【ユッケ食中毒】石橋を3回たたいて渡るほど慎重なフーズ・フォーラスの勘坂社長の夢は「日本一の伝説となるレストランチェーンを実現」

このエントリーをはてなブックマークに追加
160オレオレ!オレだよ、名無しだよ!!
◆土下座&逆ギレ「エキセントリック社長」嘘と嫌がらせの履歴書(週刊新潮より)

勘坂社長は1968年、高岡市の生まれ。父は工場労働者、母はヤクルトレディ、弟が一人の4人家庭で育った。
因みに現在は妻と幼い男の子との3人暮らし。
地元の私立高校を卒業後、金沢経済大学(現・金沢星稜大学)に入学している。

大学時代の同級生は「当時はディスコ全盛時代でした。彼が働いていたのは金沢市内にあった”キング&クイーン”
私もそこでアルバイトしてましたが彼は黒服ではありません。黒服着れるのは副主任クラスからです。
彼は、単なるアルバイトでした」。
大学卒業後に勤めていた医薬品販売会社の総務担当者は「彼は91年に入社しました。あの頃から声を張り上げる
ような独特の話し方をしていた。会社では大学に医薬品を運んだりしてました。仕事ぶりはいたって普通。
ようやく独り立ちかと思ってたら93年の夏に辞めてしまいました」。
医薬品販売会社を退職後、彼がノウハウを学んだという焼肉店のオーナーは「元々、うちは精肉業者ですが、
焼肉店を開こうと店長を募集してそれに応募してきたのが勘坂くん。当時彼は工場で働く派遣社員。包丁の持ち方
から肉の捌き方まで教えました。ただ、1、2ヶ月しか続かなかった。身体を壊したと辞めました。
それっきり音沙汰なかったけど彼が焼肉店をオープンしてから肉を仕入れたいと連絡があったがそのうち注文も
寄越さなくなりました」、つまりノウハウを学んだのはたった1、2ヶ月。
えびす1号店の元パートは「あの場所は回転寿司屋があったのですがガス爆発事故で廃業、跡地に焼肉店を開きました。
1000万の開店資金は自力で調達したと吹聴してますが、実際は両親がお金を用立てたそうですよ」
金沢市内の焼肉店の店長が憤慨する「あそこは100円焼肉を始める前から半額キャンペーンをしたり価格破壊をしたわけです。
しかも勘坂社長はやっかみから有名焼肉店に嫌がらせをしてたそうです。客として来店すると肉などをわざとテーブルの下に
落としていたと聞きました」
嫌がらせされたその有名焼肉店の社長は「意地悪されただけの話だから。なんでそんなことをしたのか知らんわいな。
あいつの根性が悪いからや。もう5、6年前の話だよ。もう忘れた。本人に聞けばいいがや」、どうやら嫌がらせは本当だったようだ。