町山智浩●文text by Machiyama Tomohiro
illustration by Kaneko Nanpei
南北戦争で奴隷が解放された後も、アメリカ南部では100年も人種隔離が続いていた。白人専用のレストラン
に黒人は入ることを許されず、バスにも白人席と黒人席があり、黒人は選挙に参加することもできず、学校も別
々。黒人と白人が一緒にスポーツすることもあり得なかった。しかし60年代、マーチン・ルーサー・キングJr.
牧師を先頭に戦った結果、ついに人種隔離は撤廃された。
そのキング牧師記念日である1月18日、キング牧師の故郷ジョージア州アトランタから、彼の偉業に挑戦する
ようなニュースが発信された。
「今年の夏、白人だけのプロバスケットボールリーグを立ち上げる」
マスコミに向けてそう発表したのはドンムース<泣Cス。元プロレスのプロモーターで、90年代終わりにア
トランタでIBUというボクシング団体を主宰(現在休止中)していた男だ。
ムースが始めるリーグの名前はAABA(オールアメリカン・バスケットボール・アライアンス)。この場合
のオールアメリカンは「全米」ではなく「平均的アメリカ人」という意味だ。
「今や、我々白人は少数派になってしまった」とムースは言う。NBA選手の黒人率は79%で、全米プロスポー
ツの中でもアフリカ系が多い(NFLは65%、MLBは18%)。
「黒人選手は観客に襲いかかったり、試合中に自分の股間をつかんで見せたりする。白人だけにすれば、それを
恐れる必要はない」。ムースは2004年に当時インディアナ・ペイサーズのロン・アーテストが観衆に殴りか
かったことや、ワシントン・ウィザーズのギルバート・アリーナスがロッカールームに拳銃を持ち込んで出場停
止になった事件を例に挙げる。
さらにムースは、AABAの出場資格を「アメリカ国内で白人の両親から生まれた者」に限定する。NBAに
ヤオ・ミンのような中国人や中南米の選手が増えていることへの反発だろう。
「AABAは道端でやってるストリートバスケじゃなくて、品のあるファンダメンタル(原点に戻った)バスケ
をするリーグだ」と語るムースは、南部の12都市にリーグ参加を呼びかけた。
アトランタに近いオーガスタの市長は、すぐにAABAを拒否すると応えた。NBAの元スーパースター、チャ
ールズ・バークレーも「白人だけのリーグなんてアホらしい」と呆れながらも、「このニュースは、今も恥知ら
ずな人種差別主義者が存在して我々黒人を憎んでいるという事実を教えてくれるな」と怒りを抑えきれない。
アメリカのスポーツはかつて、白人と黒人は隔離されていた。しかし、メジャーリーグよりもNFLよりも先
に人種の壁を取り除いたのはプロバスケットボールだった。第2次世界大戦前の1942年、NBAの母体であ
るNBLが黒人だけの2チームをリーグに参加させた。白人だけのリーグなんて、時代を70年も逆回転させる愚
行だ。実現するわけがない。しかし、ムースは商売になると踏んでいる。
「AABAで優勝したチームが黒人だけのチームの挑戦を受けるんだ。スノーボール対ブロ(黒人の兄弟という
意味)ボールだ。テレビが放送したがるぞ。どっちが強いか観たいだろう?」
いや、その結果は大昔に出ている。南部では大学も白人用と黒人用に分かれていた1944年、NCAAの名
門デューク大学のチーム(全員白人)が、ノースカロライナ黒人大学のチームと極秘に試合を行なった。黒人と
白人が試合をするなんて当時の南部では許されないことだったので、体育館に客は入れず、報道陣にも告知され
なかった。結果、白人の名門チームは88対44のダブルスコアで黒人チームに負けた。
そもそもスポーツは実力さえあれば肌の色なんか関係ないから黒人選手が増えたのだ。そこに人種隔離をしたっ
て強くなるわけはない。ムースはリーグ名変えたほうがいいよ。NNB(ネオナチ・バスケットボール)とか、
KKKB(クー・クラックス・クラン・バスケットボール)に。
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http://blog.shueisha.net/sportiva/amespo/index.php?ID=23