インフレターゲット支持こそ経済学の本流その155

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飯田)I:どうやら人間というのは、毎年2%くらい要領が良くなっていくようなんです。
人びとが2%分、より仕事ができるようになっているのに、経済の規模が成長しない場合
どうなるかというと、毎年2%の人が必要なくなっていくんです。

勝間)K:恐ろしい話です。

I:言い換えると、毎年2%の人が失業していくわけです。
アメリカやヨーロッパでは、もちろん経済の成長は、もちろん経済の成長が2%を下回ることはあるんですが、
平均すると2.5%〜3%で成長しています。
こうなると、いつもちょっと人が足りていないような、そういう状態が維持できます。

K:新しく社会に出る若者の雇用が生まれるわけですね。

I:そうです。
それに対して日本の場合、1%かそれ以下の成長がずっと続いています。
そうすると、だんだん人が要らなくなってくるわけです。
長い目で見ると経済成長の源泉は、人びとが仕事に馴れて、そして新しい発明が生まれ、
付加価値をより多く生み出していくことです。
個々人が2%の成長を繰り返していく中で、新しい産業が起こり、経済全体も成長していきます。
ところが、若者に雇用が足りていないと、2%成長するチャンスがない、ということになりますから、
周囲との格差が生まれますし、経済も長期的に停滞します。
これを防ぐためには、経済が2%成長しないと話になりません。

K:最低限実質成長率が2%ないと社会が維持できないんですね。

I:定常型社会を目指す、とかよく言われますが、定常型社会というのは0%成長のことではありません。
人間の成長に会わせた2%の経済成長がなければ無理です。
こういうふうに言うと、経済成長はもう出来ない、と言い返されます。
これだけ物が豊かな社会のどこで成長するのか、と。
この主張に対する重要な反論は「日本以外全部成長してますが、何か?」です。
むしろ、なぜ日本だけできないのか説明して欲しい。
なぜか日本では若者でも「もう成長をあきらめよう」というようなことを言う人たちがいますね。

K:アメリカもヨーロッパも成長しているのに。

I:はい。
しかも、多くの人が経済成長のイメージとして、米を二倍食うとか、服を二倍買う、という感じでとらえているようです。
付加価値という考え方が広まっていないんですね。
どうしても量で考えてしまって、もっと美味しいもの、もっとデザインの優れたもの、
という質的な経済成長の考え方になかなか至らないんですね。
しかし現実には1970年代に量的な成長というのは終わっています。

K:買い物をするときにいつもより高いシャツを買う、とかそういう成長なんですよね。

I:それと、この本で貧困問題について取り組んでいらっしゃる湯浅誠さんと対談しました。
何が貧困をつくりだしているのか?
デフレと不況がつくっているんだ、ということが、貧困問題を語る人たちの考えから抜けてしまっているように思いました。
K:私も湯浅さんと対談しましたが、そこが議論になりました。
湯浅さんは介護や農業にまわればいい、と言っていましたが、それだけでは全然足りないと思います。