エコノミストミシュラン2

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/// 成功、失敗のシナリオ 56 ////

 一九九〇年代に世界の国々が資本の論理に基づいた改革を次々に行っていったのに、
日本はその例外として現状維持を続けます。改革は表面上だけでお茶を濁し、
ビッグバンのような大改革は、日本社会の調和と秩序を乱すものとして実際には
実行されないのです。それでも、製造業中心の日本経済は国際競争力を落としません。
 二〇〇〇年代前半には、日本の貿易黒字の拡大をめぐって何度目かの激しい
貿易摩擦が起こります。しかし、日本は輸出を抑制するどころか拡大する一方です。
そのため、円は再び一〇〇円台を割り込む超円高になります。

//// ピーター タスカ ///
/// 成功、失敗のシナリオ 57 ///

 この円高に対して、日本の輸出企業は、八〇年代後半や九〇年代半ばと同じ手法で、
事態の乗り切りを図ります。新規採用を凍結したり、社内緊縮体制を発動してコストを
切り下げ、なんとか円高危機を切り抜けようとするのです。
 しかし、もう緊縮体制だけでは危機は乗り切れません。企業業績は悪化し、経済界を
大不況が襲います。不況のしわ寄せは金融機関に集中され、二〇〇〇年代半ばには
巨額の不良債権問題が再び銀行システムのガンになります。
 ビッグバンを拒否した日本政府は銀行を倒産させず、またもや公的資金の投入で
銀行の危機を救います。銀行救済のつけが税金として国民に回されるのも、
一九九〇年代後半の再現です。

//// 堺屋 太一 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 58 ////

 二〇一〇年代には、官僚の経済統制は一段と確固たるものになります。部分的に
芽を吹いた活力ある経済活動は、官僚や業界の手によって押さえ込まれてしまいます。
その結果、現在の企業体制が硬直化したままで保存されるのです。終身雇用制や
年功序列が生き残っただけでなく、これらのシステムは日本文化の粋としてむしろ
称賛されることになるのです。
 こうして、二〇二〇年の日本は、すっかり活カを失った古色蒼然たる国になります。
やる気と能力のある日本人は、とっくに日本を見捨てて、アメリカや東南アジアなどの
海外諸国に続々と脱出していきます。

//// 「未来はいま決まる」 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 59 ////

    みんな一緒に貧乏になる − タスカ

 このシナリオでは、日本人の生活水準はゆっくりと落ちていきますが、悪循環の
シナリオほどは急激ではありませんし、大きな社会的混乱も起きません。
終身雇用や年功序列システムが厳密に維持されているおかげで、みんなが
平等に貧乏になっているだけだからです。
 隣の人を見てみれば、やはり自分と同じように生活レベルが落ちています。
貧乏という赤信号をみんなで渡っているわけですから、隣人への嫉妬の感情は
起こってこない。だから、一人ひとりの日本人は貧乏が怖いとはあまり思わないで
済むのです。

//// フォレスト出版 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 60 ////

 官僚統制によって経済は衰退しますし、未来への明るい希望はもはや存在
しないのですが、みんなが平等に貧しくなっているのだから我慢できなくもない。
日本に残った日本人がこう考えるようになるのが、「長いサヨナラ」のシナリオです。
 政治は麻痺状態ですが、官僚は権力を握って放さない。多少の官僚機構の
再編成はあっても、本格的な改革は一切行われませんから、業界と官僚の
関係もいまのままで保存されます。つまり、日本社会の基本構造はいまと
まったく変わらないわけです。

////// 絶賛発売中! ///
/// 成功、失敗のシナリオ 61 ////

    何もしなかった日本 − 堺屋

 官僚や業界などの既存勢力による抑制の力が働き、改革が押さえ込まれてしまう
というのが「長いサヨナラ」のシナリオですが、これはビッグバン改革が強い力で
押さえ込まれてしまう場合です。個人的な見解を申し上げれば、私はこのシナリオが
一番蓋然性が高いのではないかと思っています。
 私はいま「平成三〇年」という未来予測小説を、朝日新聞に連載中です。平成三〇年
とは現在から二〇年後ですが、この小説の最初の章は「何もしなかった日本」と
題されています。

///////// ピーター タスカ ///
/// 成功、失敗のシナリオ 62 ////

 何もしなかったといっても、省庁の再編は曲がりなりにも実行されて、官庁の数も
減り、その名前も変わっています。しかし、日本社会の本質的な部分は何一つとして
変わっていません。官僚がものごとを決定して、政治家が有権者に取り次ぐという
構造は変わっていないのです。
 そして、各業界は官僚主導の護送船団に安住し、業界の談合システムは依然として
続いています。つまり、この小説で私が想定した未来は、タスカさんのいわれる
「長いサヨナラ」のシナリオそのものなのです。
 こういう状況を想定すると、タスカさんのおっしゃるように、日本の未来はじり貧
以外にありません。みんなが平等に貧乏になって、お互いに傷をなめ合っている
ような社会が予測されるのです。

//////////////// 1998年刊 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 63 //////

    将軍吉宗の治世が再現する − 堺屋

 長い日本の歴史を見ていきますと、私が「何もしなかった日本」と呼び、
タスカさんが「長いサヨナラ」と名付けたような時代が現実に存在した
ことがあります。それは元禄文化が華やかに咲き誇った時期からおよそ
三〇年後、享保(一七一六〜三六年)という年号を持った時代です。
すなわち、八代将軍、徳川吉宗の治世です。

////////////////// 堺屋 太一 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 64 /////////

 世の中の基本構造をできるだけ変えないで、あらゆる進歩を止めてしまった時代。
みんなが少しずつ貧乏になった時代、これが享保時代でした。将軍吉宗は節約を
説いて、勃興する町人の勢力を抑制する一方で、進歩を続ける海外からの情報を
遮蔽します。家康以来の士農工商体制と鎖国体制はこの頃には相当たがが外れ
かかっていたのですが、それを再確立したのが、八代将軍吉宗だったのです。
 江戸に人口が集中しないように交通を不便にしたほうがよいというので、庶民が
嘆願した大井川への架橋を吉宗は拒否しました。東海道五十三次のなかでも、
大井川だけは雲助の背中に乗せられて渡らなければならないのです。

///////////// 「未来はいま決まる」 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 65 ////////

 また、鎖国の祖法を守るために、大船禁止令を厳重に守らせたのも徳川吉宗です。
吉宗は船にはマストは一本しか立ててはならないという禁令を強化して、大船を使って
商売をしようとした大商人を抑圧しました。
 また、町人が米相場を支配しているのが気に入らなくて、吉宗は米投機を禁じて、
米価の統制をやろうとしました。投機相場があるからこそ、豊作のときに余った米を
買って、不作に備える商人が出るのですが、吉宗は強引に投機をやめさせたのです。
その結果、豊作の年に米価が大暴落して、農民も大名も困り果てることになりました。
 ところが、すぐそのあとでは大凶作が起こり多数の人々が餓死するまでになります。
「享保の大飢饉」といわれる事件です。

///////////////// フォレスト出版 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 66 ////////////

 このように彼がやったことだけを見れば、吉宗は反動と統制の塊のような人物です。
しかし不思議なことに、徳川吉宗という人は、昔もいまも「偉い人物」、「素晴らしい将軍」
だと讃えられ、大河ドラマの主人公になるほど非常に人気が高いのです。
 ここが日本人の面白いところで、彼の人気の秘密は、誰もやきもちを焼かない時代を
つくったことにあります。タスカさんがいうように、みんなが平等に貧しくなったため、
お互いに嫉妬心を持つ必要がない時代になったからでした。
 完全な平等ではなく、現状のままの継続、既得権を平等に尊重するということを
やっていれば、指導者として良い評判を得ることができる。これが日本の一つの
歴史的伝統であったわけです。そんなことを考えますと、「長いサヨナラ」は、日本人の
精神構造には比較的適したシナリオではないかという気がしてきます。

//////////////////// 絶賛発売中! ///
/// 成功、失敗のシナリオ 67 //////////

    情報が閉鎖社会を打ち破る − 堺屋

 ただここで一点だけ付け加えておきますと、二五〇年前の享保時代と現代では
根本的に違っている要素があります。享保の日本が鎖国によって世界からほぼ
完全に隔離されていたのに対して、現在の日本では国際情報がTV映像や
インターネットを通してリアルタイムで入ってくるのです。
 アメリカ経済は素晴らしく成長しているのに、日本はマイナス成長だ。アジア諸国は
これほど豊かになっているのに、日本人はこんなに貧しくなってしまった。韓国の
一人当たりGNPがとうとう日本を抜いてしまった。そんな情報を遮断することは、
いかに強大な権力をもってしても不可能です。

////////////////// ピーター タスカ ///
/// 成功、失敗のシナリオ 68 ///////////

 日本人の賃金がアジアのどこかの国より下がってしまったという情報が伝われば、
その衝撃は享保時代と比べものにならないほど大きいのです。日本人同士では
平等に貧乏になったといっても、豊かさを伝える海外からの情報に日本人が平気で
いられるはずがありません。
 それはともかくとして、タスカさんの「長いサヨナラ」のシナリオのように、
官僚統制社会がこのまま継続すれば、日本社会がゆっくりと、しかし確実に
沈没していくことは間違いないでしょう。

/////////////////////// 1998年刊 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 69 ////////////

    他国の悪口は自国の弱点隠し − タスカ

 堺屋さんと同じく、私もこのシナリオに沿って日本が動いていく可能性が非常に
高いと思います。
 堺屋さんがいま指摘された国際的な情報の流入の件ですが、その場合に衰退
している国の指導者たちがやりがちなことは、成長している他の国の状況を実際より
悪く描き出すことです。いまの北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)がその典型的な
例といえるでしょう。韓国経済が急速な成長を遂げてきていることを、北朝鮮の
指導者は決して素直に認めようとはしません。その代わりに彼らがやっていることは、
韓国社会の暗黒面を誇張して描き出すことです。

/////////////////////// 堺屋 太一 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 70 ///////////

 一部の資本家は裕福だけれど、韓国の労働者や農民は苦しんでいる。それに
比べて、北朝鮮は偉大なリーダー金正日のおかげでみんなが平等に暮らしていける。
こんな幸せなことはない。北朝鮮の指導者たちはこう宣伝してきたのです。
 韓国経済の実績を認めてしまったら、自分たちのやり方、つまり社会主義が
間違っていたことを認めるに等しいからです。韓国社会の暗黒面だけを誇張して
伝えることで、北朝鮮のリーダーたちは、だから我々は韓国を武力統一しなければ
ならないと、国民を鼓舞してきたのでした。

/////////////// 「未来はいま決まる」 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 71 //////////////

 北朝鮮は極端な例ですが、ヨーロッパではフランスの指導者やマスコミがアメリカに
対して、北朝鮮が韓国に取っているのと同じような態度を取っています。現在の
アメリカが素晴らしい経済的実績を上げていることを、フランス政府やマスメディアは
素直に認めようとしないのです。
 逆に、フランスのマスコミは、マフィア、麻薬、犯罪、離婚など、アメリカの暗黒面を
実情以上にクローズアップして報道しています。また、アメリカ映画のフランスヘの
流入は官僚統制によって制限されています。

////////////////////// フォレスト出版 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 72 ///////////////

 ご存じのように、フランスはある意味では日本以上の官僚主導社会です。経済の
三分の一が官僚によって直接支配されているといわれるほど、強い官僚統制が
働いています。この官僚統制経済を正当化するためには、官僚統制の存在していない
アメリカ経済の素晴らしい実績を絶対に認めてはならないのです。
 だから、フランスはアメリカの悪口をいい続けています。アメリカは文化的には劣悪だ、
それに比べてフランス文化は素晴らしいと彼らが大声で主張するのも、こうした実情を
国民の目から隠したいと、フランスの官僚たちが思っているからにほかなりません。
統制経済体制はフランス文化そのものから発生しているのだと主張することによって、
彼らは自分たちの利益を守ろうとしているのです。

//////////////////////// 絶賛発売中! ///
/// 成功、失敗のシナリオ 73 ///////////////

 最近の話ですが、韓国企業がフランスのハイテクメーカーを買収しようとした
ことがありました。しかし、韓国企業による買収は、フランス政府当局から認可
されませんでした。フランス企業がこの会社を買収するのなら良いけれども、
韓国企業では許せないというのです。
「長いサヨナラ」の階段を下っていく過程で、日本でもこのような他国の文化の
悪口が聞かれるようになるかもしれません。もしそうなったら、危機は本当に
深刻になっているということなのです。

/////////////////////// ピーター タスカ ///
/// 成功、失敗のシナリオ 74 ///////////

    オープンスカイと記者クラブ制度 − 堺屋

 九八年二月、ようやく日米航空交渉が妥結しました。日米問の最大の争点は、
アメリカが十数年前から行ってきた航空市場の規制撤廃、いわゆるオープンスカイ
政策を日本側が認めるか否かでした。
 業界の秩序を維持するために、オープンスカイ化を認めたくないというのが
運輸省の大勢でした。運輸行政と航空業界のもたれ合う航空産業版護送船団
方式を続けたかったからです。

/////////////////////// 1998年刊 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 75 /////////////

 オープンスカイ政策を阻止しようと考えた運輸省の官僚たちは、アメリカの
航空規制緩和のマイナス面を語るようになりました。マスコミにリークして、
彼らの見るアメリカ航空業界の実情をしきりに書かせるのです。アメリカでは
航空会社の倒産が増えた。乗務員の給料は減って、飛行機の延着が
増えたといった具合です。

//////////////////////// 堺屋 太一 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 76 ////////////

 しかし、オープンスカイ政策によって、アメリカの航空運賃は大幅に値下がり
していますし、運行便数も大幅に増えています。乗客にとっての利便は、
明らかに向上しているのです。オープンスカイが実施されたときに一番
心配された事故の増加は起こらず、事故率はかえって減っています。
 しかし、運輸省はこれらの点は黙って口にしませんから、オープンスカイの
プラス面はマスコミにあまり報道されないわけです。運輸官僚は決して嘘を
いっているわけではありませんが、オープンスカイについてのすべての
真実は語らなかったのでした。

//////////////////////// 堺屋 太一 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 77 /////////////////

 この傾向を助長しているのが、日本のマスコミの記者クラブ制度です。
官庁のなかにクラブを持ち、毎日官僚たちと顔を合わせていれば、どうしても
彼らのいうことをマスコミは報道することになります。
 記者クラブ制度によって、マスコミまでが官僚の統制下に置かれています。
このような制度をマスコミ各社が平然として受け入れているのは、各新聞社、
各放送局がこの制度の下で平等に扱われているからです。
 平等といっても、それは記者クラブの会員会社に対してだけであって、雑誌や
外国メディアは会員になっていません。その意味では本当の平等ではないのですが、
ともかく会員である以上は平等に扱われるのです。マスコミが、官僚=業者連合の
護送船団に取り込まれてしまっているのが現実です。

/////////////////// 「未来はいま決まる」 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 78 ////////////////

    再配分連盟の威カ − タスカ

 ビッグバンのような改革を抑制する側の勢力のことを、私は「再配分連盟」と
名付けています。再配分連盟とは、新規参入を妨害し排除することによって、
多大な経済的メリットを受ける経済的利害グループです。
 こうしたグループは、医師会、弁護士会、石油業界、自動車業界、農協など、
業界団体という形をとって現れます。これらの業界団体は、ほかからの新規参入を
阻止することでメンバーの数を抑え、団体加入者の収益を確保することを目的に
しています。

///////////////////////// フォレスト出版 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 79 /////////////

 つまり、彼らはある産業からの収益を既存の事業者だけで配分しようと
するわけです。これらの団体は、ビッグバンを始めとする改革に強く反対
してきましたし、これからも反対を続けるでしょう。
 こうした業界団体には、その業界を主管する官公庁や、業界の票や資金を
あてにする政治家が結び付いています。これこそが、再配分連盟の核心的な
結び付きなのです。堺屋さんが指摘されたように、マスコミの一部さえ
いつのまにかこのグループに組み込まれているのかもしれません。

///////////////////// 絶賛発売中! ///
/// 成功、失敗のシナリオ 80 /////////////

 再配分連盟の活動の例を挙げれば、車検に関する規制緩和の撤廃が
なかなか進まないのがその典型的なケースです。自分たちの仕事の
絶対量が減ってしまうのですから、車検制度の撤廃は自動車整備業界
にとっては確かに死活問題です。彼らは死に物狂いで、この規制緩和に
抵抗し、結局はごく一部の緩和だけで終わりました。

//////////////////// ピーター タスカ ///
/// 成功、失敗のシナリオ 81 ///////////

 自動車のユーザーにしてみれば、車検撤廃によって自動車を保有する
コストが下がることは大歓迎です。しかし、ユーザーが支払っている全生活
コストのなかで、車検費用はほんの一部に過ぎません。だから、規制緩和を
要求する運動は、大きな社会的広がりを持てませんでした。ユーザー側から
いえば、車検制度の継続に不満はあっても、三年に一度お金を払えば済む
ことですから、時が過ぎれば車検問題などは忘れてしまうのです。
 結局、自動車整備業界という少数派の「再配分連盟」の猛烈な反対運動が、
官僚や政治家を動かして、多数派であってもものいわぬ自動車ユーザーが
受けるはずの利益を台なしにしたのでした。

/////////////////////// 1998年刊 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 82 ////////

 これまで提唱されてきた規制緩和がことごとく潰されてきたのは、再配分
連盟と一般消費者との間に存在する、このような不自然な力関係をついに
打ち破れなかったからです。ビッグバン改革もまた、官庁と金融業界の圧力の
なかで、車検問題と同じような形で押し潰される可能性が非常に強いのです。
 現在の日本の政治制度のなかでは、選挙によって政党の議席配分が大きく
動くことはほとんどありません。自民党優位の体制が続いてきたのですが、
自民党に権力を与えてきたのは、まさにこれらの再配分連盟の力でした。

/////////////////// 堺屋 太一 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 83 //////////

 再配分連盟は、もともとは共同で技術開発を進めたり業界を近代化したり
するために、官庁が主導して戦略的に作られた組織でした。しかし、この
一五年ほどの間に、これらの業界団体がかつて持っていた積極的な意味は
すっかり失われました。
 再配分連盟の諸組織は、「欲張り」という人類共通の権益を守る団体に
なってしまいました。再配分連盟の貧欲さに一般の消費者が反対するには、
あまりにも長い時間と巨額なコストが必要になっています。再配分連盟の
力を阻止することは、いまやきわめて困難になってしまっているのです。

///////////// 「未来はいま決まる」 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 84 //////////

    税金を食べ、法律を利用する再配分連盟 − 堺屋

 タスカさんのいう再配分連盟のカは、税金の使途にも表れています。
国家に納められた税金が、地方交付税や補助金という形で特定の地域
だけに分厚く分配されています。これらは、地域的再配分連盟と呼べる
でしょう。また、特定の産業だけに税金を分配して、非効率化している
産業を生き残らせるといったことも現実に行われています。

/////////////////// 絶賛発売中! ///
/// 成功、失敗のシナリオ 85 ////////////////////

 日本特有の所得税の累進税率の高さ、法人税の高さなども、税金を業界団体
などにばらまく財源だと考えれば、やはり再配分連盟の力が及んだ結果と
いえましょう。その意味では、再配分連盟とはタックス・イーターでもあるのです。
 税金だけではなく、例えば、大規模店舗法が存在することによって、小売商品の
値段が下がらないといったことにも、全国の小規模小売業者を中心とする
再配分連盟の力が働いています。また、米、燃料、輸送などの価格が国際価格に
比べて異常に高くなっているのも、農協、石油業界、運輸業界といった再配分連盟に、
一般消費者の要求が抑えられている結果だともいえます。

//////////////////////////// フォレスト出版 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 86 ////////////

    自国文化擁護を旗印にする再配分連盟 − タスカ

 ほとんどの業界団体が、そういう意味で再配分運盟になってしまっているのが
現状です。そのうえ、再配分連盟の人たちは、自分たちの業界が保護される
べきだという大義名分を作り上げるのが非常に上手なのです。
 大半の再配分連盟は、文化的理由を大義名分に掲げて、自分たちの利益を
守ろうとしています。本当のところは、大義名分というよりは、ただの言い訳
なのですが、稲作は日本文化の根幹だから保護されるべきだという農協の
主張は典型的なものです。

/////////////////// ピーター タスカ ///
/// 成功、失敗のシナリオ 87 /////////////////

 日本文化の中心は稲作で成り立っている。稲作を守ることは、日本文化を
守ることだ。だから、米価は引き下げてはならない、もっと補助金を出しなさいと
農協は主張するのです。このような文化的大義を前面に立てた言い方は、
再配分運盟が自分の利害を守るための典型的な手法になっています。
 先程も申しましたが、ある経済的問題に関して、フランス政府がフランス文化を
守れというときには、その裏には確実にフランス版再配分連盟の力が動いて
います。それと同じことが、日本でも起こっているのです。

////////////////////////////// 1998年刊 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 88 //////////////

    文化とアングラ勢カの結合が心配だ − 堺屋

 確かに、経済面で市場の要請に逆らうことをしようとする人は、その
大義名分として「自国文化」を持ってくる場合が多いようです。また、
「安全」の確保を主張する場合もあります。
 彼らのいう文化のなかには、「伝統文化を守る」ことから「他国文化の
流入を防ぐための言論統制」までが含まれます。また、安全のなかには、
「国防上の必要」から「事故」や「青少年の非行防止」までが含まれています。

//////////////////////// 堺屋 太一 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 89 ////////////////

 こういう大義名分を持ってきて、市場原理通りには世の中は動かない、
経済原則だけではだめな分野があると彼らは主張します。しかし、じつは
その裏に、経済的な利害が絡んでいて、再配分連盟の利益を守ろうと
する人たちが、文化や安全を表面に押し立てた理屈をいうわけです。
その点は、タスカさんのいわれる通りだと思います。
 私が危険だと思うのは、そういう理屈の隙間にアングラ的勢力が入り込んでくるこ
とです。日本企業と総会屋の関係がここまで深くなったのは、企業のスキャンダルを
隠すことがあたかも総務部の仕事のように認識する人がいたからです。

//////////////////// 「未来はいま決まる」 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 90 ///////////

 そんななかで、企業の不祥事をなんとしてでも隠し通すことが、何か
日本的な美徳であるかのように総務部員が感じてしまっているのです。
そこを総会屋に付け込まれるのです。
「長いサヨナラ」のシナリオの下で、アングラ勢力の拡大の方向に日本が
動いていくとしたら、確かに非常に憂欝な世の中になるでしょう。

//////////////////// フォレスト出版 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 91 ///////////////////

    改革を妨げる含み資産 − タスカ

 企業でも個人でも、「悪循環」シナリオヘの転落から日本を辛うじて救っているのは、
個人や企業がいろいろな意味で大きな含み資産を、まだ持っているからだと思います。
 現在のような大不況状態でも、歴史のある日本企業はリストラや解雇などの大胆な
改革を行わなくても、含み産を処分してなんとなくビジネスを続けることができています。
つまり、含み資産の存在がかえって改革の進展を抑止しているのです。

//////////////////////////// 絶賛発売中! ///
/// 成功、失敗のシナリオ 92 //////////////

 外国の企業では、収益が年間一五%もダウンしたら、たちまち強烈な
リストラが始まります。日本の大企業は含み資産というマジックを持って
いますから、赤字経営が何年か続いても、資産を売却することで従業員の
クビを切らずに済んでいますが、その分だけ現状への危機感が薄くなって
いるのです。
 個人の場合でも、同じことがいえます。普通のサラリーマンは、赤字経営で
会社の将来の見通しが暗くても、そう簡単には会社を辞めて次の会社を探す
というわけにはなかなかいきません。

///////////////////// ピーター タスカ ///
/// 成功、失敗のシナリオ 93 ////////////

 給料は安くても交際費は使えるし、会社の持っている会員券で月に一回は
ゴルフもできます。住宅ローンだって、いまの会社に長年勤めているから
借りられるのです。それらを考え合わせると、あわてて会社を辞めては損をすると
思っているサラリーマンも少なくないはずです。転職して少しばかり給料が
上がるより、そのままいまの会社にいることのほうが、現状ではより合理的な
選択なのです。
 会社と個人が持っているこのような含み資産を考えると、企業や個人が
リストラや転職などといった大胆な改革を決意するためには、非常に大きな
環境の激変が必要とされると思います。
 日本社会が改革をネグレクトして「長いサヨナラ」の状態になると私が
考えているのも、こんなところに理由があるのです。

//////////////////////// 堺屋 太一 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 94 /////////////

    経済活動に弱者はない − 堺屋

 「長いサヨナラ」のシナリオは、みんなが平等に貧乏になるということでした。
しかし、平等主義や格差を嫌う風潮が、いつの間にこれほど日本にはびこる
ことになってしまったのでしょうか。
 尾張の、一百姓からはい上がって日本の統一を果たした豊臣秀吉を、
日本人は民族的英雄としてたたえてきました。厳しい競争のなかで勝ち抜いて、
天下を制した人々を拍手喝采する伝統が日本人にはあったのです。

///////////////////////// 1998年刊 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 95 //////////

 戦後になっても、高度経済成長が華やかだった一九六〇年代までは、松下幸之助
さんのように努カに努力を積み重ねてお金持ちになった人に、多くの日本人は
惜しみなく拍手を送りました。松下幸之助さんのような人物は、人生の一つの目標
として肯定的に考えられていたはずなのです。
 それがいつの間にか、強者から高い税金を取り、それを弱者に配分するのが
社会的正義だという風潮に変わってしまいました。もちろん、老齢者や身体障害者を
弱者として社会が手厚く保護するのは当然のことですが、しかし、いま弱者として
国家の保護を要求しているのは、本当の意味での弱者ではありません。

////////////////// フォレスト出版 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 96 ////////////

 彼らとは経済活動を行って、現に商品やサービスを供給している人や組織の
ことです。腕が悪くて患者さんの来ない医者とか、効率が悪くてお客さんが
逃げてしまった小売店、経営に失敗した金融機関などを、社会的弱者として
護送船団方式が保護しているのです。
 本来、弱者というものは、自然人としての人間のなかでの弱い人たちを
指している言葉です。これらの人々を、人間として尊厳を持って生きられるように
守ることを弱者の救済といいます。

/////////////// 「未来はいま決まる」 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 97 /////////

 しかし、法人とか、事業主などが主役として登場する経済活動についていえば、
弱者というものは存在しません。そこには、競争の勝者と敗者があるだけなのです。
敗者は黙って退場して、再起を図ればよいのです。
 ビッグバンを成功させ、改革の推進が成功するかどうかは、日本人がこのことを
理解できるかどうかにかかっていると思います。

/////////////////// ピーター タスカ ///
/// 成功、失敗のシナリオ 98 /////////

    現在でも経済的格差は存在している − タスカ

 経済的格差の存在を日本人は嫌いますし、日本社会が格差の少ないことを
自慢する日本人も多いと思います。しかし、格差がない、あるいは少ないといっても、
実際には表向きの建前だけであって、現在でも経済的格差は厳然として存在
しています。どんな社会でも、ごく少数の人々が経済的資源をコントロールしていますし、
日本経済もその例外ではありません。
 日本には高級なゴルフ場とか、高級料亭とか、普通の人がもらっている給料では
とても行けない娯楽施設がたくさんあります。しかし、誰かがこれらの施設を使って
楽しんでいるわけですし、その誰かはごく少数の人々です。中小企業のオーナー、
大企業の経営者や上級管理職、高級官僚、政治家などです。

/////////////////////// 1998年刊 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 99 ////////////

 これらのごく少数の人たちが、なぜそういう高級で高額な娯楽施設を使うことが
できるのか。その経済的源泉は彼らの給与ではなくて、企業が支払う交際費です。
こういう人たちを、私は企業貴族と呼んでいます。
 この人たちは交際費を使える地位、交際費で接待される地位から離れてしまえば、
いままでのような快適な生活はできなくなってしまいます。だから、自分の地位を
保証してくれる既存秩序を維持することに懸命になるのです。

///////////////////// 価格:¥1,680 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 100 /////////////////

    交際費は人間を幸せにしない − 堺屋

 税務調査によりますと、日本の民間企業が使っている交際費は、総額
五兆四〇〇〇億円(九六年)もあります。これをGNP当たりで比較すると、
アメリカの五倍、ドイツの八倍になるといいます。信じられないほどの巨額です。
 交際費の公認は、日本の伝統かもしれません。現在であれば会社のため、
江戸時代であれば藩のために使っているという大義名分があれば、どれほど
多くの交際費を使っても許されたのです。

///////////////////////// ピーター タスカ ///
/// 成功、失敗のシナリオ 101 ///////////

 昔の武士は、「武士は食わねど高楊枝」と質素な生活をしていたのですが、
情報収集のためと称して、藩の公金を使って吉原でどんちゃん騒ぎをすることは
認められていました。これは仕事でやっているのだから仕方がない。仕事
なのだから楽しくないだろうということで許されていたのです。江戸時代から続く
仕事のための交際費という伝統は、そのまま現在に受け継がれているのです。

////////////////////////// 1998年刊 //
/// 成功、失敗のシナリオ 102 ///////////

 その結果起こっているのが、娯楽遊興関係の二重価格です。企業が
交際費として支払う高級料亭やハイヤー、ゴルフなどの料金は非常に高く、
個人が自分のお金で払う消費は比較的安くなっています。
 しかし、こういう仕組みは人間を幸せにしません。遊びを遊びとして純粋に
個人で楽しむことができなくて、常に仕事という言い訳をつけて遊ばなければ
ならないのは、人間としてじつに不幸なことではありませんか。

//////////////////////// 堺屋 太一 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 103 ///////////

    自分のお金を慎重に使う社会が望ましい − 堺屋

 私は常にこれをいうのですが、「人間は他人のお金を使うときには、自分の
お金を使うときほどには慎重になれない」ということを考えてもらいたいのです。
 他人のお金とは、まず国の税金です。税金を役人が使うときには、他人の
お金ですからどうしても慎重さが欠けます。その次は、会社のお金です。
交際費の使われ方が、いかに慎重さを欠いているかを見れば、誰にでも
そのことは分かるでしょう。

//////////////// 「未来はいま決まる」 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 104 ///////////

 最後が自分のお金です。自分の収入は汗を流して、苦労して得たかけがえの
ないお金ですから、誰でも慎重に慎重にと使います。
 ここで私が申し上げたいことは、日本人の稼いだお金を、国や自治体や会社
だけに分厚く配分する時代は終わったということです。お金を慎重に使わせる
ためには、できるだけ個人にたくさん配分するべきです。個人に分配すれば、
厳密な選択の下に、個人とその家庭の幸せを増やすような、慎重な使われ方が
されるのです。

///////////////////// フォレスト出版 ///
/// 成功、失敗のシナリオ 105 /////////////

 それに加えて、ホームレスになるような人が出ない社会、人間の尊厳が守られる
ような社会が作り上げられれば、「日本は良い国」といえるのではないでしょうか。
 日本人は、明治維新や戦後の改革の例を見ても、変わるべきときには変わる力を
持っています。その点では悲観することはないと思いますが、さりとて「いざとなれば
なんとかなるさ」と安心しきっているのも危険だと思います。
 日本人が乾坤一擲の決心をすべきときが迫っている。私はそう思います。
(対論日 一九九七年九月四日)・・・・・

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