週刊エコノミスト [2010年11月23日号]
◇書評
・著者インタビュー 松元 崇『高橋是清暗殺後の日本』
ttp://mainichi.jp/enta/book/economist/news/20101112org00m020017000c.html 無知な軍部の「経済敗戦」が日本を「持たざる国」にした
■(前略)
是清暗殺後、どうして戦争になったのか。私は、この財政金融の経済合理性を理解しない軍部が、
指導者になったからだと考えます。当時の経済財政関係者は、ほぼ、英米との協調を訴えていまし
たが、みな軍部に蹴散らされていく。
―― 軍部主導の経済政策の失敗例として挙げたのが、中国・華北に「円ブロック」を形成しようと
した「円元パー(等価)政策」です。
■法幣(元)など複数通貨が流通していた当時の華北で、経済実勢とそぐわない、強引な固定レート
を設定したのです。結果、日本から大量の正貨(外貨)が流出し、経済に大きな損失をもたらす一方、
国民党の蒋介石政権の財政を助けました。
軍部が自分で自国をジリ貧に追い込み「持たざる国」にしたのです。ところが、軍部は、それを
「英米のブロック経済のせいで日本が苦境に追い詰められた」と言い立て、国民を戦争に誘導して
いったのです。
―― 円元パー政策を放棄し、英米協調を図ろうとした池田成彬蔵相に、中小商工業は猛反発し、
軍部支持を強めます。
■「円ブロック」への輸出で潤っていたからです。この政策は輸出に補助金をつけているようなもの
だったから、通貨・金融政策として破綻しているにもかかわらず、やめられない状況に陥りました。
本来は、指導者が経済合理性を説明して世論をリードするべきだったのですが。
―― 誰も軍部に逆らえない。
■軍部の力を強めたのが、2・26事件のような暗殺・テロです。暴力で言論が抑えられ、民主主義が
失われていく。是清暗殺後も、世論や政党政治家には「軍はやりすぎ」という感覚がありましたが、
盧溝橋事件(1937年)で軍事優先の世の中になり、戦争に突入していったのです。
>>839 この「円元パー政策」は、今日の日米経済関係のいびつさとよく似ている。
日銀への政治圧力によって常に日本の金利が米国より低く設定され、
さらに巨額の円売りドル買い介入も実施して、円相場が押し下げられ、
対米輸出が下支えされる。
対米輸出に補助金をつけているのと同じであり、一見すると、それで日本は
儲けているようだが、実際には、金融面から、貿易で稼ぐ以上の資金が米国に
流出している。為替介入で得られたドル資金が米国債に投資されているという
以上の大量のジャパン・マネーが米国へ流出し、日本経済に大きな損失を
もたらす一方、米政権の財政を助けてきた。