ふりむくと
一人の少年工が立っている
彼はファイルが落ちてくるたび
うれしくて
カレーライスを三杯も食べた
ふりむくと
一人の失業者が立っている
彼はwinnyで浮かせた金で
病気の母に
手鏡を買ってやった
ふりむくと
一人の車椅子の少女がいる
初めてファイルをUPした時
彼女は共有することの美しさを知った
ふりむくと
一人の酒場の女が立っている
彼女は五月二十七日の夜に
ぬるぽウィルスに感染した
ふりむくと
一人の親不孝な運転手が立っている
彼は2ちゃんねるでハッシュを拾って
おふくろに公開前の映画を
見せてやると言いながら
とうとう約束を果たすことができなかった
ふりむくと
一人の人妻が立っている
彼女は夫に隠れて
160GのHDDを買ったことが
たった一度の不貞だった
ふりむくと
1人ピアニストが立っている
彼はwinnyの生まれた五月六日に
街頭でyahooの勧誘にあい
ADSLを導入した
ふりむくと
一人の出前持ちが立っている
彼は生まれて初めてもらった月給で
溜まりに溜まったファイルを保存するために
CD−Rドライブを買った
ふりむくと
大都会の師走の風の中に
まだ一度も新聞に名前の出たことのない
二十五万人のwinny使いが立っている
ポート接続の大レースに
自分のDLを待っている彼らの一番うしろから
せめて手を振って
別れのあいさつを送ってやろう
winnyよ
お前のいなくなった広いネット空間に
希望だけが取り残されて
風に吹かれているのだ
ふりむくと
一人の引篭もりが立っている
彼はCD-Rの山を片づけながら
昔落としたエロ動画のことを
思い出している
ふりむくと
一人の非行少年が立っている
彼は少年院の中で
winnyが週間アスキーで特集された日のことを
みんなに話してやっている
ふりむくと
一人の四回戦ボーイが立っている
彼は一番優れたP2Pソフトは
winnyだと信じ
サンドバックに「Port0」と書き殴って
たたきつづけた
ふりむくと
一人の風俗嬢が立っている
彼女はwinnyで落としたmp3で
お気に入りのCDを作り
ポータブルのCD-Rプレイヤーを買った
ふりむくと
一人の老人が立っている
彼は捏造ファイルに引っ掛かり
やけ酒を飲んで
DOWNLOAD板を荒らした
ふりむくと
一人の受験生が立っている
彼はwinnyから
ハッシュ不整合のない人生はないと
教えられた
なぜならWinnyの力こそが人類の永遠の夢だからだ!
跪け!命乞いをしろ!警察からwinnyのソースを取り戻せ!
ふりむくと
一人の自営業者が立っている
かつて1G以上の動画を96%まで落として
キーロストした日曜日の夜を
家族とも口をきかずに過ごした
ふりむくと
一人の新聞売り子が立っている
彼のHDDには
あの日落としたキャッシュが
今も入っている
もう誰も振り向く者はないだろう
うしろには「404 not found」があるだけで
そこにはwinnyは
もうないのだから
ふりむくな
ふりむくな
うしろには夢がない
winnyがなくなっても
すべてのP2Pが終わるわけじゃない
世界という名のノード一覧には
次のDLをまちかまえている二十五万の
名もないwinny使い達の群れが
朝焼けの中で
ダウンロード試行を繰り返すクリック音が聞こえてくる
思い切ることにしよう
winnyは ただのフリーソフトにすぎなかった
winnyは ただ2ちゃんねらーの思い出にすぎなかった
winnyは ただ2年間の連続ドラマにすぎなかった
winnyは むなしかったあの日々の 代償にすぎなかったのだと
だが忘れようとしても
目を閉じると あの日のダウンリストが見えてくる
耳をふさぐと クラスタを入力するタイピングの音が 聞こえてくるのだ