こころ と からだ 第三章

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1名無しさん?
過去ログ
こころ と からだ
http://ex2.2ch.net/test/read.cgi/entrance/1059662141/
こころ と からだ 第二章
http://ex7.2ch.net/test/read.cgi/entrance/1078600934/

作者さん気付くかな?
2ミー( 「´Θ`)「:04/12/07 21:07:15 ID:p2/ruKwF
ほげお の からだ
3ミー( 「´Θ`)「:04/12/07 21:07:38 ID:p2/ruKwF
いやん! えっち! ばか!!
4名無しさん?:04/12/07 23:06:44 ID:???
4様
5名無しさん?:04/12/08 03:39:09 ID:xLDP1VPm
応援age
6名無しさん?:04/12/08 05:17:09 ID:???
保守
7名無しさん?:04/12/08 13:27:44 ID:???
毎回楽しみに読んでいます。これからもよろしくお願いします。
8名無しさん?:04/12/08 23:16:41 ID:???
9名無しさん?:04/12/09 04:33:06 ID:???
後になって、このとき感じた感情の大まかな正体が分かったような気がする。それはまず、私がSを追い込んだと
いう罪悪感、誰もがみんな私を責めていると感じるような被害者意識、理由がどうであれ最も安直な逃避に走った
Sへの軽蔑、それを中和の材料にしようとする自身への嫌悪感、そして死んでしまったSへの羨み。
10名無しさん?:04/12/09 04:45:22 ID:???
それらは順不同に現れては私の思考を占拠し、精神を削り取っていった。どれもこれも本当の私の気持ちとは思
えなかったが、それ以外に正しそうな見識も見付からなかった。私はよく、自分の意識と現実が薄利していくような
不快感を覚えた。自分自身がばらばらになっていくような、そんな妄想に取り付かれていたのだ。
11名無しさん?:04/12/09 04:46:53 ID:???
前々スレ、前スレに続いて皆様に感謝。
12名無しさん?:04/12/09 11:21:17 ID:???
>>11
これ以降はレスしませんが楽しみに読んでますよ。
13名無しさん?:04/12/09 12:39:11 ID:3fqrRBVY
第四章
14名無しさん?:04/12/09 12:42:58 ID:???
こんなつまんねーのよく読めるな
よっぽど暇なのか?
もう少し世間にも目を向けろよお前ら
15名無しさん?:04/12/10 10:04:58 ID:???
16名無しさん?:04/12/11 03:29:32 ID:???
それは丁度、何かのはずみで軌道が変わり、ゆっくりと、しかし確実に地球から遠ざかろうとしている人工衛星を
彷彿とさせた。冷たい闇の中をゆっくりと進む金属の塊を想像するとき、私は何故か変に安らかな気持ちになり、
それから少しだけ悲しさと寂しさを感じた。
17名無しさん?:04/12/11 03:36:36 ID:???
私は心身共に疲れていた。一度に物事が起こり過ぎたのかもしれない。妄想に取り付かれるようになって、私の思
考は正常な機能を失ってしまったかのようだった。刻一刻と開いていく私自身と現実との距離を静かに眺めている
だけで、問題の本質を考えようとはしなくなっていた。諦めた、ということだろうか。
18名無しさん?:04/12/11 10:36:11 ID:???
読んでないところがあったので、前スレもhtml化してもらった。

こころ と からだ
http://ruku.qp.tc/dat2ch/0403/07/1059662141.html
こころ と からだ 第二章
http://ruku.qp.tc/dat2ch/0412/11/1078600934.html

これから読む、読み忘れた等は上から。

>>11
応援してますよ。
以下私はROMに。
19名無しさん?:04/12/12 00:01:42 ID:???
>>18
GJ
20名無しさん?:04/12/12 03:05:34 ID:???
妄想に逃れる回数の増加と外の気温の変化だけが、私に時間の経過を教えてくれた。変わり映えのしない日々が
これから永遠に続いていくような気がしたが、私はもうそれでも構わなかった。相変わらず昼近くに登校し、授業が
終わると真っ直ぐ家に帰ってベッドに倒れ込んだ。いくら眠っても眠り足りなかった。
21名無しさん?:04/12/12 03:19:39 ID:???
時折私は軽蔑したSのこと、私が一方的に哀れんだ、忠告をくれた彼女のことを思い出した。いい様だ、と彼女達は
言うだろうか?逆に私を哀れむような目で見るだろうか?どちらにしてもあまり意味のないことだった。Sは死んでし
まっていたし、忠告の彼女は私との関わりを捨てていた。役目を終えた彼女達にとって、私の行く末などどうでもい
いことなのかもしれない。
22名無しさん?:04/12/13 21:21:44 ID:???
23名無しさん?:04/12/14 02:08:03 ID:???
ある日、私は担任に呼び出された。ホームルームが終わって、教室を出ようとしていたときに呼びとめられ、今から
職員室に来るように言われた。私は時間をかけて担任の言葉を飲み込み、呼び出された理由を考えようとした。と
いっても、私が呼び出されて注意されるような理由は、そんなに多くもなかったのだが。
24名無しさん?:04/12/14 02:20:15 ID:???
私は担任の後を追って職員室に入った。担任は私を振り返って、職員室の奥にある会議室へ行って待っているよ
うに促した。折り畳み式の机とパイプ椅子が並んだその部屋の窓の外から、ときどき生徒達の声が聞こえてきた。
私は会議室の真ん中に突っ立ったまま、これから行われることになる話の内容を想像していた。
25名無しさん?:04/12/15 00:54:08 ID:???
窓の向こう側では帰宅する生徒達や、これから部活動に臨む生徒達が大勢行き交っているようで、薄い扉一枚隔
てた職員室からは、低くくぐもった先生達の声が流れてきていた。私は自分が、世の中とはずいぶん離れた位置に
隔離されているような錯覚に陥った。常日頃考えていた世間との距離を、実際に目の当たりにした瞬間だったのか
もしれない。
26名無しさん?:04/12/15 01:09:13 ID:???
しばらくして担任が、まさに飛び込んでくるというような感じで部屋に入ってきた。煩わしい用事をさっさと片付けた
い、とでも言いたげに、手近な椅子にせわしなく腰掛けて、私にも座るように指示した。さっさと片付ける、という点
においては私も同感だった。私が腰掛けると同時に、担任は折り畳み机の上に帳簿のようなものを広げた。
27名無しさん?:04/12/17 02:27:36 ID:???
水曜日、と担任が言った。水曜日の午前の授業のうちの保健体育。そう言って担任は、帳簿のある一列を指でなぞ
るように指し示した。週に一回しかない授業なのに、このところ全然出てないだろう?私は指し示された箇所を見て
みたが、何がどうなっているのかよく分からなかった。それでいつものように黙っていた。
28名無しさん?:04/12/17 02:39:39 ID:???
このままいくと、二学期の時点で単位足りなくなって留年になるぞ。そう言った担任はしばらく私の顔を眺めた。目
の前の生徒が特に何の反応も示さなかったことで、彼の苛立ちが益したようだった。担任は小さくため息をついて
続けた。これだけじゃない、家庭科も、社会も、午前に集中してる授業はかなり危ないんだぞ。
29名無しさん?:04/12/18 01:16:20 ID:???
会議室の外から聞こえてくるあらゆる雑音が、私の隔たりを研ぎ澄まし、担任の心を乱していた。彼の発する刺々
しい気配だけが、この部屋と私にとって唯一の敵対物だった。担任の視線を感じながら、私は自分が徐々に不快
になっていくのが分かったが、言葉にも表情にも現さないようにした。
30名無しさん?:04/12/18 01:25:55 ID:???
分かってるのか?と担任が言った。私は辛うじて判別できるくらいに小さく頷いた。担任はそれを確認すると、口調
を変えていろいろと話し出した。私の両親のこと、大学受験のこと、留年したら面倒になるというその細かいこと。苛
立ちを押し殺したような声で語られるそれらの話は、私の耳に実に白々しく響いた。
31名無しさん?:04/12/18 02:43:48 ID:???
 
32名無しさん?:04/12/20 00:49:40 ID:???
一体何なんだろう、と私は思った。両親の心配などが、私の生活態度に影響を及ぼすとでも考えているのだろうか。
大学受験や留年後の生活という想像もつかないような未来のことで、私が危機感を覚えると本気で思うのだろうか。
私には他人の気持ちを汲み取ったり、先のことを懸念したりできる余裕はないというのに。
33名無しさん?:04/12/20 01:02:00 ID:???
私は担任の話を聞き流しながら、きっと彼も同じように馬鹿馬鹿しいことだと思っているだろうな、と考えていた。馬
鹿馬鹿しいこととは思っていたが、仕方のないこととも分かっていた。この不必要な会合の直接の原因を作ったの
は私だったし、彼は私に下らない話をするのも仕事のうちだったのだから。
34名無しさん?:04/12/21 01:02:24 ID:???
どうも私は余計なことを考えてしまい過ぎる傾向がある。目の前の担任が、輪郭すら掴めそうもないような非現実
的なことを並べ立てているように、私もいちいちつまらない事象に捕らわれ過ぎだった。何だって私達は、いつもつ
まらないことに神経をすり減らすような生き方をしているのだろう。
35名無しさん?:04/12/21 01:13:36 ID:???
しかしそれはおかしな主張だった。今ここでつまらない話を喋り、聞いている担任と私にとって、確かにこの会合は
避けようと思えば避けられたことなのだ。単純に、私が真っ当な生活態度を維持していればよかっただけで、私も
最初からこういった面倒な事柄が起こると知っていたならば、回避の方向に動いたかもしれないのだ。
36名無しさん?:04/12/22 09:37:14 ID:???
37名無しさん?:04/12/23 02:55:02 ID:???
いや、本当にそうだろうか?現に担任が話した未来の災いごと、大学受験での不利や留年のリスクなどを、私は実
感できないからといって聞き流したではないか。けれど本当は、見えなかった訳ではなく、意図的に視線を背けてき
ただけなのだ。現状において、新しい荷物を背負い込みたくなかっただけなのだ。
38名無しさん?:04/12/23 03:08:23 ID:???
よく知っている。私は、私自身がこのような人間なのだということをよく知っている、つもりだった。……唐突にSのこ
とが思い出された。想像の中のSは、私を嘲笑するような笑みをたたえていた。この憎むべき私の傾向は、ずっと前
から相変わらずに存在し続けてきたのだ。ああ、一体私は何度同じことを繰り返せば気が済むのだろう。
39名無しさん?:04/12/24 02:09:37 ID:???
私だけに限らず、誰もが多かれ少なかれそのような傾向を抱えているのかもしれない。しかし皆が抱えているから
といって、私の持ち分が少なくなるわけではない。あるいは誰かと分かり合ったりして、気持ちだけでも楽になれる
可能性も一般的にはあり得るのだろうが、私の身には起こり得ない話だった。
40名無しさん?:04/12/24 02:21:50 ID:???
Sはさぞ満足だろうな、と思った。私達がもがけばもがくほど、将来に支払うことになる代償は、確実に大きくなって
いく筈だった。もしSのような死人が、何かしらの形で未だにこの世界を漂っているとするならば、私達生者の演ず
るこの滑稽で皮肉に満ちたドラマを、最上の席から眺めているのかもしれない。
41名無しさん?:04/12/25 18:46:59 ID:???
 
42名無しさん?:04/12/26 03:03:34 ID:???
言いたいことを粗方喋ってしまったのか、次にこなさなければならない仕事が控えているのか、担任は一通り話し
終わると一方的に会議の閉幕を宣言した。私は放り出されるようにして職員室から退出した。私は彼の話の内容な
どよりも、むしろ私を呼び出して説教をした、という行為について不快感を覚えていた。
43名無しさん?:04/12/26 03:15:41 ID:???
単純に彼のやること成すことが気に食わないわけではなく、無意味に彼に反目しようと思っているわけでもなかった。
ただ、どういう意図で、というよりどういう行動理由で私に忠告をしてきたのかが分からず、すっきりしなかっただけだ
った。お前の出席日数が自分の査定に響くのだ、などと面と向かって言われた方が、まだ分かりやすくてよかった。
44名無しさん?:04/12/27 02:12:26 ID:???
同じ私に対する忠告でも、人によってずいぶん違うものだ。先のクラスメイトから貰った忠告は私に深く影響を与え
たが、担任のそれでは私の気持ちを動かすどころか、危機感を煽ることすら成し得なかった。会議の後、私は帰宅
しベッドに倒れ込んで眠った。分断された眠りを繰り返し、翌日またいつものように昼過ぎに登校した。
45名無しさん?:04/12/27 02:25:11 ID:???
性懲りもなく遅刻してきた私に、担任からの小言や苦言の類はなかった。それがますます私の理解を遠ざけた。困
るのではなかったのか?それとも「忠告した」という事実だけが重要だったのか?担任の気は知れなかったが、煩
わしいことを細かく言ってこないのは有難かった。私は静かにやり過ごしていきたかっただけだったからだ。
46名無しさん?:04/12/28 20:40:39 ID:???
47名無しさん?:04/12/29 03:05:23 ID:???
その翌日も明後日も、私の生活態度に改善の兆しは表われなかった。自ら改めるつもりはなかったし、それについ
て誰も口を出しても来なかった。数日前に担任が私を呼び出し会議室で忠告した、という事実があっただけで、私を
含めた誰の日常も変化していないようだった。
48名無しさん?:04/12/29 03:17:35 ID:???
表面上の状況が変化しないのを悟ると、私はすぐに会議と忠告について思い返し、考えるのをやめた。状況を動か
さない言葉には、始めから意味などなかったのだ。同じように、私がいつも繰り返す追憶や妄想、これらもそれと大
した違いはなかったのだ。そして私はまた短い分断された眠りを繰り返しながら、日々をやり過ごしていった。
49名無しさん?:04/12/30 03:37:59 ID:???
それは一般に言われるような将来のために力を蓄える期間でもなければ、担任の言うような未来の障害を回避す
るための手段でもなかった。ましてや私の両親のように、善良で無為な人々の不安をいたずらに煽るための行為
でもなかった。私はただ自己を凍結させ、然るべき時期が来るのを待っていただけだったのだ。
50名無しさん?:04/12/30 03:48:35 ID:???
もちろん、本当にそんなものが私の身に訪れるとは露ほども思っていなかった。あり得ない展望を未だに持ち続け
たり、絵空事を正当理由にしてそれで納得した振りをする自分自身さえ黙殺して、私は覚醒の合間に細切れにされ
た睡眠を唯一の糧にして生きていた。しかし、そんなことがいつまでも許されるわけがなかったのだ。
51名無しさん?:04/12/31 16:56:35 ID:???
52名無しさん?:05/01/01 03:57:46 ID:???
そう考えると、俗に言う奇跡や天啓といった非現実的な言葉も、一概に全否定してしまうわけにもいかないのかも
しれない。どんな言葉で表現されるにしても、そういったことは起こるときには起こるものだ。もっとも、それらは私
達の意向や情念に影響を受けることはなく、ただ公然と現われて去っていくだけなのだが。
53名無しさん?:05/01/01 04:09:04 ID:???
その中から好機を見出し、それを掴むことが出来さえすれば、それに奇跡とか天啓という呼び名を与えても差し支
えないのだろう。しかし、そういったことに頼るには私は歪み過ぎていた。そうはいっても私だけに限らず、誰にした
って非現実的な物情に対して、全面的に甘んじてしまうことはないのではないか。
54名無しさん?:05/01/02 03:31:50 ID:???
とにかく、私の静かだった生活はもう何度目かも分からなかったが、またもや他人の手によって打ち破られることに
なる。振り返ってみると、それらは少し出来過ぎているようにも思えた。得体の知れない何らかの意志が、私達に見
えないところで気持ち悪いくらいにはたらいているようにも考えられた。
55名無しさん?:05/01/02 03:43:58 ID:???
意味の分からない意図があるにしてもないにしても、上手く利用して契機に出来さえすれば、その意図するところと
は関係なしに、それを綺麗な言葉で呼ぶことが出来るのだ。私が身に受けたそれは、もっとも私の成すところが原
因なのだろうが、とても賛美できるようなものではなかったのだ。
56名無しさん?:05/01/04 02:26:08 ID:???
その朝私は、再び母親の手によって叩き起こされた。いつかのように母親が騒ぎ立て、居間には副担任が鎮座し
ていた。私はうんざりした気分になったが、副担任は努めて明るい口調で言った。さあ、今から学校に行こう。私は
この場から上手に逃れるための言葉を知らなかった。それで、わざわざ家まで迎えに来た副担任の車に乗り込む
ことになった。
57名無しさん?:05/01/04 02:38:06 ID:???
この人は少し、古い学園物ドラマの影響を受け過ぎなのではないか、と思った。いささか押し付けがましい熱意を
持ってすれば大方の問題は片付けられる、と思っているタイプではなかろうか。私の憶測も関係ない様子で副担
任は、私が助手席のドアを閉め、母親が道まで見送りに来た姿を確認すると静かに車を出した。
58名無しさん?:05/01/04 19:23:56 ID:???
      人
     (  )
     (   )
    (^∀^ )
   地球にやさしい
   ニコニコうんこ
59名無しさん?:05/01/05 03:11:51 ID:???
このお節介な副担任に対する悪態を含む様々なことが頭に浮かんだが、寝起き直後にすぐさま着替えさせられ、
車に放り込まれた身では、正常な現状把握や分析が充分にできなかった。……何の真似だ?不完全な思考の後
に搾り出された疑問がそれだった。車は躊躇うことなく進んでいく。
60名無しさん?:05/01/05 03:23:00 ID:???
私は運転席の副担任の顔を見なかった。彼女も真っ直ぐ前を見据えたまま運転を続けた。私の思考は何度も先
程の疑問をリフレインしていたが、副担任が何を考えているのかは分からなかった。彼女は単に私を送迎しに来た
わけではなかったのだ。いつも通る通学路、三つ目の交差点を出し抜けに左折したところで、私はやっとそれに気
付いた。
61名無しさん?:05/01/06 02:06:58 ID:???
渋滞を避けるための迂回路としては学校と方向が全く違っていたし、大体この道は避けるほどの渋滞など起こり得
るわけがないのだ。しかし私は何も言わなかった。何らかの決意を持って断固とした行動を取る人間に口添えをす
るのは無駄だと思ったし、それにこの人が一体何をする気なのか見てみたくもあったからだ。
62名無しさん?:05/01/06 02:19:14 ID:???
車の窓越しに、普段見慣れない風景が現われては遠ざかっていった。私は漠然と前方だけ見つめ、副担任は運転
に集中して両者とも一言も口をきかなかった。当初から突拍子もない行動に出た副担任を嘲笑うように浮かんでい
た疑問、それがじわじわと縮小していくのが感じられた。彼女は冗談ではなく、本気で何かをやろうとしているのだ。
63名無しさん?:05/01/06 23:24:55 ID:???
64名無しさん?:05/01/08 02:25:37 ID:???
私の頭は憶測をし始めた。一番妥当な線としては、何かカウンセリングのようなものを受けさせようとしているので
はないか、ということだった。多分、学校側にも私の両親にも話が伝わっているのだろう。両者の共謀による算段
か、あるいは私の両親が、学校側に依頼したのかもしれない。
65名無しさん?:05/01/08 02:37:07 ID:???
副担任にしてみれば、また面倒な役回りが押し付けられたわけだ。……そもそもこういう役目は普通なら親がやる
ものではないのか。学校と両親が彼女に委託したのか、もしくは彼女が自分から買って出たのか。もし後者だとし
たならば、この人も相当な物好きだ、と私は思った。
66名無しさん?:05/01/09 03:46:09 ID:???
相変わらず、私も副担任も言葉を発しなかった。車内には音楽どころかラジオさえ流れていなかった。聞こえるの
はこの車のエンジンの音、対向車とすれ違うときの風音、少しきしるブレーキ音と、交差点を曲がるときのウインカ
ーの音だけだ。押し殺していたのか、彼女の息遣いさえ聞こえてこなかった。
67名無しさん?:05/01/09 03:57:33 ID:???
車はいつしか市街地を通り過ぎ、田園地帯の道を走っていた。私には目的地の予想など言うに及ばず、本当に目
的地に近付いているのかさえ分からなかった。最初から目的地などなく、ある一定の時刻までただただ迷走を続け
る、それだけが目的だった、などと言われれば、動機はともかくとして私はそれを信じたかもしれない。
68名無しさん?:05/01/11 00:36:06 ID:???
 
69名無しさん?:05/01/11 02:27:12 ID:???
それにしても、またずいぶんと回りくどい方法をとったものだ。朝一番に家庭訪問して私の身柄を確保し、有無を言
わさず車に積み込み、道中全く説明もいい訳もないまま、ただどこかに向かっている。多分、私が車に乗り込まな
い筈がないことも、何も質問しようとはしないだろうということも計算済みだったのだ。
70名無しさん?:05/01/11 02:38:33 ID:???
それは未だに一切の説明を怠っていること、敢えてしないつもりなのかもしれないが、そこから導いた推論だった。
そうでなくとも、再三の警告を軽んじる一生徒と、それを疎ましく思う周囲の大人達とを比べてみても、どちらに分が
あるのかは誰の眼から見ても明らかだった。私自身もそう思ったくらいだから。
71名無しさん?:05/01/12 01:54:06 ID:???
最初から言えばよかったのだ。カウンセリングを受けさせるつもりならそう言えばよかった。それ以外の目的がある
のならそれを言えばよかった。私は逆らうことなく車に乗り込んだだろう。彼らも若干手間を省けたのではないのか。
何故皆わざわざ、いつも自分の伝えんとするところを限りなく曖昧にしようとするのだろう。
72名無しさん?:05/01/12 02:08:43 ID:???
私が欲しているもの、多分それは簡単でストレートで反論もできなくなるような、私自身を全否定する言葉だった。
身を抉るような、二度と忘れ得ないような、それを得たことで私の身にどういう変化が期待できるのかは全く未知数
だったが、今までのように生殺しにされ続けるのはもうそろそろ限界だったのだ。
73名無しさん?:05/01/14 02:20:18 ID:???
ことの始めから、私には誰も何も言わなかった。明らかにエラーである私に面と向かって、お前は欠落者だ、と誰
も言わなかった。両親はだんまりだった。担任は事なかれ主義だった。少しばかり期待したクラスメイトの彼女も、
最後の最後で躊躇した。周知のように、こういった類のことは自分の手で出来ることではない。
74名無しさん?:05/01/14 02:37:17 ID:???
だから彼女は、この隣の運転席でハンドルを握る副担任は、あらかじめ私に言うべきだったのだ。お前には正し難
い欠陥があるから、今から然るべきところへ向かってそれを矯正する、と。でも本当に正せるとは誰も考えてないし、
期待もしていない、と。場合によっては、厄介事を押し付けられた愚痴を延々垂れ流してもいいだろう。
75名無しさん?:05/01/15 02:22:28 ID:???
不意に彼女は、車を左折させてコンビニの駐車場に乗り入れた。左から2番目の駐車枠に車を頭から突っ込ませ、
サイドブレーキを引いてエンジンを切った。緩慢な動作でシートベルトを外し、ドアを開けて右足を車外に出しなが
ら私に向かって言った。何か食べる?朝食食べてないんでしょう?
76名無しさん?:05/01/15 02:33:28 ID:???
しばらく間があった後、いりません、と私は彼女の顔も見ずに言った。久し振りに発した自分の声が、やたらと違和
感を伴なって私の耳に届いた。彼女は私の答を聞くと、そう、と簡単に言って車を降りた。後ろ手でドアを閉め、コン
ビニの入口に入っていった。私は助手席に座ったまま、店内の様子を見るともなしに眺めていた。
77名無しさん?:05/01/16 02:38:46 ID:???
 
78名無しさん?:05/01/16 19:57:43 ID:???
79名無しさん?:05/01/17 02:50:57 ID:???
店の中には雑誌を立ち読みしている男性客が二人、その向こう側の商品棚から売り場の整頓でもしているのか、
店員の頭が忙しなく見え隠れしていた。助手席から見える光景はそれだけで、副担任の姿は確認できなかった。
車内の時計は午前10時半を少し回ったところだった。
80名無しさん?:05/01/17 03:01:52 ID:???
程なくして、小さなビニール袋を提げた副担任が、店の自動ドアをくぐって外に出て来るのが見えた。真っ直ぐ車の
ところまで歩いてドアを開けると、袋を持った左手を車の中に突っ込み、そのまま運転席に座って持っていた袋を私
の膝の上に置いた。私の反応も確認せずに、彼女はエンジンをかけた。
81名無しさん?:05/01/18 02:42:32 ID:???
再びどこへ向かうとも知れぬまま、車は走り出した。ビニール袋は私の膝の上に置かれたままで、振動が伝わる
度にカサカサと小さく音を立てた。彼女は缶コーヒーを飲みながら運転を続けたが、やはり一言も口をきかなかっ
た。まるで私の方から喋るのを待っているような、そんな感じがした。
82名無しさん?:05/01/18 02:55:08 ID:???
白々しい嘘を吐いて車に乗せたり、その後も一切喋らず黙々と運転し続けるのも、私の不安を煽って私の口から、
どこに行くんですか?とか、何をするつもりなんですか?など、話させること自体が目的だったのではないか。私が
そんなことを口にした瞬間、彼女は何かを饒舌に話し始めるのかもしれない。
83名無しさん?:05/01/20 03:45:55 ID:???
やっと車が一台通れるような狭い道を進んでいた。彼女は狭路が苦手のようで、ほとんど人が歩くのと同じようなス
ピードで慎重に車を動かした。幸い後続車や対向車が来ることもなく、私達の乗った車は少し開けた松林の手前ま
で進んだ。不意に私の中に、気恥ずかしさに似た不安が浮かんできた。
84名無しさん?:05/01/20 03:56:49 ID:???
彼女は松林の手前の路肩で車を停止させた。さ、降りて、と言ってサイドブレーキを引き、シートベルトを外した。私
は不安が確信に変わるのを感じながら、だいぶ辟易して車を降りた。この人は本気でこんなことをしようと思ってい
たのだろうか、という好奇の気持ちも残っていたし、今更彼女に逆らうことも出来なかったからだ。
85名無しさん?:05/01/21 03:59:20 ID:???
私は彼女の後ろから、松林の中を歩いていった。そこに近付くに連れて、漂ってくる香りが強くなるような気がした。
こうも見事なまでにわざとらしいというか、馬鹿馬鹿しいことを真剣にやるというか、いや、あるいはこれは一種の冗
談や余興の類なのかもしれない……。私はますます彼女の意図に対する興味を強めていった。
86名無しさん?:05/01/21 04:10:24 ID:???
松林を抜けるとねずみ色をしたコンクリートの防波堤があり、その向こう側は海だった。薄曇りの空、雲の切れ間か
らようやく顔を出している太陽の光が海面上に達し、複雑に反射して鈍く輝いているのが遠くに見えた。副担任と私
は当初と同じ速度を保ったまま、防波堤に向かって歩いた。
87名無しさん?:05/01/23 00:12:13 ID:???
 
88名無しさん?:05/01/23 02:49:41 ID:???
先を歩いていた彼女が、あら、と声を上げた。二、三歩遅れて防波堤の手前で立ち止まった私には、彼女が声を上
げた理由がすぐに理解できた。海はちょうど干潮の時間で、本来海水が隠しているはずの海底は惨めに重く湿った
砂地となり、ところどころに逃げ遅れた海水が、小さな水溜りのようにして残っているだけだったのだ。
89名無しさん?:05/01/23 03:01:41 ID:???
波打ち際は遥か沖の方まで後退していた。彼女が海を何に使うつもりだったのかはよく分からなかったが、引き潮
だったというこの状況は想定していなかったようだ。彼女はしばらく遠くの波打ち際を眺め、私は同じところを見る振
りをしながら、彼女の動静を観察していた。さあ、これから彼女はどうするつもりだろうか、と。
90名無しさん?:05/01/24 02:47:15 ID:???
うーん、と彼女は唸るような声を出した。それから私に向き直って言葉を続けた。本当はね、本当はもうちょっと何て
言うか、ちゃんとした海のときに連れて来たかったんだけどね。私はほら、国語の担当で典型的な文系だから……。
そして彼女は、遠ざかった海岸線と私の顔を交互に眺め、軽く短くため息をついた。
91名無しさん?:05/01/24 02:58:34 ID:???
不測の事態が起きてもちゃんと演技をするのだな、と私は彼女の言い訳する様を見ながら思った。よもやこんな子
供地味たような言い訳で、場が収まるとでも考えているのだろうか。いや違う。言葉の意味ではなく、勢いだけだ。
表情、アクセント、目線の使い方まで総動員して、むしろ同情を誘うかのような話し方をしているのだ。
92名無しさん?:05/01/25 00:43:23 ID:???
 
93名無しさん?:05/01/26 04:09:09 ID:???
私の我慢は限界に近付いていた。すなわち、黙っているのに耐えられなくなってきた。理不尽な連れ出し方をして
この体たらく、未だに何がやりたいのかはっきりしない。わざと刺々しい口調で問いただしてみたくなるのも、何も私
の生まれ持った性悪の性質のせいだけではないはずだった。
94名無しさん?:05/01/26 04:20:13 ID:???
彼女は遠くを眺めていた。彼女は何事かを胸に秘め、それを行動に移すタイミングを計っているようにも見えたが、
全く何も考えていないようでもあった。私は彼女のその理解し難い言動に翻弄されてしまっているらしく、彼女を問
いただすためのタイミングと的確な台詞が掴めずにいた。
95名無しさん?:05/01/27 03:29:45 ID:???
彼女が言った。あそこまで行こうか、せっかく来たんだし。彼女の指は果ての波打ち際を指していた。私がその言
葉に対する反応を考えている間に、彼女は近くの砂浜へと至るコンクリートの階段を降り始めていた。こうなった以
上、私に残された選択の余地は皆無のような気がした。私は彼女の後を追った。
96名無しさん?:05/01/27 03:40:58 ID:???
黒く湿った砂は、私達の足元を捉えて靴の中まで海水を浸食させた。一歩一歩踏み出すごとに、私達の足は確実
に重量を増していった。彼女が全くそのことを気にしないで歩いていくので、私もいちいち靴が重く湿っていくことに
気を取られるわけにはいかなかった。私は水溜りに足を入れてしまうことを無視して、必死で彼女の後を追った。
97名無しさん?:05/01/27 09:09:09 ID:???
 
98名無しさん?:05/01/29 03:41:26 ID:???
何が原因なのかは分からなかったが、海水は汚く濁っていた。私達のすぐそばで、波は申し訳程度に進退を繰り
返していた。私はその打ち寄せては引く波に目をやった。脆弱な波の中にわざと自分の足を浸したりしたが、どち
らにしても靴の中は絶望的なほどに海水に侵されていた。しかしそれは、既に私にはさほど苦にならなかった。
99名無しさん?:05/01/29 03:52:28 ID:???
ああ、と彼女は大声を上げた。私よりも積極的に、靴を履いたまま波の中にその両足を晒していた。膝の下10セン
チ程海水に浸るところまで彼女は歩いていって、実に満足そうな表情を浮かべ、言った。たまにはこうやって童心
にかえるのもいいよね。私は同じく靴を海水に浸しながらも、彼女の言葉に同意することが出来なかった。
100名無しさん?:05/01/30 04:00:45 ID:???
一体何のつもりですか?私の口は、自分の置かれた状況もその場を支配する空気も無視して、その言葉を発した。
私自身は、もう少し控えめに穏やかに用件を切り出すべきだった、と直後に省みたわけだが、その言葉を向けられ
た彼女は特に動じた素振りも見せず、ごく自然に私の方を振り向いたのだった。
101名無しさん?:05/01/30 04:21:54 ID:???
わざとそうしたのかもしれない。彼女は私を振り返って、何のことを言ってるの?というような表情を見せた。私はそ
れを見た瞬間、逆上に近いような感覚を覚え、同時にもはや自制が効かなくなっていることに気付いた。無邪気に
振る舞っている振りをしている副担任に対して、果てしのない憎悪を覚えたのだ。
102名無しさん?:05/01/30 22:42:07 ID:???
 
103名無しさん?:05/01/31 06:48:24 ID:???
だけど私にはそれが出来ない理由もあった。
104名無しさん?:05/02/01 03:57:55 ID:???
私は後悔した。感情に任せてつまらない切り出し方をした自分に嫌悪感を抱いた。だが、決定的に遅過ぎた。私は
すでに言葉を発していた。振り向いた副担任の顔が物凄く尊大に見えた。まるで私がこう言うことを待っていたかの
ように、いかにも得意げな顔をしているように見えた。
105名無しさん?:05/02/01 04:12:16 ID:???
私が後悔している間にも、彼女は白々しくとぼけた表情を努めた。しばらく間を置いた後、彼女は言った。何のつも
りか、ですって?……別に意味なんかないわ。ただ、平日に学校をサボる生徒の心境がどんなものかと思って、学
校に行かずに適当な場所で時間を潰してみようと思っただけよ。
106名無しさん?:05/02/02 03:42:19 ID:???
そんなこと、勝手に一人でやればいいじゃないですか。そう思ったが、言葉にはならなかった。出来なかった、とい
うべきかもしれない。私は彼女と言い争いをする気になれなかった。彼女の発した言葉は、私がついこぼしてしまっ
た言葉よりも、つまらないものに思えたからだった。
107名無しさん?:05/02/02 03:53:03 ID:???
私は口をつぐんだが、内心の苛立ちは増していた。よっぽどの正当な理由に従って私をここまで連れて来たのだろ
うという期待感が裏切られ、さぞ高尚な説法が私の身を貫くだろうと考えていたのに、想像以上に詰まらない理由
で彼女が行動していた、という事実に打ちひしがれたような気分だった。
108名無しさん?:05/02/04 04:03:17 ID:???
私は副担任を視界から外すように、遠くの情景に目をやった。眺めながら、己の他者に依存するような性格を呪わ
しく思った。結局、自分自身の手で自分自身にとどめを刺せないのだ。それはよく分かっているつもりだった。だか
ら他人の手を拝借する機会を待ち望んでいたのだ。
109名無しさん?:05/02/04 04:15:52 ID:???
私はとても後悔した。ここまで来るときの道順を覚えておけばよかった、と思った。私がそれを覚えてさえいれば、
今すぐこの場を放り出して、途方もなく長い道のりを歩いて帰る覚悟すら出来ていた。例え道順を覚えていなくとも、
その気にさえなれば、あるいは公共交通機関を駆使して家まで辿りつけたかもしれない。
110名無しさん?:05/02/05 03:28:15 ID:???
だが、結局私はこの場を放り出してしまうことも、彼女に傾倒してしまうことも出来ずに、ただ重くなった靴を履いた
まま波打ち際に突っ立っていた。彼女が何をしたいのか未だに分からなかったが、私も、私自身も自分で一体何が
したいのか分からなかった。何でこんなところに、副担任なんかと二人でいるのだろう。
111名無しさん?:05/02/05 03:41:49 ID:???
この馬鹿馬鹿しい状況を他人が見たら、一体何と思うだろうか。傍らにカメラでもあれば、人はそれをテレビか何か
の撮影だと納得してくれるだろうか。だが、もちろんそんな物が存在するはずもないし、第一当事者である私は、こ
の状況をかなり白々しいものだと認識していた。彼女と私の行動、及び私の思考全てにおいて、だ。
112名無しさん?:05/02/05 22:16:06 ID:???
113名無しさん?:05/02/07 03:53:00 ID:???
時代錯誤もいいところだ、と私は思った。生徒を海に連れて来て、彼方に向かって大声をあげさせれば全ての問題
が片付いてしまう、そんな都合のいいシナリオはもう昨今には通用しないのだ、と。そんなことで何でもけりがつくの
なら、もっと世の中は簡単になるだろうし、私にもそれを利用できない筈がないのだ。
114名無しさん?:05/02/07 04:06:48 ID:???
何かに向かってわざとらしいほどに気勢をあげ、嬌声と共に突進していくには、私はだいぶ疲れ過ぎていた。いや、
努めて疲れきった振りをしていたのかもしれない。確かに、誰かが的確に私の内側を突き崩してくれるのを期待し
てはいたが、内側に触れもしないアプローチを仕掛けて来る者に対しては、私は頑なだった。
115名無しさん?:05/02/08 03:59:03 ID:???
常に用心を繰り返して見極めてきたつもりだったし、実際にこのときまで、私の内側を深く抉った人物は皆無だった。
振り返ってみれば、まずSの死、クラスメイトの忠告、その間に沢山の批判的な眼と当たり障りのない言葉。それら
は私に不可解で不愉快なものを与えるだけで、私の望むものは何一つ授けてくれなかった。
116名無しさん?:05/02/08 04:11:59 ID:???
これまでの通説のように、この得体の知れない副担任による私への接触も、一蹴に値する下らないものだ、と私が
認識してしまう直前に、副担任は突如として新しい攻勢に出てきた。彼女は緻密な計画によって前段階を終了し、
続く計画の残りを完璧に成就させるつもりなのかもしれないし、全く行き当たりばったりに行動しているだけかもしれ
なかった。
117名無しさん?:05/02/10 02:44:57 ID:???
 
118名無しさん?:05/02/10 03:14:30 ID:???
私が波打ち際で途方に暮れているころ、膝下まで海に浸かってはしゃぐまねをしていた副担任は、時限式スイッチ
でも入ったみたいに突然手足や体の動き、顔の表情まで全てを一斉に停止させた。波打ち際と水の中、棒立ちの
私達の間に奇妙な間が生まれた。私は少したじろいだが、彼女を視界の隅に捕らえたまま、変化に気付かない振
りを続けた。
119名無しさん?:05/02/10 03:32:52 ID:???
彼女は静かに水の中から引き上げてきた。私のすぐ隣までゆっくりとやって来て、沖の方を向いてそこにしゃがん
だ。私はそこまで動いた彼女にようやく目をやり、自分の白々しさに内心唾を吐きながら次の展開を待った。彼女の
策に嵌ったつもりはなかったが、私の行動もだいぶ芝居がかってきているように思えたのだ。
120名無しさん?:05/02/11 03:37:38 ID:???
彼女はそのまま小さくため息をついた。私がそう見えただけかもしれない。とにかく一呼吸置いた後、私は彼女が何
かしらの決意を固めたのがよく分かった。ここにきてようやく、やっとのことで本題に突入するのだろう。私は彼女の
横顔越しに見えるはるか彼方の海を、漠然と眺めながらそう思った。
121名無しさん?:05/02/11 03:51:14 ID:???
さすがにもう冷たいね、水。彼女は独り言のようにして言った。別に肯定も否定も期待してないような、本当にただの
独り言だった。彼女がわざわざ声に出して言うまでもなく、海水は確かに冷たかった。追い討ちをかけるようにして、
海の水で湿った私達の足元を、時折風が気紛れな速度で吹き抜けていった。
122名無しさん?:05/02/11 04:10:46 ID:???
 
123名無しさん?:05/02/13 03:39:32 ID:???
不意に副担任は、次のような台詞を一気によどみなく喋った。昔々、アフリカのとある草原に一匹の臆病なライオン
が住んでいました……。よどみなく喋ったが、彼女の声には明らかに不安定な響きが混じっていたように思う。元々
綿密な計画などではなかったのかもしれない。私は遠い海の上に視線を固定したまま、自らの落胆をさらに深めた。
124名無しさん?:05/02/13 03:55:13 ID:???
計画性の崩壊もさることながら、私を落胆に導いたもう一つの理由は、彼女が喋り出したことがどうせ愚にもつかな
い例え話だろう、ということが瞬時に理解されたからだった。こういった場合、最終的には彼女の話の中のライオン
が、私の現状と重なるような展開をしていき、彼女はしたり顔で大層な講釈を垂れるに違いないのだ。
125名無しさん?:05/02/14 03:20:16 ID:???
私の落胆に気付いたのか、あるいは効果的な演出を狙ったのか、彼女は例え話のワンフレーズを口にしてすぐに
沈黙した。遠い海上から彼女の横顔へと視線を移したが、そこからは何もうかがい知ることが出来なかった。私の
頭は現状を把握しようとして、彼女の意図を掴み取ろうとして、躍起になって活動していた。
126名無しさん?:05/02/14 03:48:05 ID:???
もし彼女が私の気を惹くために、ワンフレーズを喋った後意図的に沈黙したとするならば、彼女の目論みは見事な
ものだというほかはなかった。現に私は頭の中で、イライラしながら話の続きを催促していた。私の予想した通りに
ことが運ぶのを見届けて、天邪鬼な気分に浸りたい気持ちもあっただろうが、新たな局面を迎えて脆い期待が再び
頭をもたげてきたのも事実だったからだ。
127名無しさん?:05/02/15 00:10:02 ID:???
 
128名無しさん?:05/02/15 15:59:00 ID:???
『イヤーッホォーーーーーーーー!!!!!』
突然彼女が叫んだ。
129名無しさん?:05/02/16 03:31:38 ID:???
ライオンは臆病でしたが、草原に住むほかの動物たちから見れば、ライオンはライオンでした。シマウマ達は彼を恐
れて逃げ回り、ハイエナ達は彼に愛想笑いを浮かべながら彼の前を通り過ぎました。同属のライオン達からは疎ま
れたような扱いを受け、群れの中で彼は孤立していました。
130名無しさん?:05/02/16 03:46:03 ID:???
なぜそのライオンが群れの中で疎まれていたかというと、それは彼が臆病な本心を頑なに閉ざして誰にも本音を語
らずに、つんとすましたような態度をとっていたからでした。群れのライオン達には、それがまるで自分たちを見下し
ているように見えて鼻持ちならなかったのです。
131名無しさん?:05/02/17 11:59:46 ID:???
132名無しさん?:05/02/18 01:36:51 ID:???
133名無しさん?:05/02/18 03:36:44 ID:???
私は少し感心した。もし彼女があてずっぽうで見当をつけて話しているのならその偶然性に、冷静に私を観察した
結果、この例え話をでっち上げているのならその観察眼に。いずれにしてもなかなかいいところを突いている、そう
思った。この時点では、まだ私にも余裕があったのだ。
134名無しさん?:05/02/18 03:55:08 ID:???
恐らく私は何かを期待していたのだろう。彼女が続ける物語が私にどういった作用をもたらすか、その詳細をはっき
りとは掴めなかったが、私の理性は黙って彼女の話を聞き続けることを推奨していた。いや、理性というよりも、もっ
と奥深いところにある何かが、私にそうするように命じたのだ、多分。
135あぼーん:あぼーん
あぼーん
136あぼーん:あぼーん
あぼーん
137名無しさん?:05/02/19 01:02:57 ID:???
あまりこのスレで文字レスを付けたくは無いが、
俺は毎日このスレを楽しみにしていました。
できればこれからも続けて欲しいです。
このレスも上の荒らしと共に消してくれれば嬉しいんですがね・・・

>>211
切に願う
138名無しさん?:05/02/19 01:27:06 ID:???
続けなくていいよ
139名無しさん?:05/02/19 02:56:37 ID:???
ライオンは、そうした群れの者達の反感に気付いていました。他のライオン達がひそひそと囁きあう悪口を耳にする
度に、彼はこう思うのでした。陰口や悪口を言う連中なんて信用できない、ぼくは自分一人だけで生きていくんだか
ら、そんな奴らなんかぼくに必要ないんだ、と。
140名無しさん?:05/02/19 03:08:49 ID:???
彼の孤高を気取った態度は、他のライオン達の嫌悪感を募らせるだけでした。それでライオン達はますます彼を毛
嫌いし、彼も頑として虚勢を張り続けるのでした。そうやって、彼と他のライオン達の間に存在する溝は決定的な程
に大きくなり、彼はすでに他の者達との和解を諦めてしまっていたのです。
141名無しさん?:05/02/19 05:27:34 ID:I6VGSqeo
なるほどね
142名無しさん?:05/02/19 15:23:16 ID:???
143名無しさん?:05/02/19 20:51:11 ID:???
 
144あぼーん:あぼーん
あぼーん
145名無しさん?:05/02/20 23:22:29 ID:???
 
146名無しさん?:05/02/21 03:32:43 ID:???
私は、アフリカの草原に佇む一匹のライオンの姿を想像した。虚勢に肩を怒らせて群れの中を闊歩する様、その
実、一人きりになったときには多分様々な情念に打ちひしがれて、悲しく空でも見上げていたのかもしれない。私
にはその様子が想像できた。彼の見上げる空の色まで、ありありと思い浮かべられたくらいだ。
147名無しさん?:05/02/21 03:47:00 ID:???
それにしても、話の中のライオンがそうなってしまった原因というか、きっかけは何だったのだろう。副担任はそこま
で語らなかった。寓話の重要なポイントでない、語るに及ばぬ些細なことだったのか、それともライオン自身も知ら
ないのだろうか。あるいは、そこには私の想像もつかない出来事があったのかもしれない。
148名無しさん?:05/02/22 03:37:07 ID:???
ある日のことでした。ライオンはいつものように、群れから遠く離れたところに一人で座り込み、ぼうっと空を見上げ
ていました。空には小さな雲がぽつぽつと浮かんでゆっくり流れていき、見渡す限りの大地には、何も動くものがあ
りませんでした。静かな草原の、平和な昼下がりでした。
149名無しさん?:05/02/22 03:54:58 ID:???
そのとき突然、放心したようなライオンのすぐそばの草むらがガサガサと音を立てました。彼は耳をピクリと動かし、
音のした方に顔を向けました。ちょうどその草むらから飛び出してきたのでしょうか、そこには一匹の子象がびっくり
したように目を見開いて、ライオンを見つめていました。
150名無しさん?:05/02/22 04:20:00 ID:???
 
151あぼーん:あぼーん
あぼーん
152名無しさん?:05/02/24 03:34:11 ID:???
ライオンと子象は、しばらく見つめ合いました。ライオンにその気はなかったのですが、子象は酷く怯えているようで
した。子象からは血の匂いが漂っていて、彼が今しがた飛び出してきた草むらからは、また物音が近付いてきてい
ました。ライオンは何となく状況が理解できました。子象は何かに襲われていたのです。
153名無しさん?:05/02/24 03:47:57 ID:???
間髪置かず、怯えてすくんでいる子象の後ろの草むらから、数匹のハイエナが飛び出してきました。そのまま固ま
っている子象に襲いかかろうとした刹那に、彼らは目の前に座ってこちらの様子を伺うライオンの姿に気がつきまし
た。ハイエナ達は驚いて飛び退り、すぐにきびすを返して草むらの中に消えていきました。
154名無しさん?:05/02/24 04:35:39 ID:???
 
155名無しさん?:05/02/25 03:29:46 ID:???
ハイエナ達が去った後も、子象はいっとき動けないようでした。噛み付かれたのでしょうか、左の後ろ足に怪我を負
っていて血が流れていました。ライオンは一通り子象を眺め回して、それから興味を失った振りをして寝そべり、目
を瞑りました。自分は子象を襲うつもりはない、早くどこにでも行ったらいい、という通告のつもりでした。
156名無しさん?:05/02/25 03:43:50 ID:???
ライオンがそうした態度を取っていても、子象はまだライオンの前にいるようでした。ライオンは薄目を開けて子象を
観察しました。子象はライオンの方を見つめたり、あちらこちらを眺めたりしていましたが、その内ひょいとライオン
に向かって頭を下げ、ハイエナ達とは反対の方向によろよろと駆けていきました。
157名無しさん?:05/02/27 00:51:55 ID:???
 
158名無しさん?:05/02/27 03:30:42 ID:???
子象の行動にはよく分からないところもありましたが、ライオンはそのままいつものように昼寝をして、目覚めたころ
にはすっかりそのことを忘れていました。それから彼はゆっくり起き上がり、大きなあくびを一つしてから散歩に出か
けていきました。ライオンが立ち去った後のその場所はとても静かで、昼間起きたことを草達も忘れてしまっている
かのようでした。
159名無しさん?:05/02/27 03:42:20 ID:???
翌日、ライオンが昨日と同じ場所にやって来ると、そこにはすでに先客がおりました。いつもライオンが寝そべって
いるのと同じ位置に、年老いた一匹の象が座っていたのです。ライオンは即座に昨日のことを思い出しました。が、
ここに年老いた象が座っている、その理由が分かりませんでした。
160名無しさん?:05/02/28 19:25:49 ID:???
161名無しさん?:05/03/01 01:49:52 ID:???
あとはゆっくりdat落ちを待ちましょう。
162名無しさん?:05/03/01 03:35:35 ID:???
いつのまにか私は自分が、副担任の続けるこの奇妙な御伽噺にひきこまれてしまっていることに気が付いて、少し
愕然とした。頭の中ではいろいろと理屈をつけて、彼女の話を鼻で笑うようなところもあったのだが、正直に言うとも
はや話の結末まで聞かないと納得出来ないような状況に、私はいたのだろうと思う。
163名無しさん?:05/03/01 03:47:39 ID:???
すでにそれが、彼女の思い描いていたシナリオ通りの展開だったのかどうか、私にはおそらくもう関係なかった。十
全な準備によってしつらえられた、緻密な計算の結果を目指して彼女が口を動かしていようといまいと、間違いなく
私の中には、彼女の目指すものを見届けてみたいという衝動が存在したに違いないのだ。
164名無しさん?:05/03/01 03:49:38 ID:???
 
165名無しさん?:05/03/02 03:00:35 ID:???
ライオンは少し腹が立ちました。自分のお気に入りの場所を見知らぬ者に占領されるのは、いい気分ではありませ
んでした。しかしそこは彼のお気に入りの場所ではありましたが、彼一人の占有物ではありませんでした。しばらく
未練がましそうに年寄り象を眺めていましたが、やがて諦め、彼はくるりと背を向けて立ち去ろうとしました。
166名無しさん?:05/03/02 03:13:31 ID:???
待っておくれ、と背後からその年老いた象が話しかけてきました。ライオンはとっさに振り向きましたが、相手を憎々
しげな視線で睨みつけるのは忘れませんでした。年寄り象は彼の厳しい視線を受けながら、彼に柔らかな微笑を
返していました。ライオンのイライラが昂ぶったのは言うまでもありません。
167名無しさん?:05/03/02 03:22:56 ID:???
6行か。これで終わりか。
切なさの中にも希望が持てるラストだった。
168名無しさん?:05/03/02 04:16:57 ID:???
 
169名無しさん?:05/03/03 00:25:41 ID:sPKdLKfp
>>173とかが原因で単独ホスト規制されますた
このレスは依頼して書いてもらってます
私怨アク禁ですか?
170名無しさん?:05/03/03 00:34:43 ID:???
まじかよwwwwwwwwwwwwwwwwww
171名無しさん?:05/03/03 03:13:56 ID:???
年寄り象の笑顔を見ながらライオンは、最初に何と言ってやろうか、と思っていました。能天気な爺さん象をへこま
せるための最初の一言、それが重要だ、と彼は考えてはいましたが、怒りに気を急かされて冷静に思考することが
できませんでした。年老いた象は、尚もライオンを見て微笑んでいます。
172名無しさん?:05/03/03 03:26:52 ID:???
まあまあ、そうカリカリしなさんな、と老象が言いました。わしは君と喧嘩をしに来たんじゃないんだよ。穏やかな口
調がライオンの神経を逆撫でしました。うるさい、とライオンは苛立たしげに言いました。ごちゃごちゃ言ってるとこの
牙をお前の喉元に突き立てるぞ!ライオンは年寄り象に向かってグオウ!と吠えてみせました。
173名無しさん?:05/03/03 06:01:26 ID:???
 
174名無しさん?:05/03/04 04:15:04 ID:???
175名無しさん?:05/03/05 03:46:52 ID:???
年老いた象は、できるだけライオンを刺激しないよう心掛けながら、やはりニコニコと笑顔をたたえながら言いまし
た。昨日、わしの孫がハイエナ達に襲われて、ここまで逃げてきたときにライオンに助けてもらった、という話を聞
いてね、ここに来れば会えると思って待ってたんだよ。君がそうかな?
176名無しさん?:05/03/05 03:59:50 ID:???
ライオンは黙っていました。何と言ったらいいのか分からなかったのです。年寄り象は彼の様子を見て満足そうに
何度か頷き、言葉を続けました。いやいや、本当にありがとう。昨日の子象はわしの3番目の娘が去年産んだ2番
目の子供でね、もう目の中に入れても痛くないってやつなんだよ。
177名無しさん?:05/03/06 03:28:42 ID:???
あれが怪我して帰ってきたときにはびっくりしたけどね、若いライオンに助けてもらったって聞いてまた驚いたよ。ね
え、普通ライオンの若者ときたら、見境なく猛り狂って子象の一頭くらい簡単に噛み殺すんだろうけど、そんな弱い
者にだって情けをかけてくれる分別を持った若者だっているんだ、ってね。
178名無しさん?:05/03/06 03:52:51 ID:???
ちょっと待って、とライオンが年老いた象の話を遮りました。ぼくは別にあんたの孫を助けたわけじゃないんだよ。い
や、結果的にそうなったのかもしれないけど……。ライオンは、しどろもどろになりながら言いました。年寄り象は不
思議そうな顔をしてライオンを見つめています。ライオンの頭の中は真っ白になってしまいました。
179名無しさん?:05/03/08 01:54:15 ID:???
180名無しさん?:05/03/08 03:38:45 ID:???
もごもごと口の中で言葉を転がし、言いそうになっては止め、ライオンはそんな動作を繰り返しました。それを見て
いた年寄り象の顔は、だんだんと相好を崩して笑った顔になっていき、ついには大きな声をあげて笑い出しててしま
いました。年寄り象の笑い声を受けながら、ライオンは理不尽な惨めさを感じて呆然としました。
181名無しさん?:05/03/08 03:53:09 ID:???
別にぼくは悪いことをしたわけじゃないのに、と彼は思いました。ただ、どう説明していいのかちょっと分からなかっ
ただけなんだ。何もそんなに大笑いしなくてもいいじゃないか。ライオンは、無遠慮に笑う年寄り象に対して腹が立
ってきました。おい、笑うな!笑うのを止めろよ!ライオンは象に向かって大声で怒鳴りました。
182名無しさん?:05/03/09 03:17:38 ID:???
象はさすがに失礼と感じたのでしょうか、笑うのを止めこそすれ、ライオンの怒鳴り声には臆しませんでしたが、相
変わらず笑顔をたたえたままの表情を保っていました。そう怒らなくてもいいじゃないか、別にわしは君を馬鹿にし
に来たんじゃないんだよ?まあ君が嫌がることをしたのなら謝るよ、ごめんごめん。
183名無しさん?:05/03/09 03:35:03 ID:???
……で、なんの話だったっけ?一応の謝罪の後、年寄り象がとぼけた顔で言いました。ライオンはうんざりした気
持ちが鬱積していて、二度と口をきけないようにしてやるか、それともこんなのに関わらないために黙って立ち去る
か、どちらが相応しいか思案していました。こいつはどこまで馬鹿にするつもりなんだろう、と考えながら。
184名無しさん?:05/03/10 20:46:25 ID:???
185名無しさん?:05/03/12 04:03:07 ID:???
ライオンは少しの間考えていましたが、結局襲い掛かることも立ち去ることもせずに年寄り象に向かって説明を始
めました。ぼくは、あんたの孫だかを助けようとした訳じゃない。ここで寝そベってたら、あんたの孫象とハイエナ達
が来て、ハイエナが勝手に逃げていっただけだよ。ぼくは何もしてないんだ。
186名無しさん?:05/03/12 04:15:25 ID:???
年寄り象は少し混乱したようで、矢継ぎ早にライオンに質問をしました。ハイエナ達を威嚇したんじゃないのかね?
ただ寝そべっていただけだよ。何でハイエナ達は逃げていった?知らない。どうして君は子象を襲わなかった?面
倒だったからさ。一通り聞き終わった後、老象の頭の中でようやく正しい全貌が明らかになったようでした。
187名無しさん?:05/03/13 03:25:41 ID:???
そうかそうか、と象はニコニコしながら言いました。どっちにしても君が孫を助けてくれたことには変わりないね。
ライオンが何か言おうとするのを遮って、老象は言葉を続けます。つまり君は、わしの孫の恩人だ。ということは、
わしにとっての恩人でもあるわけだ。だって身内の恩人なんだから。そうだね?
188名無しさん?:05/03/13 03:44:24 ID:???
あんたの好きにすればいいよ、とライオンは素っ気なく言いました。別に何かがどうなるわけでもないしさ。そう言っ
たきり、ライオンはそっぽを向いてしまいました。この年老いた象を鬱陶しいと思う半面、彼のこころの中にはもう少
しこの象と話していてもいいな、と思う気持ちがありましたが、彼は努めてそれを表に出さないようにしました。
189名無しさん?:05/03/15 03:34:31 ID:???
副担任がここまで話し続けるうちに海の水はゆっくりと本来の位置にまで戻り始めていて、私と彼女は時折海水を
避けて一歩ずつ後退しなければならなかった。彼女の話の間にはよく沈黙が挿入され、話の途切れた合間合間に
物語の顛末を思い出しているようにも、その後の展開を自分で組み立てていっているようにも思われた。
190名無しさん?:05/03/15 03:50:34 ID:???
つまり、彼女が話し始めてからだいぶ時間が経っていた。思い出すのに疲れたのか、物語を作るのに疲れたのか
定かではなかったが、彼女はこれまでより随分長い間黙ったままだった。黙ったままゆっくりと足元を眺め、それか
ら海の彼方に目をやり、最後に私の顔を見て、言った。ねえ、お腹空かない?
191名無しさん?:05/03/15 19:37:58 ID:???
 
192名無しさん?:05/03/16 03:38:09 ID:???
今日まだ朝食も食べてなかったでしょ?少しの間私の顔をまじまじと見つめた後、私の返事も聞かずに彼女は背
を向けて湿った砂の上を歩き出した。私は少しの間その場に留まってみたが、そんなことはすでに抵抗の試みに
もなりはしなかった。ほら、行こう。彼女の声に促されて、私は副担任の後を歩き始めた。
193名無しさん?:05/03/16 03:52:07 ID:???
私達が乗り込むと、車はすぐに走り出した。来た道すら覚えていなかったので、私には自分達がどこに向かってい
るのかなど分からなかった。来たときと同じような風景が窓の外に流れ、来たときと同じような沈黙が車内に蔓延し
ていた。それらを少し重苦しく感じながら、これからどうするつもりなのだろう、と私はぼんやりと考えていた。
194名無しさん?:05/03/18 03:28:40 ID:???
私はまだよかった。気の利いた応対ができなくても、あるいはする気がなくとも、最低ただ黙って彼女に付いて回れ
ばいいのだから。しかし彼女は、こんな面倒臭くて手の込んだ計画を発案して実行に移してしまった以上、私達を
一応の結末まで導かなければならないのだ。例えそれがどんな場所であったとしても。
195名無しさん?:05/03/18 03:43:00 ID:???
車は海沿いの道をどこかに向かって走った。もしかしたらどこにも向かっていないのかもしれない。点在する民家
や、小さな漁船が何艘か繋留された小さな港や、潮風に晒されて錆び付いたバス停や、壁に大きく漁業組合と書
かれた倉庫や、そんなものが現われては私達の後ろに遠ざかって消えていった。
196名無しさん?:05/03/19 03:33:12 ID:???
彼女は来たときと同じように、黙りこくったままハンドルを握っていた。そうやって黙ったまま自分の取ってきた行動
を分析して次のステップや手順の確認をしているのか、単にハンドルを握ると黙ってしまうタイプなのか、私には判
別できようがなかった。私は出来る限りの想定をして未来を迎え撃つ傾向にある、と自分でも思うが、それでも分か
らないことは分からないのだ。
197名無しさん?:05/03/19 03:46:23 ID:???
彼女の行動に圧倒されて判断力が鈍っている、とも考えられたが、たった今降り出してフロントグラスを叩き始めた
小さな雨を見ているうちに、この雨すら彼女がどこかで手配してきた結果、今このタイミングで降り出した雨なので
はないか、という疑念が生じてきた。……多分私は少なからず混乱しているのだろう。
198名無しさん?:2005/03/21(月) 04:11:32 ID:???
雨が微かに車体を叩く音と、間欠的に動くワイパーの音だけが私の耳に聞こえていた。それは本当に微量な雨で、
いっそ土砂降りにでもなればいいのに、と私は思ったのだが、雨は最初から自分で決めた、あるいは依頼主に設定
されたペースを意固地に守り続け、それを崩そうとしなかった。
199名無しさん?:2005/03/21(月) 04:22:43 ID:???
車は右折してファミリーレストランの駐車場に入った。どこにでもある終日営業のレストランチェーンだった。昼食時
を過ぎているせいか、駐車場には私達の他に白い軽ワゴンが一台入っているだけだった。副担任はその車との間
に一台分の駐車スペースを空けて自分の車を停めた。そしてシートベルトを外した。
200名無しさん?:2005/03/22(火) 03:26:20 ID:???
彼女は私を促すような素振りを一度だけ見せて車を降りた。私に抵抗するような余地は残されていなかった。一度
だけだ。一度だけ彼女に従って、たかがファミリーレストランに入りしばらくそこで時間を過ごすだけだ。以後状況が
どう傾くかは知る由もない。が、当座をやり過ごすことならできるだろう。
201名無しさん?:2005/03/22(火) 03:46:34 ID:???
彼女の見せた一度だけの素振り、それは多分見越しているのだ。別に特別な先見があったわけではないのだろう。ここ
までついてきた私が、今更拒否できようはずがないと知っていたのだ。もっとも、そんな先見性すら彼女は持ち合
わせていない、というより、そんなもの意識すらしていなかったのかもしれないが。
202名無しさん?:2005/03/22(火) 16:00:01 ID:???
 
203名無しさん?:2005/03/24(木) 03:49:31 ID:???
私と副担任は、窓際にある禁煙席に向かい合って腰を下ろした。全ては彼女の意思によって取り仕切られ、私は、
席の位置から私たちが摂ることになる食事のメニューの決定まで彼女に全権をあけ渡すことになった。しかしなが
ら、私にとってはそんな些細なことは全面的に彼女にでも決めてもらった方がありがたかった。
204名無しさん?:2005/03/24(木) 04:01:29 ID:???
もちろん、一応は彼女は私に意見を求めた。でも私に答える意思がないことを察知すると、すぐにウェイターに注文
を申し付けた。彼は彼女の言葉を繰り返して確認してから奥に引っ込んで行った。客観的に見ればそれは一方的
過ぎたように見えたかもしれない。再三言うように、私にはもはや選択の余地などなかったのだ。
205名無しさん?:2005/03/25(金) 04:47:58 ID:???
ウェイターが去ると、彼女は出された水を一口飲んで私を見た。そして言った。お腹減ったよね?否定することも肯
定することも私には躊躇われた。この場合一体何て言えば彼女の気が済むのだろう。結局私は黙ったまま、彼女
と同じようにグラスの水を少し口に含んだだけだった。
206名無しさん?:2005/03/25(金) 05:07:44 ID:???
店の中はわざとらしいくらいに静かで、空調か何かの機器が、注意していないと分からないほどの音量で低く唸っ
ているだけだった。私達よりも先に入っていた客が一組はいるはずだったが、霧の中の森の木々のように静かに佇
むテーブルや椅子に阻まれて、その姿を確認することはできなかった。
207名無しさん?:2005/03/26(土) 00:34:51 ID:???
 
208名無しさん?:2005/03/27(日) 03:11:24 ID:???
副担任はグラスをテーブルの上に、音がしないようにそっと置いた。それから私の顔に向かってまっすぐに視線を
投げかけた。それはまるで私の考えていることや感じていることを見つけ出そうとしているようにも、私が何か言葉
を口にすることを催促しているようにも受け取れた。
209名無しさん?:2005/03/27(日) 03:22:07 ID:???
私は彼女の視線を避けるように、向こうの窓の外を眺める振りをしていた。結局注文した料理が運ばれてくるまで、
私達は無言だった。その間ずっと彼女は私の顔を眺め、私は窓の外を見ていた。幾つかの皿を抱えたウェイターが
やって来ると、彼女はようやく私の顔を見るのをやめた。
210名無しさん?:2005/03/28(月) 03:34:51 ID:???
鉄板に盛られたハンバーグとコーンスープの深皿、サラダの入った小さなボウル、ロールパンが二つ乗った皿がま
ず私の前に並べられ、続いて彼女の前に並べられた。ご注文の方は以上でお揃いでしょうか?とウェイターが言い、
彼女が小さく頷いた。ナイフやフォークの入った容器をテーブルに置き、一礼して彼は去っていった。
211名無しさん?:2005/03/28(月) 03:46:16 ID:???
とにかく先に食べてしまおうか、と彼女が言った。そして私にナイフとフォークとスプーンを手渡した。私は空腹では
なかった。というより、空腹を感じていなかった。確かに朝から何かを食べたという事実はなかったが、食欲は全然
わいてこなかった。私は手渡されたフォークやナイフを持ったまま途方に暮れた。
212名無しさん?:2005/03/29(火) 21:51:27 ID:???
 
213名無しさん?:2005/03/30(水) 03:29:22 ID:???
彼女は私に構わず、鉄板の上のハンバーグにナイフを入れ始めていた。その姿を見ながら私は絶望的な気持ちに
なる。どうして午後3時過ぎに、こんな量の「昼食」を摂らなくてはいけないのか。そうはいっても、私はすでに覚悟を
決めていたはずだった。すなわち一時的に彼女とここで時間を過ごす。そのためにやらなければならないことはや
らなければならない。
214名無しさん?:2005/03/30(水) 03:47:10 ID:???
私はフォークでサラダのボウルを突つき、千切りにされたキャベツを少量口に運んだ。できうる限りゆっくりとした動
作で、極力時間を消費できるように心がけながら。サラダと同様に、ハンバーグにもスープにもロールパンにも、少
しずつ時間をかけて摂取の跡を残そうと苦心した。それでも半分以上を残すことになってしまった。
215名無しさん?:2005/03/31(木) 03:16:24 ID:???
副担任が全部食べてしまうのと同時に、私もフォークとナイフを皿の上に置いた。それから努めて浮かない顔を心
がけて、彼女が私の食べ残しに気付くのを待った。もう食べないの?と彼女は言うだろう。私は表情をそのままに
小さく頷けばいい。事実その通りになり、私が頷いても彼女は特に何も言わなかった。
216名無しさん?:2005/03/31(木) 03:31:39 ID:???
ウェイターがやって来て、私の食べ残しの乗ったままの皿と、彼女の空っぽになった皿を下げた。その折りに彼女
はコーヒーを二つ注文した。ウェイターは皿を抱えたまま、かしこまりました、と言い、それで追加注文のプロセスは
終了した。そこには私の状況など挟み込む余地もなかった。
217名無しさん?:皇紀2665/04/02(土) 00:40:09 ID:???
 
218名無しさん?:2005/04/02(土) 03:21:34 ID:???
本当は彼女が空腹だっただけなのだろう、と私は思った。でも、それはそれでも構わなかった。空腹を満たして満足
したような様子でいる彼女と同様に、私も一つの段階を終了した安堵を感じないではいられなかったのだ。食べ残し
たまま下げられた食器、つまり食事の終わりだ。後はコーヒーを一杯飲み干すだけでいい。
219名無しさん?:2005/04/02(土) 03:38:29 ID:???
さて、と彼女が言った。さっきの話の続きだけど。ようやく本題に戻ってきた、と私は思った。彼女の語った物語に自
分が関心を寄せているのかいないのか、もう自分でもよく分からなかった。ともあれ、今私達の抱えている事態を終
結させるためには多分絶対に避けられないことなのだ、というのは何となく分かるような気がした。
220名無しさん?:2005/04/04(月) 03:39:33 ID:???
もともと彼女が始めたことだったのだ。私は黙ったまま、彼女がどこからか終わりを引っ張ってくるのを見ていれば
よかった。終わりを迎えるために是が非でもこの物語が必要なのだ、と彼女が考えているのなら、それはその通り
なのだろう。私はこれまでやってきたように、沈黙の中に深く沈み込んでいればいいのだ。
221名無しさん?:2005/04/04(月) 03:52:45 ID:???
どうしようか、と副担任が言った。退屈だったらもっと他の話をしようと思うんだけど。私は黙っていた。彼女が勝手
にやりたい方法でやればいいのだ、と思った。しかし口に出して言いはしなかった。彼女の質問は静かな店内を満
たしている空気に吸い込まれ、まるでそんなものはじめから存在しなかったかのようだった。
222名無しさん?:2005/04/05(火) 02:43:25 ID:???
 
223名無しさん?:2005/04/06(水) 03:15:26 ID:???
先程のウェイターがコーヒーを運んできた。まず私の前に、それから彼女の前に。さっきと同じ台詞と動作を繰り返
し、ウェイターは去っていった。彼女は自分のコーヒーにミルクを入れ、スプーンでかき回した。私は手をつけなかっ
た。どうしようか?と彼女がもう一度聞いた。
224名無しさん?:2005/04/06(水) 03:30:36 ID:???
その彼女の口調の中に、私は何か不吉なものが混じっているような気がした。ふと気付いたら風向きが変わってい
た、というような感覚だった。最初からこのポイントで方針転換をするつもりだったのか、急遽台本が書き換えられた
のかは分からない。とにかく、私は彼女の口調の奥にある意図や信念のようなものの流れが、微細に変化したよう
な気がしたのだ。
225名無しさん?:2005/04/07(木) 03:13:04 ID:???
ここで私が質問に答えなければ、彼女はいつまでもこの先を保留し続けるかもしれない。これまで、そしてこれから
の彼女の予定はともかく、この場は私にイエスでもノーでも、何でもいいから喋らせるつもりなのだ。ただの直感だ
ったが、私の推論を裏付けるかのように、彼女はまた繰り返した。ねえ、どうする?と。
226名無しさん?:2005/04/07(木) 03:26:33 ID:???
私は少し狼狽した。誰かとこういった状況で話をするとき、今までは私を喋らせようとする者はいなかった。私に質
問をして、その答え如何によって以後の対応を考えようとする者はいなかったのだ。もっとも、今までの話し相手に
はその必要がなかっただけなのかもしれないが。
227名無しさん?:2005/04/08(金) 03:22:42 ID:???
元々特に信念があって、それに従って常に黙りこくってきた訳ではないのだ。ただ黙ったままじっとしていれば、そ
のうち相手は言いたいことを言うだけ言ってしまい、必然的に話が終了する。話者はそれで席を立つ。別に意図な
どがあったわけでもない。ただそれが私にとって、あるいは語り手にとって一番やりやすかっただけに過ぎないのだ。
228名無しさん?:2005/04/08(金) 03:34:12 ID:???
とにかく、私は初めて語り手から質問を投げかけられて戸惑っていた。彼女が与えてきた質問は、イエスやノーで
答えられる種類ではないのではないか、とどうでもいいことを考えてしまったりした。私は固まったままだったが、
彼女はすこぶる落ち付いているように見えた。質問は投げかけた方が有利なのだろう。
229名無しさん?:2005/04/10(日) 02:25:47 ID:???
 
230名無しさん?:2005/04/10(日) 03:16:26 ID:???
彼女の口元には笑みさえ浮かんでいるように思われた。彼女の目的が私を喋らせることなのだ、とますます強調す
るかのようだった。私は彼女にとって、もしくは彼女の質問にとって致命的な一言を返さなくてはならないのかもしれ
ない。彼女の優位性を突き崩すのなら、それも重要なことだろうか。
231名無しさん?:2005/04/10(日) 03:30:39 ID:???
例えば?と私は言った。発言した後、記憶にある彼女の質問と、今私が言った言葉とを繰り返し見比べてみた。退
屈なら他の話をしようと思う。例えば?概ね間違ってはいない受け答えをしたはずだ。そのやり取りを頭の中で何度
もなぞった。そして自分に言い聞かせた。致命的かどうかはさておき、応答は間違ってはいない、確かに。
232名無しさん?:2005/04/11(月) 03:28:54 ID:???
最初、彼女は私が言葉を発したことに気付いていなかったのかもしれない。少し間を置いて目を大きく見開き、右耳
を私の前に突き出すような仕種をした。ん?何?と彼女は言った。無理はないことだと思った。私は随分と黙りっぱ
なしで、自分でもきちんと声が出るかどうか不安だったのだから。
233名無しさん?:2005/04/11(月) 03:39:16 ID:???
例えば、どんな話が?と私はもう一度言った。今度はちゃんと耳に届いたらしく、彼女は私の質問を頭の中に入れ、
少し考え込んだ。その間私は、一度目と二度目の自分の声を反芻していた。最初の声は確かにかすれていた。そ
れは仕方ない。でも次のがきちんと機能した。ならば後は彼女の返答を待つだけでいい。
234名無しさん?:2005/04/12(火) 03:18:57 ID:???
例えば、そうね……、と彼女が言った。私の発言からそんなに間は空かなかった。さっきのライオンの話、あれは私
の学生時代の友達が作ったんだけど、その友達の話とか。それとも私自身の話かな……。どういう人生を送ってき
たか、とか、両親がどういう人だったか、とか。そのくらいしかないけど。
235名無しさん?:2005/04/12(火) 03:31:07 ID:???
彼女の生い立ちや両親の話など聞きたくなかった。両親がどういう人「だった」か、という部分に関心を寄せはした
が、どちらにしても敢えて聞きたいと思うほどのものでもなかった。そんなもの彼女が一人で抱えていればいいの
だ。私は関係ないものを負い込めるほど余裕はない。答は必然的に決まっていた。
236名無しさん?:2005/04/13(水) 00:20:18 ID:???
 
237名無しさん?:2005/04/14(木) 03:29:14 ID:???
友達?と私は言った。あまり楽しそうな話ではないだろうが、彼女自身の生い立ちを聞くよりもずっと短くて済むだ
ろう。言ってしまった後、取り繕うようにそう思った。そう、友達。大学のときの友達よ、と彼女が答えた。私は嫌な気
持ちを高める。最初から選択肢などなかったのだ、自分に対してそう言い聞かせた。
238名無しさん?:2005/04/14(木) 03:42:06 ID:???
薮蛇を突ついたような気がした。あるいはもっと面倒な事態を招き寄せたのかもしれなかった。彼女自身の生い立
ちよりも彼女の友達の話の方が短くて済む、と考えた根拠は何なのだろう。単純に、話の形成に要した年月だろう
か。語られるべき話の容量が、決してその年月に比例するわけではないことを、私は知らなかっただけなのだ。
239名無しさん?:2005/04/15(金) 03:21:46 ID:???
彼女は少し考え込んで、言うべき言葉を模索していた。私はじっと黙ったまま、彼女が言葉を見つけ出すのを待っ
ていた。彼女が正しい言葉を求めてさ迷わす視線には、確かに真剣さのようなものが見て取れたと思う。自分自身
が認める限りの誠実さというか、極限の正直さというか、彼女は自分の思っていることを正確に、確実に私に伝えよ
うとしているのだ、というのが何となく理解できた。
240名無しさん?:2005/04/15(金) 03:35:24 ID:???
つまり、何を話すつもりなのかは知らないが、彼女は本気だった。彼女の真剣さは、Sの葬儀の後に私に話をしに
来たクラスメイトのことを思い出させた。あのときも私は、クラスメイトの話に相応しい返答をするべきだったのかも
しれない。私だけ黙りこくって彼女にだけ喋らせたのは、何かとても不公平だったような気がした。
241名無しさん?:2005/04/16(土) 03:26:42 ID:???
クラスメイトが言いたいことを言って、私はそれを受けとめるだけでいい。そのときはそう考えていた。彼女もそれを
望んでいるのだと思った。対面を終えた後、それでよかったのだと思っていた。しかし今、真剣に言葉を探す副担任
を前にして、それが正しかったことだとは私には思えなくなってきていた。
242名無しさん?:2005/04/16(土) 03:45:17 ID:???
クラスメイトは、私が何か言うのを期待していたのではないのか。何かしらの言葉を私がかけるべきだったのでは
ないのか。ああ、少し違う、と私は思う。私とそのクラスメイトは、お互いに言葉をぶつけ合って対決すべきだったの
だ。何を目指して対決するのかは分からない。が、彼女だけ一方的に吐き出すだけよりも建設的ではあるのだろう。
243名無しさん?:2005/04/16(土) 03:54:14 ID:???
 
244名無しさん?:2005/04/18(月) 03:20:02 ID:???
そう考えると、あれは本当の意味での忠告だったのかもしれなかった。私にとってもクラスメイトにとっても、問題を
解決する絶好の機会だったのかもしれない。けれども、私は一言も口をきかなかった。終始彼女が喋るだけだった。
感情の奥底からやるせない気持ちが持ち上がってくるのが分かる。多分これは、後悔だ。
245名無しさん?:2005/04/18(月) 03:35:50 ID:???
ともかく、私はかつて与えられたその機会を逃していた。そして何の因果か、また同じような舞台が設定されつつあ
る。恐らく私は、ここで対決しなければならないのだろう。もちろん、今でも何を目指したらいいのかなど分かりよう
はずもない。私が唯一感じられるのは、これが多分本当に最後のチャンスだ、ということだけだった。
246名無しさん?:2005/04/19(火) 03:26:58 ID:???
そう、友達、と彼女は言った。小さいときから仲がよくて、同じ小学校と中学校に通った。高校からは別々だったけ
ど、私達はよく顔を合わせてはいろんな話をしたの。将来のこととか、周りの人間関係のこととか、恋愛関係の話
とか。誰もが抱えるような悩みのほとんどを、私と彼女は共有していたようなものだったわ。
247名無しさん?:2005/04/19(火) 03:38:16 ID:???
その友達が通っていたのは、県内でも名のある有名進学校だった。それも特別進学コースっていう、何かにつけて
とても厳しいクラスだった。しかも寮にまで入って日夜勉学に励んでいたのよ。彼女は決して先天的に頭のいい人
じゃなかった。けど、自分でそれを必死で否定するみたいに、やみくもに努力していた。
248名無しさん?:2005/04/20(水) 03:18:42 ID:???
彼女がどれだけ必死だったか、私はその片鱗だけでも理解しているつもりだったし、また彼女の頑なさに尊敬と憧
れを抱いていた。だからこそ彼女には何でも話せたし、彼女が何でも話してくれることが嬉しかった。彼女がたまに
寮から帰ってくる機会があったら、何よりも優先して彼女に会いに行った。
249名無しさん?:2005/04/20(水) 03:31:46 ID:???
彼女はそんなだったけど、私自身は全然冴えない生徒だった。普通の中学生が受験して簡単に通るような高校
で、平凡な成績を修めるような生徒だった。赤点を取ったことがない代わりに、目を引くような点数を取ったことも
なかった。……まあ、私のことはどうでもいいんだけど。
250名無しさん?:2005/04/20(水) 23:41:38 ID:???
 
251名無しさん?:2005/04/22(金) 03:27:33 ID:???
ええと、それで、と言って彼女は少し考え込んだ。そう、彼女の話。それで、彼女と私は大学に進学した後も交流を
続けたわけで、私は何となく入学して何となく卒業して、あまり実りのある学生生活だったとは言い難いんだけど、
彼女は普通に学生生活を送って普通に終わらせる、というのが我慢できないみたいだった。
252名無しさん?:2005/04/22(金) 03:38:58 ID:???
がむしゃらに、というより、もうある意味自滅的と言ってもいいくらいにいろんなことにかじりつこうとしてた。会う度に、
電話で話す度に、今夢中になって追っかけているものが違う、というような感じだった。あんまり多すぎるからよく覚
えてないんだけど、その中でも彼女が一番最後に取り組んだのが、童話創作だった。
253名無しさん?:2005/04/23(土) 04:01:18 ID:???
さっきのライオンの話は、彼女が最初に創った童話だったの。彼女が私に読ませてくれたときは細かいところが微
妙に違ってたんだけど、それよりも重要なのは、結末がまだなかったことだった。結末のない童話を私に見せて、
この物語はどう締めくくったらいいと思う?って相談された。だから印象に残ってるんだと思う。
254名無しさん?:2005/04/23(土) 04:13:59 ID:???
私と彼女はその童話の結末について話し合った。私は私なりに、彼女のためを思っていろんな結末のパターンを
提示した。彼女が最初考えていた結末は、私にはありきたりで意外性がなく、綺麗過ぎて面白くないような感じが
した。だから彼女に正直にそう伝えた。もうちょっとリアリティがある方がいいんじゃないの、って。
255名無しさん?:2005/04/24(日) 02:13:11 ID:???
 
256名無しさん?:2005/04/25(月) 03:49:50 ID:???
彼女の最初の案は、まあつまり早い話非の打ち所のないハッピーエンドで、象もライオンも幸せを手に入れること
が出来た。象はライオンとの交流を続けながらも、自分の子や孫に囲まれて幸せに過ごし、ライオンも象の助言を
受け入れて群れの中でも孤立しないようになった、と。私はその案に異を唱えたわけ。
257名無しさん?:2005/04/25(月) 04:00:52 ID:???
それはちょっと都合が良過ぎるんじゃない?と私は言った。そして象が死んでしまったりライオンが嘆いたりするシ
ナリオを彼女に提案してみた。童話というのはただ結末をハッピーエンドに持っていけばそれで終わり、っていうも
のじゃないでしょ。何か教訓みたいなものが根底にあるべきじゃないの?
258名無しさん?:2005/04/26(火) 03:44:32 ID:???
……まあ分かるとは思うけど、当然彼女は私の案に好意的じゃなかった。子供を喜ばせての童話だ、って言ってた
ような気がする。確かにそれはそうかもしれない、と思って私もしつこく主張はしなかった。だいたいそういうのって、
外部者が口うるさく訂正を要求するより、本人がやりたいようにやる方がいいのかもしれないし。
259名無しさん?:2005/04/26(火) 03:56:20 ID:???
彼女は自分のエンディングのままの原稿を、何かそういう童話作品のコンクールに応募した。私達は喧嘩別れじゃ
ないけど、それ以降少し疎遠になって、前みたいに頻繁に連絡を取り合うということがなくなった。いくつかの雑誌な
んかで彼女の名前を探してみたりもしたけど、記事の上に彼女の名前を見つけることもなかった。
260名無しさん?:2005/04/27(水) 04:12:25 ID:???
やっぱり私の言った結末にしておけばよかったのに、という気持ちが先に来たと思う。ちょっと彼女に対して得意な
気持ちになったのも事実だった。でも何て言うか、後味が悪かった。彼女が落選した事実を喜んでるみたいだ、と
思って気分が悪かった。けど彼女は私に連絡をくれなかったし、私も彼女に声をかけるのが何だか躊躇われた。
261名無しさん?:2005/04/27(水) 04:22:34 ID:???
副担任はそこで言葉を切り、残りのコーヒーを一気に飲み干した。それから静かに皿の上に置いた。私はいつもの
感覚が自分の中で強まるのに苛立っていた。やることなすことだけに飽き足らず、見るもの聞くことにまで現われて
は私達を弄ぼうとするある種の白々しさ。その再来の予感だった。
262名無しさん?:2005/04/27(水) 07:06:23 ID:???
 
263名無しさん?:2005/04/29(金) 03:07:26 ID:???
多分、私とSの関係と、副担任とその友達とを比較したいのだろう。いちいち副担任の口から聞くまでもない。殆ど同
じだ。その白々しいほどの類似性に辟易する。作り話なのではないか、とすら思う。だから、と私はここでようやく気
付く。だから彼女は私にこだわり、私をここに連れ出したのだ、と。
264名無しさん?:2005/04/29(金) 03:19:36 ID:???
同情というのか、同類哀れみとでもいうのか、副担任を動かした動機がそういったものだったことについて、私は改
めてうんざりする。そこにもたっぷりとした量のあの白々しさが執拗にこびりつき、私の苛立ちを加速させる。私はそ
れら全ての白々しいものを、ことごとく否定したいわけではないのだが。
265名無しさん?:2005/04/30(土) 03:16:06 ID:???
しかし、逐一私に干渉し、影響を及ぼそうとすることがらに対しては、私は常に拒絶的だった。私の知らないところ
で繰り広げられる、綺麗な言葉で言えば「運命的な」ドラマ。私に干渉が及ばない範囲ならば、どこでどれだけ繰
り広げられていようが私は全く構わない。けれど、私を対象としてドラマを展開されるのだけはその範疇ではなか
った。
266名無しさん?:2005/04/30(土) 03:27:16 ID:???
その白々しさに取り込まれたとき、私は酷く取り乱して錯乱する。思考だけが先走り、どうしたら上手く対応できるの
か分からなくなる。結局私は何も喋れなくなり、必然的に黙り込むという方法しか取れなくなってしまう。ものごとが
全て終わってしまった後、その結果は必ず、今まで一度たりとも上手く出来なかったという事実と共に私の気分を
重くした。
267名無しさん?:2005/04/30(土) 03:36:06 ID:???
 
268名無しさん?:2005/05/01(日) 03:03:09 ID:???
自分でも呆れるくらいに馬鹿なことを積み重ねてきたものだ、と思う。いったいどれだけのものを損ない、どれだけ
の人達を蔑ろにしてきたのか。多分その損失額は天文学的数値に達するだろう。Sを死に追いやったり、忠告の彼
女を拒絶させたり、自分自身を凝り固めたりしてきた。私が知らないだけで、被害者はまだまだいるのかもしれない
のだ。
269名無しさん?:2005/05/01(日) 03:16:15 ID:???
でも、と私は思う。今度ばかりはいつものパターンに陥るようなことは出来ないのだ、と。もういい加減に、私は敗北
と挫折を味わってきた筈だ。そろそろ本腰を入れて対決に挑み、然るべき報酬を手にしたとしても罰は下るまい。私
は変われるのだ。私は変われるし、変わろうとする意志さえ持っている。すでに相応の代償は支払ってきたつもりだ。
270名無しさん?:2005/05/02(月) 09:56:01 ID:???
271名無しさん?:2005/05/03(火) 03:53:44 ID:???
そう考えたとき、私は身体の中に新しい流れが起きていることに気が付いた。もっと正確にそれを把握しようとして、
それは決して全く新しいものではないことを思い知る。新しいわけではない。恐ろしく遠い昔に、私にも人並みの感
覚を備えていた時期があったのだ、と。断片的に浮かんできた古い記憶達が、私の気持ちを後押ししてくれるよう
な気がしていた。
272名無しさん?:2005/05/03(火) 04:07:14 ID:???
もはや私は、宇宙空間をたださ迷うだけの哀れな金属結晶体ではなかった。抜け殻に捕らわれたまま死に絶えた
蝉の幼虫でもなかった。私が望みさえすれば、冷たい外殻を打ち破って大きな羽を手に入れることだってできる。
その姿を想像すると、私はどこまでも自由になれるような気がした。とにかく、と私ははやる気持ちを必死になだめ
ながら思った。この対決を確実にものにしなければならないのだ、と。
273名無しさん?:2005/05/04(水) 17:33:24 ID:???
274名無しさん?:2005/05/05(木) 03:26:44 ID:???
沈黙。私は今にも飛び出していこうとする私自身の情念の後ろ髪を一生懸命捕まえながら、副担任が何か言葉を
発するのを待っていた。今までとは違う。私はもう、終焉までの他動的で円滑な過程を指を咥えながら待っている
わけではなかった。彼女の問いに最も相応しい答えを考え、場合によっては私が彼女を問うだろう。
275名無しさん?:2005/05/05(木) 03:41:11 ID:???
私達は互いにずいぶん長いこと沈黙を保ったままだった。あるいは私がそう感じただけだったのかもしれない。彼
女は何か言葉を探しているようにも、私から何か話し出すのを待っているようにも見えた。これ以上事態の進展が
見られない場合、つまり彼女が待ち続けるつもりなら、私が彼女に話せばいいのだ。
276名無しさん?:2005/05/06(金) 03:47:30 ID:???
だが、一体何を?……全てを、だ。始まりから終わりまで、余すことなく気が済むまで話せばいい。さっき副担任が
やったように、かつて忠告のクラスメイトが話したように、私も長い話を語ればいいのだ。私が見たこと聞いたこと、
感じたこと考えたことを、細部まで詳細に伝えればいいのだ。
277名無しさん?:2005/05/06(金) 03:55:53 ID:???
私にできるだろうか?第一全てといっても、どこが始まりでどこが終わりなのかも分からない。順序立てて正確に語
り進められるかどうかも自信がなかった。話の量も多過ぎた。かいつまんで話すにしても、どの部分が重要な点な
のかも掴めなかった。彼女達は大したものだったのだ。本当に私にできるのだろうか?
278名無しさん?:2005/05/06(金) 13:27:39 ID:???
 
279名無しさん?:2005/05/07(土) 03:37:52 ID:???
まずい、と私は思った。不安は悪い兆候だ。不安は頭を混乱させ、口調を低迷させ、沈黙を呼び寄せる。まるで夕
立の前の暗雲のように、不吉な気配が私を取り囲み始めた。それはゆっくりだったが、重量に満ちた流れをもって
私をどこかへと押し流そうとしていた。呑まれてはいけない、と私は自身に向かって言った。
280名無しさん?:2005/05/07(土) 03:49:50 ID:???
軌道がずれ始めていた。離れていく惑星の明るさと、流されていく先の闇の深さが対照的だった。そのどちらもが、
私の恐怖に似た感情を激しく刺激した。踏み止まなければならない。流されてはいけない。すぐに始めなければな
らない。取り返しのつかなくなる前に。……私は、と私は咄嗟に声に出して言っていた。
281名無しさん?:2005/05/09(月) 03:30:40 ID:???
私は、と音量を上げてもう一度言った。副担任が私を正面から見詰めたのが分かった。彼女は私が話を始めたこ
とに少し驚いているようにも見えた。いや、そんな気がしただけかもしれない。考えがまとまっていたわけではなか
った。話の順序を整頓し終わっていたわけでもなかった。私はとにかく、ただ言葉を発する必要性に駆られて口を
開いたに過ぎなかった。
282名無しさん?:2005/05/09(月) 03:44:25 ID:???
私は、とさらにもう一度言った。しかしそれは、もはや絶望的な雰囲気を作って私の恐怖を促進させただけだった。
外殻が硬過ぎたのだ。私の語るべき言葉は硬い外殻に引っ掛かって阻まれ、行き場を失って身体の底に吹き溜ま
っていた。何故だ、と焦りの中で思う。頭が熱を帯びていくのがはっきりと感じられた。
283名無しさん?:2005/05/09(月) 15:12:00 ID:???
 
284名無しさん?:2005/05/10(火) 03:00:59 ID:???
私はとっさに席を立った。トイレに行ってきます、と副担任に告げ、足早にその狭い空間に向かって歩き始めた。扉
の向こう側、洗面所の鏡の中に私がいた。すぐにその姿が滲んで淡くなる。自分でも少し驚いたが、私は泣いてい
たのだ。私は呆然としながら、やけに熱い小さな雫が頬を伝うのを感じていた。
285名無しさん?:2005/05/10(火) 03:18:15 ID:???
何だこれは、と思った。私は私が涙を流す理由が分からなくて困惑した。うろたえる私をほったらかしにして、涙は
公然と流れ続けた。手の甲で拭っても、途切れる様子もなくあふれ出てきた。落ち付け、落ち付け、と私は自分に
言い聞かせ続けた。そうすることで、徐々に離されていくような感覚を静めようとしたのだと思う。
286名無しさん?:2005/05/11(水) 03:20:45 ID:???
私はこれまでにない、恐ろしい大きさの不安に絡め取られていた。そしてそのまま、なすすべなくどこか暗いところ
にゆっくりと連れていかれるような気がした。もし死の直前のSに意識があったのなら、きっとこういう気分を味わっ
たのではないか。眼球や涙腺が損傷していたかもしれないが、多分Sも泣いたのだ。わけのわからない、この強い
力を恐れて。
287名無しさん?:2005/05/11(水) 03:37:24 ID:???
私は大声で何かを叫びそうになった。叫んでしまえれば、少しは楽になれたかもしれない。けれど、私の口からは
搾り出すような嗚咽が少し漏れただけだった。私は私のこれまで一生分の罪を瞬間的に宣告され、同時に相応の
罰を下されたような気分だった。私は叫ぶことすらできずに小さな呻き声をあげ続けた。
288名無しさん?:2005/05/11(水) 03:50:56 ID:???
 
289名無しさん?:2005/05/13(金) 03:14:37 ID:???
かなり長い時間がかかったように思う。私は顔を上げた。呼吸を整え、冷たい水で顔を洗い、鏡に映った自分の顔
を子細に点検した。顔を洗ったくらいでは涙を流した痕跡は完全に拭えなかったが、これ以上時間を無駄にするわ
けにもいかなかった。私はまだ死者ではなく、やるべきことが次に控えていたからだ。
290名無しさん?:2005/05/13(金) 03:33:18 ID:???
不安は依然として私の中に存在した。それに勝る強い意志や希望のような類のもので、完全に打ち消してしまえた
わけではなかった。ここでやるべきことをやらないと後々もっと面倒なことになる、という種類の違う不安を被せてご
まかしたに過ぎなかった。全く進歩のないやりかただったが、私には他にどうしようもなかったのだ。
291名無しさん?:2005/05/14(土) 03:16:54 ID:???
私はトイレを出た。副担任の待つテーブルへゆっくりと歩いた。席に戻ったらどうするか、対決の相手に向かって何
を話すべきなのか、一切考えなかった。ただ、今までの私が終始無言だったことと、それが招いてきた結果のいくつ
かを思い出していた。もう、ああいった結末を迎えるのは嫌だ。そう頭の中で繰り返しながら。
292名無しさん?:2005/05/14(土) 03:35:13 ID:???
相変わらず窓の外では小さな雨が降り続いていて、静かな店内には私達の他に客は見当たらなかった。照明が点
いていなければ、ここには私しかいないのだ、と錯覚したかもしれない。通路を曲がってテーブルの群れの向こう側
に副担任の後姿を見出したとき、不意に私は喋るべき最初の言葉を思い付いた。
293名無しさん?:2005/05/15(日) 03:34:21 ID:???
副担任は何杯目かのコーヒーを啜っているところだった。彼女の視界に侵入すると、彼女はカップを抱えたまま私
を見上げた。少し心配そうな表情を浮かべているようだったが、彼女は何も言わなかった。私の顔を一目見れば、
誰にだって私が何をしてきたかなど簡単に分かってしまうのだろう。
294名無しさん?:2005/05/15(日) 03:45:02 ID:???
私は彼女の真正面に腰掛けて、自分の前に置かれたコーヒーカップを見つめた。うっすらと湯気が立っており、ど
うやら彼女がお代わりを頼んだのと同時に、私の分も取り返られたらしかった。私は手を伸ばしてカップに触れた。
そのまま持ち抱えて口元まで運び、一口飲んだ。そして彼女の目を見て言った。ライオンの話をして下さい、と。
295名無しさん?:2005/05/15(日) 06:22:44 ID:???
 
296名無しさん?:2005/05/17(火) 03:18:23 ID:???
彼女は私を見つめた。私の言葉の意味を時間をかけて理解しようとしているのか、私の発言の真意を確かめようと
しているのか、彼女は真剣な様子で私に視線を向けていた。私は彼女の目を見つめ返した。それは私にとっても、
何かを確かめるための確認行為だったのかもしれない。
297名無しさん?:2005/05/17(火) 03:32:06 ID:???
ライオンの話?と副担任が言った。私は彼女の目を見つめたまま頷いた。そしてさらに、先生が友達に提案した方
の結末です、と付け加えた。彼女は私の顔を見ながら、また少しの間考え込んだ。彼女は私の意図を掴めずに困
惑しているようだったが、私自身だって自分の意図を把握した上で発言しているわけではなかったのだ。
298名無しさん?:2005/05/18(水) 03:06:55 ID:???
漠然とした予感のようなもの。私が自分の中に感じている存在は流動的であやふやなものだった。それが私に、も
しくは彼女にどのような影響を与え、どういった作用を及ぼすのか、今の時点で私に分かるはずはなかった。うまく
振る舞わなければ、という使命感のようなものもなかった。予感が正しければ、私はもう少しましな立場を手に入れ
ることができるだろう、という、願望にも似た形の定まらない感覚があるだけだった。
299名無しさん?:2005/05/18(水) 03:20:02 ID:???
彼女はふと目を伏せた。そのまま少し考え込むような姿勢を保ち、ゆっくりと天を仰ぐように顔をもたげた。それから
静かに目を開き、私の頭上にある空間に目を据えた。彼女のその一連の動作の最中にも、私は彼女の瞼と瞳を凝
視し続けた。おもむろに彼女が言った。どこまで話したかしら?
300名無しさん?:2005/05/18(水) 04:03:34 ID:???
 
301名無しさん?:2005/05/19(木) 03:40:40 ID:???
ライオンが年老いた象と会話して少し心を開きかけたところまでです、と私は言った。私の言葉を聞いて、彼女は頭
の中でそこまでのあらすじを振り返っているようだった。しばらくして、うん、とでもいうように彼女は頷いた。私が友
達に提案した方の結末でいいのね?と彼女は聞いた。私は黙って彼女の目を見つめたまま頷いた。
302名無しさん?:2005/05/19(木) 03:54:41 ID:???
何故私がそちらの結末を要求したのか、彼女は追求しようとしなかった。原作よりも教訓に満ちていると自負してい
たのか、あるいは単純に自分の作った物語を他人に公表できるのが嬉しかったのか、私には分からない。もしくは
既に物語の結末などは関係なく、私の感じたような予感を彼女も確信していたのかもしれない。
303名無しさん?:2005/05/21(土) 03:20:42 ID:???
恐ろしい程の静けさがあった。まるで何千メートルも深い海の底のような静寂だった。どんな言葉でもあっという間
にその意味や意図を吸収してしまい、完全に無力化してしまうような、そんな静けさだった。その間彼女は私達の間
に存在する空間の一点を凝視したままで、私は彼女の考え込む姿を眺めたままだった。
304名無しさん?:2005/05/21(土) 03:36:33 ID:???
彼女は決してもったいぶっている訳ではなかった。それは私にも分かる。躊躇っているのだ。私が要求したのは彼
女の作った童話の結末だが、それが語られた時点で終わりというわけではないことを、彼女も私も把握していたか
らだろう。全てを無力化するような静寂の中で、いたずらに時間だけが経過していった。
305名無しさん?:2005/05/22(日) 00:54:29 ID:???
 
306名無しさん?:2005/05/23(月) 03:40:11 ID:???
私だって楽観しているわけではなかった。かつてのように、相手に喋らせるだけ喋らせれば終わり、というわけには
いかないことくらい分かっていた。私が彼女に要求しているわけだから、彼女の話が終わった後には、今度は私が
何かを話さなければならないのだ。もちろん、その準備など整っているわけではなかったが。
307名無しさん?:2005/05/23(月) 03:55:43 ID:???
沈黙を破って彼女が言う。さっき話したところまでは一緒なの。というか、そこまでは多少違ってても大してどちらの
本筋にも影響しないから。まあこんなに期待させておいて何だけど、そこまであんまり何て言うか、面白い結末じゃ
ないかもしれない。あくまで可能性の一つとして、こうしたらどうかな?って気持ちで提案しただけだから。
308名無しさん?:2005/05/24(火) 03:15:18 ID:???
老象がライオンにお礼を言いに来た後も、ちょくちょく老象はライオンの元を訪れるようになった。別に何しに来たと
言うわけじゃないが、と老象は前置きしてライオンの傍らに腰掛け、いろんなことを一方的に話して聞かせた。ライ
オンは象を拒もうとはしなかった。そしてほとんど毎日のように彼らは顔を合わせるようになった。
309名無しさん?:2005/05/24(火) 03:30:52 ID:???
ライオンは老象と会うのが徐々に楽しみになっていった。相変わらず饒舌な象の話を聞いて簡単な相槌を打つだけ
だったけど、段々自分も象に何か話を聞いて欲しいと思うようになった。でも、ライオンはそんな自分の内的変化に
戸惑っているだけで、実際に象に向かって何か話をしようとはしなかった。ただ象が彼のそばに来るのを待ち、象の
話に耳を傾けるだけだったのだ。
310名無しさん?:2005/05/25(水) 03:25:28 ID:???
それでもライオンは満足だった。老象の話を聞いていないような素振りを取りつつも、自分の内側に起こる衝動を
押し隠していても、老象はきっと自分の気持ちが分かっているんだ、と思わずにはいられなかった。そうでないの
ならどうして、こんな愛想も素っ気ないライオンを話相手にしようなどと思うだろうか、と。
311名無しさん?:2005/05/25(水) 03:43:23 ID:???
もしかしたら老象は、ただ単に群から孤立した哀れなライオンに同情していただけなのかもしれない。一応孫を助
けられた――老象が勝手にそう思い込んでいるだけだが――その恩返しのつもりだったのかもしれない。はっきり
したことはライオンには分からなかったが、老象はほとんど毎日彼の元を訪れ、ライオンはそれが嬉しかったのだ。
312名無しさん?:2005/05/26(木) 01:36:15 ID:???
 
313名無しさん?:2005/05/27(金) 03:27:29 ID:???
老象がライオンの元を訪れるようになってしばらく経ったある日、彼等の蜜月を台無しにしてしまうような出来事が
起こる。いつものように語らっていた老象とライオンの周りを、同じ群のライオン達がいっせいに取り囲んだのだ。
老象とライオンは弾かれたように立ち上がり、敵意を剥き出しにして取り囲む群を見渡した。
314名無しさん?:2005/05/27(金) 03:41:45 ID:???
これはどういうことか、と群の長のライオンが威圧的に問い掛けた。何故おまえはこんな老いぼれ象と仲良く団欒
になど興じているのか。他のライオン達は、老象と当事者であるライオンをニヤニヤ笑いながら眺めていた。仲間
内で相手にされないことを悲観して、こんな老いぼれと親しくするほど堕落したのかおまえは。
315名無しさん?:2005/05/28(土) 03:28:28 ID:???
普段は饒舌な象も、こうあからさまに敵意を発するライオンの群に対しては無力だった。おどおどした目付きで一
団を眺め回すのが精一杯だった。誇り高き草原の王者であるはずの我々が、こんな薄汚い老いぼれ象と親しくし
ておまえは恥ずかしいと思わぬのか?ライオンはその問いに答えられなかった。
316名無しさん?:2005/05/28(土) 03:53:57 ID:???
群の統率者は彼らに向かって咆哮した。老象は思わず後退りする。さあ、何か弁解してみろ。何故おまえは一族
の誇りも省みず、このような者と親しくしておったのか。わしは……、と震えるような声で老象が何かを言いかけた。
が、群の長に、黙れ!と一喝されて震え上がった。俺はこいつに聞いているんだ。くたばり損ないは黙っているが
いい。
317名無しさん?:2005/05/28(土) 06:17:23 ID:???
 
318名無しさん?:2005/05/29(日) 00:48:23 ID:???
今日も臭いうんこがもりもりでました
319名無しさん?:2005/05/29(日) 03:15:03 ID:???
ライオンは俯いたまま何も言えなかった。言い寄ってきたのは老象の方だったが、自分はそれを拒んだわけではな
い。それどころか、老象の来訪を楽しみに感じていたというのも事実だった。老象に罪を擦り付ければ簡単に終わる
ことだろうが、そんなことはできなかった。かといって、自分が一切の罪を被ってしまうこともまたできなかったのだ。
320名無しさん?:2005/05/29(日) 03:27:53 ID:???
ライオンにとって老象は、掛け替えのない友人であると共に、厄介な問題を招いてしまった疫病神でもあった。ライ
オンは苦悶した。もしこの老象を初めから邪険に扱えていれば、こんなつまらない言いがかりをつけられることもな
かったのだ。しかしもっと親しく接していれば、例えこんな事態を招き寄せることになったとしても躊躇うことなく老象
を庇うこともできたのだ、と。
321名無しさん?:2005/05/31(火) 03:05:51 ID:???
統率者は低く唸りながらライオンを睨み付けていた。ライオンは俯いたままで、弁解することも老象を見捨ててしま
うこともできずに黙っていた。老象はおどおどしたままで、周囲のライオン達はニヤニヤ笑っているだけだった。し
ばらくその状況が継続した後、吐き捨てるように統率者が言った。よし、分かった。
322名無しさん?:2005/05/31(火) 03:22:32 ID:???
何も喋ろうとしないのならば、おまえのその態度をこの問題に関しての弁明の余地を自ら破棄したと見なそう。従っ
てこの不祥事の後始末は俺が決定することにしよう。それでも文句は言うまいな?そう言って群の長はライオンを
睨んだ。その通達がどういうことなのかライオンにも理解できたのだが、それでも彼は何も言えなかった。
323名無しさん?:2005/06/01(水) 02:31:43 ID:???
 
324名無しさん?:2005/06/01(水) 03:43:59 ID:???
何も言えなかったが、何も考えなかったわけではなかった。自分が老象を見捨てるような発言をすること。あるい
は取り囲むライオン達の一角に突っ込んで包囲を破り、老象を逃がすことまで考えた。前者の場合は酷く後味の
悪い結果を迎えることになるし、後者の場合は自分まで処罰の対象になるかもしれない。結末まで詳細に考え過
ぎた故、彼は何もできなかったのだ。
325名無しさん?:2005/06/01(水) 04:02:24 ID:???
群の長の、よかろう、という言葉が、ライオンの耳に恐ろしいほど冷たく届いた。では俺が決定するとしよう、そう言う
と取り巻いている群がにわかに活気付いた。あちこちから唸り声が起き、包囲が老象に向かって徐々に狭められて
いった。群は薄ら笑いを浮かべながら老象に近付いていき、老象は怯え切った表情で周囲を見回していた。
326名無しさん?:2005/06/02(木) 03:23:28 ID:???
包囲の前進があるラインまで達したとき、老象は甲高く絶望的な悲鳴を上げながら包囲の一角に向かって突進し
た。それが全ての合図だった。包囲網を担うライオン達の目がかっと見開かれた。俯いていたライオンは、その悲
鳴を聞いて我に返ったように老象の方を見た。老象は叫びながら一匹のライオンに向かって突進していった。
327名無しさん?:2005/06/02(木) 03:38:15 ID:???
老象にとっては、命をかけた解決方法だったのだろう。しかしライオン達は冷静に老象の突進を見切ってかわし、
巧みな集団による反撃を食らって我を失い焦る老象めがけて次々に襲い掛かっていった。当事者であるライオン
が見ている前で、老象の身体は噛み付かれ、食い千切られて、ついに無残に押し倒された。その刹那、押し倒さ
れるまさにその瞬間、老象が悲しそうな目で彼を見つめたのが分かった。
328名無しさん?:2005/06/03(金) 06:45:50 ID:???
 
329名無しさん?:2005/06/04(土) 03:18:25 ID:???
老象が倒れふしても、群の攻撃は衰えなかった。肉を食い千切る音と、老象が足で地面を掻きむしる音が聞こえて
きた。悲痛な叫び声も響いたが、ライオンはその様子を見ているだけで何もできなかった。じきに潮が引くように全
ての音が止み、群に覆われて状況を把握できなかった彼にも、老象がどうなってしまったのかが容易に想像できる
事態となった。
330名無しさん?:2005/06/04(土) 03:33:28 ID:???
ゆっくりと群のライオン達が象の屍から離れ始めた。やがてその死骸は、呆然とするライオンの目に詳細に映った。
もはや老象は微動だにしなかった。完全に死んでしまったのだ。これで半分は始末がついた、残るおまえは我々の
群から追放することとしよう、と後方でこの騒ぎを眺めていた統率者が言った。命は助けてやる。この地を離れ、勝
手にどこなりとも行くがいい。
331名無しさん?:2005/06/05(日) 04:38:42 ID:???
332名無しさん?:2005/06/06(月) 03:39:42 ID:???
群が嘲笑を残して立ち去ってしまった後も、ライオンは呆然と立ちすくんで老象の死体を眺めるばかりだった。いや、
正確には何も見ていなかった、見ようとしていなかったのかもしれない。彼の意識はその出来事の意味を理解しよ
うとすることを拒絶して、ただ老象との記憶を執拗にリフレインするだけだった。
333名無しさん?:2005/06/06(月) 04:04:41 ID:???
ライオンはずっとそのままその場に留まり続けた。長い間何も考えられなかった。老象の死骸に蝿が集り始めても、
彼の意識の中では老象がいつもの饒舌さをもって彼に話し掛けていた。涙が次々と頬を伝ったが、ライオンはそれ
に気付かなかった。やがて太陽が地平の彼方に沈み、老象の死骸から完全に生の温もりが消えたころ、ようやく彼
は静かに立ち上がり、諦めるようにしてその場を離れた。
334名無しさん?:2005/06/07(火) 03:36:58 ID:???
事態を把握しようとして、一方的に与えられた情報を何とか理解しようとして、ライオンは一生懸命頭を働かせようと
したが、何度考えても毎回同じところで彼の思考は留まり、同道巡りを繰り返した。つまり、もっとまともな結末を迎
えられる選択肢があったのではないのか、と。この後味の悪い結末を回避する方法がきちんと存在していたのだろ
うが、自分が到らなかったためにそれを見落としてしまったのではないのか、と。
335名無しさん?:2005/06/07(火) 03:49:21 ID:???
ライオンは打ちひしがれていた。老象を見捨てしまったという単純な罪悪感ではない。いっそ見捨ててしまえれば、
少なくともこれよりはまだましだったかもしれない。助けようともできず、見捨てようともできなかった。この二つの事
実がライオンを激しく責めた。どちらかの結末に落ち付いていれば、彼を責める事実は一つだけで済んだのだ。
336名無しさん?:2005/06/08(水) 02:36:50 ID:???
 
337名無しさん?:2005/06/08(水) 03:37:52 ID:???
草や木、時折吹きぬける風、昼間の熱気を失った大地や黒く覆う空さえ表立って声高に彼を責め立てようとはしな
いものの、彼にはそれらが自分に向かって冷ややかな視線を投げかけ、遺憾の意を表明しているかに思われた。
そうやってライオンは、彼を批判する幻聴に負けない程に自己批判を重ねたが、それは何にもなりはしなかった。
338名無しさん?:2005/06/08(水) 03:47:15 ID:???
押し倒される間際の象の目、ライオンの脳裏に焼き付けられたその光景が、彼の後悔にも似た感情を後押しした。
ライオンには老象の言いたいことが十分に伝わっていなかったのだ。老象は助けて欲しかったのかもしれないし、
自分を見捨てても構わないと訴えていたのかもしれない。
339名無しさん?:2005/06/10(金) 03:25:33 ID:???
老象の本懐は、もう誰にも汲み取られることはなかった。何かを伝えようとしたのは事実だが、受け取り手のライオ
ンは不運にもそのメッセージを理解することができなかった。それは何故なのか、肩を落として歩くライオンには分
からなかった。ただ老象の視線が、繰り返し彼の頭に蘇ってくるだけだった。
340名無しさん?:2005/06/10(金) 03:43:14 ID:???
ライオンは歩き続けた。たどたどしい足取りながら、一度もその歩みを休めることはなかった。もはや彼にとって、
歩き続けることも何かを考えることも、そう大した意味を持ってはいなかったのだろう。一つの方角に向けて彼は歩
き続け、ついにはサバンナの風景に溶け込んで消えてしまった。その後そのライオンがどこへいったのか、どうな
ったのかは誰も知らない。
341名無しさん?:2005/06/10(金) 04:33:00 ID:???
 
342名無しさん?:2005/06/12(日) 03:45:01 ID:???
それが副担任の作った話の結末だった。彼女の友人の作った結末に対向すべく作られた結末だった。語り終わっ
た後、彼女は何かについて考え込むかのように、私の前に置かれたコーヒーカップの近くの空間をぼんやりと眺め
ていた。私は彼女の目を見て、それからまた窓の外の風景に視線を移した。
343名無しさん?:2005/06/12(日) 03:59:09 ID:???
私はもどかしい気持ちでいっぱいだった。彼女が話した内容、そのどこかに違和感を感じていた。しかし私はその
違和感を正確に掴むことができなかった。今日一日にいろんなことがあって、取り乱しているせいもあったのかも
しれない。とにかく私は、その席上ではその違和感を把握することができなかったのだ。
344名無しさん?:2005/06/13(月) 03:46:52 ID:???
ずっと後になってよく思い出してみると、そう苦もなくその問題点をあげることができるのだが、そのときはやはり様
々な原因によって気持ちが高揚していたのだろう。上ずった感情は私の洞察力を損なった。一種の錯乱状態にな
った私は、自分の現状を表現する言葉さえ奪われたような気持ちになっていた。
345名無しさん?:2005/06/13(月) 04:03:32 ID:???
私とライオンの決定的な違いがあるとするならば、それはつまり、ライオンは老象を失ったことを悔やんだが、私は
Sを失ったことを悔やんだことはない、ということだ。いや、Sを「失った」と認識していないと言うべきか。……上手い
言葉が思い浮かばないが、私とライオンとの間には大きな隔たりが確かに存在したのだった。
346名無しさん?:2005/06/13(月) 12:06:47 ID:???
 
347名無しさん?:2005/06/14(火) 03:33:44 ID:???
副担任の話を聞き終わった後、私とライオンに差異があることは漠然と感じ取っていた。ただ重ねて言うように、様
々な要因によって私は混乱していて、違和感の正体を確かめることもできず、おまけに言葉という言葉が頭の中か
ら綺麗に消えてしまい、説明も弁解もできない状態になっていたのだ。
348名無しさん?:2005/06/14(火) 03:45:06 ID:???
私達はまたしばらく黙ったままだった。彼女の視線は先ほどから一点に静止したままだったが、私の視線はあちこ
ちに飛びまわっていた。もどかしさが私の中で徐々に形を変えていく。私の現状と彼女の態度、沸いて出るような
不吉な憶測に拍車をかけられて、私の感情は一つの概念に大きく覆われていった。焦りだった。
349名無しさん?:2005/06/16(木) 03:04:12 ID:???
内の動揺を大きくしていく私とは対照的に、彼女は実に落ち付いているようだった。自分の順番は果たしたという満
足感を味わいながら、無言で次に私が何かを話し出すのを催促しているみたいに見えた。そんな彼女の態度が物
凄くプレッシャーに感じられて私はさらに焦り、彼女はただ同じ姿勢を保っていた。
350名無しさん?:2005/06/16(木) 03:18:33 ID:???
例えばそれは高校生でしかない私と違って、充分に経験を積んできた大人である、という事実からくる余裕のような
ものかもしれない。私を喋らせようとそうしたのか、自然にそんな雰囲気を発したのか、とにかく私がどんなに一方
的に意気込んで背伸びしてみようと、こういう絶対的な差を出されてはどうしようもなかった。
351名無しさん?:2005/06/17(金) 03:28:53 ID:???
私が抱いていた対決の意気込みが、少しずつ削がれていくのが見えるような気がした。もともとその程度のものだ
ったのだろうか。確かにその程度でしかなかったのだ、今までは。しかし今この場でその慣習を変えようとした、そ
れが私の目指す対決だったはずだ。まだ挽回できる、意識的にそう思おうとした。
352名無しさん?:2005/06/17(金) 03:42:44 ID:???
私はまた窓の外に目を向けた。そこから視線を動かさないようにして、懸命に平静を取り戻そうとした。前にも自分
自身に対して、落ち付け、と言い聞かせたことがあったような気がしたが、完全に思い出してしまう前に考えるのを
やめた。今はそれどころではないし、多分思い出さない方がいい。
353名無しさん?:2005/06/17(金) 10:50:54 ID:???
 
354名無しさん?:2005/06/18(土) 03:33:06 ID:???
窓の外は相変わらずの雨だった。雨は人の心を落ち着かせる効果がある、と以前どこかで聞いた覚えがある。だ
が今の私にはその効果の程は実感できなかった。雨というキーワードで結ばれているいくつかの記憶の片鱗が意
に反して一瞬浮かび上がり、すぐに消されていっただけだ。
355名無しさん?:2005/06/18(土) 03:46:19 ID:???
いつまで経っても、私の感情は焦りを抱えたままだった。ほんの刹那だけ蘇るいくつかの記憶や、落ち付きが戻っ
た後にしなければならないことが、私を捕らえて離さなかった。もうだめかもしれない、いつのまにか滑り込んでくる
そんな感情を否定するかのように、私は頭の中で同じ台詞を繰り返していた。
356名無しさん?:2005/06/20(月) 03:32:40 ID:???
もっとも、だめかもしれない、とはいっても、それはこの今回の私の発言の順番が失われるだけであって、ことの成
り行き次第ではまた機会が巡ってくる余地が残っていた。つまり、私の沈黙に耐えかねた彼女が再び口を開いて何
かを言う、その彼女の言葉を取っ掛かりにして、自分の話すべき言葉を探せるかもしれない、ということだ。
357名無しさん?:2005/06/20(月) 03:44:43 ID:???
もちろん私はその場でそう計算したわけではないつもりでいるのだが、というよりも、そんなことを画策している余裕
すら恐らくなかったのだが、本当は無意識にでもそんなことを望んでいたのだろう。まるでしつこく泣いていさえすれ
ば、いつか誰かが抱き上げてくれるだろうと期待している幼子のように。
358名無しさん?:2005/06/21(火) 03:21:02 ID:???
そう考えるとこれまでの私の取ってきた態度というのは、みんな同じようなものでしかなかった。いつも受動的に構
え、大事な場面でもあれこれ理屈をつけてその消極的姿勢を貫き、事後にはそれでよかったのだ、それしか方法が
なかったのだ、と自分自身を欺き続けてきたような気がする。
359名無しさん?:2005/06/21(火) 03:43:44 ID:???
その慣例を覆すための「対決」であり、これまでの私との決別の意味を込めた「対決」であった筈だったのだ。少な
くとも対決を意識したその時点では、彼女と向かい合って座ったその時点では、私はそうしたいと力の限りに望んだ
つもりだったが、以後述べる通りに私の「対決」は儚くも崩れ去ることになる。
360名無しさん?:2005/06/21(火) 11:21:20 ID:???
 
361名無しさん?:2005/06/22(水) 03:22:11 ID:???
多分敗因は分かっている。要するにこういうことだ。私は「対決」を望んではいたが、徹頭徹尾自分の手でそれを成
す振りをしながら、実は誰かが手を差し伸べてくれるのを待ち続け、しかも実際に幾度か差し出されたであろう他人
の手に難癖をつけて選り好みし、結局何もかもを通り過ぎさせてしまったのだ。
362名無しさん?:2005/06/22(水) 03:34:36 ID:???
私と他人との間に誤解が生じたのならば、何としてもそれを解消しておくべきだった。だが、あいにく私にはその方
法が分からず、ただ気持ちだけが先走って弁明のための言葉が出てこなかった。私がもう少し賢くて、もう少し気
をまわせたのなら、もう少しまともな結果を得られたのかもしれない。
363名無しさん?:2005/06/24(金) 03:31:48 ID:???
もう少し、という一連の仮定がなり得たのならば、そもそも私はこんなトラブルを抱えることすらなかったかもしれな
い。しかし広く一般に知られている通り、この種の仮定はまずもってなり得なかった場合にのみ持ち出されて、それ
でいて現状に対して何の効力も持たず、ただ当事者の気を滅入らせるだけなのだ。
364名無しさん?:2005/06/24(金) 03:48:55 ID:???
こんな結末を迎えるのはもう何度目になるのだろうか?脱却を試みたのはこれが初めてだったと思うが、得たのは
後悔だけだった。きっとこれからも今回に似た境遇に臨んだ場合、同じことを繰り返してしまうのだろう。そうして回
がかさむごとに、私は原因である私の問題自体と、何とか仲良くやっていくしかなくなるのだ。
365名無しさん?:2005/06/24(金) 12:44:21 ID:???
 
366名無しさん?(:2005/06/25(土) 21:22:47 ID:???
 
367名無しさん?:2005/06/26(日) 03:27:12 ID:???
話を元に戻す。店内の状況は全く変わっていなかった。私は焦り、彼女は落ち付いていた。とても静かでBGMすら
流れておらず、よく集中すれば外で降り続く小さな雨音さえここまで届いてきそうだった。まるで世界中の人間がい
なくなってしまって、私達だけがここに取り残されたような気分だった。
368名無しさん?:2005/06/26(日) 03:43:13 ID:???
私は時折ちらちらと副担任の様子をうかがったが、彼女が何を考えているのか全く分からなかった。彼女はずっと
同じ姿勢を保ったまま、同じ空間を眺め続けていた。私が話し出すのを静かに待っているのかもしれないし、新た
に全然違う話を語るために、頭の中でそれを構成しているのかもしれない。
369名無しさん?:2005/06/27(月) 03:35:05 ID:???
もし彼女が新しい話を始めようとするのなら、私はとにかくよく聞いてその内容を吟味し、改めてそれに対する返
答をすればいいだろう、そう考えた。形式的にせよ彼女の順番は一旦終わり、次は私が話さなければならないは
ずで、そのルールを踏み越えてさらに話を継ぎ足すつもりならば、彼女は前の話を踏まえた上で新しい話を語る
べきなのだ。
370名無しさん?:2005/06/27(月) 03:53:03 ID:???
それが件のライオンの逸話と繋がりのある新しい話であるとすれば、もしかしたら新しい切り口を見付けることが出
来て、私にも反証する余地が生まれるかもしれない。新しい話に対してうまく返答できれば、ライオンの話と新しい
話との両方に返答できたことになるのではないか、と私は思ったのだ。
371名無しさん?:2005/06/27(月) 23:35:37 ID:???
 
372名無しさん?:2005/06/28(火) 03:33:13 ID:???
ふと彼女は視線を上げて私の目を見詰めた。それはたまたま彼女を盗み見るように観察していた私の視線とまとも
にぶつかった。私は精一杯落ち付いている振りをしながらゆっくり目を逸らした。彼女は私の顔を注視したまま何か
のタイミングを計るのだろう、と思ったが、彼女もまたゆっくりと視線を元に戻してしまったようだった。
373名無しさん?:2005/06/28(火) 03:45:12 ID:???
彼女が仕掛けようとした新しいアプローチ、それはこれまでの彼女の方法とは全く違った雰囲気を含んでいるように
思われた。何か話を始めようとしているときに目を逸らすなどといった態度を取るということは、例えばその内容に自
信がなかったり、切り出し難い話を抱えていたり……。つまり、多分彼女の中にも動揺が存在したのだ。
374名無しさん?:2005/06/30(木) 03:32:00 ID:???
彼女はもう一度私の顔に視線を注いだ。私の視界の隅に映る彼女の表情がさっきとは違うように見えた。彼女は決
意、あるいは覚悟のようなもの、それを今固めたのだ、というのが何となく分かった。彼女の言い出し難い話が語ら
れようとしている。私は複雑な自分の心境の中に、不安と期待が含まれていることに気が付いていた。
375名無しさん?:2005/06/30(木) 03:45:23 ID:???
象は、ライオンに対して恨みを抱いていたと思う?と彼女は言った。私はふと彼女の顔を見たが、彼女はもう目を逸
らさなかった。私の視線も吸い込まれてしまったかのように彼女の視線に捕らわれ、動かせなくなってしまった。何
かを真剣に語ろうとするとき、人はこういう表情になるのかもしれない、と全く関係のないことが頭に浮かんだ。
376名無しさん?:2005/06/30(木) 23:37:28 ID:???
 
377名無しさん?:2005/07/01(金) 03:31:30 ID:???
どう思う?と彼女はもう一度言ったが、私は何と答えたらいいのかが分からずに黙っていた。もともと童話というも
のは、分かり易い教訓を内包すべく作られたものであり、誰に聞いても恐らく同じ答をする筈で、そして多分、彼女
も私のひねくれた受け取り方を答として期待しているわけではないのだ。
378名無しさん?:2005/07/01(金) 03:47:19 ID:???
とはいっても、私だって彼女の作った分かり易い御伽噺に、それ以上のひねくれた解釈を当てはめようとは思って
いなかったし、そもそも曲解してみようにも、それは簡潔にまとめられ過ぎて無理だった。ただ、ここで彼女の意図
した答を私が口にする場合としない場合との差に違いがないように思われただけだ。
379名無しさん?:2005/07/02(土) 03:43:13 ID:???
したがって私は、また今までがそうであったように、黙って相手の次の言葉を待つことしか出来なかった。違いはな
いのだから、私が答えなくても彼女は滞りなく次の言葉を繋げるはずだ。それに彼女の頭の中では、すでにこれか
ら語る話の概要は組み立てられていることだろう。それは多分私が何か言って崩せるほど脆弱なものではないの
だ。
380名無しさん?:2005/07/02(土) 04:03:37 ID:???
今まで余裕を持っていたというか、大人の落ち付きをアドバンテージにしていたと思われる彼女も、今回の沈黙はさ
すがに気詰まりであるようだった。余程頭の中にある語るべき話に自信がないのか……。それとも、と私は思う。彼
女はもしかしたら、最初から精一杯に虚勢を張っていたのかもしれない。
381名無しさん?:2005/07/02(土) 23:44:05 ID:???
 
382名無しさん?:2005/07/04(月) 05:44:29 ID:???
383名無しさん?:2005/07/05(火) 03:04:00 ID:???
数年前、私と友達はさっき話したような経緯で疎遠になった。ライオンと象みたいに―こう言ったら何だけど―どち
らかと死に別れるような、そんな分かり易い離別じゃなかった。私は最初、友達に対してそこまで酷いことこいうか、
つまり、傷付けようと思って言ったことじゃないのに、そうなってしまったことにとても戸惑っていた。
384名無しさん?:2005/07/05(火) 03:17:28 ID:???
時間が経つにつれて、私も失ったものを冷静に見られるようになってからはじめて、もう少し友達の心境を考えて
から否定なり何なりすればよかったな、と思った。友達も私がそうやっていいことも悪いことも言ってくれると思っ
たからこそ、私に意見を求めたのかもしれない、って。
385名無しさん?:2005/07/06(水) 03:02:53 ID:???
よく考えたら私は、心のどこかでこんな風に、友達をやり込めるチャンスを願っていたのかもしれない。どんな分野
でも常に友達の後ろだったのが腹立たしかったのかもしれない。友達が私に相談を持ちかけたとき、私はちょっと
自分でも信じられないくらい意地悪な口調で、そんなんじゃだめでしょう、と言った。
386名無しさん?:2005/07/06(水) 03:15:30 ID:???
友達は顔には出さなかったけど、明らかに少しむっとしたみたいだった。私の予想外の喋り方に戸惑ったのかもし
れない。じゃあどうしたらいいと思う?って友達は聞き返した。そこまではまだ友達も感情を抑えていた。私はさらに
語気を強くして反対理由を伝えた。意外性がない、とか、教訓を含むべきだ、とかいって。
387名無しさん?:2005/07/06(水) 04:27:17 ID:???
 
388名無しさん?:2005/07/07(木) 03:09:07 ID:???
最初から最後までまるで子供の喧嘩みたいだった。でもそれは仕方ないことだったと思う。だって私達は本当に子
供だったから。ただ後になって思うのは、やっぱりこんなつまらないことで無駄にした時間が勿体なかったな、とい
うことだった。私が変に意地を張ったりしなければ、私達はずっといい関係でいられたかもしれないのに。
389名無しさん?:2005/07/07(木) 03:20:38 ID:???
私はそのことをときどき思い出した。私の言った台詞、友達の表情、全部思い出せた。思い出した後は必ず嫌な気
分になった。彼女はまだ私の言ったことで傷付いているかもしれない。あんなことを言った私を嫌っているかもしれ
ない。そんな気持ちが友達と仲直りするために声をかけることを躊躇わせて、そのままずるずると時間が流れてし
まった。
390名無しさん?:2005/07/09(土) 05:19:03 ID:???
同窓会の通知が何回か来たけど、友達と顔を合わせるのが怖くて一度も行けなかった。ちょっと不注意な行動を
取ったために、私は大事な友達とそのまわりの世界までなくしてしまったんだ、よくそんな風に思った。でも、私の
代償も大きかったけど、その友達は私以上にもっと大きなものを失ったのかもしれない。
391名無しさん?:2005/07/09(土) 05:30:21 ID:???
直接の原因を私が作ったこと、それが私を萎縮させた。彼女と別れてから新しい環境に移っても、いつもそれがつ
いて回っているみたいだった。他人とうまく話せなくなり、顔見知り以上に親しくなることも出来なくなった。その度に
私は、まるで呪文みたいに同じ文句を頭の中で繰り返した。友達はもっと傷付き、失ったんだ、と
392名無しさん?:2005/07/09(土) 07:01:41 ID:???
 
393名無しさん?:2005/07/10(日) 05:08:26 ID:???
副担任は小さな声でそこまで話すと、先ほど私がやっていたのと同じように、私の前に置かれたコーヒーカップの
近くの空間を見つめた。彼女が黙った意味が私にはよく理解できた。いよいよその、彼女の話し難い内容が語られ
るのだ。騙し討ちのような方法で連れ出され、果てしなく長い前置きを経て、彼女の話はようやく本題に突入するよ
うだった。
394名無しさん?:2005/07/10(日) 05:25:45 ID:???
今更躊躇っているというわけではなく、彼女はきっともう一度、本題の内容とそれを伝える覚悟を最終確認してい
たのだろうと思う。もしくはこれから喋ることに重みを付与するため、意図的に間を置いたのかもしれない。伝達の
対象である私にも覚悟を固める猶予を与えたつもりだった、とも考えられた。
395名無しさん?:2005/07/12(火) 05:12:03 ID:???
だから、と副担任は言葉を繋ぐ。だから私には、友達を失ったときの気持ちが、特に親しかった間柄の人間を失っ
たときの気持ちが、私にはよく分かる。もちろん、私の場合では友達と死別したわけではないけれど、心に穴が開
いたような喪失感は理解できる……、つもりでいる。
396名無しさん?:2005/07/12(火) 05:30:11 ID:???
私は思わず副担任の顔を正面から凝視した。彼女もまた真っ直ぐに私の目を見つめていたが、私は目を逸らさな
かった。副担任は私の視線を正面から受けながら、少し力んだような口調で喋り続けた。あなたはあなたの友達の
死に、少なからず責任を感じているように見える。そうじゃない?
397名無しさん?:2005/07/13(水) 00:04:49 ID:???
 
398名無しさん?:2005/07/13(水) 05:39:51 ID:???
私と副担任は、しばらく無言のままで見つめ合った。私はただ驚いて目を見開いているだけだったが、彼女の目は
真剣で迷いがなく、そしてその奥には私に同情するような気持ちがこもっているようだった。私の中である感情が渦
巻きはじめ、思考に追い付けないほどまで加速していった。
399名無しさん?:2005/07/13(水) 05:53:00 ID:???
その感情は私達のいる沈黙の中で、私だけをどこかへ押し流していこうとしているようで、そのことに気付いたとき
には、すでに私は今まで延々と辿っていた軌道から遥かに遠ざかってしまっていた。私の流されていく方向には、
いつも夢想していた恐ろしく暗くて果ても見えない暗闇があるだけだった。
400名無しさん?:2005/07/13(水) 12:22:36 ID:EKXzhLp9
>>400
死ね          
401名無しさん?:2005/07/14(木) 05:14:08 ID:???
私の先に広がる暗闇を認識したとき、私は自分の表情が強張っていくのを感じた。私は本当にその中に放り出され
たのだ。今まではイメージとしてしか存在しなかった金属塊。ゆっくりと、だが確実に遠ざかる人工衛星。私はその
中に搭乗しているたった一人の乗組員で、小さな窓からなすすべなく地球を見下ろすしかないのだ。
402名無しさん?:2005/07/14(木) 05:25:22 ID:???
多分副担任にも私の表情が見えただろう。だがそれは、さらに彼女の誤解を促してしまうだけだった。彼女の眼差
しが柔らかくなり、まるで私に向かって慈愛を投げかけているような顔になったとき、彼女は再び喋り始めた。それ
は、決定的なポイントで絶望的な取り違いを起こした彼女が、この私に対して語りかける本当に意味のない言葉だ
った。
403名無しさん?:2005/07/14(木) 23:09:53 ID:???
 
404名無しさん?:2005/07/16(土) 05:08:33 ID:???
私はあなたのように友達と死に別れたわけじゃない。でも、あなたが何かしらの負い目を感じているのも理解できる
し、そんなこと本当は感じる必要なんかないことも知っている。……友達とああいった別れ方をしてから数年経った
ある日、私は偶然その友達と出くわしてしまった。
405名無しさん?:2005/07/16(土) 05:19:24 ID:???
そこは市立図書館で、私は授業に使う資料を探している途中だった。友達は隅の方に並べてある勉強用の机の一
つに向かって何か熱心に書き付けているみたいだった。ちらっと見ただけ、目に入っただけだったけど、彼女だとい
うのはすぐに分かった。最初に気付いたのは私の方で、友達は周囲に目もくれずに集中して自分の作業をしていた。
406名無しさん?:2005/07/17(日) 05:25:25 ID:???
すぐにあの思い出が浮かんできた。何年も前のことなのにはっきりと思い出せた。罪悪感まであのときのままだっ
た。私はすぐに顔を背けて、何事もなかったようにその場を立ち去ろうとした。でも、急いで回れ右をして友達の方
に背中を向けると、私の足はどういうわけか立ち止まってしまった。
407名無しさん?:2005/07/17(日) 05:37:47 ID:???
いろんなことが頭を過ぎった。私のつまらない意地で夢を絶たせてしまったと思っていた彼女が、不意にこんなと
ころに現われて熱心に何かを書き綴っている。諦めていたんじゃなかったんだ、まだ童話を創っているんだ。私は
そのことに感激した。その姿を見て少し自分が救われたような気がした。
408名無しさん?:2005/07/19(火) 04:10:41 ID:???
 
409名無しさん?:2005/07/19(火) 05:11:56 ID:???
だからといって、あたり前だけどわざわざ自分から友達に声をかけようなんて思わなかった。友達は夢を捨てなか
ったけれど、私を許してはいないかもしれないから。私はそのままその場を離れようと思った。友達と顔を合わせて
しまうのは辛かったし、何よりもう彼女の邪魔はしたくなかったから。
410名無しさん?:2005/07/19(火) 05:25:03 ID:???
私の足が歩を踏み出す直前に、私はもう一度友達の方を振り返ってしまった。どうしてそうしたのかは自分でも分
からない。もう二度と目にすることもないだろう友達の一心不乱な姿を記憶に焼き付けたかったのかもしれないし、
心のどこかで彼女と再び通い合えることを期待していたのかもしれない。
411名無しさん?:2005/07/20(水) 05:15:29 ID:???
まあとにかく、私は友達の席の方を振り返った。問題なのは私がどういうつもりで振り返ったのかではなくて、私が
振り向いたのとほとんど同時に、彼女が顔を上げたことだった。背伸びをしようと両腕を挙げかけた友達の姿をは
っきり目に映しながら、私は全身の血が凍るような感覚を覚えた。
412名無しさん?:2005/07/20(水) 05:31:31 ID:???
とっさに目を逸らすとか、そんなことができる時間も余裕もなかった。私と彼女は目が合った。まるでまっすぐ吸い
付けられるように彼女の視線が移動してきて、動かせなかった私の視線とまともにぶつかった。私は酷く動揺して
いたけど、友達は何が起きたのか分かっていないみたいにきょとんとしていた。
413名無しさん?:2005/07/21(木) 02:25:26 ID:???
 
414名無しさん?:2005/07/21(木) 05:35:35 ID:???
私の頭の中で、私達を別つ原因になってしまったあの苦い記憶が、もう一度物凄い速さで繰り返された。私の顔な
んか忘れてくれてたらいいのに、と思った。それが無理でも、いっそのこと何気ないふうを装って無視してくれれば
いいのに。そんなことを考えていた私の前で、友達の表情がゆっくりと柔らかくなっていった。
415名無しさん?:2005/07/21(木) 05:49:33 ID:???
友達は私の名前を呼んだ。以前と全く同じ口調の呼び方だった。事情を知らない周囲の人達には、旧友同士が久
し振りに再会した場面にしか見えなかっただろう。そのおかげで私が密かに考えていた、目が合ってしまったとして
も誰だか分からない振りをしてやり過ごす、という手段が使えなくなってしまった。
416名無しさん?:2005/07/23(土) 05:19:10 ID:???
こうなってしまった以上、私が取れる行動は何とか微笑みを作って友達に向けることだけだった。私の返した微笑
は多分ぎこちないものだったにも関わらず、あの苦々しい思い出を共有しあっているのにも関わらずに、彼女には
友好の印として捉えられたようだった。
417名無しさん?:2005/07/23(土) 05:36:07 ID:???
彼女は以前から何というか、そんな楽観的な部分があったような気がする。友達は私の作った笑顔を見て親しげ
に近付いてきた。彼女が歩を進める度に、逃げ出したくなるようなプレッシャーが私に押しかかってきた。久し振り
ね、と友達が言う。私は必死に何度か頷いて、彼女を変に刺激しないように心がけた。
418名無しさん?:2005/07/24(日) 05:05:54 ID:???
 
419名無しさん?:2005/07/24(日) 18:45:43 ID:???
まだライオンと副担任の話ししてるのか
420名無しさん?:2005/07/25(月) 06:08:43 ID:???
こんなとこで何やってんの?と彼女が聞いた。私は自分の吐き出す言葉がしどろもどろになるのを感じながら答え
る。ちょっと、仕事で使う資料を、探しに、来たの。そうなんだ、と彼女はさっきまで書物をしていた机に戻り、文章の
束を取ってきて、私の前に突き出した。ほら、私もこれやってたの。
421名無しさん?:2005/07/25(月) 06:21:10 ID:???
それは表やグラフがこまごまと並んだ、明らかに童話の原稿とは違う内容の文書だった。明日の会議に使うやつ
らしいんだけど、全然進まないの。だってねえ、数字だけ渡して文章にまとめろ、とか言われても、元々こんなこと
やったことない人間が……。彼女の説明は、最後の部分まで私の耳には届かなかった。
422名無しさん?:2005/07/26(火) 06:15:24 ID:???
何故私は、彼女が書き綴っている文書が童話の原稿だと思い込んでしまったのだろう。きっとそう考えれば、少し
でも私の後味の悪い思い出が浄化される、とでも思ったのかもしれない。決して彼女のことや、彼女の抱いていた
夢なんかを考慮したわけじゃなかった。
423名無しさん?:2005/07/26(火) 06:26:46 ID:???
私の苦い記憶の上に、さらに今日の出来事が書き加えられようとしていた。今回はいいとしても、次からはもう彼女
と向き合うことなどできなくなるだろう。そうなったら私は、彼女に関連する記憶に追い立てられ、彼女の姿にびくび
く怯えながら生きていかなくてはならなくなる。そういうのは、私は嫌だった。
424名無しさん?:2005/07/27(水) 01:20:05 ID:???
 
425名無しさん?:2005/07/27(水) 05:26:51 ID:???
彼女の状況説明がひと段落するのを待ってから、私はおそるおそる聞いてみた。まだ、童話書いてるの? 自然
な会話の流れを考えながら、いかにも何気ないような表情と声色を心掛けたつもりだったけれど、自然な流れから
いえば、次は私が自分から近況を話すか、彼女が私にいろいろと聞いてくるのを待たなければならなかった。
426名無しさん?:2005/07/27(水) 05:37:05 ID:???
それを飛ばしていきなりの不自然な質問。彼女の少し眉をひそめたような顔を見てから、私はそのことに気が付い
た。童話? と彼女は聞き返した。彼女の怪訝な表情の原因は、私の不躾な質問の仕方だけではなく、その内容
にもあったのだと思う。何のことを言っているんだろう? きっと彼女はそう思っていたのだ。
427名無しさん?:2005/07/29(金) 05:19:41 ID:???
けれど、彼女はすぐに私の質問の意味に気が付いた。ああ、童話ね。もうほとんど書いてないな。だっていろいろ
忙しくて。たまの休みも返上で仕事だから。ほら、今日もこれとかね。と言って彼女はさっきの文書を私の目の前
でひらひらさせ、微笑んでみせた。私の意図なんか勘繰りもしていないその無邪気そうな微笑みが、私の胸を苦
しませた。
428名無しさん?:2005/07/29(金) 05:31:52 ID:???
前にね、と私は言った。自分でも驚いた。私はさっきの質問の意図を彼女に説明しようとしている。彼女が書けなく
なった理由を確認して、そして彼女に謝罪しようとしている。そのことに気付いたとき、私は喋るのを中断しようかと
も考えたけれど、結局最後まで話すことの方が正しいんだ、と無理矢理思い込むことにして言葉を続けた。
429名無しさん?:2005/07/29(金) 06:41:12 ID:???
 
430名無しさん?:2005/07/30(土) 05:35:40 ID:???
ずっと前に童話の結末について私に相談したことがあったじゃない? そのとき私の答え方がちょっと酷くて喧嘩
みたいになっちゃって、それでずっと気にしてたの。まだ書いているのかな、って。彼女は真っ直ぐ私を見たまま
私の話を聞いていた。私はさらに続けた。もしかして、私のせいでやめちゃったんじゃないの?
431名無しさん?:2005/07/30(土) 05:49:41 ID:???
私がその台詞を勢い込んで喋り終わると、私達の間を重苦しい空気が包んだことを感じた。判決が下される直前
の被告人の心境って、あんな感じなのかもしれない。彼女はずっと私の目を見詰めたまま私の言葉の意味につい
て考えているようで、その間私は彼女から目を逸らさないようにするのに精一杯だった。
432名無しさん?:2005/07/31(日) 05:27:57 ID:???
彼女の顔には表情という表情がなかった。ただ静かに私を見ているだけだった。その静かさは執拗に私の不安を
煽り立てた。彼女はその感情のない眼差しで私の心の深淵を探ろうとしていたのかもしれない。私に対して今度は
自分が、どんな残酷な言葉を投げかけようかと迷っていたのかもしれない。
433名無しさん?:2005/07/31(日) 05:38:27 ID:???
けれど、もう喋ってしまった以上、私には彼女の返答を待つこと以外どうすることもできなかった。どんな結果にな
ろうと、いつまでも自分一人で抱き続けるよりは正しいんだ、と何度も何度も頭の中でそう繰り返した。彼女がどん
な言葉を吐こうとも、甘んじてそれを受け入れるつもりだっし、またそうしなければいけなかったのだから。
434名無しさん?