「浴衣〜、浴衣〜、夏祭り〜」
「姉さん、動かないで…」
塚本家、居間。そこでは浴衣を着付けられ中で浮かれている塚本天満と
四苦八苦しながら姉に着付ける塚本八雲、そして一足先に浴衣を
着付けられ二人の様子をくすくす笑いながら見守るサラ・アディマエスの姿があった。
「はい、姉さんできたよ…。着崩さないように気をつけて…」
「ありがとう、八雲。ゆ〜か〜た〜、くるくるゆ〜か〜た〜」
ほっと一息つく八雲とさっそく変な歌を歌いながらくるくると踊る天満。
天満の山吹色の地に赤い花花模様の浴衣に草色の帯が目にもまばゆい。
八雲の青の縞地に紫の花模様の浴衣、サラのピンクの大輪の花模様と3人が並ぶと華やかなことこの上なかった。
「おつかれさま、八雲。にしても浴衣ってほんと素敵よね。イギリスに
持って帰りたいな」
でも自分では着れないから八雲も持って帰らなくちゃならない
けどね、とニッコリと笑うサラ。なにを隠そう三人の浴衣は八雲の
お手製なのだ。
特にサラの浴衣は二人が仲良くなった記念にと一緒に生地を
選びにいった特別な品だった。
「じゃ、早速でかけよー!」
「姉さん、部長と沢近先輩と周防先輩は…」
「晶ちゃんと愛理ちゃんは現地集合、美琴ちゃんは用事があって
これないんだって」
「あら、残念ですね」
わいのわいのいいながら出発する天満たち。今日は矢神神社の
夏祭りの夜。花火大会ほど大きくないながらも、テキ屋の出す
出店のほかに町内の人たちの手作りのお店などもあり、この街の
夏の風物詩だと言えた。
「わー、まだ5時だっていうのに人がいっぱいだ〜」
「ほんとですねー」
「姉さん、はぐれないように気をつけて…」
祭りの夜は早い。矢神神社を中心に放射状に広がった出店の
群れは早くも賑わいを見せはじめていた。
「で、塚本先輩。待ち合わせ場所ってどこなんですか?」
「んー、お祭りの夜はどこも混むから美琴ちゃんのうちにいこうって
ことになっているんだけど。美琴ちゃんのうちは神社から近いし」
「じゃ、いきましょうか」
からころと美琴の家への道を歩く三人。しばらくすると美琴の家が見えてきた。
ピンポーン、とチャイムを鳴らす天満。
「はーい」
「あ、美琴ちゃん、こんばんわー」
「こんばんわー」
「おーっす」
「お邪魔します…」
三人を出迎えたのはシンプルなデニムのワンピースに身を包んだ
周防美琴だった。
「あー、浴衣じゃないんだねー。残念ー」
美琴ちゃんの浴衣姿が見たかったのに、とぷーっと膨れる天満。
「なんで今日はこれないんですか?」
とサラ。
「んーと、あたし花井んとこの道場で子供たちに稽古つけてるだろ?
その子供たちを花井と二人で夏祭りにつれていくことになっちまってな。
悪いな、天満。期待に添えなくて」
片手で謝る美琴。その時、再び玄関のチャイムが鳴った。出迎えにいく天満たち。
「きたわよ」
「…こんばんわ」
周防家の玄関に立っていたのは薄紅のレースの夏着物に身を
包んだ沢近愛理と藍の絞りの生地に紫の帯の浴衣を着た高野晶だった。
愛理は普段二つに結んでいる髪を下ろして結い上げ、さらに
うっすらと化粧をしているので一見誰なのかわからない。ただで
白い肌に薄紅色が映え、うなじが美しい。和服を着慣れた浴衣姿の
晶も当然のように似合ってた。
「わ〜、二人とも綺麗〜」
「ほんとですね」
「本当にお綺麗です…」
それぞれに賞賛の言葉を述べる天満とサラと八雲。が、しかし。
「なー、沢近だけなんで夏着物なんだ?」
当然のようにつっこみをいれる美琴。言われてみれば、単衣に
裸足の面々と比べると襦袢に足袋を着込んだ愛理は一人浮いている。
「こ、これは昼間に叔父様の画廊のオープニングパーティがあって
その帰りだから…それにうちでは夏といえばこれで…」
もごもごと口ごもる愛理。本当の理由は他にあったようだと察しは
ついたが晶と八雲はあえてつっこまなかった。
「でも愛理ちゃん、それじゃ暑くない?」
「で、でも着替えもないし…」
「大丈夫、あたしの浴衣貸すから着替えていったら?丈は…ちょっと長いかもしれないけれど調節きくし、下駄もまあ履けないことはないだろ」
「ちょ、ちょっと…」
「そうと決まったら着替えだね…」
晶はすっくと立ち上がり、愛理をずるずると隣室へひっぱっていった。
「だからこのままでもいいってば…ぁ、ぁん、晶くすぐったいわよ!
どこ触っているのよ!」
「こうしないと脱げないでしょう…ほら髪が乱れるから暴れない」
………10分後。
紺地に黄色のトンボ柄に赤い帯の愛理が出来上がった。
「可愛いよ、愛理ちゃん!」
「う〜ん、意外に似合っているな」
「なによ、意外にって」
「ちなみに最近はミニスカ浴衣、ゴスロリ浴衣もあるらしいよ」
「ミニスカ浴衣の沢近先輩って見てみたいかも」
口々に愛理の品評会を始める5人とこそばゆくて落ち着かない愛理。
無理もない。彼女の人生において他人の服を借りて着る機会など
めったにないのだから。しかしこういう庶民的な柄も案外いい、と
口には出さないが密かに気に入ってた愛理だった。
「姉さん、そろそろ出かけないと…」
「あ、もう5時40分?美琴ちゃん、待ち合わせ時間平気?」
「うちらの待ち合わせは花井の道場に6時だから、まだ大丈夫かな。
でもそろそろ出かける準備しようか」
「ごめんなさい、周防先輩。ばたばた騒いじゃって」
「いーっていーって。そっちこそ早く出かけないとお祭り終わっちゃうぞ」
「じゃ、そろそろでかけましょうか…」
「…いってくるわね、美琴」
「…いってらっしゃい」
あの花火大会の後だ。愛理と美琴の間に複雑な視線が交差する。
それでも気持ちよく送り出してくれる美琴を愛理は尊敬の意を込めて
眺めた。そしてくるっと4人の元へと振り返る。からころと下駄の音が
耳に涼しい。
さあ、行こう。
―― 祭 り の 夜 が 始 ま る ――