>>385 兵藤 長雄、当時のベルギー大使の手記
彼はモスクワ大使館時代、小和田氏の補佐をしていたので雅子妃を1歳
半のときから知っている。
ハーバード時代もクリスマス休暇中は、ワシントンにいた兵藤家のもとで
世話になったこともある。
皇太子とも、オックスフォードからの帰途、米国に立ち寄った際、世話係
をしたので面識のあった人物。
「そういうことで、両殿下にはベルギーでは公式行事以外にはできるだけ
リラックスしていただきたいと思案した。
例えば、ブラッセルのレストランに家内とお忍びで御案内し、たまにはと
思いメニュー選びの楽しみを味わっていただいたりした。
お二人の睦まじいメニュー選びが続く中で「私どもはよく別のメニューを
頼んで半分ずつ分けます」と申し上げたところ、「それはいい」と言われ
て幾種類かのベルギー料理を仲良く分け合って楽しまれた。
雅子妃 ベルギーの秘話--悲報から二年。あのときのことを語れる日が来た
文芸春秋 2002年1月号
海外に出たからといって自由に行動したわけではない。
予定はきっちり決っている。
「グルメ旅行」を組んだのは、ベルギー大使館側。
ここのスレは
>特定の皇族を擁護したり、また敵視するのでもなく、あくまでも中立的な立場
で検証するスレだ。
ちょっと調べれば真偽がわかることを調べもせずに記事を鵜呑みにしたり、
憶測で断定したりして、雅子妃を非難したいのであれば
相応しいスレに移動しましょう。