インフレターゲット支持こそ経済学の本流その85

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924インタゲ派エコノミスト@日本国の研究
「『日銀の独立性』再考」

 クレディスイスファーストボストン証券会社東京支店経済調査部長 岡田靖

●福井氏総裁の課題
 すでに報道されているように、新日銀法下の第二代総裁は、富士通総研理事
長を務めてきた元副総裁である福井俊彦氏を指名することを小泉首相が決断し
た。小泉首相は新総裁指名の条件としてデフレと敢然と戦う人を選びたいと述
べたように、今日の日本経済の状況を考えれば、新総裁に課せられた課題は明
白である。だが、日本がデフレに突入したのは、GDPデフレータを用いれば、
94年の終わりからであって、すでに8年以上の時間が過ぎ去ってしまっている。
このことは、いままでの金融政策のあり方のなかに、デフレを招来してしまう
ような問題、つまり構造問題が埋め込まれていることを強く示唆しているので
ある。この構造問題の所在を明らかにするために、日銀が強固な独立性を獲得
し、その組織としての行動原理が明確になった、新日銀法下での過去5年間を
振り返らなければならない。それは、現職の速水総裁の時代ということである。
●速水総裁の誕生
 経済同友会代表幹事を務めていた速水優氏が、当時の橋本首相からの要請に
応じて日本銀行総裁に就任したのは5年前の1998年3月のことであった。今日
から振り返れば、この5年間という時間はあまりにも衝撃的な経済的事件の連
続であり、当時を思い出すことすら容易ではない人も多いことだろう。そこで、
まずは当時がいったいどのような経済情勢だったかをあらためて振り返ること
にしよう。
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 政府の発表している景気循環日付によれば、1993年11月から始まった緩やか
な景気拡大が終了したのが1997年5月である。つまり、速水総裁は不況が始まっ
て半年で金融政策の最高責任者の地位に就いたことになる。1980年代が終わる
まで、戦後の景気後退期間は最短で6カ月、最長でも16カ月であった。つまり、
速水氏が幸運であれば、就任早々にも、また最悪の場合でも1年ほどで、景気
は拡大局面に入っていたはずであった。実際、1999年1月には景気は底入れし
ているから、速水氏は9カ月を乗り切ればよかったのである。ところが、日本
国民にとっても、速水氏にとっても不幸だったことは、この不況がそれまでの
景気後退とは比較にならない激しいものだったことだ。

 1997年11月3日には準大手総合証券会社である三洋証券が会社更生法の適用
を申請し、即時に大蔵大臣から業務停止命令を受けていた。この大蔵省証券局
長をして「透明性の高い法的枠組みの下での破綻処理」と言われたものの実態
は、準大手といえども巨大化している日本の金融機関が破綻すれば金融システ
ム危機を引き起こしうるという事実になど一顧だにしないものであった。当然
ながら三洋証券破綻を切っ掛けとして日本の決済システムは急激な機能不全に
襲われ、連鎖的な金融機関の破綻が生ずることとなった。三洋証券破綻からわ
ずか2週間後の17日には、都市銀行の一つであった北海道拓殖銀行が資金繰り
に窮して破綻し、北洋銀行への事業譲渡を決定した。さらに1週間後の24日に
は四大証券の一角を占めていた山一證券が自主廃業を決定したのである。

 こうして金融機関の連鎖倒産による典型的な金融恐慌が始まろうとしたわけ
だが、12月5日には2001年3月末まで預金・金融債の全額を国家保護すること
を大蔵省が表明し、全面的な取り付けといったような事態を辛うじて収拾した
のである。だが、その後も危機は継続し、翌1998年10月23日には日本長期信用
銀行、12月12日には日本債券信用銀行が一時国有化という形で破綻処理される
こととなった。こうした危機の最中の1998年4月に新日銀法が施行され、旧日
銀法の下で任命された速水氏が、強大な独立性を有する新生日本銀行の初代総
裁となったのである。
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 このように、速水氏が総裁に就任したのは、日本経済が未曾有の危機に襲わ
れていた真っ最中であったわけだ。だが、危機は日銀自身の内部にも存在して
いた。そもそも速水氏が日銀総裁就任を要請されたのは、前任の松下総裁と福
井副総裁が営業局証券課長の接待疑惑の責任を負って1998年3月11日に辞意を
表明したからなのである。つまり、速水氏には、金融システム危機の克服と未
曾有の不況を打開すること、さらに新日銀法で与えられた強大な独立性を初代
総裁として確固たるものとすることに加えて、日銀が直面していた組織的危機
の克服もまた重要な課題として負わされていたのだ。

 どれひとつをとってみても、決して容易な任務ではない。小規模な地方銀行
が破綻しても基金が底をついてしまうような名目だけの預金保険機構しか公式
のセイフティーネットのない状態での金融システム安定化であり、GDPデフ
レータで見れば、すでに95年から始まっていた世界でただ一カ国しか直面して
いないデフレ不況の克服であり、創立以来一貫した日銀職員の悲願であった独
立性の確立であり、総裁・副総裁の引責辞任という未曾有の不祥事の後始末で
ある。容易ではないどころか、そのすべての任務を同時に遂行することは、不
可能としか思えないものだ。そして、残念ながら、やはりそのすべてを成し遂
げることには、速水総裁は失敗したと言わざるを得ない。超人的な能力がなけ
れば不可能な以上、すべての任務を完遂できなかったこと自体は決して非難さ
れるものではないだろう。問題は、成し遂げるべき課題の優先順位だったので
ある。

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●任務の優先順位

 金融システム安定化、デフレ不況の克服、日銀の独立性の確立、組織危機の
克服という四つの大問題が与えられたとして、われわれならどの問題を優先す
べきだろうか? もちろん、すべてを成し遂げよという優等生的な答えをする
のは易しいことだが、それはわれわれ凡人には不可能だということを前提とし
よう。合理的に考えれば、日銀総裁以外には遂行不可能な問題から処理すると
いうのが筋ではないだろうか? 金融システム安定化は、たしかに日銀の任務
の一部であり、そのために考査部門が存在する。だが、この課題は基本的には
金融行政の課題であり、具体的には(もとの大蔵省銀行局であり、現在は)金
融庁が責任を負って解決すべき問題である。そして組織危機の問題は、日銀職
員にとっては死活的な問題かもしれないが、国民から見れば優先順位は決して
高くはない。もしも違法行為を行う職員がいるのなら、それは司直の手に任せ
て処分すればよいのであって、他の課題を後回しにして中央銀行が立ち向かう
べき問題とは思えない。しかも、不祥事が露見した後、日銀は驚くほどのスピー
ドで綱紀粛正を実行し、傍目からみればやり過ぎなどではないかと思うほどの
勢いで、金融関係者との接触の公正化ルールを服務準則化し、職員高給与を是
正し、華美と指摘された支店長宅・保養所の売却処分等を成し遂げたのである。
問題は、残された課題であるデフレ不況の克服と独立性の確立では、どちらが
重要なのかということだ。

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●何のための独立性なのか?

 中央銀行の独立性は、一国の経済的なパフォーマンスに大きな影響を与えて
いることが統計的にも確証されており、それが新日銀法で強大な独立性を日銀
に付与した根拠である。そのロジックは比較的容易に理解しうるものだ。現代
の不換紙幣制度の下では、中央銀行は原理的にはいくらでも紙幣を発行するこ
とができる。もしも中央銀行に独立性が保障されず、通貨発行権限を政府の歳
入不足を補うために利用されてしまえば、容易に激しいインフレが発生し、そ
れによって国民経済は大きな打撃を受けることになるからである。つまり、中
央銀行の独立性とは、基本的にはインフレに傾きやすい政府の圧力から金融政
策を切り離すことにあるといっても過言ではないのである。

 実際、第一次世界大戦直後のドイツのように、国民にはとても受け入れられ
ない巨額の戦時賠償を課せられた場合などには、政府はなかば破れかぶれに輪
転機を回すことで賠償金の支払いを行おうとするだろう。その結果、兆%のオー
ダーでのインフレが生じ、ドイツ経済は破滅的な打撃を受けている。あるいは、
一部の開発途上国でも政府が徴税権を確立できず、財政収入を紙幣の印刷で代
替する結果、激しいインフレが持続している。こうした事態を回避し、物価の
「安定」を図るためには、中央銀行が政府の支配から相対的に独立しているこ
とが好ましいのは間違いない。だが、そこで注意すべきは、中央銀行の独立性
とは、あくまでもマクロ経済の安定化のために物価を安定させることだという
ことだ。ここで注意すべきは、インフレさえ起こさなければ「物価の安定」が
達成できているわけではないということだ。激しいインフレと同様に、物価の
持続的な下落、つまりデフレもまた、経済に大きな悪影響を与えるということ
である。
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 もちろん、インフレ率が5%を超えるようだと、日々の暮らしのなかで「不
快感」が募ってくることは事実だ。だが、多くの研究によれば、「感覚の問題」
は別にすると、10%未満のインフレによる経済的損失は、事実上無視しうると
言っても過言ではないようだ。だが、デフレの方は、たとえそれが緩やかなも
のであっても、穏やかなインフレと同様に事実上無害である、というわけには
いかないのである。

●デフレの幻想

 インフレが全ての消費者に「不快感」をもたらし、それゆえに嫌われるのに
対して、デフレの害は(社会的には少数派である)失業者や、限界企業の倒産
という形で実現するので、大部分の人にとっては「デフレで困るのは社会の落
ちこぼれに過ぎない」という幻想を抱かせるのである。しかも、制度的にも、
あるいは純粋の経済合理性から言っても、賃金契約には下方硬直性(下がりに
くい性質)がある。このため、デフレは実質賃金の上昇を招く可能性があるし、
事実として主に高所得層で実質所得の増加が生じている。そうなると、デフレ
で職を失うような「駄目な奴」はともかく、「まともな人」は利益を得ること
ができるわけだ。その結果、デフレを早期に阻止する必要のあることが社会的
に理解されることは期待しにくいといえるのである。
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 さらに日本には、他の諸国以上に、デフレの害を多くの国民が理解しにくく
する理由がある。それは貯蓄額ないし金融資産額の多さであり、その多くが預
貯金という形をとっていることだ。デフレによる名目所得の低下は、債務者に
とっては致命的な打撃になる。このため、デフレ下の今日、企業経営の健全性
は債務が少ないことと同義となってしまっているが、同じことが個人に関して
もいえるのである。もちろん金融資産を株式などリスク資産で保有していれば、
デフレによる景気後退は、「お金持ち」に大きな打撃となるが、大部分が預貯
金で保有されている場合には、デフレによる損失は銀行などの預金金融機関の
不良債権増加となってしまい、銀行などが破綻し預貯金が消滅してしまわない
かぎり、デフレの害は個人に降りかかってこないことになる。ところが、今日
の日本では、金融システムを破綻させないために預貯金に対する国家保証が行
われるため、家計はデフレ不況の打撃からまったく隔離されることになるので
ある。預貯金に金利がつかないことを嘆く人は多いが、実際にはデフレの分だ
け実質的な資産価値は増加しており、個人から見てデフレを止めなければなら
ないという理由はなくなっているのである。

 もちろん、こうした「デフレは個人の利益」という現象は、見せかけだけの
ものに過ぎない。デフレによる景気の悪化は、預貯金の裏にある貸し出し債権
を劣化させ不良債権を生み出し、預金保護のためには結局は個人から徴収した
税金が投入されなければならないからだ。あるいは、安全資産である国債を買
えばよいと思われるかもしれない。しかし、デフレの結果として財政赤字は爆
発的な増加をつづけており、それを食い止めるためには、結局は増税や歳出の
切り詰めが必要となる。無駄な歳出を切り詰めれば財政再建が可能ならともか
く、毎年30兆円を超えるような赤字は、基本的な公的サービスの切捨てなしに
は削減できはしないのだ。
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●不人気な政策を行うための独立性

 インフレの時期に、マクロ経済の安定化のため不人気な金融引締めをあえて
行うことが中央銀行の責務であり、そのためにこそ独立性は政府に対してだけ
ではなく、議会に対しても保証されねばならない。このことは、じつはインフ
レの場合にだけではなく、デフレの場合にも成り立つのだ。いや、上に説明し
たように日本に関するかぎり、デフレの場合にこそ国民の反対を押し切ってで
も強力な政策をとることが、中央銀行に求められているとさえ言えるのである。
ところが、速水総裁の選択した中央銀行の独立性を発揮する方向はまったく逆
だったのである。

 2000年8月のゼロ金利解除は、こうした独立性に関する速水日銀の誤解を白
日の下に晒すことになった。当時、ITブームの余韻冷めやらず、日経平均株
価は2万円台にあり、景気は拡大局面にあった。だが、その拡大は史上最高の
失業率を記録したところからの拡大に過ぎなかったし、多くのIT企業が上場
しているNASDAQ市場は5月には暴落しており、肝心のITブームの行方
には警戒信号が点滅していたのである。しかも、デフレは依然としてつづいて
いた。さらに、OECDやIMFといった国際的な経済政策機関、アメリカ政
府、日本人以外の有力なマクロ経済学者のほとんどすべて、そして日本政府も、
この時期の金利引上げには反対を表明していたのである。ところが、そうした
批判を無視して利上げが実行された。その理由付けは、明らかにゼロ金利をつ
づけることが日銀にとって屈辱的である上に、その維持を外部から強要される
ことに対する反発だったのである。つまり、独立性が貫徹されたのだ。そして、
日本の多くのマスコミはこの決断を英断と褒めたたえ、日銀に不当な干渉を加
える政府を批判したのである。
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 こうした経緯を見てくればもはや、何が構造問題なのかは、明らかだろう。
現在の日銀は、本来要請される中央銀行の独立性を保ってはいないのだ。内外
の政府や国際機関あるいは経済学者の「干渉」からは独立しているが、専門家
集団として、必要であれば無視しなければならない近視眼的利害にのみ忠実な
「世論」に対して独立性を発揮していないのである。プロ中のプロと賞賛され
る新総裁は、果たして専門家としての責務をまっとうし、真の意味での日銀の
独立性を貫徹できるのだろうか? 日本経済の運命は、まさにこの一点にかかっ
ていると言っても過言ではないのである。

■著者略歴■
岡田靖(おかだやすし) クレディスイスファーストボストン証券会社東京支
店経済調査部長。1987年から97年まで大和総研および大和證券にエコノミスト
として勤務。この間、経済予測機関であるWEFA(ペンシルバニア州)の客
員研究員、大和総研ワシントン事務所長などを歴任。1998年から現職。