1 :
:
んーーーーー
●ないと読めないから終了
お?
誰かあらすじ書いてよ
はたして本人はきづくだろうか。。ほす
どーだろ? どーなの?
9 :
名無しさん?:04/03/08 21:08 ID:QRhTlFyq
age
>>6 3日に一度ぐらいの頻度で見てたから肝心の最後の方が抜けてる・・・
>>5 幼馴染のSが死んだが、生前Sと何かあったというクラスメートがしゃしゃり出てきた
11 :
名無しさん?:04/03/09 02:15 ID:C9JVP2Zb
前スレがdat落ちしたのを見て前スレ主はがっかりしたろうな・・・(´・ω・`)
あげ
続きキボンー。
再開を心からお待ちしてます。
もともとやる気なかったんじゃないか?
保守も保守嵐に頼ってたみたいだし
やる気なしで7ヶ月も続くかね・・・?
どっかからの転載じゃなかったの?あれ
ho
生きるために・・・ッ!あげ・・・ッ!!!
背後から声をかけられた。体育館の出口をくぐってすぐだった。驚いて振り向くとSではなく、以前のクラスメイトの一
人だった。聞いた?といきなり彼女は言った。私が何か言う前に彼女は言葉を続けた。今日のあれ、行くんでしょ?
何時だったっけ?確か、6時。と私は答えた。
彼女はだいぶ舞い上がっていた。とにかく誰かと話したくて仕方ない風で、しかも人の話が聞きたい様子ではなかっ
た。私の返事も黙殺され、彼女の勢いにおろおろしている内に、私が集合時間の30分前に彼女を迎えに行く約束が
取り付けられてしまった。じゃあよろしくね、と言い残して彼女は他の話し相手を探しに私の前から立ち去った。
前スレを読んでくれた人、保守してくれた人に感謝。
このスレを立ててくれた人、期待してくれている人に感謝。
うお、すごい。来たよ!ミラクル!
>>21 毎回空保守のほうが読みやすいので書かなかったけど
今回だけは書かせてもらおう 乙
>>21 ああ、邪魔だとわかっていても伝えたい。
がんがってください!!
名無しと名乗りながら知障丸出しの鳥つけてるだけならまだしも
>>24みたいな恥ずかしいレスを臆面もなく書き込める自意識過剰なクソは即刻死んで欲しい
キタ━━━━(・∀・)=○)´Д`(○=(・∀・)━━━━━!!
何だってみんな自分の好き勝手に行動して、少しでも申し訳なさそうな素振りも見せないんだろう、と思った。卒業
式だったから、特別な日だったからなんて理由で、他人の都合を考えない行為が正当化されるとでも思っているの
かしら?そんなことを考えてみても、すでに決まってしまった予定を変更するには至らなかった。
じゃあ自分はどうなんだ?と自答ぜずにはいられなかった。そしてそれは多分、私が最初にSの問題で失敗したとき
からずっと続いていたことだった。それはだんだんと私の中で大きくなっていって、とうとう卒業式という特別な日に
計画した最後のチャンスすら潰してしまおうとしていた。
自分で考えて行動しようとしても、もう私は私自身の考え方を信用できなかった。そして何度目かの、今回の計画の
中止を真剣に考え始めた。中止、と言うよりもどっちかと言うと、計画そのものが最初からなかったことに、私は最初
からそんなこと考え付きもしなかった、ということにしようとしていた。
Sとの溝を広げることにならずに済んだ。生涯に残るような大恥をかかずに済んだ。Sの古傷を無駄に掻き乱して、S
の新しい生活を邪魔せずに済んだ。などと、私が計画を忘れることで受けられるメリットをいくつか無理矢理挙げて
みたりしたけれど、私が感じていた敗北感は少しも和らがなかった。
当初の計画は忘れる。忘れて考えないようにした後、私の直面している問題は、例の強引なパーティ^の出席の約
束と、それに喜んで参加する元クラスメイトの一人を時間前に迎えに行くことだった。あまり積極的に荷担したいと
は思わなかったけど、それをむげにするのも躊躇われた。
もし私がSとの問題を抱えていない状態でパーティーの提案を聞いたのなら、私も喜んで参加する立場の人間にな
ったかもしれない。特別な日だという高揚感と、最後だというセンチメンタリズムを味わいながら、後々振り返ってみ
れば甘美な思い出として私の脳裏に記憶されたかもしれなかった。
けれどそのときの私にとって、パーティーの開催は苦痛でしかなかった。かなりの自己嫌悪に陥っていたせいなの
か、私を取り巻く様々な問題全てが疎ましく思えた。できれば誰からもそっとしておいてほしかったけれど、新たな
問題を抱え込んでしまったのは全て私自身の不甲斐なさから来たものだった。
はっきりと断ればよかった。どうせみんな浮ついていたのだから、適当な理由ですんなりと私を解放してくれるはず
だった。甘美な思い出を自分から手放してしまうのは少し残念だったけど、そもそも最初からSとの問題を抱えてい
た私が、この特別な企画を綺麗な思い出として記憶できるはずはなかった。
多分私が過去にやってしまったごく小さな失態の報いか、もしくはそれらが限りなく集まって現れた結果のような気
がしてならなかった。まるで乗車券をなくしたまま乗り続けた列車が終点に着いたとき、初めて切符をなくしていたこ
とに気付いて慌てふためいているようなものだ。
そうは言っても、一度了承してしまったことを今更訂正して場を白けさせるのはまずいと思っていたし、ほんの数時
間彼女らに合わせればそれで十分だろう。私次第だけど、上手くやれれば今からでも後々のいい思い出を作れる
かもしれない。こうして無理矢理気味に気力を高めようと奮闘しながら、私の足は元クラスメイトの家に向かっていた。
h
彼女は私を玄関先で40分も待たせた後、悪びれた様子もなく靴を履きながら言った。さ、行きましょ。私はできるだ
け何も考えないようにしながら、元クラスメイトの隣を歩いた。その最中、彼女はずっと喋っていた。ときどき、話を聞
いていることをアピールするために入れる私の相槌が、あろうとなかろうと関係なさそうだった。
会場はクラスの誰かと親戚らしい人が経営するイタリア料理のレストランだった。車が5台も入ればもう満杯になる
ような駐車場に、知った顔ぶれがちらほらと集まっていた。私達が到着した時点ですでに30分以上も遅刻だったけ
ど、驚いたことにまだ来ていない者が随分いたようだった。
7時過ぎてからようやく人が集まり、私達はぞろぞろと店内に入っていった。集合時間より1時間も経過してしまって
いたことについては考えないようにした。私がそんなことに気をまわしても、どうにもならなかったのだから。単にみ
んながルーズだっただけでなくて、あとから知ったのだけど店側の準備なんかも手間取っていたらしい。
クラス委員だった男子が無理矢理みんなの前に立たされて、開催の挨拶をした。変にかしこまった型通りの挨拶に
周囲から小さな笑いが漏れた。最後に彼が乾杯、と叫ぶと、みんなそれぞれ手にしたグラスを掲げて、低い声で彼
の言葉を繰り返した。そこでもまた小さな笑い声が起こった。
椅子は全部どこかへ片付けていくつかのテーブルが中央に集められ、その上にのせられた様々な料理を各々が自
由に取る、という形式の立食パーティーだった。入ったときそんなに広くないな、という印象を受けたけれど、クラスメ
イト全員が入っても各自勝手に動き回れる余裕があった。
みんなそれぞれ料理を取りながら思い思いの人達とグループを作り、そのグループごと移動し、あるいは他のグル
ープが来るのを待っていた。パーティーに確固とした進行プログラムなどはまるでないらしく、乾杯の後から唐突に
始まったその混沌とした状況を誰もが楽しんでいるようだった。
私もいつのまにか手近にいたグループに吸収されていた。あっちこっちに顔を挟む回遊魚の群のようなグループを
待つ側のグループだったのがせめてもの幸いだったかもしれない。そのときの私は、店内のあちらこちらで気の利
いたやりとりが出来る自信がなかったから。
私は基本的に笑顔を絶やさぬようにしていればよかった。ややこしいことは近くの誰かが私の代わりに全部やって
くれた。そして訪れる側の誰もが、私が作ったような笑みを浮かべているだけだということに気付きもしなかった。こ
の特別な空気の中で、誰が腹の中で全然違ったことを考えていたとしても、それを表沙汰にしてその協調感を邪魔
しなければ、多分それでよかったのだろう。
age
けれど、時間が経ってどんどん料理が減っていき、みんなの発する声が次第に大きくなっていくに従って、私の中にも
この妙な一体感を楽しんでいる部分が出来つつあった。恥ずかしいくらいに青臭いフレーズが頭に浮かんだりして、徐
々に自分から流れに身を任せようとしていることに気付いた。
安直な方向に逃げ込もうとしている、という自覚はあったけど、じゃあ頑なに安直でない方向を維持していれば何か
がどうにかなるのか、と考えてもどうなるものでもなかった。未だに引っ掛かりを感じるのは、もちろんSとの問題が
不明瞭な結末になってしまったことにあったけれど、それすらも流れに逆らえず死に絶えようとしていた。
実際結構楽しかった。他のクラスメイト達に比べれば随分控えめだったかもしれないけれど、少なくともSの問題に
ついてあれこれ考えを巡らせているときよりもずっと楽しかった。いや、楽しかったと言うよりもただ単に気楽でいら
れただけかもしれない。
たとえそう遠くない将来に、またその問題がぶり返してきて嫌な気持ちにさせることがあるだろうけど、そのときはそ
のときの私に任せてしまえばいい、と思った。今はもう問題解決の糸口を見失ってしまってもいたし、ここからわざと
らしいくらい劇的にどうにかなる可能性もまるでなかったのだから。
56 :
名無しさん?:04/03/27 17:18 ID:s56ewgPv
56
57 :
名無しさん?:04/03/27 17:18 ID:s56ewgPv
56
気が付くと店内の人の流れが大人しくなっていた。料理や飲み物を取りに動いたり、グループからグループへ1人2
人移動することはあっても、グループごとにまとまって動くのがなくなっていた。それぞれ一番落ち着くべきところに
落ち着いて、今度はグループ内でのお喋りを楽しみ出したようだった。
話題は新しい高校生活について、中学校時代の思い出話、先生や同級生達の噂話など、各々のグループが思い
付くままにそれぞれの中での会話を楽しんでいた。ときどきとんでもなく大きな声を出して、他のグループの人達の
注目まで集めてしまうそそっかしい男子なんかもいた。
age
私がいたところは私を含めてせいぜい4、5人のグループだったから、どうしても会話に参加しなければならなかっ
た。とは言っても、話題は全てグループの面々が用意してくれたので、あまり積極的になれなかった私でも相槌を
打ったり、簡単な答を返すだけでよかった。
そしてたったそれだけでも、私は随分気を紛らわせられた。感傷的なものをみんなと共有できる余裕すら出てきた
と思う。面白い話にみんなで笑い、笑った後に少し悲しくなった。その隙間を埋めようとするかのように、次々に誰
かが新しい話題を持ち出してくれた。
このまま綺麗に終わりを迎えられていたら、私の記憶ももう少しましなものになっていたかもしれない。奇妙とも言え
る連帯感はあくまでもグループ内だけに存在するものであって、決して店内にいた全員を完全に均等に覆っていた
わけではなかった。相槌を打つだけで済んでいたのが仇になったのだろう。
つまり、私は話題を提供する役目を持たずに済んでいたから、会話が一つの終わりを迎えたときに新しい話題を探
そうとしなくてもよかった。本当はみんなに甘えてしまわずに自分からも何か出すべきだったんだろうけど、とにかく
暗黙の内に話題の提供者の中から私は除外されていた。期待されてなかっただけかもしれないけど。
私のように聞き手役にまわって相槌に徹する人もいれば、どんどん話題を提供してくれる人もいた。自由にグルー
プ間を飛びまわって、いろんなところで賑やかに楽しむ人もいた。まるで最初から与えられた自分の役割を、みん
な忠実に果たしているようでもあった。
ふと思ったんだけど、案外その通りだったのかもしれない。一見みんな思うままに入り乱れて楽しんでいるようだっ
たけれど、ある種の法則性というか不文律みたいなものが、表立ってはいないけれどしっかりと根底にあって、私達
の全ての行動を司っていたような気がする。
例えばAとBという2つのグループがあって、AからBへ出掛けてくる人はいても、BからAに出向く人はいなかった。同
じようにBからCはあっても、CからBという人の流れは皆無だった。そういうのが全グループの間に暗黙の内に存在
していた。誰もが当たり前だと思っていたのか、それとも気付いていなかったのか、気付かない振りをしていたのか
は分からなかった。
例外的にAのグループの人はBにもCにもそれ以下にも出掛けることが出来るようだったけれど、あまり積極的に下
のグループには行きたがってないみたいだった。B以降のグループの人達は、そうやって誰かがグループ内に降り
てきたときに話題を掻き回されても文句一つ言わなかった。
それは仕方ないことだったのかもしれない。どうしたって力の優劣というか、クラスの中心的というか、そういう人達
とそうでない人達というのは必然的に別けられて、似た者同士でグループを形成するのが普通というか当たり前か
もしれない。考えてみると小学校か、もしくはもっと早い時期からそうだったような気がする。
各グループ内では比較的楽しげな雰囲気だったと思うけど、各グループ間の交友はあまり盛んではなかった。いっ
そのこと各グループだけで個別に会を設けた方がよかったんじゃないかな、と思った。一つの会場にクラス全員が
集まって、その状況を十分に楽しんでいるのは一部の人達だけかもしれなかった。
用意された料理もあらかたなくなり、飲み物を取りに立つ人もいなくなって、会のお開きが人づてに伝えられてきた。
グループの中も外も急に慌しくなった。別れの挨拶、ニ次会の相談、少し熱を上げた雑談、そんな間を縫うようにま
た何人かが騒々しく店内を渡り歩いた。会の開始よりももっと騒然とした雰囲気になった。
私がいたグループでもこの後のいわゆる二次会の約束事が取り決められて、ある1人の家でお泊まり会を開くこと
になった。というよりあらかじめ数人で計画していたらしい。場の流れで私も誘われた。あまり乗り気がしなかったか
ら、急に1人増えたらまずいんじゃないの?とやんわり断る含みを持った発言をした。
大丈夫、広いから。お泊まり会の主催者のこの一言で私の懸念が払拭されたと思ったのか、回りの人達はしきりに
私をその気にさせようと躍起になって説得し始めた。でも私ははっきり言って、あらゆる意味で特別な今日という日を、
明日の朝を迎えるまで誰かと一緒に過ごしたくなんかなかった。
それに加えて私には、一生懸命誘ってくれる皆の真意を掴めないでいた。本当に来て欲しいのだろうか?本当に私
に?単に人が多い方が楽しいとか、1人だけ誘わないのはあれだから、仕方なしに必死で来て欲しい演技をしてい
る?それともこの会場で冴えない顔をしていた私に同情しているだけ?
根拠も何もないただの推論、というより邪推でしかなかったけど、私の気勢を削いでしまうのにそんなことは問題じゃ
なかった。私の見聞きするみんなの態度や言動が、私の妄想で汚く色付けされているだけなのかもしれなかったが、
はっきりとそうなんだという確証も、実は全然違うんだという根拠も見出せなかった。
つまり私は混乱していた、のだと思う。自分で考えた計画があっさりと失敗に終わって、いつのまにかこんなところで
辺り障りのないような会話を交わして、そして行きたくもないお泊まり会なんかに誘われている。一連の煩わしいこと
がらの原因が私自身の不甲斐なさにあることは明白だったけれど、私はそのことすら拒絶しようとしていた。
出来るだけ無難な断り方を模索しながらそのやり取りを続けていると、グループ内の会話にいきなり顔を突っ込んで
きた者があった。彼女はねぇねぇ、と大きな声で私達の会話を中断させて、全員の注意を自分に向けさせた。同じく
私の優柔不断さから家まで迎えに行くことになって玄関先で40分待たされた、あの彼女だった。
これから2次会でカラオケに行くんだけど、みんなもどう?と彼女は言った。グループ内に小さな動揺が走って、み
んなはちらちらとお互いの顔を伺うようにした。せっかくだけど、とお泊まり会の主催者が言った。私達、もう予定決
めちゃったから。恐る恐るという感じで彼女はそう断った。
あ、そう?と特に残念そうな素振りもなく彼女が言った。みんなそっちに行くの?あなたも?と彼女は不意に私の方
を向いて言った。一瞬私は言葉に詰まった。そういうわけじゃないけど……。頭の中で「はい」と「いいえ」を天秤にか
けたけれど、私の口から出てきたのはまたもや曖昧な言葉だった。
状況が状況だったからうまく頭が回転しなくて言葉を濁してばかりだったのか、ずっと前からこうやって曖昧にやっ
てきたのか、私にはよく分からなかった。とにかく私の生返事を聞いた彼女は、さっきまでのお泊まり会の参加者全
員分に匹敵する熱心さで、私を彼女達の2次会に誘い始めた。
迎えに行ったときと同じような感じで、いつのまにか私は彼女の持ちかけてきたカラオケの2次会に参加することにな
ってしまった。お泊まり会の参加者達は少し残念そうな目で私を見たけれど、特に何も言わなかった。私はお泊まり
会に参加できなくなってよかったのか、また強引に自分のことを決められて嫌だったのかはっきりできないでいた。
あのままお泊まり会に参加していた場合と、こうやって2次会に半強制参加をさせられる場合と、どっちもメリットとデ
メリットが複雑に絡み合っていて、カラオケの2次会への参加が決定されたときも、私が本当に望む、というより私に
とってより負担が少なくて済む方がどちらだったのか、その時点では判断できなかった。もっとも、それは今でも分か
らないままなんだけど……。
b
はっきりとした閉会宣言もないまま、みんな自分の好きなタイミングで店から出始めた。お泊まり会のグループの人
達も、私と軽い別れの言葉を交わして別れた後に、いつのまにか外へ出てしまっていた。人の姿は確実に少なくな
っていったけれど、店内はより一層騒然とした雰囲気になりつつあった。
私が新しく編入させられたグループはまだパーティーの余韻を楽しみたいのか、会場の入り口近くに陣取って通り
かかる人全員に大声で大袈裟な別れの言葉を投げ付けたり、半ば強引に握手を求めにいったりしていた。通りか
かる人はみんなそれらに同じように大袈裟に応えてから、それぞれ次の自分達の予定へと移行していった。
age
最終的に店内に残ったのは、私を含めて6人だけだった。私以外の人達は最初からそのグループに属していた。彼
らは店から他のみんなが出ていった後、20分近くも同じ場所でだらだらと時間を潰した。初めから決まっていた予定
内のことだとでもいうように、ただの1人もその無駄な時間に疑問を持つ者はいなかった。
私はといえば、このグループに編入させられて他のみんながこぞって退場していき、だらだらとした無為な時間を浪
費するまでの間、ずっとグループの奥まったところに座って極力目立たないように努めていた。それでもある意味お
節介な人達から声をかけられて、その度に自分の選択についての後悔が大きくなっていくような気がした。
100 :
こう:04/04/18 12:51 ID:/6bs+Flt
100とったら、公務員試験受かる。
その6人以外が全員退場した後も、彼らのテンションは依然として高いままだった。大声で話したり笑ったり、唐突に
叫び出したりする人もいた。こういった人達の中において、私は急に怒鳴り付けられるような話題の振り方をされたと
きだけ、ただ引きつったような笑い顔を浮かべるのが精一杯だった。
単純にそういう騒ぎにも飽きたのか、ようやく私達は2次会の会場に向かうことになった。このときもまた誰かが明確
に「行こう」といったわけでなく、気が付いたらみんなそれが当たり前で自然なことだとでも言うかのように出口に向
かって動き始めていた。私はあわててみんなについて行った。
相変わらず騒々しい声を辺りにばら撒きながら、私達はゆっくりとした速度で次の会場へと向かった。私はその歩く
速さと、集団から感じる疎外感のようなものに少しいらいらしていた。何でこんなところにいるんだろう、何で私をこの
集まりに加える必要があったんだろう、そんなことが頭の中でぐるぐると回っていた。
嫌なら抜ければよかったけれど、私には浮ついた集団に水をかけるような真似をする度胸がなかったし、またそうす
るタイミングも掴み損なっていた。私が出来ることといえば、ひたすら本当の解散を待ち続けるか、もしくはこれまで
も何度かやってきたように、向こうからのアクションを待つことだけだった。
けれど、じっと待っていれば誰かが何かを持ってきてくれる、ということがまず起こり得ないのは分かっているつもり
でいた。みんなは、みんなが共有していると思っている雰囲気みたいなものを一番大切に考えているようだったし、
私が待っていたことは、みんなのそれと大きく相反するものだったから。
つまり、一向にみんなと同調しようとしない私に対して、場が白けるから帰ってくれ、と文句を言う人はいなかった。
言いたくてたまらなかったけど、雰囲気のことを考えてひたすら我慢していたのか、それとも私が考えていたよりも
私が取っていた行動は影響を与えなかっただけなのか、正確には分からない。
けれど、そんな私の思考とはまるで無関係にその2次会は進行していった。次の会場に着いてカウンターで一悶着
あった後、6人用にしては少し広い部屋をあてがわれて、ようやく少し暗いその部屋のソファに落ち付くことが出来た。
みんなは腰を下ろすなり自分の歌う歌を探し始めて、さっきと比べると気持ち悪いくらい静かになった。
みるみるうちに予約リストが埋まっていき、それに比例してまただんだんと騒がしくなっていった。曲を選び終わって
手持ち無沙汰になった人達同士で話し始めたり、まだ曲目の載った分厚い本を睨んでいる人に勝手なリクエストを
してみたり、要するに部屋が静かだったのはほんの4、5秒くらいでしかなかった。
テステス! テス
それからは、さっきの立食パーティーなど比較にならない程に騒々しくなった。カラオケの音量をギリギリまで大きく
してあったため、誰かが歌っているときに話そうとすれば必然的に怒鳴るような大声を出さなければならなかったし、
誰かが歌っている間にも遠慮なくそれらの大声が、2重3重にもなって飛び交っていた。
曲の合間合間には気の抜ける、というより気恥ずかしくなるようなボリュームで無害なBGMが流れてきた。けれどみ
んなは気恥ずかしさを無理矢理振り切ろうとでもするかのように、始終大声を出し続けていた。おかげでひとときも私
達の部屋が静かになることはなかった。私は私に話題を振られないことを願っていた。
けれどもちろん、1人だけ大人しくて非積極的な私をみんなが見逃してくれるはずもなかった。第一その場には6人し
かいなかったのだから、どうしたってテンションの高い誰かから大声で話し掛けられたり、次に何か歌ってくれと言わ
れたりした。その度に私は、顔だけは笑顔にしながら頷いたり、首を振ったりした。
誰かに話し掛けられ、頷き、たまに歌ってと言われて遠慮して、そんなことが飽きることなく繰り返された。私がみん
なの期待や要求に応えられなくても、みんなは特に気にしている様子はなかった。私のせいで場が白けるというよう
なこともなかった。何で私を加えたんだろう、という疑問が徐々に大きくなっていくような気がした。
不意に部屋の扉が開いて、同じくらいに騒々しい集団がずかずかと入り込んで来た。私はちょっと驚き、部屋を間違
えでもした集団なのだろうかと思った。けれど彼らは一向に退散する様子はなくて、私達のグループの中の数人と親
しそうに言葉を交わしているようだった。もちろん私以外は誰も驚きなどしていなかった。
私の近くまで回って来た乱入集団の1人の顔を見て、やっと彼らが違うクラスだった同級生の集団であることが分か
った。最初からこうやって合流するように、彼らと決めていたらしかった。6人では少し広過ぎるような部屋を取ったの
も、多分このためだったんだろうなと思った。そしてみんなはそのことを知っていたのだろう。
集団の1人が、私達のグループの1人と何か話し合っていた。言っている言葉は私には聞こえるはずがなかったけ
ど、彼らは身振り手振りを使って会話していたので、大体の内容は想像がついた。1人が壁の向こうにある隣の部
屋を指差し、私達の部屋の入り口を指差した。
何気なく入り口の方を見ると、部屋に入り切れていない人達が扉の所に固まっていた。4、5人は顔だけ部屋の中に
突っ込んで、自分達のリーダーの決定を待っているようだったけれど、その後ろに控えている大多数の人達はリー
ダーとは関係なく各自勝手に談笑を繰り広げていた。
入り口の所に固まっていた集団は、そのリーダーの指示に従ってぞろぞろと移動を始めた。私達の部屋の隣と、通
路を挟んだ迎い側の二つを取ったようだった。一部の人達は私達の部屋に居座り続けた。居心地がよかったのか、
単純に隣と向かい側に入り切れなかったのか、正確なところは分からなかった。
部屋の中はますます騒然とした。人数が増えたこともあったし、しかも全員が負けないくらいによく喋るものだから、
私に話題を振られることも極端に少なくなった。それはそれで気が楽だったけど、同時に帰りたいという気持ちも強
くなっていった。帰るのが無理でも、少なくともこの部屋にはあまり居続けたくなかった。
そうは思っても、3つの部屋を自由気ままに行き来する人が何人かいたとしても、ただ漠然とこの部屋にいたくない
というだけで、この部屋に代わる居場所もない私にとっては、そうやって部屋間を移動することすら難しそうだった。
移動した先が、この部屋よりももっと気詰まりに感じられるかもしれない。
結局私は最初に座った場所から動かなかった。その私の横を通ってみんなこの部屋に入って来たり、隣か向かい
側かの部屋に出かけて行ったりしていた。どこかと少しづつ交代しているみたいに、徐々に最初の6人と後から来た
集団の人達とが入れ代わっているようだった。移動してもしなくても大差ないような気がしてきた。
130 :
名無しさん?:04/05/06 00:24 ID:7Zt+ZP4R
tesuto
私はふと立ち上がった。そのままドアに向かって移動してみた。みんなそれぞれ自分達のことに夢中らしく、特に私
に気を留める人はいないようだった。もしかしたらそのまま部屋を出て、誰にも気付かれないまま家まで帰ることだ
って出来たかもしれない。多分誰かに見られても、まさか帰ろうとしているとは夢にも思わないだろう。
ドアノブに触れようとしたとき、急に誰かが外からドアを開けた。そのまま勢いよく部屋に飛び込んで来ようとしたため、
私とぶつかりそうになった。あ、ごめーん、とその誰かが言った。ふいに私の鼻先をアルコールの匂いが掠めた。目
の前にいたのは、楽しくて仕方ないといった表情をした、私をこの騒ぎに連れて来た彼女だった。
あれ、どこ行くの?と彼女は幾分間延びした声で私に尋ねた。ちょっとトイレに、と私は答えた。本当はそんなところ
に行く必要もなかったけれど、口が勝手に動いていた。彼女は私の顔を間近で覗き込むように見詰めた。私は思惑
が見透かされているんじゃないかと思って、内心びくびくした。彼女の息が私の頬に当たるのが分かった。
彼女は私を見据えたままニヤッと笑っただけで、そのまま何も言わずに部屋の奥に進んでいき、騒々しい集団の中
に混ざっていった。私は急いで部屋を出た。ドアを閉めた後でもまだ、部屋の中の嬌声が聞こえてくるような気がし
た。気持ちがかなり上ずっているのが自分でも分かった。
トイレに入って鍵をかけ、壁にもたれかかって私は大きく息を吐いた。何やってるんだろう、と思った。急にやることな
すことが空回りをし始めているように思えた。以前の私ならもう少しは、いろんなことに上手くたちまわってこれたよう
な気がしたけれど、じゃあ以前の私が具体的にどうやっていたのか、と考えてみてもまるで思い出せなかった。
どうやっていたのかは思い出せなかったけど、以前の私なら確かにあの騒ぎ立てる集団の1人として振る舞い、もう
少しましな思い出を作れたかもしれない。けれど私には、以前どうやっていたのかが分からないのと同じように、どう
してそうなったのか、ということもはっきりとは掴めなかった。
どうしようか、と考えた。またあの騒ぎの中に戻れば、苦痛にはなるけれど危険ではなかった。帰ってしまえば楽に
はなれるだろうけれど、発覚したときのリスクが大きいような気がした。いつものことながら打算的な考え方だな、と
自分で思った。そして、今度もどうせ危険を回避する方向に落ち付くんだ、ということも分かっていた。
あまり必要のない水洗のレバーを引いてトイレを出ようとした。ドアを少し開けると、洗面台の鏡に向かってSが立っ
ているのが見えた。私の体の中心から、じわりと熱が全身に広がっていくような感覚がした。それが頭の先まで達し
たとき、私は思わずドアを音がしないようにして閉めてしまった。
144 :
名無しさん?:04/05/12 11:07 ID:s29AutBQ
age
頭の中での整理が追い着かないほどに、次々にいろんなことが噴き出してきた。何故こんなところにSがいるのか?
から始まって、この場を上手くやり過ごす方法や、どうやってSに話し掛けるのが一番自然か、というようなことまでが
私の頭の中でいっぺんに湧き返り、凄いスピードでぐるぐる回り始めた。
私の体中に広がる熱はゆっくりとその度合いを増して、頬や耳たぶまでも赤く侵食してしまったようだった。頭の中の
渦が血管に圧迫されて流れを速めていくような気がした。私は私がこの後取るべき行動について必死で考えようと、
この次に来る次の状況に備えようと思っていたけど、その渦の中に巻き込まれてしまって何も出来なかった。
頭の中は混乱しながらも、聞き耳を立てて外の様子を伺うことは怠らなかった。しばらくしてSが出ていったのを音で
確認した後もそこから動けなかった。私の立てた計画の通りに私とSが二人きりになる機会が、まさかこういった形で
やって来るとは想像もしていなかった。
Sの姿をちらりと見た瞬間、というより姿を確認してとっさにドアを閉めようとしたとき、もちろん私はその計画のことを
完全に忘れていたわけじゃなかった。どちらかと言うと一番初めに思い出したと思う。私の体の中のどこかが、計画
の遂行を必死で訴えかけてきたのも知っていた。
ここまで来ての計画の実行はもう、Sのために、という偽善的な理由が通用しないのは分かっていた。ただ私は、実
行のきっかけすら外部の状況に任せたくせに、それが急に自分に突き付けられると、とたんにまた新しい言い訳を
考え始める自分にうんざりしていただけだった。
もはや自分自身のためにSを使う、利用する、といった形になっていることは明確だったけれど、それでもまだ実行
を尻込みする理由がはっきりとしなかった。はっきりさせたくなかった、つまりは認めたくなかったというだけのことな
のかもしれない。自分のために、他人の古傷を掻きむしる行動を取ろうとしていることを。
h
本当にもう帰ろう、と思った。Sに伝えなければSは嫌な気分になることなく、私だけが後味の悪さを持ち続けるだけ
で済む。そもそも、私もSも嫌な思い出を残してまで言わなければいけないような重要な問題でもないんだ。今を継
続するだけで十分事足りるじゃないか。何を荒立てる必要があるんだろう。
ネガティブな感情が私の頭の中いっぱいに広がってきた。私が多少我慢すれば、という条件付だったけれど、確か
にそれが一番穏便な結論のように思えた。状況が整ったとしても、私には行動することも出来なかった。Sの顔さえ
まともに見ていない。もうお終い、私は自分に向かってそう言った。
Sはもう立ち去った、というのは完全に分かっていたけれど、私は必要以上に慎重に行動した。さっきまでSがいた鏡
の前を通り抜けて入り口のドアの陰に背中をつけ、用心深く廊下の様子をうかがった。集団が発する騒音が途切れ
途切れに私のところまで微かに届いていた。こそこそ動き回る自分が馬鹿みたいに思えた。
例えSとばったり出くわしても、私が不自然な様子を見せなければ別にどうということはないんだけど、今はSの顔を
見たくなかった。自然に振舞える自信もなかった。もちろん計画を実行しようなんて思ってもなかった。だから尚更S
と対峙すれば私達の気まずさが増すような気がした。
無事に廊下に出られた。低くくぐもった歌声が何処からともなく聞こえてくるだけで、廊下には誰の姿もなかった。一
瞬、誰に断りもなく帰ってしまうことに少し抵抗を感じた。あまりにも無礼過ぎるのでは?と思ったけれど、私はすぐ
に歩き出した。多分私1人いなくなったって、誰も気に留めないだろう。
それにあの人数だ。大体正確に何人いるのかもはっきりしていないんだし。まあ私が人数を知らされていないだけ
で、主催者はちゃんと分かっているのかもしれないけど。どっちにしても、あの集団の中で私がやらなければいけな
いようなことはもうないはずだ。ぼんやりそんなことを考えながら歩いた。
出口に近付いて行くにつれて、ある種の感情が自分の中で高まっていくのが分かった。それに後押しされる形で、
断りもなく帰ろうとする無作法な私の行動が正当化されていくような気がした。とはいっても、罪悪感とまで大袈裟
なものじゃなかったけれど、後ろめたい気持ちが完全に消えてしまったわけではなかった。
消えてしまったわけではなかったけれど、消えてしまうのは時間の問題だと思われた。頭を過ぎる今日1日分の記
憶がさらにその感情を煽り立てた。感情はますます私の正当性を揺るぎないものへと近付けていった。随分久し
振りに感じるようなその感情が、私にはむしろ心地良くさえあった。つまり私は怒っていたのだ。
ただ、私は自分が何に対して腹を立てているのか分かっていなかった。少し自分勝手過ぎる参加者達に対して、の
ようでもあったけど、不甲斐ない自分自身に対して、でもあるような気がした。あまり関係のないSに対しても腹を立
てていたのかもしれない。
でももう誰がどうしようとかまわない、私は無理矢理にでもそう思おうとした。彼女達が思うがままに騒ぎ続けるの
はもちろん、私がこっそり帰ろうとするのだってもういいだろう。店の出口に近付いていく。受付には誰もいなかっ
た。Sは……、と私はふいにSのことが気になった。
何故ここにSがいたのだろう?私と同じように誰かに連れて来られたのか、もしくは自分で来ることを決めたのか。い
ろいろなことを考えようとしても、正しそうな答は何一つ見付けられなかった。この日の特別な事情による一時的な混
乱のせいなのか、生まれ付き安易に答を出せない性分のせいなのか、それすらも分からなかった。
でも、と私は思う。もう考えなくてもいい。私はこの場からいなくなる。私は家に帰る、彼女達は気が済むまで騒ぐ。
私が彼女達の求めるものに協力できるとも思えなかったし、彼女達が私の期待に応えることもないのだから。
……いや、もうよそう。とにかく私は家に帰る。
171 :
名無しさん?:04/05/26 14:03 ID:FF73fa0L
∧_∧
∧_∧ (´<_` ) 兄者は十年後にはきっと、せめて十年でいいからもどってやり直したいと
煤i;´_ゝ`) / ⌒i 思っているのだろう。
/ \ | | 今やり直せよ。未来を。
/ / ̄ ̄ ̄ ̄/ | 十年後か、二十年後か、五十年後からもどってきたんだよ今。
__(__ニつ/ FMV / .| .|____
\/____/ (u ⊃
背後から一際大きな嬌声が聞こえてきて、私は思わず振り返った。4、5人の男女が、ちょうど私のいた部屋から連
れ立って出てくるところだった。気付かなかった振りをして慌てて視線を出口の方に戻したけど、そんなことをしたっ
てすでに手遅れだった。案の定、私はその中の一人に目ざとく見付けられていた。
私を呼ぶ大きな声が受付のフロア中に響いた。私は身を硬くしながら、ああやっぱり、と思った。何故彼女はことご
とく私を捕まえておこうとするのだろう?意図的なのか、偶然なのか分からなかったが、私はまた彼女によって囚わ
れの身になってしまうようだった。
一度少しだけ振り向いてしまったにもかかわらず、気付かなかった、聞こえなかった振りをしてそのまま立ち去る度
胸というか、あつかましさというか、とにかくそんなものが私にあるわけもなくて、かといってもう全部綺麗に諦めて、
笑顔で彼女達の元へ戻っていく潔さ、というものもなかった。私は立ち尽くしていた。
もう一度私を呼ぶ声がした。何かに首を掴まれ、捻じ曲げられるようにして私は振り向いた。彼女を先頭にして残り
の人達も、ぞろぞろとこっちに近付いてきていた。何をするつもりなのだろうか、彼女達はただ楽しそうな表情を浮か
べているだけで、私にはその意図が見えなかった。
これから私達だけで場所を変えようと思うんだけど、一緒に来る?と彼女は私の前まで来てから笑いながら言った。
私と彼女が対峙している横を、彼女の連れの4、5人が通り過ぎて出口に向かって行った。一番後ろの男子が振り向
き様に、先行ってるよ、と彼女に向かって言った。彼女の反応も確かめず、彼はそのまま歩き去った。
短い間の後、どうする?来る?と彼女が言った。いや、もう少しここにいるから、と私は答えていた。彼女はそれ以
上私を口説き落とそうという気はなかったらしく、そう、じゃあ、と言い残して先に出て行った仲間を負い掛けていっ
た。残された私は、何がどうなったのかよく分からないまま、しばらくその場に留まっていた。
さっきまで帰ると意気込んでいたけど、不意のこのやりとりでその決意が急速に萎んでいくのが分かった。もう少し
ここにいる、と私は自分でそう言った。何だってもっとこう、とっさのこととは言えうまい具合に言えなかったんだろう。
言ってしまった以上、こっそり帰るのが難しくなってしまった。
彼女にはああ言ったけど、そのまま帰ってしまうことだってやろうと思えば出来る。むしろそうした方がいいのかもし
れない。でも帰ってしまったら、後々すっきりしない結果になるだろう。そもそもそんなことが私に出来るのなら、最
初からこんな集まりに顔を出すこともなかったはずなのに。
とにかくこの場から立ち去ってしまうことだ、と私は自分を奮い立たせるようにして頭の中で言った。考えるのは後か
らいくらでも出来るんだから。立ち去ってしまうことで起こるいろいろな問題は、起こった後日に改めて取り組めばい
い。私は正論を説いているつもりだったが、足が動かなかった。
頭の中で飛び回っているいろいろなものを掴めないでいる感覚、というより私はもう自分から掴もうとはしていなか
った。自分の中で起こっていることを他人の目で見ているような気がした。頭の中で自分に向かって言った言葉さ
え、私自身どのくらい本気でそう思ったのか分からない。
私は入口に背を向け、店の奥に向かって歩き出した。いろいろ考えるよりも、ここでこの場をやり過ごす方が多分楽
だと思った。そうだ、最初から私がでしゃばりさえしなければ、こんなに複雑になることもなかったのだ。しばらく大人
しくしていれば、じきにこの集まりも解散するのだから。
特に迷うこともなく、一番最初に入った部屋に戻った。中はさっきよりも度を増して騒々しいようだった。誰の顔も見
ないようにして空席を見付け、その中でも一番騒々しい場所を避けたところに腰を下ろした。騒音を無視して部屋の
壁を見回し時計を探したが、どこにも時計なんか掛かっていなかった。
とにかく、と私は思った。終わるのを待っているだけでいいんだ。考える必要はないから。黙って俯いているのが辛
いならば、その辺の誰かとお喋りしてもいい。話題は出来るだけ下らないものが望ましい。何ならマイクを持たせて
もらっても構わない。まぁそんなことが出来れば、の話だけど。
少し皮肉めいたことを思い浮かべたりもしたけど、私はそれでも全体の流れに気を配り、必要なときは笑顔を浮かべ
たり手を叩いたりした。私が帰りたがっていることを、誰にも悟られないようにするのに必死だった。居心地は悪かっ
たが、私の勝手な都合でみんなの気分を台無しにしてはいけない、とその場の空気を乱さないように必死だった。
しかしそうはいっても、私の意図が彼らに対して何らかの影響を与えているとは思えなかった。彼らは彼らで忙しそ
うだったし、それに私の意図は私自身の存在と同じくとても目立つようなものじゃなかったから。けれど私はそうせざ
るを得なかった。もっと面倒臭い状況に巻きこまれたくなかったからだ。
露骨につまらなそうな顔をして振舞えば、彼らの方から私を排除しようとする動きが起こっていたかもしれない。お
前もう帰れよ、もしくはもう少し柔らかい言葉で退席を要求されたかもしれない。その場はそれでいいかもしれない
が、後々不利益で下らないしこりを残すことだけは避けたかった。だから私は無理矢理にでも笑った。
笑いながら、何かの弾みでSと視線が合った。その瞬間またいろいろなことが頭に浮かんだ。とにかく、と何気なく私
が視線を逸らそうとする前に、Sが立ち上がって私の方に近付いてきた。私はSを見つめたまま動けなかった。Sは
私の目の前に顔を突き出し、来てたの?と大声で言った。騒音の中で、Sの顔は自然に微笑んでいるように見えた。
あ、Sも来てたんだ?と私も大きな声で聞き返した。我ながら白々しい台詞だな、と思った。Sは私の言葉を聞くと嬉
しそうににっこり笑った。一瞬私はドキッとした。言い知れぬ不安が心の片隅に生まれ出たような気がした。私は動
揺しながらも、Sと合わせた顔に笑みが絶えないように尽くした。Sは私の隣に座った。
さっきトイレで見かけたとき程強く動揺したわけじゃなかったけれど、それでも私の体温が上昇していくのが分かっ
た。さあ、と私は思う。無垢にもこの騒ぎを楽しんでいるようなSが、一体私に対して何を言ってくるのか。Sの発言
に対して私は何と答えればいいのか。表情を笑顔に保ったまま、私はSの出方を待っていた。
Sはいかにも楽しそうな顔をして、しばらく何も言わずに嬌声の中心を眺めていた。そこには相変わらず、というか
前にも増してテンションを高めた集団が騒ぎ狂っていた。何故こんなところで私とSが対峙しなければいけないの
だろう?私の計画が打ち砕かれた今になって、Sが自分から近寄ってくる意味って何なんだろう?
もちろん現実的に考えれば、Sは特に何か言うべきことを私に言いに来たのではなくて、ただ単純に私の顔を見て
近寄ってきただけであって、私が過敏になり過ぎていただけかもしれない。偶然が重なってこの場に私がいること
や、私自身が計画と抱えていたことなんかが作用して、私を猜疑的にしていたのだろうか。
Sはしばらくの間黙って眺めているだけだった。私もSの視線が注がれている辺りに漠然と目をやって黙っていた。
まるで私とSだけ全然別の場所に2人きりにされたようで、周りの嬌声が遠ざかっていくような気になった。何か話し
かけたりしてその奇妙な雰囲気を正さなければ、と思ったけど、適当な言葉が見付からなかった。
Sの出方を、Sが私に何かを言ってくるの待っていたけれど、一向にその兆しが見えなかった。初めの挨拶だけ交わ
してそれっきりだった。何なんだ?と思う。不確定な要素に囲まれてすっきりしない。私に理解できない理由でみん
なに行動されっぱなしで、私は随分気疲れしていたのか。
本当はみんな、特に確固たる信念があってそうしている、というわけでもないのかもしれない。私が1人で気負って
いたから、偶然が重なってここまで来て隣にSがいる、ということにまで誰かの深い意図が働いているのかもしれな
い、と考えてしまっていただけなのかも。
私がどんなに大それた想像を働かせても、多分みんなそれとは無関係に動いているわけで、つまり私があれこれ
考えていろいろと対策を講じようとしても、結局私だけ何故かとんでもなく勘違いした遠い所に立って、そこから1人
でみんなを眺めているようなものだったのだ。
Sはまだ器用だったのかもしれない。騒ぎの中心にも、遠い私のところにも行くことが出来る。私にああいったことを
されながらも、まるで何もなかったような態度で私との関わりを造り直した、そんな柔軟性を持っていてなおかつ状
況に応じて使い分けられる。純粋に凄いと思った。例え私とのそれが表面上のことであったとしても。
誰がどう見ても、この状況に上手く溶け込んでいるのは私ではなくSだった。私自身、客観的に見て楽しそうな顔を
していたかどうか、わざわざ思い返す必要もない。他の人に話し掛けられる度合や、自分から集団に参加していこ
うという気持ちとその行動。そんなものをわざわざ観察する人がいるかというと、それも疑問だったけど。
私は何とか周りに取り残されない程度に取り繕っていたつもりだけど、Sははるかに私よりもスムーズにそれを執り
行っていたようだった。Sは比較的誰とも親しげにやり取りしていたが、私はこの集まりのきっかけを作った彼女とS
以外でやり取りをした記憶がない。そしてSと私は、Sの考える最初の簡単な挨拶を交わした後、一言も口を聞かな
かった。
伝言ゲームみたいに会のお開きが私達にも伝わってきた。騒音がぴたりとやんで、みんな申し合わせたように言
葉少なになっていた。必要に駆られて交わされるぼそぼそとした会話がやたらに耳についた。それぞれもそもそと
席を立ち、背伸びをしたりして部屋を出る順番を待った。傍目から見れば滑稽な状況だったかもしれない。
廊下に出るとまた少しずつ賑やかさが戻ってきた。私とSは自然と並んで歩いていた。私は俯き加減でいたため、S
がどんな顔をして何を見ていたのかは分からなかった。ただ2人とも黙って歩いていたところだけ同じだった。出口
に辿りつくまでに、私は自然にSから遠ざかりたかった。
歩く速度を意図的に、極力不自然さを見せないように緩めた。そのまま後続のグループに吸収されようとした。そう
してどさくさに紛れて私とSとが離れれば、あとは忘れるだけでいい。何もなかったことにして、少し刺は残るだろうけ
ど、傷口は広げなくて済むかもしれない。
私が半歩ほどSから遅れたとき、Sが急に振り返った。Sを盗み見ながら足を遅らせていた私に狙いを付けたかのよ
うに、Sの目は私の目を真っ直ぐ捕らえた。トイレでSの後姿を見たときよりも、いや比較にもならないような衝撃が
体の奥から飛び出してきた。私は直感した。Sは私が隠れたことを知っている、と。
Sの目は真正面から私の視線とぶつかり、一瞬お互いに逸らせなかった。私の体を熱が駆け巡って全身を侵食して
いくのと反比例に、Sの目から何かしらの力が抜けていくようだった。私に何かを言おうとせっかく開きかけた口元も、
その役目を不意に奪われてしまって戸惑っているようだった。SはSなりに自然さを装って視線をさらに後ろへと移動
させ、私は私なりに目線を前方へと逸らした。Sの口が完全に閉じられたのが視界の端に映ったような気がした。
それがどういう意味を持っているのか、わざわざ論理的に推測する必要もなかった。いや、推測とか推論という回り
くどいものではなかった。増して直感とか確信とか主導的なものでもなかった。ただSもまた、私に何かを言うつもり
だった、という事実が突き付けられただけだ。
もちろんSが私に言おうとしていたことなど、私に分かるはずがなかった。私の計画がSに知れることのなかったよう
に。お互い淡々とチャンスを待っていただけだったのかもしれない。相手も同じことを考えている、なんてこと思いも
せずに。だから私とSが向かい合った瞬間双方とも寸前でそのことに気付いて、慌てて視線を逸らしたのだ。
だけどもう、決定的に遅かった。私達の目は一瞬とはいえ、しっかり相手の視線を捕らえてしまった、捕まってしま
ったわけだし、私はトイレで隠れたのをSに見付かっていた。Sは私を振り返って何か言おうと口を開いたのを私に
見られていた。そして、私達は視線を逸らした。私もSも立ち止まらなかった。
私はうまく後続のグループに紛れ込んで、Sと離れる形になった。ちらちらとSの様子を伺っていたけれど、Sが私の
方を振り返ることは2度となかった。それはそのときの私にとっては有難いことだったが、私がSの立場でも振り返り
はしなかっただろうと思う。でもそれがまた私達の間柄を別つ原因になってしまった。今回のはどうしようもないほど
壊滅的だった。
後から考えれば上手なやり方とか、最低限でも幾分ましな方法とか思い付くものだけど、そんなものは余計に後悔
を助長するだけで、当のそのときに思い付かない限り役になど立ちはしない。単純に出来事自体を忘れてしまえれ
ばいいんだろうけど、そんな器用なことも私には出来なかった。つまり、機会は永久に失われた。
2次会はみんなが勝手に散らばっていく、というような方法で自然に解散した。多分リーダーというか主催者みたい
なタイプの人が、早々に引き上げてしまったのだろう。いろんなことを考えているうちに、私の回りからも人垣が消え
て、いつのまにか独りになっていた。
当初恐れていたSの追跡もなかった。私と同じでそれどころではなかったのだろう。だから、誰にも気にかけられず
独りになれたことは、むしろ私にとってはありがたいことだった。私を取り巻く周辺は静かになったけれど、未だに頭
は上手く機能せず、体には出所の分からない熱が充満していた。
独りになった後、どんな道を歩いてその間何を考えていたのか、もう思い出せもしない。どちらにしてもそのときに
いろんなことを考えてみても、とっくに終わってしまっていたことなんだから、どうなるものでもなかったのだ。ただと
てもとても不快だった。……不快? 少しニュアンスが違うかもしれない。でも、これより近い言葉が見付からない。
日が経つに連れて、さすがに私の不快感も薄れていきはしたけど、同時にSとその諸問題に関する気負いも弱くな
っていった。気勢が失われていくごとに、Sと私の目が合ったことが単なる私の妄想というか、憶測に過ぎなかった
んじゃないか、と思うこともあった。現実味までもが薄れていくようだった。
本当に私は、Sと数秒間見詰め合ったのか、本当にSは、私に何かを言おうとしたのか、私が一方的に感じた敗北感
は日に日にその存在の根底から揺らいでいくようだった。Sと会わなくなって一層、私はその馬鹿げた疑念に囚われ
ていくことになった。Sと直接会って確かめる、という勇気さえなかった。
もともと最初にあった問題を明確にしようと、私はあの日Sを捕まえようとしていたのに、散々迷った末にまた新しく
問題を作ってしまったわけで、今更Sが言い掛けたことを直接本人から聞き出そうとするなんて出来るはずがなか
った。そんなこと実際にやろうとも思えなかったし、する気力もなかった。
けれど、心の奥底には問題そのものが大きく横たわっているのを自覚していた。ただ外的な原因、イレギュラーな
出来事を隠れ蓑にして、それに目が行かないよう意識的に操作していた、というのは今ならよく分かる。早い話、本
当に私にSとの問題を解決しようという意思があったなら、こんな無様な結果にはならなかったはずだった。
全部無駄だった。いや、無駄どころか害悪ですらあった。中途半端に引っかき回して問題をこじらせただけだった。
散々Sを振り回して嫌な思い出を作らせたかもしれないし、私自身にも忘れ難いような記憶を残した。そしてその出
来事を私にはっきり焼き付けるかのように、Sが唐突にいなくなった。
この前、中学卒業以来でみんなが集まる機会があったけれど、そのときも何かを期待していたところがあったと思
う。結果的に、そのときも何がどうなった訳じゃなかった。私は自分から動くことが億劫になっていた。集まりの話を
聞いたとき、Sに来てもらって向こうから何かしてくれるのを待とう、と思った。
Sが私に言い掛けたこと、本当に言い掛けていてその内容が重要なものであるんなら、Sの方から私に向かって来
ることもあり得るかもしれない。そして実際にそうなったら、状況を見ながら私の行動を検討すればいいだろう。何も
なかったら、これから一連の出来事を忘れることだけに集中すればいい。
そんなつもりだった。前回あれだけ嫌な思い出が出来たのに、参加しないという選択肢はなかった。まだ何とかなる、
と漠然と考えていたのかもしれない。しかも私から何とかする、じゃなくて、向こうから何とかしてくる、と。それでだ
めなら、なかったことにしてしまえ、と。
度重なる失敗に疲れてはいたけれど、私は私が精一杯解決に向けて努力した、という実感を得た覚えもなかった。
ここぞというときに逃げたり、手を抜いたり、他人のせいにしたり、自分に嘘をついたりしながら、最終的に私の中に
残ったのは、一生消えないかもしれない苦い思い出だけだった。
彼女はそこで少し黙り込んだ。暗くて静かで、寒いくらいの沈黙だった。少し間を置いた後、彼女はまた話し出した。
本当はこんなにだらだらと長話を続けるつもりはなかった。ただ私が遭遇した出来事を客観的に並べるだけで十分
だったはずなのに、どうしてか伝える必要のないことまで喋ってしまったみたい。余計なものの中には、そのときそ
の時点でそう思ったこともあるし、今になって考えるようになったことだってある。
当時を思い返したり、今の思考を補足したりすることが、ただの言い訳にしかなっていないんじゃないか、って思うこ
ともある。私はもっと正確に自分の感情を伝えたいだけなのに、一層詳しく話そうとすればするほど、私の口から出
てくる言葉は何だか真実味を欠いていくような気がする。
あなたはこんな話聞きたくなかったかもしれない。増してやどうしても、あなたに聞かせなければならなかった理由
があるわけじゃない。ただ私は、誰かに聞いて欲しかっただけだった。あなたじゃなくてもよかった。よかったはずだ
と思う。祭壇の遺影、中学の卒業パーティーのときの写真だった。それを見てたらあなたの顔が浮かんできた。
本当にどうしてだろう、と思う。きっかけがあなたとSの問題だったのは確かだけど、途中から純粋に私とSの問題に
切り替わっていたはずだった。はっきり言って、切り替わった以降はあなたにはまるっきり関係のないことだった、と
私は思う。それなのに……。
再びの沈黙。今回のはさっきよりも数段長かった。
彼女の恐ろしく長い独白の合間に、私は彼女の向こうの部屋の壁を見詰めながら、さあどうしたものか、と逡巡して
いた。そもそも、と私は考える。彼女は何の意図でこんな話を続けてきたのか?こんなに長く話すつもりじゃなかっ
た、あなたに話さなければならなかった訳でもなかった、と彼女は言った。
では一体何なのだ?私は彼女を見ないまま、あれこれと可能性を浮かべてみる。現実味のない選択肢を切り捨て
ていく。残った可能性について、説得力のある根拠を拾い集めて補強する。たぶん、おそらく、もしかすると……。
いびつな形をしたそれには、推測というよりもむしろ、妄想と名付けたほうがよさそうだった。
私は、とか、とにかく、とか、彼女はいろいろな言い出し方でその後も彼女の言いたいこと、言うべきことを口に出そ
うと奮闘した。しかしどう頑張ってみても、彼女は彼女の言いたいことを正確な言葉として口に出すことが出来なか
った。数回試みを繰り返した後、もう諦めてしまったのか彼女はすっかり口を閉ざしてしまった。
無意味な時間が流れていた。私は壁を見詰めたままじりじりと苛立ちを募らせていた。自分では無理だと、そう判断
した彼女は、私が想像した通りのものならば恐らく、私が彼女に何か言葉をかけるのを待っているに違いなかった。
むしろこの沈黙を利用して、私にそれを言わせようと強要しているとも取れた。
結局彼女は、問題に直面したときに真面目に考えている振りをしながら、何かの理由を見付けてはそれを自分の外
側のもののせいにして自分の主張を簡単に引っ込め、しかも本気でそうすることが一番の得策だと思っているのだ。
思い込もうとさえしようとしているかもしれない。
しかし、と私は思い直す。私も彼女と同じようなものだった。……だった?同じようなものである。ふん、と頭の中で
嘲笑する。どちらにしてもあまり大した違いはない。彼女はもう発言を諦めてしまって押し黙り、私は最初から言葉
を発するつもりもなかった。両者ともこの事態を収拾しようとさえしない。
無音。多分私と彼女とはとてもよく似ている。考え方や行動理由など細かいところはそれぞれだが、その根底に横
たわるもの、ときどき表に現れては私達の言動に強く影響を及ぼすもの、ときに私が持て余す自分のそれと、彼女
が語ったことから感じ取れる彼女のそれは、とてもよく似ている、と思った。
もしかしたら、やはり彼女は話す相手を選んでいたのかもしれない。私が今気付いたことを、彼女はずっと前から知
っていたのかもしれない。じゃあ何故、誰でもよかった、などと嘘を吐いたのか。悟られたくなかった?無意識だった?
何か深い意図があって?……まあそんなことはどうでもいい。
彼女がどんなつもりなのかは分からなかったが、話し相手に私を選んだ、というのは彼女の最大の失敗だと思う。
何故なら私は、彼女の期待や思惑には応えられなかったし、また応えるつもりもなかったからだ。最初から最後ま
で無言を貫くつもりだったし、実際にそうした。その夜、喋ったのは彼女だけだった。
しかし、彼女の話をまるで聞くつもりがなかったわけではなく、むしろ彼女の言いたいことなら何でも受ける覚悟すら
あった、と自負できる。長い話の後黙りこくった彼女を見て、私は妙に自分の推論が正しいような錯覚を覚え、彼女
の口からその言葉が吐き出されて、私にぶつけられるのを待っていたのだ。
はやくぅ
この場においても彼女は、自分自身の意思でここまで漕ぎ着けておきながら、これまでしてきたように、あと一歩
踏み出すことを自分から放棄しようとしているのだ。散々もったいぶった言い回しでだらだらと語り続けた挙句に、
最大の用件を伝えようとしない。自らの決定を果たそうとしない。
彼女がそれを伝えて後悔するのも、伝えずに終わって後悔するのも、はっきり言ってどちらでも私には関係がなか
った。私は彼女の通達なり宣告なりを受け取るだけで十分に役目は果たせるはずだったのだから。彼女から私へ、
それが伝えられたなら、彼女は彼女で勝手に満足でも後悔でもすればいいのだ。
ちらりと彼女を見る。変わらぬ姿勢のまま微動だにしていない。もうこれ以上、何も話す気がないのだろうか?私は
一向に構わない。それで彼女が気の済むのなら。催促も追求もしない。彼女が再び口を開くか、あるいは立ち上が
って出て行くか。決めるのは彼女の役目で、受けるのは私の仕事だった。
じっと動くのを待つ。もしかしたら、と思う。私がずっと黙っているのは、彼女へのプレッシャーになっていはしまい
か?いやしかし、彼女は誰でもよかった、と言った。誰がどんな言葉を返そうとも、彼女の本題には影響しないは
ずだ。本当に誰でもよかったのならば。第一、この状況の8割方は彼女のせいなのだ。
焦れる。いらいらしてくる。早く決着をつけてしまえばいいのに。私は彼女の沈黙に辟易しながら、ただただ黙って
いた。何かを言おうとしながら、言えずにうなだれている彼女の姿、彼女自身の話に依れば、Sに対してもこんな風
に躊躇って、結局言えず仕舞いで苦汁を味わったのではなかったのか?
でも、彼女は話さなかった。長い長い沈黙の後に、ぽつりと、帰るね、と言って立ち上がった。私は何も言葉をかけ
なかった。視線すら注がなかった。視界の隅で彼女が動き、ドアを開ける音、それからドアが閉じる音が聞こえた。
彼女は結局、何も伝えなかった。自分で語った、Sとの対峙のときと同じように。
独りになった自分の部屋で、私は彼女との長いやり取りを思い返していた。何だったんだろう、よく分からなかった。
私が暗に求めていた言葉、そんなもの始めから彼女の中にはなかったのか?ただ私が妄想していただけのこと
だったのだろうか?では、あの意味深長な長い間は何だ?話し終わって帰るタイミングを掴み損なっていただけな
のか?
時折、自分にとって都合のいい推測をする癖があるのは私も認める。だが、それにしても何というか、この喉に刺
でも刺さったような後味の悪さは、私の理屈でも説明するのが難しかった。彼女は私を弾劾するために、あの長い
話をしたのではなかったのか?
卒業式の日、彼女を迎えに来させたのは私だ。彼女を強引に二次会へ参加させたのも私だ。散々邪魔されて気勢
を削がれ、帰ろうとしていた彼女を目ざとく見付け、再び彼女の行動を阻むようなことをしてしまったのも、他ならぬ
私だった。いや、まだある。自分の都合を優先して、そもそも全ての発端を作ってしまった。
長い話の途中、彼女はわざと名前を言わなかったのだ。今更指摘しても仕方ない、と彼女が考えたからだと思って
いた。本当は違う。その時点からすでに、彼女は自分の言いたいことを伝え始めていたのだ。それからあの長い沈
黙。今更分かり易い言葉で私を突き刺す必要もない、と判断したのだろうか。
私は突き刺される方がましだった。面と向かって言ってもらいたかった。お前のせいだ、と。Sと彼女の問題はおろ
か、Sの死の原因まで私のせいにされても、何も言われないことより遥かにましだった。だが、彼女はそうしなかっ
た。それすらもしてくれなかった。つまり、相当深い、のだ。
私は過去の自分の失態を整合するために、無邪気という言葉を使ってきた。他人の気持ちや立場など、考慮でき
なかった代わりに私も悪意を持たなかった。そう思ってきた。しかし実際には、そう思っていたのは私一人だけだっ
たらしい。彼女にもまた、過去の私の行いはそう映っていたようだった。
本当に言ってくれればよかったのに、と強く思った。全部お前のせいだ、と。そうすれば私にもまだやり方が残され
ているというものだ。次に彼女と顔を合わせることになったとき、多分彼女は今夜の出来事などおくびにも出さずに
私に接してくるだろう。彼女はそれでもいいかもしれない。だが、私は一体どうしたらいいのだ?
思い掛けないところからの断罪を抱えたまま、私にはその出所である彼女と普通に接することなど出来るはずが
なかった。ああそうか、と思った。これが彼女の決定なのだ。Sが私のことを理解できなかったように、彼女がSと
最後まで分かり合えなかったように、私と彼女もまた強靭で不条理な力によって別たれたのだ。
もう彼女の真意を確かめることも出来ない。計算通りのことなのか、彼女の性格が作り出した偶然なのか、知る術
も残されていない。ただ彼女の課した罰だけが、私に刻まれただけだった。……彼女の?いや、多分Sも彼女に同
意するだろう。彼女の横にSもまた、名を連ねたに違いない。
ああ、と思わず声を洩らした。彼女と、それからSの考えていたことがよく分かるような気がした。いくら自分から問題
を解決しようと躍起になってみても、相手にその意思がないのならば話し合いのテーブルに付かせることすら叶わ
ないのだ。彼女にはもう、その気がない。恐らく二度と、この問題がだれかの口から語られることはないだろう。
仕方がないのだ、と私は自分に言い聞かせる。私は知らなかった。平凡だったと思っていた過去の自分が、潜在的
で多様なことがらに囲まれていた、などとは考えてみたこともなかった。自覚していた狡猾さで、いろんなことをうま
くやり抜けて来れた、と思っていたのに。
しかし、当時の私に選択してきた道の危険性を教えることが出来たとしても、多分細かい状況がほんの少し変わる
だけで、きっと同じような結果を迎えることになっただろう、と思う。私は狡猾だったが、それ以上に不器用だった。
有用な情報を与えられたとしても、それを有効に使えたとは到底思えなかった。
不器用さについて考える。私に人並みの器量があったならば、事態は避けられただろうか?……分からない。そも
そもみんな、世間一般の人達というのは、私が自覚している私以上に器用なのだろうか?確かに今まで見てきたも
のから考えると、私のそれは他人よりも劣っているように思われる。
私だけがこういった事柄に遭遇する確率が高い、というわけではなく、多かれ少なかれみんなにも同じようなことか、
それ以上に厳しいことが降りかかっているはずだ。にも関わらず、そんな出来事に遭遇した様子すら見せようとせ
ず、気丈に振舞ってしかも、いつまでも引き摺ったりはしない。私が見てきたのはこういった事例ばかりだった。
彼らが特殊だったのか?問題そのものが大したことではなかったのか?それとも私が思いもつかないような、何か
特別で上手な方法でもあるのだろうか?他人と私との違い。私には欠けていて、他人には普通に備わっているもの。
あるいは私だけが持っていて、他人には与えられていないもの。
無意味だ、と思った。もしそんなものが本当に存在するとしても、それを見たこともない私がいくら説明を受けても
分かる訳がなく、また私だけにそれがあるとしても、同様に他人に伝え切れる訳がない。海を見たことのない人間
に、言葉だけで正確な海の実態を理解させようとするようなものだ。
第一、私と他人との比較をすること自体が無意味だ。仮に知り得たからといって、一体それが何になるというのだ?
私は私のケースにしか遭遇しないし、彼らは彼らの場合しか迎えないのだ。私が遭遇する場面に他の人間はいな
いし、他人が出くわすところに私はいないのだから。
随分不安定になっている。他人との同調を得ることで安定を図ろうとしている。100%それで安心できるのなら、それ
も無駄なことではなかったが、わざわざ余計なことまで考慮してしまう性質の私には、無意味なことでしかなかった
ようだ。私に限らず、人間というものはそこまで単純には出来ていないのだろう。
ふん、また人間などという言葉で自分を一般化して、自分の特異性に目を瞑ろうとしているではないか。私がしなけ
ればならないのはまず、自分の欠落した部分を認め諦めて、それに相応しい受け止め方をすることではないのか?
そうやって彼女から受け取った事実を、処理していかなければならないのではないか?
処理……。一体私はこの問題を、どう飲み込めば受け止めればいいのだろう?いやそれよりも彼女は、私を糾弾し
た彼女は、この後一体どうしていくつもりなんだろう?彼女のことだ。長い間Sのことがずっと引っ掛かっていたみた
いに、今夜の私とのやり取りも多分忘れることはできないだろう。
もしかしたら一生、何かに気まずい思いを感じながら生きていくことになるのかもしれない。平和な日常の中で何か
の拍子にふとSや私のことを思い出して、嫌な気分を何度も味わうことになるのかもしれない。それはそのまま私に
も当てはまることだったが、自分の立場とは無関係に、私は彼女を哀れんでいた。
そもそも彼女は部外者だった。元来私とSの問題だった。当時Sの考えていることを私は知らなかったが、私が感じ
ていたことだってSも分からなかった。私達が何とかしなければいけない問題だったのに、どちらも互いを恐れて行
動を渋った。間柄はうやむやになった。
age
その曖昧な境界に挟まれ、彼女は空回りばかりしていた。磨耗し疲弊した彼女に、Sは一番厄介な仕事を押し付け
た。しかも自分の死んだ後に。自分は死という言わば絶対安全な場所から、自ら手を下すことなく彼女にそうさせた。
私は気の利いた言葉一つかけられなかった。彼女は純粋な被害者だった。
私は彼女に対して何もしなかった。本人が望む通りのことを黙ってやらせてやればいい、と思っていた。彼女の気
持ちも考えずに。Sに対してもそうしていた。Sが何を悩んでいたのかも気付かないで。だが他人の考えなり意図な
りを、一体誰が正確に掴み取ることなど出来るというのか。
そんなことが出来るのなら、私達の間にこんな致命的な問題など起きなかったはずだ。私だってもっと上手く振る
舞えたはずだし、Sや彼女の望みだってもう少し位は成就に近付けたかもしれないのだ。今夜のことだって、彼女
は一番いい形で話せただろうし、私もベストな言葉をかけることが出来ただろう。
でも、現実には起こり得ない前提があって初めて成り立つ希望的推測は、ことごとく私達を囲う現実から著しく剥離
した辛辣なものでしかなかった。夢は眠っているときだけにしか見るべきではないのだ。すぐに捻り潰されてしまうよ
うな、現実逃避の手段としてしか機能しない類の夢ならば尚更だった。
私はこれからだいぶ長い間、Sや彼女の顔を思い出す度にそんな風に、実際にはあり得なかった状況を想定し、今
の私が迎えたのとは違うその後の結末なんかを空想してみたりして、自分の大きな失態を慰めていかなければなら
ないのだろうか?彼女も私と同じことをしていくのだろうか?
彼女は、私はともかく彼女には、せめてそんなことを恒久的日々の慰みにしてほしくはなかった。彼女の力がどれ
くらいのもので、どこまで本気になって挑んだのかは知る由もなかったが、彼女は彼女なり挺身してきたはずだ。
方や私は何もしてこなかった。状況を把握したのだって、全てが済んでしまった後だった、という有様だ。
彼女はもういい、と思った。私に話し終えたことをもって、彼女の全ての責任が帳消しになってくれればいい。そして
今すぐにとは言わないが、時間を掛けて忘れてしまってくれたらいい。彼女自身も、自ら古傷を深めるような真似を
せず、普通に暮らしていけるように努力してくれたらいい。
しかし、私一人で抱える、という傲慢な思い上がりがあったわけではなく、それどころか彼女を気遣ってそう考えて
いたのではない、ということを私はよく分かっているつもりだった。単純なことで、この一件を抱えたままの彼女とは
顔を合わせたくなかった、というだけだ。
これからも当分続いていくであろう彼女の平穏な日常に何の前触れもなく現れ、無慈悲に記憶が彼女を切り付け苦
しめていくこと、については理不尽だと思ったが、その度に私のことが彼女の頭の中に思い出されるのは、想像する
だけで大変な苦痛だった。どこまでも私は身勝手だった。
彼女の傷は私の傷でもあり、それが彼女の手によってなぞられるとき、私も不快感を味わうことになる。要するに、
そうするくらいなら体よく忘れてくれ、と私は考えていたのだ。またも自分の都合、そんな自分に少しだけ嫌気がさ
した。そんな私に同情され、哀れみまで向けられた彼女が、余計に哀れに思えた。
そもそも、とまた私は違う見地を見出そうとする。彼女のやり方がまずかったのだ。もっと被害者面を前面に押し出
して私に食って掛かればよかったのに。感情に訴えても、理路整然と自分の正当制を主張しても、どんな方法をと
ったとしても、恐らくそれが一番単純な図式を作り得る最良の解決だったと思う。
即ち彼女が被害者で、私が加害者。Sは彼女側でも私側でも、彼女の望む方に分類したらいい。彼女の人生がどう
変わるのかは分からない。だが私の方はずっとすっきりするだろう。私に向けられる彼女の視線が全部憎しみにな
ったなら、私としても幾分やりやすくなる。彼女に哀れみを向けても、そんなに悪いことにはならないかもしれない。
私の思考は、同じ円周上をあてもなく回り続けているだけだった。どこへも行けないし、希望も見出せず、立ち止ま
ることさえ出来なかった。私という肉体が存在する限りは、このまま同じ軌道上をさ迷い続けるしかないのかもしれ
ない。ふと遠い将来に、姿や顔つきも想像できないような自分が、まだ回り続けているところを思い浮かべて、ぞっ
とした。
多分に私は、それだけに相当するようなことをしたのだ。今回のことだけでなく、今までの不手際をも含めてそれ相
応、なのかもしれなかった。まあどちらでもいい。ともかく私の行動なり態度なりを、Sと彼女はそのように捉えた。私
もその点についてはS達に同意する。いつも後悔という形でしか記憶されていない私の過去の行いについては。
しかし、私のそれに対しての彼女達の行動、報復とまではいかないにしてもかなり類似した行動は、彼女達の中に
新しい後悔を作ることになったのではないのか。後悔を代償にしてまでやらなければいけなかったのか。嫌な思い
出を背負い込むくらいなら、何もしなければよかったのではないのか。
いや、どっちにしたって後悔は避けられなかった。言えば言ったで嫌な気持ちになるだろうし、言わなければ言わな
かったで悔やむことが出てくるだろう。私も彼女もSも、何をしてもしなくても後に後悔が約束されているタイプの人間
なのかもしれない。つまり、すべからく不器用なのだ。
私達はよく迷うし、よくタイミングを逃す。全然見当違いの捉え方をしたり、相手に誤解されたりする。それらが絶妙
な協調性をもって私達を後悔のところまで連れて行く。昔から私は、いつものところに連れて行かれていることに
気付くと、すっかり歩くのを止めてその道の傍らに座り込み、訪問先の相手がこちらへ近付いてくるのに甘んじて
いた。
Sや彼女は私とは違い、あらゆる手段を用いて衝突を回避しようとした。様々な方向に向かって奔走し、新しい場所
を見つけ出そうと必死になっていた。だが、達観したつもりで揉め事の解決を簡単に放棄していた私と、身を削りな
がら奮闘した彼女達の向かえた結末は、同じようなものだった。
その事実を、彼女達が自分の内省の材料に使うのか、あるいは私への憎しみの糧とするのかは私には分からな
かった。どちらでも気の済むようにやってくれればいい、とは思ったが、ただやり方だけが気に入らなかった。しか
しそれもすでに終わってしまっていた。例え彼女自身が修正を望んでも、もう戻しようがないのだ。
結局いくら私達が悔いたところで、私達の記憶をなくすことなど出来ないし、Sだって蘇りはしないのだ。Sは去り、
私と彼女には消え難い思い出だけが残った。誰一人としてこんな結果を望んだわけがないのに、どうしてこんなこ
とになってしまったんだろうと思う。
多分、諦めてしまうしかないのだろう。一般に時が解決を促すというけれども、それにすら期待を持たずにやってい
くしかないのだ。今まで私が見てきたもの、これから私が新しく見るもの、全てが大きな永久循環の輪の中に取り込
まれて、私が知っていること、私がこれから知ること全部がSと少しずつ結び付けられ、何をするにもSの影が私に
付きまとうような、そんな風になるのかもしれない。
もしかしたら、こうして私の中で永遠に生き続けることが、死んだSの望みだったのではないか。ふと馬鹿な考えが
頭に浮かんだ。幼馴染だったにも関わらず、己の保身だけに執着して他者を省みず、死した後も葬儀にも参列しな
かった私への……、復讐?彼女はそれを代行したに過ぎないのでは?
冗談じゃない。Sはもう死んでいるのだ。それにSが生きている間にも、Sと彼女は分かり合えなかったではないか。
死人の意思を汲み取って……、などとよくそんなおこがましいお題目を掲げられたものだ。そうやって死者をだしに
してまで、自分の行動の正当性を補強しようというのだろうか。
けれど、こうして彼女を貶めることで私もまた、自分の精神的安定を保とうと画策しているのは明らかだ。同じような
記憶を抱えた者同士、なぜもう少しだけでもお互いを理解しようと努めて、補い合うような間柄になれなかったのだ
ろう。私達は、どこまでも利己的なのだ。
もういい。誰だって利己的でないなどと、誰が主張できるだろう。加えて私達を取り巻く環境というのは、いつだって
気を抜けないほどに残酷だ。油断すれば切り付けられる、刺されたりもする。殺されることだってある。今回に関し
ては、切り付け刺され合ったのが私と彼女で、殺されたのがSだったに過ぎないのかもしれない。
殺される?Sは殺されたとでもいうのだろうか。一体誰に?いや、言わずとも分かる。分かっているつもりではある。
全く意図しなかったにも関わらず、それどころかまるで反対の方向を目指していたつもりだったのに、1人の人間に
多大な負荷を与えてそのまま……。だから彼女も私も苦悶しているのだ。
(711-1)/711
最火葬から弐番目。。。
ホッシュ
確かに酷い結末ではあったけれど、私はそれについて文句を言える立場ではなかった。自らが認められるほど努
力した後に、不服は申し立てるべきなのだ。私の場合は間違いなく門前払いだろう。己の努力などもちろん、自ら
すら認められるはずもなく、自分のために他人を貶めようとなどとする私などが。
彼女はいい。存分に不服を申し立てるべきですらある。彼女は努力した。彼女自身が認めなくとも、機会が設けら
れれば私は彼女を弁護する。存分に、それこそあらん限りの尽力を駆使して、私は彼女の行動の正当性を主張す
る。例え彼女の冤罪の返上が、私自身の安定を取り返す手段だとしても。
私は立ち上がり、移動してベッドに倒れ込んだ。当たり前だが、とっくに彼女がここに腰掛けていた形跡は跡形も
なく消えていた。以前として部屋の中は静かで暗く、今までの出来事の所々が現実味を欠いているように思われ、
それらは単に私か誰かの想像か妄想に過ぎなかったのではないか、と感じられるほどだった。
目を瞑っていたが、眠りが訪れてくる気配はなかった。不意に、睡眠薬が欲しい、と思った。母親に頼めば買って
きてくれるだろうか。買ってきてくれたとしても母親は一瓶まるごと私に渡さずに、必要になったら必要なだけ手渡
す、という方法を取るかもしれない。何故だかそんな馬鹿げたことが頭に浮かんだ。
しかし、若干私の様子が以前とは異なることには気付いているだろうが、母親が私達の事情を細かいところまで把
握しているはずがなく、そんなことを母親に頼む理由も必要性もない。というより、そもそも何故睡眠薬なのだ?
そんなものに頼らずとも、いや私には関係のない話だ。
眠れないから睡眠薬、という発想が単調なのだ。慰みにはなるだろうが、根本的解決には程遠い。仮に頼んだとし
て、明日や明後日は薬に頼ることも出来るだろう。しかし今、眠れないという事実には無力だった。母親だけでなく、
薬屋の店員まで叩き起こさなければならないことになる。大変迷惑な話だ。
今は眠れなくても、眠れない状態が一生続くわけがないのだ。身体が本当に眠りを必要とするとき、自然と眠りに
つけるだろう。無理に眠ろうとしなくてもいい。何も考えないようにしながら、ただそのときを待っていればいいのだ。
このことに関しては自信があった。これまで眠らなかった日はなかったからだ。
同じように、私の苦い思い出もいつか綺麗に忘れられるだろうか。精神が本当に忘却を求めるなら、自然と思い出
さなくなれるのだろうか?何かを考える余裕すらないほどに忙しく日々を送ることが出来れば、あるいは不可能では
ないかもしれない。だが見通しは立たなかった。これまで何も考えなかった日もなかったからだ。
何かの拍子で我に返ったとき、部屋の中は薄暗くて、私にはそれが夜明けの前触れだと思われた。壁に掛けてい
る時計の長針は、7と8の間を通過するところだった。7時、それが午前の7時なのか午後の7時なのか、理解するの
に少し時間がかかった。理解すると同時に何とも言いがたい倦怠感が、私の身体を包み込むような気がした。
起き上がって窓のところまで移動する。その数歩の間に、私は昨日のことを思い出していた。彼女がいろいろ話し
た。私もその後いろいろ考えた。彼女の話の内容は要点だけしか、私の考えたことはほとんど覚えていなかった。
起き抜けだからだ、と思った。一時的なだけで、すぐにまた私を取り囲むに決まっているのだ。
窓の外は私の部屋よりも少し明るく、私の部屋と同じに静まり返っていた。昼間にうるさいほど聞こえていたであろ
う蝉の声が、私には随分昔のことのように感じられた。蝉達は夜中、どこで何をしているのだろう。一週間そこらで
生涯を閉じるという彼らは、暗闇をどうやり過ごしているのだろうか。
私の部屋の窓の外、すぐそばに立っている庭の木の根元に、小さな何かがしがみ付いていた。私は部屋の明かり
を点け、窓を開け放してそれに目を凝らした。幾年もじっと土の中で過ごし、あるとき呼び覚まされて地表に現れ、
目的を成就するために置き捨てた前身……。蝉の抜け殻だった。
様子がおかしかった。背中からもう一つ真っ白な身体が突き出していた。私は庭に出るために玄関へと移動した。
羽化しようとしているのだ、そう気付いたとき、少しだけ気分が上向きになったように思えた。これから一週間だけだ
としても、新たに蝉として飛翔を始めようとする姿に、自分の希望を重ねたのかもしれない。
庭を回り込んだ。ずっと前に早起きして見た朝顔のことを思い出した。今の私に最も必要なもの、どこかに置き忘
れてきたかもしれないもの。もしそんなものがかつて私にもあったとすればだが、今まさに変貌を遂げようとしてい
る新しい蝉が、私に取り戻させてくれるかもしれない、と思った。
だが、これまでがそうであったように、これからもまたそうであるように、いつだって私達というのは、想像も及ばな
いような強い力に翻弄され続けるだけの華奢な存在なのかもしれない。新しい蝉はしっかりと木の幹に掴まったま
ま、新しい身体を少しだけ外界に露出させたまま、飛び立つことも鳴き声をあげることもなく絶命していた。
新しい身体のどこかが、古い身体のどこかに引っ掛かって動けなくなったのだろう。焦りが次第に恐怖に変わって
いく様、彼はどこまで努力してどこから諦めの境地に達したのか。私は嫌な気持ちになり、そして古くも新しくもない
蝉の亡骸を木から外した。無様な姿を晒し続けるのは忍びなかった。
掌の上の、蝉でも抜け殻でもない物体はほとんど重さがなかった。何年間、地中で準備を続けてきた?地の上に
這い出る日のことを思いながら、あるいは自由に飛び回る日を夢見ながら。でも結果はこうだった。地中でじっと過
ごしてきた数年間は、一体何だったんだろう?
蝉は考えただろうか。何故自分が?どうしてこんな死に方をしなければいけないのか?まだ果たしていない役割が
残っているのに、何故今この羽化の最中というときに?それから蝉は呪っただろうか。無事に生き長らえた自分の
仲間を。生き抜く力の足りなかった自分自身を。
私は亡骸を掌の上に乗せたまま、様々な感情や思惑に飲み込まれた。身を任せるようにしてやり過ごすほかはな
かった。頭の裏側がズキズキと痛み始めたのが分かった。幾多の思考に紛れて見え隠れする、掌の上の蝉だっ
た物の最後の感覚が少し理解できるような気がした。その蝉が伝えたかったのかもしれないし、私が知りたかった
のかもしれない。
波が引くようにして静かになり、私の頭が落ち着きを取り戻したとき、何だか数10年も一度に歳を取ったような気だ
るさが私を包んだ。急に蝉の死骸に対して、憎しみに近い嫌悪感を覚えた。庭の隅に投げ捨てようとすら思ったが、
はっと我に返って手を止めた。また、投げ出す気なのか。頭の中から聞こえたような気がしたのだ。
木の根元の土を少し掘り返して、その中に死骸を横たえた。こういった場合、何か言葉をかけてやればいいのかど
うか迷ったが、そもそも私には気の利いた言葉が思い付かなかった。しばらく無心に近い状態で穴の中の蝉を見つ
めていた。それから掘り返した土をその上にかけていき、掌で穴の上を平らにならした。
私は手をはたきながら立ち上がった。蝉を埋めた穴の位置、恐らく一晩眠ればもう思い出すことも出来ないだろう。
この薄暗闇の中だ、埋めた本人でさえちょっと目を離せば、すぐに見失うはずだ。あとは雨でも降って完全に痕跡
を消してくれさえすれば、何かの拍子に穴の痕跡を見付けてしまって嫌な気分になることもない。
思えば、と私はすでに薄闇でほとんど見分けがつかない穴の跡の周辺を眺めながら考えた。やはり私はSの葬儀
に参列すべきだったのだろうか。こんなところで、こんな葬儀の真似事みたいなことをして、自分が欠かしたものの
帳尻を合わせたつもりでいるのだろうか。
蝉をSに見たてて、私が望む形で私が取り仕切る葬儀。私の身近に墓を据えることで、これからときどきやって来る
だろう後悔の念を増長し、まだ私でも後悔を感じることが出来る、という安堵を得るために、私の利己心そのものに
よって作られた戯言。こんな代償行動でSが喜ぶ、などということは微塵も思ってはいなかった。
結局これからも同じようなことを、Sのことにしてもこれから新しく背負う羽目になることにしても、こうやって義理を
通す振りをしながら、対象を蹂躙し続けていくのだろう。ほんの幾ばくかの充足感と引き換えにしながら。そう思うと
私の身体を悪寒が走った。昼間の熱が濃く残る庭の中で、私は身震いした。
悪寒に触発されて、様々な種類の不安が涌き出てきて、私の頭の中を満たしていった。不安は新しい不安を呼び、不安
同士が結合して名を恐怖に変え、私の身体をところ構わず責め立てた。痛い、と責め立てられながら思った。しか
し具体的にどこが痛むのか、私には掴みようがなかった。
375 :
a:04/09/25 17:20:30 ID:???
aes
多分この痛みは身体の変調を訴える種類のものではなく、むしろ自傷行為のようなものなのだ。原因、過程、それ
から結果。私はそのほとんどを把握していた。その上であえて、責め立てられる、という表現を使った。そんな果て
のない利己主義が、また私の身体を焼くように痛めつけた。出発点が私なら、終着点もまた私だった。
意味のない連鎖の中にいながら、私はどうすることもできなかった。回転を止めようとして発した提案は、ことごとく
批判されながら渦に踏み潰されて飲み込まれた。私はうんざりして、もうそれに向かって言葉をかけなかった。渦
は最初から私など眼中になかったように、加速も減速もせずに回り続けていた。
このように、自己の中で日々葛藤に苛まれ、よりよい答を掴み損ねることも少なくはないのだ。自身ともうまく折り合
いをつけられないのに、まして他人と分かり合おうなど、土台無理な話なのだ。もう幾度も使い古された言葉を、私
の中で批判を繰り返す渦のようなものが、得意顔でそう言ったような気がした。
私はいつもの言葉でそれに反論する。でもみんなうまくやってる。少なくとも私よりも器用にやり過ごしている、と。
みんな上手なやり方を知っていて、私だけがそれを知らないのだ。さらに言葉を続けようとする私は、渦が薄笑い
を浮かべながら私の話を聞いているのをみて、もうそれ以上話す気がなくなり、黙りこくる。
ほら見ろ、とどちらかが言う。私にはもうどちらが発した言葉なのか、見分けがつかなくなっている。私は自分の見
解も相手の言い分も努めて無視し、漠然と、極めて他動的な力によって自分が救い出される様を思い描く。それは
天から降りてくる光であったり、強引に私を引き上げてくれる誰かの手だったりした。
いずれの空想も起こり得ないことはよく分かっていた。しかし、混乱した私の心を静めるのにはちょうどいい目くらま
しだった。頭の中は究極に騒がしくなり、私はそれから逃げるようにして空想を深めていく。大抵はそうやっているう
ちに、新しい現実の出来事が迫って来たりして、それどころではなくなっているのだ。
私は思い浮べようとした。しかし、いつものように上手くイメージを結べなかった。何かがどこかに引っ掛かったよう
にして私の想像を阻害していた。ひたすらに静けさの中に埋没していこうとする私の背後から、それは何かを投げ
付けてくるようだった。周囲の騒音に紛れていたため、それが何なのか最初は分からなかった。
いつもの騒音がいつものように鳴りをひそめていく中で、しつこく私に取りすがるそれだけが、消え去ろうとはしなか
った。むしろ明確な形になっていくようですらあった。私はかまわず埋没していこうとした。それは更に付いてきた。
そして突然に明瞭な言葉になって、私の耳に飛び込んできた。また、逃げるのか?と。
逃げる、という言葉の響きに私は困惑した。これまで私が取ってきた方法は、確かにポジティブではなかったにして
も、私自身にはそんな感覚はなかった。逃げるということになっていたのだろうか。……わざわざ思い返すまでもな
くその通りだった。そう考えないようにしてきただけなのかもしれない。
では、とそれが言葉を続けた。どうするべきだと思う?いや、むしろどうしたい?いろんな問題を山のように抱えたま
ま、それらを完全に放り出すことも出来ずに逃げ回ってきた。出さなくてもいいような被害者もいっぱい作ってきた。
そのお前が、さしあたってこれから何をするべきだと思う?
私はしばらく考える振りをしたが、実際は何も考えてはいなかった。以前から再三にわたって実感してきたことだっ
たが、どうすればいいのかその解決方法をこの私が思い付くことが出来るのなら、もっとまともな結果が残ってきた
はずなのだ。改めてそれを説明するのも面倒だった。だから私は考える振りをしていた。
そんな風に格好だけつけていればそのうちなんとかなる、なんて思っていはしないだろうな?外見上は通り過ぎた
ように見えるかもしれない。でもお前の中には、これまでの問題が手付かずのまま山積みじゃないか。いつまでも
放っておくわけにはいかないことは知ってるだろう?これからも荷物は増え続けるのだから。
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_l≡_、_ |_
(≡,_ノ` )y━・~~~ <765/766 お邪魔しますよ
<__ヽyゝ|
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sageキープ1ヶ月
395 :
名無しさん?:04/10/05 21:02:21 ID:QQr336KL
1
それの言ったことは正しかった。私の中には苦い思い出が満載で、そのいずれも決着が着いていなかった。出し
抜けに嫌な感覚を伴ないながら思い起こされることはあっても、解決の日の目を見ることはなさそうだった。新しく
加わったSや彼女の件も、きっとその中に紛れてしまうのだろう。
しかし私だって、何も好き好んでこういう形で思い出を保存しようと思っているわけではないのだ。おろおろと迷って
いる間に行き場をなくして、水が高いところから低いところへ流れ落ちるように、そこに落ち付いてしまっただけなの
だ。一体私にどうしろと言うのだ?
それはせせら笑うだけで、具体的な方法を何も提示しなかった。まあそうだろう、と私は思う。所詮安直に否定する
ことしかできないのだ。精々何にでもやつ当たりすればいい。私はそれに対して、嫌悪を露骨にした視線を送った。
それはますます嬉しそうにしながら言った。そうやって躍起になって、這い上がろうとして空回りを続けて、心底まで
だめになってしまえばいい。
ふいに、足元の穴に埋めたはずの蝉の死骸が這い出してくるような妄想に駆られた。私は目を見開いて地面を確
認しようとしたが、すでに暗闇に覆われていて見分けがつかなかった。目を開いた途端に、濃く残る暑さが鮮烈に
感じられた。考えごとをしていた間、私は一体どこにいたのだろう、という馬鹿げた疑問が浮かんだ。
私は極度の疲労感に苛まれていた。身体が自分のものではないような気がしていた。軽い頭痛が起こっているよう
な気分だったが、痛んでいるのが本当に私の頭なのか判断できなかった。ただ疲れて気が動転しているだけだ、と
思い込むように努めた。私は再び目を瞑った。
私の頭は相変わらず雑多な考えやイメージを出力し続けようとしたが、私はそのことごとくを潰してまわった。そう
しながら私は、自分の疲労感が強まっていくのを感じていた。だが私の頭は一向に出力を弱めようとはしなかった。
……あれが去り際に言った通りなのかもしれない。私はまた目を開けて地面を見た。
穴の中、土の下に転がっているはずの死骸を思い浮かべた。半月もしたら跡形もなくなっているだろうか。誰にも
邪魔されずに休息して、そのときまでじっくりと時間をかけて朽ちていくのだ。死骸が朽ちていく様、その経過を想
像すると、どうしてもSの身体が焼かれていく様子が覆い被さってきた。
やがて白い骨だけが拾われ、壷だか瓶だかに詰められて半永久的に墓の中に保管されるのだ。私が死んで同じ
ように焼かれるときも、それはそこにそのまま存在するのだろう。土の中で何かがにやりと笑ったような気がした。
それは蝉の死骸のようでもあり、Sのようでもあり、私自身であったのかもしれない。
私は足を引き摺りながら自分の部屋まで戻り、ベッドに倒れ込んだ。自分の身を取り巻くことがらが、盛んに私を責
め立てているような気がした。眠ることにさえ苦痛を感じた。気でも狂ってしまえば楽になれるだろうが、もはや狂っ
てしまうことすらできない、ということは、明確な摂理のように理解していた。
私の身体は本当に疲れていたようで、すぐに眠りに委ねる体勢についたが、頭はいつまでも覚醒したままだった。
夢とも現実とも判断できないことを次々に思い出したり、生み出したり、並べ立てたりし続けた。それらがますます
巨大に膨れ上がって私の理性を押し潰してしまう寸前、天啓のような閃きが私の頭の中を通り過ぎていった。
今日、死体は二つになったが、私の心はずっと以前から死んでいた……。
残りの夏休みと二学期のはじめの数週間、私はひたすら自分の部屋に篭って、ほとんどの時間を眠って過ごした。
本も読まなかったし、テレビも見なかった。ただただベッドの上に転がって、よく思い出せもしない雑多な夢や幻に
絡まって生き長らえていた。身体だか心だかが本当に眠りを求めるのならば、いつまでだって眠り続けられるのか
もしれない。
丁度寒さに弱い動物たちが、眠りながら越冬するのに似ていた。ただ、身体を仮死状態にして、春が来るまで一切
動かない動物達とは違って、私は日に1、2度の食事をとったり、数日に1度シャワーを浴びたりしていた、と思う。し
かしその短い覚醒も、すぐに次の眠りの前にぼやけてしまった。昏睡と覚醒の区別もままならなかったように思える。
ときどき抜け殻のような我が身を嘲笑したり、哀れんでみたりする声が聞こえていたような気もするが、すぐに夢と
も幻とも言い切れない観念の波に洗われて消えていった。父親も母親も悲しそうな顔を向けこそすれ、新学期にな
っても私に小言の類を言えないでいた。
まあ、仕方がないことだとは思う。父も母も、どうやって私に接すればいいのか分からなかったのだ。私自身にだっ
てよく分からなかったのだから。けれどこの私の変化が、親友である、あるいは親友であったSの突然の死に起因
するものだ、と父や母に受け取られるのは我慢できなかった。
もちろん、父や母に直接問いただしたり、彼らがそういった素振りを見せたりしたわけではなかったが、両親の心の
片隅にはそんな懸念があるのではないか、と私は勘ぐっていた。Sの死は確かに何らかの影響を与え、ことのきっ
かけにさえなったかもしれないが、私はそれを全部の原因だとは認めたくなかった。
それから父と母が私を見るときの目付き。父は極力目を合わせないようにしていたし、母に至っては情に訴えようと
でもするかのように、悲しみに満ちた視線を送るだけだった。そんな風に見られるのは嫌だったが、何も言おうとも
聞こうともせず、ただそういう態度を取られることは私の苛立ちを募らせることもあったが、私にとってある意味有難
いことでもあったのだ。
私は眠り続けた。目が覚めては眠り、目が覚めては眠った。比較的短い睡眠の間と間に来る覚醒と、睡眠の前に
やって来るまどろみとが区別できないほどに、ひたすらそのサイクルを繰り返した。生命維持に必要な行動、つま
り食事やその他の行動を行っているときも、自分が起きているのか眠っているのか分からなかった。
眠っている間は誰の声も聞かずに済んだ。覚醒中に聞いたとしても、続く眠りがすぐに忘れさせた。以前の出来事
を思い出すこともなかった。思い出したとしても、それはすぐ他愛のない夢に変換された。延々と続く睡眠と覚醒の
サイクルの中で、私は何も考えず、聞かず、喋らなかった。
毎回繰り返されるまどろみ、その中から垣間見える、私を楽しませてくれるものだけが糧だった。それらは私に仮
想の享楽を与えた後、苦痛を与えるものと一緒に通り過ぎ、忘れられた。無益な回転、続けている限り私は、恐ら
く平穏だったのかもしれない。だが何事にも等しく終わりがあるものだ。
夏休みの残りと二学期のはじめの数週間にわたった、私の完全で儚い逃避行は、不意の闖入者によって崩される
ことになる。すなわち私の平静を破り、私を無意識の世界から強制的に退出させようと、ノックもなしに私の部屋の
ドアを開けたのは私の母親で、その母親を遣わしたのは、学校の私のクラスの副担任だった。
※ 注 意 ※
文章書きの中の人へ
現在ラウンジはex鯖に存在します。
859 名前: ◆if11rrrXJg 投稿日:04/10/22 14:03:17 ID:3NnAS2GP
前回の経験から行くと
・即死判定が厳しく、まともなスレが伸びる前に落ちる
生き残れるのはスピードの速い雑談系のみ
・1000到達と即死でスレが落ちまくるため、圧縮値まで届かず
ラウンジex時代には一度も圧縮が起きなかった
スレッドの循環がなく、subbackが濁る
なんせ、まともな状態じゃなかったんです。
etc3に移転して、落ち着いて、やっとネタスレも回りだしたのに
今からまたexって厳しすぎですよ、、、
というわけで、今までより気をつけなければならないようです。
保守
母は私の身体を揺り動かし、短く断続的な眠りから私を呼び戻そうとして、起きなさい、と何度も言った。私は引き
千切られるように目を覚まし、私の顔を覗き込む母をぼんやりと眺めながら、これが夢なのか現実なのか見極め
ようとしていた。起きなさい、と母は困ったような悲しそうな顔で、もう一度言った。
私はベッドの上に身を起こした。そして少し、この現状について考えてみようとした。一体何なのだ?だが、母は私
の思考を遮って、私を急き立てて部屋からも連れ出そうとした。のそのそと立ち上がる私に、いいから来なさい、早
くしなさい、と繰り返した。先生が来られてるのよ、と母は言った。
奇妙な光景だった。私と母が並んで座り、私の向かい側に副担任が座った。副担任の頭上に掛けてある時計が
午前10時半ほどを指しているというのも、この場の現実味を欠く原因になっていたと思う。もはやこれが夢だとは
考えてはいなかったが、リアリティのある現実だとも思い辛かった。
お友達の事故のことは聞きました、おもむろに「先生」が口を開いた。幼馴染で親友だったそうだから、あなたの受
けたショックは多大なものだとは思います。私はそこで少しげんなりする。ああ、「先生」もそう捉えるんですね、と。
私はそんなことを表に表さず、「先生」は言葉を選ぶように話を続ける。
でも、いつまでもこうやって自分の殻に閉じ篭っていたんじゃ、だめたってことはあなたにも分かっているはずです
よね?亡くなったお友達だって、あなたのそんな状況を見たら悲しむんじゃないですか?あなたにしか分からない
事情なんかあるのかもしれないけれど、このままでは友達も報われないし、あなたのためにもなりませんよ?
「先生」は少し口をつぐんだ。母親はすがるように「先生」を見ていた。私は最初から最後まで喋るつもりはなかった。
休み明けのテストだって受けてないでしょう?中間と期末でがんばればまだ何とかなるけれど、授業をちゃんと受け
ていないと、それも難しくなりますよ?……「先生」は別の方向から攻め始めたらしい。
おずおずと母親が口を開いた。そのことなんですけど、大丈夫なんでしょうか?意味深げな間を置いて「先生」が
答えた。遅れた分を取り戻せるよう、すぐに頑張り出せば充分間に合います。……私はまるで関心がなかった。狼
狽した母親をなだめるように、「先生」は資料まで用いてその発言の根拠を母親に説明していた。
何しにきたのだ?と私は考える。いや、そもそも誰が呼び付けたのだ?母親だろうか?自分ではどうにも出来ない
から、「先生」という権威の力を借りようとしたのだろうか?それとも私が考えていた以上に問題になっていて、学校
側の誰かが解決を「先生」に押し付けたのだろうか?副担任なのに?
いずれにしても、と私は思う。不意の家庭訪問が功を奏するとは考え難いだろう。あらゆるところから加わる外圧の
お陰で、私は再び学校に通い出すかもしれない。それは私にとってそんなに難しいことではなかった。以前のように
やっていけばいいだけだから。「先生」やら母親やらも気を揉まなくて済む話だ。
でも、私の抱えた問題は置き去りだ。表層的には動き出したように見えるかもしれないが、その実は澱んだ水溜り
のように閉ざされたままで、いつしか本当に腐り始めてしまうだろう。母親も「先生」も、もちろんそんなことは知るは
ずもないが、私にとっては文字通りの死活問題だった。
とはいうものの、母親達にそれを説明するつもりは微塵もなかったし、何より私自身もその細部まで完全に把握し
ているわけではなかった。誰に向かって説明しても、それは言い訳でしかないような気がした。私がそれを聞いても
眉をひそめるだろう。とにかく、これ以上広げるべきではないのだ。
そう考えると、今日のように母親と「先生」が寄ってたかって私を追及するような機会が繰り返されるのは、私にとっ
てもいいことではなく、むしろ妨げにさえなるかもしれない。煩わしいことは少ない方がいい。普通に登校することな
ど、今ある問題に比べれば本当に些細なことだ。私は頭の中で、言い聞かせるようにそう何度も繰り返した。
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{ } し' { } < 444!!
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(uu_,,,)っ
しかし私の抱える問題と、数週間の欠席とどう繋がりがあるのだろう?母親や「先生」は、私が友人を亡くして衝撃
を受けたあまりに寝込んだ、などと捉えているのだろうか。そう思うと自然に口元が緩みそうになった。全くの見当
違いだ。私には一切、そんな自覚はなかったからだ。
唇の痙攣を抑えながら、まだこんなことで笑いそうになれるのだ、と考えていると、ふと「先生」が私を見ているのに
気が付いた。「先生」は不審そうな表情を、ほんの少しだけ露見させながら私を見つめていた。が、私が気付いた瞬
間に目を逸らし、母親との会話に逃げ込んでいった。私はすぐに平静を装い、無表情を作った。
面倒なところを見られた、と思った。友人を亡くしたショックで……、と思われるのは嫌だったが、母親達にそう思わ
せておけば、この煩わしい出来事も簡単に片付けることが出来たはずだった。「先生」は明らかに不審の表情だっ
た。「先生」がどう捉えたかは分からなかったが、後々さらに面倒を連れてくる発端になるのかもしれない。
だが、「先生」だって面倒ごとは避けたいだろう。私が腹の中で何を考えていようと、ちゃんと出席して進級しさえす
れば、またわざわざ問題の根を広げるようなことをしようとは考えまい。私はそう考えたが、やはり気になった。細
かいことが、後々大きなひずみを作ってしまうことだってあるのだ。
「先生」と母親は、一学期の成績だとか、出席日数だとか、自分達のことでもない話題に真剣だった。まあいいのか
もしれない、とその姿を見て思った。こんな人達に何ができるというのだ?私の問題を解決に導くことはおろか、そ
の片鱗にだって決して触れられはしないはずだ。しかしとにかく、余分な懸念は取り除いておくべきだった。
私は決意を固めた。とはいっても、別に大したものではなかった。登校するかしないかなど、本当に些細な問題だ
と思っていたからだ。だから私は、「先生」が正面から私を見据えて私の意思を問いただそうとしたとき、特に躊躇
いもなく「明日から登校します」と答えた。「先生」には安堵、母親には喜びの表情を見て取れたように思われる。
私のたった一言で一喜一憂できる「先生」達も単純だったが、私自身も軽率だった。一つは日常において降りかか
る諸問題を一つ一つ駆逐していったところで、真の問題を解決に導くことにはならないのだ、ということ。それはただ
の生活だった。1日1日を平穏無事に終わらせるためだけの手段でしかなかったのだ。
もう一つは軽はずみに口約束を成立させないこと。守れもしない約束は、どんなことがあっても結ぶべきではなか
った。いたずらに負担を倍化させるだけなのだ。先見がなかったせいなのか、自分の能力を見誤っていたのか、ど
ちらにしても私は簡単に「先生」達と約束を交わし、そしてそれを簡単に破ることになる。
次の日の朝、私は母親に起こされた。私はベッドから起き上がったまま少し呆然としていたが、ようやくのそりと立
ち上がると、顔を洗って制服に着替えた。朝食できてるから食べなさい、と母親が部屋の外から声をかけた。その
言葉の意味を解するまで若干のタイムラグが生じた。随分久し振りのことで、上手く身体が順応できなかったのだ。
朝食は半分以上残した。それでも許容量以上につめ込んだような感じだった。朝食を終えて時計を見ると、まだ余
裕があるような気がしたが、私は自分がかつて何時に家を出ていたのか、家から学校までどのくらい時間がかかる
のかを完全に忘れていた。下手をすれば通学路の道順まで思い出せないかもしれない、と馬鹿なことすら頭に浮
かんだ。
私は家の外に出た。久しく見ていなかったよく晴れた空と太陽、そして一晩の後に澄み渡らされた外気が、もう今は
夏ではないこと、夏という季節が私達のはるか後方へと流されていったことを私に教えた。私は自分の家の玄関先
に立っていただけだったが、何かとてつもなく遠くへ来てしまったような気がして、少し身震いした。
玄関脇に停めてある私の通学用の自転車、ハンドルには蜘蛛の巣が張り、サドルはほこりまみれだった。2ヶ月近
くも放り出された状態にあったのだ。私はその情景に見入った。そして私の2ヶ月間というものを回想してみようとし
た。実に、いろいろなことが、あった。出てきた言葉はそれだけだった。
私は一度家の中に戻り、箒とティッシュペーパーを数枚持ってきた。箒で蜘蛛の巣を掃い、ティッシュペーパーで
サドルやハンドルに付着したほこりを拭った。車体のあちこちに錆びている部分を見付けたが、これが以前から存
在していたのか、この2ヶ月近くの間に生成されたのかは分からなかった。
通学鞄を拾い上げて自転車の篭に押し込んだ。少し早いかもしれなかったが、もう出ることにした。母親に出掛け
の挨拶をしようかどうか迷ったが、結局何も言わずに家を出た。自転車に乗って走ると、先程感じた外気の冷やや
かさが強調され、私の全身が粟粒立つような気がした。
いくらも進まないうちに、Sの家が近付いてきた。そういえば、と私は自分でもわざとらしさを感じるような言葉で、私
の通学路の最初の方にSの家があったことを思い出した。その途端に私の頭の中に、数々の断片的イメージが飛
来し、すぐに去っていった。近付いていくSの家に、なんとも言いようのない違和感を感じたからだった。
家の前で立ち止まることには抵抗があった。一度通り過ぎ、20メートルほど先から折り返してきてまた通り過ぎた。
そんな往復を数回繰り返した後、私はSの家の隣の隣の家の前で自転車を止めた。畏怖の念よりも好奇心の方が
勝ってしまったようだった。私は自転車を押しながら、ゆっくりとSの家に近付いていった。
私はSの家を正面から眺めていた。私の記憶の中にあるそれと、こうして眺めているSの家との差異は見出せなか
った。今までこうして、じっくりと他人の家を観察するようなことはやったことがなかったし、Sの家の記憶というもの
も、他の多様な記憶と同じように断片的だった。はじめから比較の対象にもならなかったのかもしれない。
私は何となく感じる違和感の正体を突き止めようとして、しばらくその場に留まった。記憶に頼るだけでなく、今その
場で感じる直感も駆使しようとしたが、じきに諦めて立ち去った。違和感を覚えたことは確かだが、具体的なものは
一切見付からなかった。ずっと後になって、私はこのときすでにSの家族が引っ越してしまっていたのを知ったのだ。
学校に着くとすでに朝のホームルームが始まっていた。登校中誰にも会わなかったこと、校門をくぐって感じた奇
妙な静けさのこと、教室の扉まで辿り着いてやっと合点がいった。つまり私は遅刻したのだ。校舎の中は静まり返
っていて、この中で扉を開けて担任の話を中断させながら教室に入っていける度胸は、私は持ち合わせていなか
った。
私は生徒用玄関まで戻り、チャイムが鳴るまでそこで待つことにした。ホームルームが終われば、一限目の始まり
まで雑談をしたり教室を移動したりする騒がしい時間ができるはずだ。それに乗じて教室に入ってしまおう、と考え
た。誰にも見られたくなかったし、誰にも話しかけられたくなかったのだ。
教室に入った私の姿に、一部の者から好奇の目が注がれたようだった。彼らの考えていることが伝わり、彼らのひ
そひそ話が聞こえるような気がした。私は努めて顔を伏せずに、しかも誰とも目を合わせないようにした。クラスの
大半の者は私に気が付いていないか、もしくは興味がないようだった。
一限目が始まるとき、教師は出席簿と私を見比べただけで何も言わなかった。教師のその仕種によって、やっと私
の存在に気が付いた者もいたようだったが、それだけだった。特に何も起こらなかったことが、私に安心と苛立ちを
呼び起こした。前回の無断欠席から明けたときと、ほとんど同じだった。
しかし机の上に教科書とノートを広げても、もう私には以前のように授業をこなすことが出来なかった。やり方を忘
れていたし、授業の内容も簡単には追いつけないほど進んでいた。私は手に鉛筆を持ったままの姿勢で呆けてい
た。改めて自分と世間との大きな隔たりに気付き、感嘆していたとも言えるかもしれない。
休み時間には机に突っ伏して寝たふりをした。誰とも口を聞きたくなかった。教室中の騒がしいお喋りの中から、声
を殺したようなささやき声が聞こえてくると、私のことを話しているのだ、などと根拠もなく思ったりした。チャイムが鳴
ると起き上がり、机の中を掻き回して周囲と同じ教科書を机の上に並べた。
そんな風にして私は、久し振りの学校生活をなし終えた。誰の顔も見ないで、誰とも話さなかった。担任にも副担任
にも呼び出されなかった。放課後、私は早々に帰宅して自分の部屋に篭り、ベッドに横になった。気だるさが私の身
体を蝕んでいた。何もかも放棄して眠りたかった。
身体は疲労を訴えていたが、頭の方は何か別のことを繰り返し主張していた。致命的とまではいかないが、何か重
要なことがらを見落としているような気がする。私は横になり目を閉じたまま、あまり望まない今日の出来事の分析
作業を行った。私の行動、他人の眼差しと言葉、腑に落ちない点は一体どこだろうか、と。
あれこれと思案しているうちに、断片が急速に寄り集まって実像を結んだ。彼女の顔だった。私に長い長い提言だ
か忠告だかをくれた彼女の顔だった。私は対応を考えていたはずだったが、今日彼女の顔を見ることがなかった。
私が意図的に彼女と顔を合わせるのを避けていた、というところもあったが、彼女もまた意図的に避けていたのだ。
それがどういうことなのか、どういった事態を引き起こすのか、私にはさっぱり分からなかった。ただ違和感のような、
不快感のようなものが、悶々とわだかまっているだけだった。彼女の意図、それに対して私がどうするべきなのか、
それさえも分からなかった。ある判断を下すのが怖かった、というのもあったのかもしれない。
もう何も考えたくなかったが、頭は想像を止めなかった。脳がイメージや言葉を紡ぎ出すたびに、私の気力を削い
でいくような気がした。以前は、と私は思う。以前はちゃんとやれたはずなのに。私は明日、起き上がれるだろうか?
起き上がってまた登校できるだろうか?起き上がれるだけの気力と体力があればいいが。
確かに以前の私と、登校第1日目を終えた私の間には、とてつもなく大きな隔たりがあった。Sが死に、彼女の長い
話を聞いた。私自身は、それらのことに影響を受けていないと思っていたが、本当は酷く動揺していたのだろう。だ
からいっそうむきになって、否定や拒絶に力を使っていたのかもしれなかった。
翌日、私は遅刻した。一限目の最中くらいの時間に電話が鳴って、母親が私を電話口に立たせた。副担任だった。
今日は来ないの?と副担任は穏やかに聞いてきた。私は何と言ったらいいのか考え込み、副担任は電話の向こう
側で私の言葉を待った。私は嫌な気持ちになった。
いえ、行きます、と私は言った。お互いに黙り込んで随分経った後にやっと私の言葉が出てきたため、何だか妙な
具合になってしまった。さらにしばらく間を置いてから、副担任が言った。今からすぐ出れば二限目には間に合うで
しょう?気を付けて来なさいね。私は、はい、と返事をするしかなかった。
結局、私が登校したときは昼休みを過ぎていた。受話器を置いた後、私はベッドに倒れ込んだ。考えが落ち付かな
くていらいらしていた。母親の顔、教師達の顔、クラスメイトの顔、そして彼女の顔。何もかも放り出して眠れたらい
いだろうな、と思った。それから私はそのまま3時間ほど眠ってしまったのだ。
もちろん、こういった類の眠りというのはむしろ逃避行動に等しく、目が覚めた私を待っていたのはより酷くなった状
況だけだった。母親の表情、副担任の小言、クラスメイトの白い目。私はもはや、周囲から自分が同情の目で見ら
れなくなっていることは自覚していた。そう望んだのは、他ならぬ私自身だったからだ。
午前中に副担任からの電話を受け、昼過ぎに登校するという日々がだいぶ長い間続いたように思う。その間にも外
気はだんだんと冷たくなり、母親も父親も相変わらず悲しそうな顔をし、教師達は辟易した目で私を見たが特に何
も言わず、クラスメイトは私に近付こうとしなかった。私は授業中に眠り、家に帰ってからも眠った。
助言をくれた彼女とは、一度も顔を合わせなかった。まあそうしたいのならすればいい、と私は思った。彼女がして
くれたのはあそこまでで、それ以上は期待してはいけないのだ、と思った。……期待?そこでまた私は分からなく
なる。自分が望むもの、状況、言葉、表情、必要と不必要。単語を並び立てるだけで、決してそれ以上には進めな
かった。
その頃一度だけ、他人と会話したことがあった。相手は他校に通う中学のときの同級生で、下校しているときに偶
然捕まってしまったのだ。同級生は私の背後から追い付いてきて、追い越しざまに私の顔をちらりと覗き込んだよ
うだった。あれ、久し振り、と同級生は言った。私は相手の顔を一瞥して、うん、と応えた。
同級生は一方的に喋った。誰それの近況からSの葬儀のことまで話が及び、来てなかったけどどうかしてたの?と
質問してきた。私が答えられずに黙っていると、そうか、仲良かったもんね、と勝手に納得して黙り込んだ。またか、
と私は頭の中で思った。何だってみんな、そう決めつけようとするのだろう。
でもねえ、と同級生は再び喋り出した。Sも馬鹿なことするよねえ……。私はその真意が分からず、同級生の顔を
見た。知らないの?と意外そうな声を出した。だいぶ遊んでたらしいよ、いろいろと……。進学校行ってたのにねえ。
やっぱいろいろきつかったのかな?朝とか夜も遅くまで課外があってたらしいし。
私はひどいショックを受けた。想像もつかなかった。Sが?だいぶ遊んでた?即座にSをイメージしようとして頭が動
き始めたが、うまくいかなかった。心の奥底に黒いものが湧き出し、徐々に膨らんでいくような気がしたからだ。それ
はあっという間に空を埋め尽くして雨の気配を漂わせる、夏の夕立雲のような不吉な影だった。