銀行員からの反論Part2

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848エリート銀行員 ◆yt8N8F6.
>>834
日本国家統治論を少しやる。
日本は法治国家=役人統治国家だ。友達の役人が良く豪語してた。
「俺達は、予算と法律と情報を握ってんだよ。この三つがあれば他の
勢力が全部束になって掛かって来ても恐くないね。」と。
この鼻持ちならぬ態度はエリート銀行員の比ではないが、言ってることは厳然たる
事実だ。学者は研究材料の情報を役人からもらってシッポを振る。そもそも牙を
向くような学者は審議会などの土俵に上げてもらえない。勲章ももらえない。
マスコミも役人からは完全になめられている。情報がないだけでなく、
分析力、構想力、視野の広さ、何を取ってもひとつとして官僚より秀でた
ところはない。おまけに首尾一貫性すらなく、下衆な大衆受けするような
路線ばかり走っている(ま、所詮客商売だから仕方ないが)。大衆を教唆
する恐れだけは警戒されているが、官庁のカウンター勢力などとは全然
思われていない。「xx新聞の今日の社説は28点だな。」などと公然と
馬鹿にされている(まあ、バカにもしたくなるような内容ではあるが)。
政治家の大半が無能で官僚の言いなりなのは言うまでもなかろう。
政治家の中にも若手で優秀なのがいるが、いかんせん、数が少ないし、
一人に集中する情報など知れている。広さ、深さで役所の課長補佐に敵わない。
当たり前だ。政治家は他にやることが一杯あるが、役人はそれだけで
メシを食ってるのだ。配下のノンキャリも腐るほどいる。
それでも、ノーパンしゃぶしゃぶの頃は、業界は役人を見下している
ところがあった。「専門知識や真の業界理解はお前らには無理だ。せいぜい
おねえちゃんでも見て喜んでろ。」と。 行政の振りつけは我々現場がやっている
という自負すらあった。ところが90年代後半からこの関係が逆転する。
彼らが本気を出すと凄まじかった。数ヶ月間でたちどころにあらゆる問題点を把握し、
その後の折衝のイニシアティブの一切を取り上げられてしまった。あとは言いなりだ。
849エリート銀行員 ◆yt8N8F6. :02/05/25 13:19
(続き)
日本の役所には最高頭脳が集結していることは間違いない。問題処理能力も
随一だろう。同じ情報と権限が与えられても今の役所より優れた結果を出せるところ
はない。 にもかかわらずこの体たらくだ。もはや日本の官僚組織が時代の要請に
合わなくなっているとしか言いようがない。
結果として、同じ人材が任に当たることになるのかも知れぬが、それでもこれらの
人材を役所組織や省益のクビキから解き放ち、有効活用することを真剣に検討
すべきだろう。具体的にどうやれば良いのか? 分からない。
なにせ、明治はおろか、江戸時代から400年も連綿と生き長らえたシステムだ。
最近の堺屋太一の論調を見ていると役所攻撃の急先鋒になっている。だが、その
彼も、それでは役所の代わりにどういう組織が日本をリードすべきなのか、という
問いへの回答は持ち合わせていないようだ。ぶち壊せ、というだけでは無責任だと
思うのはオレだけじゃなかろう。
真のエリートとは、たとえどんな理不尽なことであっても結果責任を負う意思のある
人間でなければならない。失敗したら文字通り腹を切るのだ。それが日本の本来的
な意味でのエリートだ。従って役人はエリートではない。責任を負わないのだから。
ついでに言うとオレもエリートではない。いつでも「招かれざる猫」に戻る覚悟はできている。
極端な話だが、財務省の役人などは、本音では日本がどれだけ窮乏化しても良いと
思っているのだ。イヤ、むしろその方が自分達の有り難味が増すだろう、くらいに
本気で考えている。 日本で最も優秀な頭脳にこういう思考回路を持たせるのは
どれだけわが国の損害に繋がっていることか。 ちなみに、日銀はもっとひどい。
何も考えてないのだ。 事勿れ、とひたすら神様に祈っているだけだ。 「こんなに
風当たりがきつくなって給料まで減らされるなら、昔みたいに大蔵に支配されてたほうが良かった」という
証言をオレは複数の日銀マンから聞いている。