障害児の子供を入学させる親 その2

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269実習生さん
私は、普通学級で障害児の世話をすることを条件に、講師をやりました。
今思えば、やらなきゃ良かったとつくづく後悔しています。

心無い母親の苦情がきっかけで、教育界を追放されたからです。人間だから
誰しも、合う合わないというのがあって当然なのですが、私の場合は1度も
この母親に対しての弁解の場を設けてもらうこともなく、管理職、心無い職員、この保護者から
スケープゴートにされてしまいました。

もう、教職には就けそうもなく、他の仕事をしておりますが、この無念さは一生忘れないと思います。
講師(教員)時代には、手弁当で障害者との交流ボランティアなどに参加をし、色々な生徒に対応できる
柔軟性を身につけようと、教採とは別に私なりに努力はしてきたのですが。

教職を離れ、現在は別の仕事をしておりますが、朝晩の超満員の通勤電車に無理矢理乗車しようとする
車椅子の知的障害者とその介添え人。割り込みをする知的障害者。どれだけの人に迷惑を振りまいているのか
考えて欲しいと感じます。だいたい、駅員さんやバスの運転士さんに、乗降を手伝ってもらって、「ありがとう」
とか、一声かける障害者または介添え人を残念ながら私は見たことがありません。
知的障害で、そういう能力がないのであれば仕方がないと思うのですが、知能が健全であれば、きちんと一言礼を言うのが
世の中の筋だと思うのですが。(そういうことすら出来ないほど、卑屈な思いを強いられる人生だったのかも知れませんが。)
やれ、バリアフリーやノーマライゼーションだと言うのなら、介添え人を含むハンディーキャッパーの側からの働きかけも
必要だと思います。
教師を辞めさせられ、実際に世の中を見て、一部の障害者、保護者のわがままな態度が、学校にも持ち込まれているのだと気が付きました。
私は、今でも、知的障害者が車内で騒いでいたら、怒鳴りつけて静かにさせます。介添え人とトラブルになることも
ありますが、世の中のルールを守ってもらいたいという思いがあるからです。

教育の世界を追放された今、障害者という、とんでもない「地雷」を踏んでしまったことへの後悔がおおいにあります。