こころ と からだ 第二章

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442名無しさん?:04/11/03 02:14:49 ID:???
とはいうものの、母親達にそれを説明するつもりは微塵もなかったし、何より私自身もその細部まで完全に把握し
ているわけではなかった。誰に向かって説明しても、それは言い訳でしかないような気がした。私がそれを聞いても
眉をひそめるだろう。とにかく、これ以上広げるべきではないのだ。
443名無しさん?:04/11/03 02:28:43 ID:???
そう考えると、今日のように母親と「先生」が寄ってたかって私を追及するような機会が繰り返されるのは、私にとっ
てもいいことではなく、むしろ妨げにさえなるかもしれない。煩わしいことは少ない方がいい。普通に登校することな
ど、今ある問題に比べれば本当に些細なことだ。私は頭の中で、言い聞かせるようにそう何度も繰り返した。
444ぼうし ◆3.16/LiTA. :04/11/04 05:10:48 ID:???
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         , ' ´  `ヽ' ´  `ヽ
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     ,.'´  `ヽ、_ _ ,ノヽ、_ _ ,,' ´  `ヽ
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     ヽ、_ / ●     ● ヽ、_ _ ,ノ
     .,' ´ `ヽ''' (_人_)'''' ,' ´  `ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     {    }  し'    {     } <   444!!
     ヽ、_ _, ' ´  `ヽ' ´  `ヽ、_ _ ,ノ   \________
        {    {     }
        ヽ、_ _ ,ノヽ、_ _ ,ノ
             (uu_,,,)っ
445名無しさん?:04/11/05 02:50:39 ID:???
しかし私の抱える問題と、数週間の欠席とどう繋がりがあるのだろう?母親や「先生」は、私が友人を亡くして衝撃
を受けたあまりに寝込んだ、などと捉えているのだろうか。そう思うと自然に口元が緩みそうになった。全くの見当
違いだ。私には一切、そんな自覚はなかったからだ。
446名無しさん?:04/11/05 03:02:16 ID:???
唇の痙攣を抑えながら、まだこんなことで笑いそうになれるのだ、と考えていると、ふと「先生」が私を見ているのに
気が付いた。「先生」は不審そうな表情を、ほんの少しだけ露見させながら私を見つめていた。が、私が気付いた瞬
間に目を逸らし、母親との会話に逃げ込んでいった。私はすぐに平静を装い、無表情を作った。
447名無しさん?:04/11/06 03:11:55 ID:???
面倒なところを見られた、と思った。友人を亡くしたショックで……、と思われるのは嫌だったが、母親達にそう思わ
せておけば、この煩わしい出来事も簡単に片付けることが出来たはずだった。「先生」は明らかに不審の表情だっ
た。「先生」がどう捉えたかは分からなかったが、後々さらに面倒を連れてくる発端になるのかもしれない。
448名無しさん?:04/11/06 03:25:56 ID:???
だが、「先生」だって面倒ごとは避けたいだろう。私が腹の中で何を考えていようと、ちゃんと出席して進級しさえす
れば、またわざわざ問題の根を広げるようなことをしようとは考えまい。私はそう考えたが、やはり気になった。細
かいことが、後々大きなひずみを作ってしまうことだってあるのだ。
449名無しさん?:04/11/07 18:23:25 ID:???
 
450名無しさん?:04/11/08 02:20:50 ID:???
「先生」と母親は、一学期の成績だとか、出席日数だとか、自分達のことでもない話題に真剣だった。まあいいのか
もしれない、とその姿を見て思った。こんな人達に何ができるというのだ?私の問題を解決に導くことはおろか、そ
の片鱗にだって決して触れられはしないはずだ。しかしとにかく、余分な懸念は取り除いておくべきだった。
451名無しさん?:04/11/08 02:32:23 ID:???
私は決意を固めた。とはいっても、別に大したものではなかった。登校するかしないかなど、本当に些細な問題だ
と思っていたからだ。だから私は、「先生」が正面から私を見据えて私の意思を問いただそうとしたとき、特に躊躇
いもなく「明日から登校します」と答えた。「先生」には安堵、母親には喜びの表情を見て取れたように思われる。
452名無しさん?:04/11/09 01:43:09 ID:???
私のたった一言で一喜一憂できる「先生」達も単純だったが、私自身も軽率だった。一つは日常において降りかか
る諸問題を一つ一つ駆逐していったところで、真の問題を解決に導くことにはならないのだ、ということ。それはただ
の生活だった。1日1日を平穏無事に終わらせるためだけの手段でしかなかったのだ。
453名無しさん?:04/11/09 01:54:35 ID:???
もう一つは軽はずみに口約束を成立させないこと。守れもしない約束は、どんなことがあっても結ぶべきではなか
った。いたずらに負担を倍化させるだけなのだ。先見がなかったせいなのか、自分の能力を見誤っていたのか、ど
ちらにしても私は簡単に「先生」達と約束を交わし、そしてそれを簡単に破ることになる。
454名無しさん?:04/11/10 23:03:54 ID:???
455名無しさん?:04/11/11 02:07:30 ID:???
次の日の朝、私は母親に起こされた。私はベッドから起き上がったまま少し呆然としていたが、ようやくのそりと立
ち上がると、顔を洗って制服に着替えた。朝食できてるから食べなさい、と母親が部屋の外から声をかけた。その
言葉の意味を解するまで若干のタイムラグが生じた。随分久し振りのことで、上手く身体が順応できなかったのだ。
456名無しさん?:04/11/11 02:19:54 ID:???
朝食は半分以上残した。それでも許容量以上につめ込んだような感じだった。朝食を終えて時計を見ると、まだ余
裕があるような気がしたが、私は自分がかつて何時に家を出ていたのか、家から学校までどのくらい時間がかかる
のかを完全に忘れていた。下手をすれば通学路の道順まで思い出せないかもしれない、と馬鹿なことすら頭に浮
かんだ。
457名無しさん?:04/11/12 03:24:36 ID:???
私は家の外に出た。久しく見ていなかったよく晴れた空と太陽、そして一晩の後に澄み渡らされた外気が、もう今は
夏ではないこと、夏という季節が私達のはるか後方へと流されていったことを私に教えた。私は自分の家の玄関先
に立っていただけだったが、何かとてつもなく遠くへ来てしまったような気がして、少し身震いした。
458名無しさん?:04/11/12 03:37:35 ID:???
玄関脇に停めてある私の通学用の自転車、ハンドルには蜘蛛の巣が張り、サドルはほこりまみれだった。2ヶ月近
くも放り出された状態にあったのだ。私はその情景に見入った。そして私の2ヶ月間というものを回想してみようとし
た。実に、いろいろなことが、あった。出てきた言葉はそれだけだった。
459名無しさん?:04/11/12 22:46:24 ID:???
460名無しさん?:04/11/14 02:08:58 ID:???
私は一度家の中に戻り、箒とティッシュペーパーを数枚持ってきた。箒で蜘蛛の巣を掃い、ティッシュペーパーで
サドルやハンドルに付着したほこりを拭った。車体のあちこちに錆びている部分を見付けたが、これが以前から存
在していたのか、この2ヶ月近くの間に生成されたのかは分からなかった。
461名無しさん?:04/11/14 02:18:42 ID:???
通学鞄を拾い上げて自転車の篭に押し込んだ。少し早いかもしれなかったが、もう出ることにした。母親に出掛け
の挨拶をしようかどうか迷ったが、結局何も言わずに家を出た。自転車に乗って走ると、先程感じた外気の冷やや
かさが強調され、私の全身が粟粒立つような気がした。
462名無しさん?:04/11/15 17:10:01 ID:???
463名無しさん?:04/11/16 02:15:16 ID:???
いくらも進まないうちに、Sの家が近付いてきた。そういえば、と私は自分でもわざとらしさを感じるような言葉で、私
の通学路の最初の方にSの家があったことを思い出した。その途端に私の頭の中に、数々の断片的イメージが飛
来し、すぐに去っていった。近付いていくSの家に、なんとも言いようのない違和感を感じたからだった。
464名無しさん?:04/11/16 02:33:04 ID:???
家の前で立ち止まることには抵抗があった。一度通り過ぎ、20メートルほど先から折り返してきてまた通り過ぎた。
そんな往復を数回繰り返した後、私はSの家の隣の隣の家の前で自転車を止めた。畏怖の念よりも好奇心の方が
勝ってしまったようだった。私は自転車を押しながら、ゆっくりとSの家に近付いていった。
465名無しさん?:04/11/18 03:39:20 ID:???
私はSの家を正面から眺めていた。私の記憶の中にあるそれと、こうして眺めているSの家との差異は見出せなか
った。今までこうして、じっくりと他人の家を観察するようなことはやったことがなかったし、Sの家の記憶というもの
も、他の多様な記憶と同じように断片的だった。はじめから比較の対象にもならなかったのかもしれない。
466名無しさん?:04/11/18 03:49:52 ID:???
私は何となく感じる違和感の正体を突き止めようとして、しばらくその場に留まった。記憶に頼るだけでなく、今その
場で感じる直感も駆使しようとしたが、じきに諦めて立ち去った。違和感を覚えたことは確かだが、具体的なものは
一切見付からなかった。ずっと後になって、私はこのときすでにSの家族が引っ越してしまっていたのを知ったのだ。
467名無しさん?:04/11/18 18:46:25 ID:???
468名無しさん?:04/11/19 01:01:52 ID:???
学校に着くとすでに朝のホームルームが始まっていた。登校中誰にも会わなかったこと、校門をくぐって感じた奇
妙な静けさのこと、教室の扉まで辿り着いてやっと合点がいった。つまり私は遅刻したのだ。校舎の中は静まり返
っていて、この中で扉を開けて担任の話を中断させながら教室に入っていける度胸は、私は持ち合わせていなか
った。
469名無しさん?:04/11/19 01:17:09 ID:???
私は生徒用玄関まで戻り、チャイムが鳴るまでそこで待つことにした。ホームルームが終われば、一限目の始まり
まで雑談をしたり教室を移動したりする騒がしい時間ができるはずだ。それに乗じて教室に入ってしまおう、と考え
た。誰にも見られたくなかったし、誰にも話しかけられたくなかったのだ。
470名無しさん?:04/11/20 05:37:54 ID:???
教室に入った私の姿に、一部の者から好奇の目が注がれたようだった。彼らの考えていることが伝わり、彼らのひ
そひそ話が聞こえるような気がした。私は努めて顔を伏せずに、しかも誰とも目を合わせないようにした。クラスの
大半の者は私に気が付いていないか、もしくは興味がないようだった。
471名無しさん?:04/11/20 05:49:49 ID:???
一限目が始まるとき、教師は出席簿と私を見比べただけで何も言わなかった。教師のその仕種によって、やっと私
の存在に気が付いた者もいたようだったが、それだけだった。特に何も起こらなかったことが、私に安心と苛立ちを
呼び起こした。前回の無断欠席から明けたときと、ほとんど同じだった。
472名無しさん?:04/11/22 03:03:06 ID:???
しかし机の上に教科書とノートを広げても、もう私には以前のように授業をこなすことが出来なかった。やり方を忘
れていたし、授業の内容も簡単には追いつけないほど進んでいた。私は手に鉛筆を持ったままの姿勢で呆けてい
た。改めて自分と世間との大きな隔たりに気付き、感嘆していたとも言えるかもしれない。
473名無しさん?:04/11/22 03:16:11 ID:???
休み時間には机に突っ伏して寝たふりをした。誰とも口を聞きたくなかった。教室中の騒がしいお喋りの中から、声
を殺したようなささやき声が聞こえてくると、私のことを話しているのだ、などと根拠もなく思ったりした。チャイムが鳴
ると起き上がり、机の中を掻き回して周囲と同じ教科書を机の上に並べた。
474名無しさん?:04/11/24 03:03:46 ID:???
そんな風にして私は、久し振りの学校生活をなし終えた。誰の顔も見ないで、誰とも話さなかった。担任にも副担任
にも呼び出されなかった。放課後、私は早々に帰宅して自分の部屋に篭り、ベッドに横になった。気だるさが私の身
体を蝕んでいた。何もかも放棄して眠りたかった。
475名無しさん?:04/11/24 03:23:52 ID:???
身体は疲労を訴えていたが、頭の方は何か別のことを繰り返し主張していた。致命的とまではいかないが、何か重
要なことがらを見落としているような気がする。私は横になり目を閉じたまま、あまり望まない今日の出来事の分析
作業を行った。私の行動、他人の眼差しと言葉、腑に落ちない点は一体どこだろうか、と。
476名無しさん?:04/11/25 03:16:07 ID:???
あれこれと思案しているうちに、断片が急速に寄り集まって実像を結んだ。彼女の顔だった。私に長い長い提言だ
か忠告だかをくれた彼女の顔だった。私は対応を考えていたはずだったが、今日彼女の顔を見ることがなかった。
私が意図的に彼女と顔を合わせるのを避けていた、というところもあったが、彼女もまた意図的に避けていたのだ。
477名無しさん?:04/11/25 03:27:42 ID:???
それがどういうことなのか、どういった事態を引き起こすのか、私にはさっぱり分からなかった。ただ違和感のような、
不快感のようなものが、悶々とわだかまっているだけだった。彼女の意図、それに対して私がどうするべきなのか、
それさえも分からなかった。ある判断を下すのが怖かった、というのもあったのかもしれない。
478名無しさん?:04/11/25 19:33:08 ID:???
479名無しさん?:04/11/27 05:09:35 ID:???
もう何も考えたくなかったが、頭は想像を止めなかった。脳がイメージや言葉を紡ぎ出すたびに、私の気力を削い
でいくような気がした。以前は、と私は思う。以前はちゃんとやれたはずなのに。私は明日、起き上がれるだろうか?
起き上がってまた登校できるだろうか?起き上がれるだけの気力と体力があればいいが。
480名無しさん?:04/11/27 05:20:58 ID:???
確かに以前の私と、登校第1日目を終えた私の間には、とてつもなく大きな隔たりがあった。Sが死に、彼女の長い
話を聞いた。私自身は、それらのことに影響を受けていないと思っていたが、本当は酷く動揺していたのだろう。だ
からいっそうむきになって、否定や拒絶に力を使っていたのかもしれなかった。
481名無しさん?:04/11/28 01:14:41 ID:???
翌日、私は遅刻した。一限目の最中くらいの時間に電話が鳴って、母親が私を電話口に立たせた。副担任だった。
今日は来ないの?と副担任は穏やかに聞いてきた。私は何と言ったらいいのか考え込み、副担任は電話の向こう
側で私の言葉を待った。私は嫌な気持ちになった。
482名無しさん?:04/11/28 01:26:57 ID:???
いえ、行きます、と私は言った。お互いに黙り込んで随分経った後にやっと私の言葉が出てきたため、何だか妙な
具合になってしまった。さらにしばらく間を置いてから、副担任が言った。今からすぐ出れば二限目には間に合うで
しょう?気を付けて来なさいね。私は、はい、と返事をするしかなかった。
483名無しさん?:04/11/29 09:02:27 ID:???
484名無しさん?:04/11/30 02:12:10 ID:???
結局、私が登校したときは昼休みを過ぎていた。受話器を置いた後、私はベッドに倒れ込んだ。考えが落ち付かな
くていらいらしていた。母親の顔、教師達の顔、クラスメイトの顔、そして彼女の顔。何もかも放り出して眠れたらい
いだろうな、と思った。それから私はそのまま3時間ほど眠ってしまったのだ。
485名無しさん?:04/11/30 02:42:08 ID:???
もちろん、こういった類の眠りというのはむしろ逃避行動に等しく、目が覚めた私を待っていたのはより酷くなった状
況だけだった。母親の表情、副担任の小言、クラスメイトの白い目。私はもはや、周囲から自分が同情の目で見ら
れなくなっていることは自覚していた。そう望んだのは、他ならぬ私自身だったからだ。
486名無しさん?:04/12/01 01:50:33 ID:???
午前中に副担任からの電話を受け、昼過ぎに登校するという日々がだいぶ長い間続いたように思う。その間にも外
気はだんだんと冷たくなり、母親も父親も相変わらず悲しそうな顔をし、教師達は辟易した目で私を見たが特に何
も言わず、クラスメイトは私に近付こうとしなかった。私は授業中に眠り、家に帰ってからも眠った。
487名無しさん?:04/12/01 02:01:44 ID:???
助言をくれた彼女とは、一度も顔を合わせなかった。まあそうしたいのならすればいい、と私は思った。彼女がして
くれたのはあそこまでで、それ以上は期待してはいけないのだ、と思った。……期待?そこでまた私は分からなく
なる。自分が望むもの、状況、言葉、表情、必要と不必要。単語を並び立てるだけで、決してそれ以上には進めな
かった。
488名無しさん?:04/12/03 05:10:40 ID:???
その頃一度だけ、他人と会話したことがあった。相手は他校に通う中学のときの同級生で、下校しているときに偶
然捕まってしまったのだ。同級生は私の背後から追い付いてきて、追い越しざまに私の顔をちらりと覗き込んだよ
うだった。あれ、久し振り、と同級生は言った。私は相手の顔を一瞥して、うん、と応えた。
489名無しさん?:04/12/03 05:20:08 ID:???
同級生は一方的に喋った。誰それの近況からSの葬儀のことまで話が及び、来てなかったけどどうかしてたの?と
質問してきた。私が答えられずに黙っていると、そうか、仲良かったもんね、と勝手に納得して黙り込んだ。またか、
と私は頭の中で思った。何だってみんな、そう決めつけようとするのだろう。
490名無しさん?:04/12/04 03:33:33 ID:???
でもねえ、と同級生は再び喋り出した。Sも馬鹿なことするよねえ……。私はその真意が分からず、同級生の顔を
見た。知らないの?と意外そうな声を出した。だいぶ遊んでたらしいよ、いろいろと……。進学校行ってたのにねえ。
やっぱいろいろきつかったのかな?朝とか夜も遅くまで課外があってたらしいし。
491名無しさん?
私はひどいショックを受けた。想像もつかなかった。Sが?だいぶ遊んでた?即座にSをイメージしようとして頭が動
き始めたが、うまくいかなかった。心の奥底に黒いものが湧き出し、徐々に膨らんでいくような気がしたからだ。それ
はあっという間に空を埋め尽くして雨の気配を漂わせる、夏の夕立雲のような不吉な影だった。