終わるコミケット#2 猶予の月

このエントリーをはてなブックマークに追加
227名無しさんi286
2000年12月28日 21:00 西2ホール

 解れていく、結束

「…………ひどい……」
 口に手を当て、由希は思わず呟く。
 机や椅子、チラシが、床一面に散乱していた。何処かのサークルの梱包が踏みつけ
られ、或いは引き裂かれ、中身の新刊がそこら中にばらまかれている。少し遠くでは、
赤帽の軽トラックが横倒しにされているのが見えた。
 そして、殺気だった空気。スタッフや警備員に取り押さえられた人々が、ヒステ
リックに意味不明なことを叫び続けている。男女の割合は半々といったところか。
「……取り押さえられたんは、だいたい五十名そこそこっちゅー感じやな。全員、
 サークル参加者や」
 不意に、背後で朝倉の声。由希はちらりと朝倉を見やったが、直ぐに視線を戻す。
「……見知ってる顔も、ちらほらいますよ。みんな、かなり大手のサークルさんです」
 小さく呟く由希。
「そっか……それと、あの子らが暴動起こした相手っちゅーのが、そこでへたばっとる
 おっさん達や」
 朝倉が指を差した方へと、由希も視線を移す。額に血を滲ませながら、肩で息をし
ている男が数人。襲いかかられたことに怒るでもなく、神妙にスタッフの手当を受けて
いる。……やっぱり、見知った顔だった。
「……印刷所の、人ですね」
「あぁ。それと、犬の兄ちゃんらが何人か、救護室に運ばれたみたいやで」
「…………」
 由希はそれ以上、何も言わなかった。取りあえず、何があったのか知ろうと、手近な
スタッフを探す由希。
 居た。腕章をした恰幅のいい男が、こちらに背を向けている。もう数人、男性スタッ
フが近くにたむろしていた。何かを取り囲むように。
 中心に、少女。首からぶら下げている前日搬入通行証…サークル参加者らしい。
 少女は、泣いていた。
「……どうしたんですか?」
 スタッフに問いかける、由希。振り向いたスタッフのIDカードには、『西地区・
地区長代行』と記されていた。
「……東のスタッフには関係ない。さっさと自分の居場所へ戻れ」
 一瞬、由希の胸のIDを確認した男は、敵意のこもった言葉を投げつける。まるで、
親の敵でも見るかのような、そんな視線も合わせて。
「東だ西だって、そんなの関係ないじゃないですか」
 由希は、真っ向からその視線を受け止めた。かなり身長差があるから、見上げる
ような形ではあるが。
「だいたい、女の子を寄ってたかって男の人が取り囲むなんて、サイテーです。取り
 押さえられてないところを見ると、彼女が暴れたとかって訳でもないみたいですし」
 一息ついて、
「その子は、こちらで保護します。貴男方は別のお仕事をして下さい」
 由希が、きっぱりと言い放つ。色めき立つ四人のスタッフ。
「下っ端如きが偉そうなことを抜かすなよっ。これだから、東の馬鹿スタッフは
 使い物にならねぇんだよなぁっ」
 代行の隣にいる男が、そう怒鳴った後、下世話に笑った。追随する三人。
「……(……おかしい)」
 怒りよりも先に、小さな疑念が生まれた由希。イントネーションも、間の取り方も、
言葉の勢いにも、妙な違和感を感じるのだ。こちらを煽ろうとして、使い慣れていない
汚い言葉を無理に使っているように感じた……自分の意志とは別に。
 なら、なんの為に? 東西間のスタッフの関係を悪化させる為? もしそうだと
したら、何の理由があって? 得になることなんか、一つもないだろうに。……そんな
由希の疑問も、次の西館スタッフの一言で、怒りの向こうへと消えた。
「----ペーペー女なんかがホール長張ってるトコの下っ端スタッフは、トップ同様
 頭が空っぽのヤツが多いのかね----」