【ワシントン】身毒丸【復活】

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507名無しさん@公演中
本当に武田真治のしんとくは素晴らしかった。
あくまで、DVDでの印象なので舞台での声の通り方、
演技の大きさでは、確実に藤原竜也が勝っていたとは思いますが、
武田真治のしんとくには、魔物が降りていたと思わせるほどの魔力と、
切なさと、痛々しさ、そして、何とも割り切れない余韻を残したと思います。
武田君はもちろん、今も進化をしていて、いい役者になりましたが、
あらゆる意味でこの身毒丸は特別ですね。
当時、蜷川さんも、白石さんも藤原君の方をかっていたようですが、
おそらく、今見返すと、本当の身毒少年は、武田君一人だと思うんじゃないかというきがするのですが、贔屓目でしょうか。
でも、あの素晴らしさは、
演出家や、共演者とは離れたところにあったので、
その点は、お二方は複雑かも・・・とにかく、私にとっての身毒丸は武田君ただ一人です。 | 2007年11月29日 (木) 00時19分

武田版身毒丸って、
舞台とかお芝居とか超えたところにあるような気がする。
蜷川さん演出の別の舞台を観たけど、
視覚的効果ばかりねらって”掘り下げる”ってことをしないのね。
すごく表面的な舞台。武田さんは(今もそうだけど)無から役を創り上げる役者だから、
心の奥深いところが揺さぶられるんだよね。唯一無二の身毒丸。
蜷川さんがあとで「武○真治に去られたことが一番痛かった」って言ってたそうだから、
そこんとこわかっていたようです。| 2007年11月30日 (金) 04時27分
508名無しさん@公演中:2008/04/20(日) 18:04:55 ID:q+UOg5r3
はじめまして、子猫の涙で検索していたら、懐かしい話題があったのでお邪魔します。
私は、武田版「身毒丸」を大阪近鉄劇場で3回観ました。
当時、年に数10本の回お芝居を観ていたのですが…
稀有な体験をさせていただきました。
言葉にするのは難しいのですが、
蜷川さんは残酷だなって…
大阪は最後のほうだったので、痛々しいぐらいで…
なんていうのかな、
武田さんの演技だか何ナノかわからないものが伝わってきちゃうんですよね…
それが日に日に強くなる、わかります?慣れない人なんですね…
ですから、千秋楽で武田さんがアンコールに出てきたときは心底ほっとしましたね。
当時のインタビューで、蜷川さんは「武田君には手垢のついていない、
演劇的ではない表現を求めている」と、蜷川さんが武田さんからなにかを得ようとしているそんな匂いのするお話をされていて、
実際の演出も武田さん以外の周りを固めて、武田さんにはこれといった演出をせずに
「さあ、ここ(舞台)で生きてみろ」という感じだったそうです。
地方公演でも武田さんだけ違うホテルで..
なにかのインタビューで言ってたのですが「最後まで、(演者さんの中に)入っていけなかった」と武田さん。
かなり後になってから、ビデオを見ましたが、録画されたのは初日か2日目あたりだったせいか武田さんが結構まともというか、
ようやく冷静にこの物語を受け止められました。
だから、ご指摘のように藤原さんのものとは全く別物と考えていいと思います。
私見ですが、蜷川さんが武田版を超えようとするためには自分の得意分野に戻るしかなかったのではと思うのです。
それゆえ、演劇的なのではないでしょうか
藤原版のチケットを買うには買ったのですが、蜷川さんがインタビューで
「藤原君は人懐っこくて、稽古初日からみんなに打ち解けていた...」とおっしゃてて、
それを聞いて劇場に行けませんでした。
あまりに懐かしくて、ながながと書いてしまいすみませんでした。 | 2007年12月 7日 (金) 19時55分
509名無しさん@公演中:2008/04/20(日) 18:05:56 ID:q+UOg5r3
週末外出していたので、コメント遅くなってごめんなさい。
武田版の当時を知る方にしかできない、とっても貴重なご意見です。
大阪では、そうでしたか〜。
その後何年も舞台から遠のいていた所をみても、
武田さんは身をけずって身毒丸になりきっていたのかも、ですね。
蜷川さんについても、すごく興味深いご意見です。
「演劇的」にならざるを得なかった、、、なるほど!
まったくの別物としてしか身毒丸の再演はできなかったということでしょうか。
4月に藤原君の「身毒丸 復活」を見に行くんです。
このあたり、じっくり観てこようと思ってます。
藤原君にとっても蜷川さんにとっても、ある意味正念場の舞台のように思えるんですが、
どうなるでしょうか。コメント、嬉しかったです。 | 2007年12月10日 (月) 00時38分
510名無しさん@公演中:2008/04/20(日) 18:11:48 ID:q+UOg5r3
りえさんのコメントを読ませていただいて、泣きそうになりました。
私は以前書いたようにDVDのみですので、
あれ以上痛々しいしんとくなんて、想像もできませんでした。
DVDの時でさえカーテンコールのときのしんとくの呪縛から
解放されていないような武田君の何ともいえない表情に胸がいたくなったのですが、
実際に舞台を見られた方の感想は重いですね。
どんなに辛い思いで舞台にあがっていたのでしょうね。
藤原さんは好きなほうの役者さんですが、
最初から打ち解けて人なつっこかったといわれると・・・
しんとくには・・・・
やはり武田君のしんとくは唯一無二だとますます確信しました。
ありがとうございました。 | 2007年12月11日 (火) 00時19分
511名無しさん@公演中:2008/04/20(日) 18:13:09 ID:q+UOg5r3
私の中途半端な書き込みで辛いお気持ちにさせてしまったようですみませんでした。
長くなりますが、当時私が体験し、
感じ、そして知りえたことを書き記します。
読んでいただけたら幸いです。
舞台が終焉し...
静寂が訪れます(どれくらいの時間だったかは定かではありませんが)...
そして、静まり返った会場に響き渡るひとつの拍手...
観客はようやく我に返り、カーテンコールが始まる...
これは私が観劇した3回とも同じパターンでした。
後で知ったのですが、
舞台初日に蜷川さんが“そのこと”に気づき、最初に拍手されたのがきっかけで、
武田さんの舞台では、毎回スタッフの誰かが、観客を現実に引き戻す役割を担っていたそうです...
それは全60公演で...そう「身毒丸」という悪夢の中に我々は引き摺り込まれたのです。
観客全員が体験した、これは紛れもない事実です。
私の中で印象に残っている事象がもうひとつあります。
それは上演後のロビーでの若い女性客の反応です。
口の中でなにかブツブツと呟いているもの、
なにも見たくないのか目深に帽子を被り俯いているもの、
母親らしき女性が話しかけているのに手で耳を塞ぐもの...
武田さんから伝わってくるものを無防備に受け止めてしまったのでしょうか、
演劇ずれしていない若年層の観客の反応は凄まじいものがありました。
この舞台の後、武田さんはLONDON公演を辞退されますが、
蜷川さんのその頃のインタビューで「僕は裏切り者を許さない..」という発言をされています。
その後暫くして、偶然見たTVでLONDON公演の主演募集で蜷川さんはと画面からも判るほどの怒気を放ちながら
「綺麗じゃない人はこなくていいです」と言っていました。
(この時の、彼の表情は忘れられません)
512名無しさん@公演中:2008/04/20(日) 18:13:34 ID:q+UOg5r3
後々、この舞台の関係者や共演者から武田さんがあまりよく言われていないとか...
武田版「身毒丸」のDVD化が遅かったのもこの辺の事情でしょうか...
私が、別物と書いたのは、武田さんが苦悩と混乱の中で見出したものを別人格で再構築すること自体意味のないことで、
全ては武田さん個人に帰するものだから...
あと、藤原さんを否定するようで、前回書かなかった事実として、
有名な話なのでご存知かも知れませんが、LONDON公演途中、
藤原さんは体調を崩して、代役の方が舞台に立たれています。
現地の評論家は主役の交代に気づかず絶賛したのです。
端的に言うと、LONDON公演の時点では、蜷川版「身毒丸」は誰がやっても良かったのです。
ただ、降板させられる際に藤原さんは「身毒丸は僕の役だ」と泣いて蜷川さんに訴えたという話を伝え聞いて...
私はチケットを買ったんです(結局、行けませんでしたが.)
武田さんという稀有な方の「身毒丸」を体験できたことはホントに幸運でした。
長くなりましたが、失礼いたします。| 2008年1月18日 (金) 20時46分