スクールランブルIF11

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434Classical名無しさん
 体育祭も終わったある日、暮れなずむ美術教室に黙々と筆を走らせる一人の影があった。
秋の気配は日ごとに深まり、沈みゆく太陽は早くも山の帳に姿を消しかけている。

 「明かりを点ければ良いのに」
 準備室から続く扉を開けて、鼻に掛かる甘い声が告げた。
鼻腔をくすぐる甘い香りに、彼女が傍らに来たことを感じる。
 「随分、良くなったわ。でも、どういう風の吹き回しかしら? 絵を見て欲しいなんて」
 肩越しに覗き込む彼女の吐息を感じる。風に弄られた彼女の髪が一瞬目の前をよぎる。
 「ある人に、基本を学べと言われて‥‥」
 背中に彼女のぬくもりを感じる。――柔らかい――俺は、何を考えているんだ。
 「そう‥‥。でも、あなたには足りないものがあるわ。わかる?」
 思わず振り向いた俺は、間近にあった彼女の顔に慌てて視線を落とし沈黙で答える。
 「‥‥‥」
 ため息とともに、彼女は腕を伸ばし、俺の手に、繊手を重ねた。そのまま、線をなぞり始める。
薄絹越しに伝わる量感を肩に感じ、俺の意識はキャンバスから飛びそうになる。

 「あなたって、本当に鈍いのね」
 気が付くと、手を止めた彼女は、俺の瞳を覗き込んでいた。
 「へ? なんスカ?」
 「こんな子が、あの人のお気に入りだなんて‥‥」
 彼女の手が、俺の頬を挟む。むせ返るような花の香り。
 「え? え? 先生、何を?」
 「黙って‥‥」
 落ちた絵筆が床にあたり、どこかへ転がっていった。
 「むぅっ――ぷはぁ。い、いきなり何をするんですか」
 笑顔を浮かべながら、彼女は髪をかきあげた。
 「気にしないで、少し意地悪がしたくなっただけよ」
 「‥‥‥」
 「このことは、刑部先生には内緒よ。絶対にね」
 夕闇の中、白い微笑みだけが浮かび上がって見えた。
435Classical名無しさん:04/07/30 12:03 ID:KIo1LA2.
 彼女の行為を反芻しながら家路についた。――わからねぇ――なんだってあんなことを。
呼び鈴も押さずにダブルロックの錠前を回す。扉を開けたとき、初めてドアアームに気付いた。
物音に気付き、駆け寄ってくる足音 
 「おかえり拳児君。遅かったじゃないか」
 「んあぁ‥‥」
 玄関に鞄を投げ出し、生返事をしつつ靴を脱ぐ。くそ、まだ顔が火照ってやがる。
 「どうしたんだ? 熱でもあるのかい?」
 「なんでもねぇよ」
 顔を合わせたくなくて、つい乱暴な口調になってしまう。早く部屋に入ろう。
体を入れ替えながら、早足で廊下を進む。
 「良くは無い。ん?」
 無理やり首に手をかけて俺を振り向かせやがった。いいかげん死ぬぞ。
近ずいてくる顔が美術教師と重なって、俺の動揺は頂点に達した。
 「ば、馬鹿、そうやって熱測るなって、何度言ったら‥‥」
 いつものように、額を当てる、その予想は裏切られた。
絃子の鼻がうごめき、空調が運んだ移り香を嗅ぎつけた。
 「――エタニティ、この香りは‥‥」
 手から力が抜けたその瞬間を俺は見逃さなかった。
 「飯は良いよ。俺はもう寝る」
 身を翻し、一路自室を目指して歩き始める。
 「待ちなさい拳児君。君に尋ねたいことがあるんだが」
 氷点下の声が、俺の足を釘付けにした。のろのろと振り向く。
 「私の特技を知っているかい?」
 きらめく瞳に凝視され、俺は意識が遠のくのを感じた。