢いで階段駆け下りちゃったよぅ…。
でも戻ったらお化け屋敷が目に入るし…ううっ」
 化け屋敷での恐怖から三人とはぐれてしまった天満。
 境内に戻れば見つけてもらえる可能性も高くなるし、なによりお化け屋敷の
前まで戻れば三人が天満を待っていることもあり得るのだが、あれだけ
怖い思いをした後とあってか目に入る範囲ですら近づきたくないらしい。
「しかたない、八雲に電話してむかえに…って携帯落としてるー!
はぁっ…。なんだか踏んだり蹴ったりだよ…」
 肩を落としてため息をつく。人間ついてないときはとことんついて
いないものであるが、それにしても今夜の天満は報われていなかった。
「どうしようかなぁ、この後…ってあれ?あの人だかりなんだろう?」
 彼女のピコピコ髪がぴょこぴょこと動く。参道の真ん中あたり、町内会の本部の隣にその人だかりはできていた。天満は持ち前の
小さな体を生かしてすいすいと人だかりの前に出る。
「はいはい、ちょっとごめんなさいよっと…って、あー!烏丸君!」
「あ、塚本さん…」
そこには『二条丈似顔絵会』と書かれたのぼりと、少女漫画風から
写実風、浮世絵風から北○の拳風まで様々な似顔絵に囲まれた
烏丸大路の姿があった。
674【夏祭りの夜に -tenma side-】:04/08/05 15:21 ID:BkR2NNmE
「烏丸君、なにしているの…?」
「似顔絵会…。町内会の人に頼まれて先着20名に描くことになった…」
 話しつつも烏丸はシャッ、シャッと目の前の相手の特徴を捉え、
それを線にする動きをやめることがない。だがちょうど一人描き
あがったようだ。絵を目の前の青年に手渡す烏丸。
「塚本さん、あと一人で描き終わるからちょっと待ってて」
「うん…」
 最後に描かれるのは10歳ほどの髪の長い少女だった。夏なのに
白の長袖のワンピースを着て、とても不思議な瞳の色をしていた。
二人はなにか会話をしている。でも天満は二人の会話が耳に
入らないほど夢中になって烏丸を見つめていた。
(烏丸君、きれい…。烏丸君って夜が似合うんだな。美術の時間は
見つめられるのが恥ずかしくて見つめることなんてできなかったから
嬉しい…。そういえば、私夜に烏丸君と会うの初めてだ…。あーん、
私の浴衣変じゃないかなー。ちょっと着崩れているかも…。こんな
ことなら八雲の言うとおりにして、踊ったりするんじゃなかったよー…)
「…かもとさん、塚本さん。終わったよ…」
「は、はいっ!」
675【夏祭りの夜に -tenma side-】:04/08/05 15:23 ID:BkR2NNmE
 目を上げると烏丸がそこに立って、ただ立っているだけなのに
天満は心がときめいた。
「で、どうしたの?お祭りなのに一人でいるなんて…」
「え、えっとね、妹や愛理ちゃんたちとはぐれちゃって、
携帯も落としちゃって連絡がつかなくて途方にくれてたの…」
「そう…。なら、一緒に探してあげようか?この人混みの中で女の子が
一人で出歩くのは危ない…」
「えっ…ほんとに?」
「うん…。僕のお店はもう終わったから」
と振り返る烏丸。天満が肩越しにお店のほうを覗くと、町内会の
人たちの手によってすでに片づけが始められていた。
「じゃ、じゃあオネガイシマス」
どことなく緊張しつつぺこっと会釈する天満。なぜか口調まで不自然に
なってしまう。
「じゃあ、手を貸して」
右手を差し出す烏丸と意味がわからず首をかしげる天満。
「またはぐれるといけない…」
「………!!!」
天満がその意味に気がつくのと顔が火を噴いたように赤くなるのが
同時だった。
「どうしたの?」
(ごめん、八雲、愛理ちゃん、晶ちゃん。今日は私の人生で最良の日だ…)
差し出された右手に震えていることを気取られないように左手を
載せると烏丸の暖かい指にそっと包み込まれる感触がした。
(この時間が、いつまでもいつまでも続きますように…)
天満は心の内で星に祈ると、山吹色の浴衣の袖を翻して烏丸と歩き始めた。