>>209 >ただ考察するだけじゃ「ゲーム」じゃないのにね。
>ルールも勝利条件が無いと。それを公表してない、後付けしまくりのインチキノベル
>なのに「ゲーム」と言っちゃうドラッ禿はゲームのことを全く判ってない。
ああ、これは重要な指摘ですよね。
これについては上の文ではうまく言えなかったんだけれど、これをきっちり批判している文章ってほとんど無い。
「設定考察がひぐらしの推理(ゲーム性)なんです」という風潮があるんだけれど、
はたしてそれってゲームと言えるのか、というのは本当は真っ先に吟味するべき箇所ですね。
勝利条件とルールの明記や把握がそもそもありえないほどの恣意的になっていたり、
後付けでしか納得できなくしているものを、はたしてゲームと言えるのかと思いますからね。
つ「メタゲーム」
竜公が元々「カードゲーム屋」だってこと忘れちゃいかんよ
それが透けて見えたからこそいやになったんだが
竜公の言うゲームとやらはただ一つ
正解のフローチャートを隠したまま、バグだらけのフローチャートを提示して
「これを正しいフローチャートにせよ」って言ってるだけ
この場合の正解とは、ハッピーエンドと言う出力を得られること、ね
つまり提示された「物語」とやらは「間違ったフローチャートから導き出された結果」であって
それそのものになんら意味は無いわけで、言ってしまえばゴミ
ゴミの中身を云々してる信者乙、ってところか?w
カードゲームで相手のデッキを類推(メタゲーム)するのと同じように
正しいフローチャートを類推する事、だからこれは推理ゲームなんでず!
と言いたいらしいね、竜公は
カードが何十種類有るか、そのカードの効果はいかなる物かが全く提示されて居ない状況において
それが出来るやつが居たら見て見たいもんだが。
ああ、だから「正解率1%」なのかww、
分かりにくくてスマソ、まあ結論は「竜公は糞」ってことだ
これが一番正しい出力かもねw
217 :
215:2006/02/17(金) 05:29:58 ID:/ukorlLa
>>216 そうそう。
形式としてそれをゲームであるとするには、
類推不能なまでに手がかりを準備していない中でそれを類推させる、
という過程を根拠にするしかないですね。
で、指摘できることは、「それってゲームシステムとして優秀なのかどうか」。
手がかりの提供不足(要するに「プレイできない」)の点で、ゲームとしてはつまらない。
後出しでしかゲームシステムが理解できないやり方は、すでにゲームが成立できているとは言えないし。
その意味では、最後の二行は同意ですね。
さらに言うと、類推ゲームとしての不成立を「(自分のor他人の)考察をネタにするゲーム(コミュニケーションw?)」へと
すりかえるのは、勝利条件が消去されて過程自体が自己目的化したゲームへの移行を意味する。
つまり、ゲームが成立してない種類のものへと詐術で言い換えている。
これは、類推ゲームの展開というよりも、それが失敗しながらも派生的に機能した過程へと
ゲーム目的をすりかえているわけで、信者の振舞いを逆手にとって利用した結果論だ。
その意味でも、ゲーム製作という点で破綻しているわけで、再び最後の二行が適切だと思います。
要するに、一言で言うと、彼の言うゲーム性ってのはろくに成立できてないものだったり、
ゲームシステムのすりかえ的な誘導主張でごまかしているものであって、詐術に等しいですね。
まあ、信者は「結果的に面白かったからいいかな」と思ってるから、それが欠陥だとは意識しないわけですが。
あー、それは言えてる
すごい納得
ああなるほど腑に落ちたよ。
>信者は「結果的に面白かったからいいかな」と思ってるから、それが欠陥だとは意識しないわけですが。
でも竜公はそれが納得いかないみたいですけどね
あくまで「ゲームとして面白かった」と認めろと主張してるわけですがwww
なんだかんだ言ってもあのアキバの事件は
ひぐらしが馬鹿にされたからこそ起きたわけだよな
ひぐらしが馬鹿にされたのはひぐらし叩きがある為で
このスレの存在がそもそも関与してるんじゃないのか
まあ、面白けりゃ何でもいいってんでこちらは楽しく
見てただけなんだが
俺達はひぐらし“を”遊んだんじゃない。
ひぐらし“で”遊んだんだ。
それをネタにコミュニケーション出来たらゲームだってんなら、
笠間ゆかりだってゲームだわなw
それなら2ちゃんは世界最大のオンラインゲームですな。
それなら買わなくったって
ネタバレとサイトにある顔絵だけでもひぐらし遊ぶことができるな
……やっぱひぐらしってゲームじゃなくて、ただのいんちきライトノベルだわw
224 :
1/3:2006/02/17(金) 17:17:07 ID:ViLVqmb6
ちょっと補足します。すみません、長文になってしまいました。
この作品にはゲームシステムの4層のすりかえ構造があります。
1.犯人・動機・トリックの推理(ゲーム1)
2.作品世界ルールの推理(ゲーム2)
3.梨花救出&ハッピーエンドの方法の推理(ゲーム3)
4.自分or他人の考察や推理をネタに使う雑談・会話(ゲーム4)
1は出題編当時から提示されていて、プレイ可能だったもの。
2は本編では実質的に皆殺し編ではじめて提示され、また提示されたときにはすでに解答済みであったもの。
3は皆殺し編によってはじめて提示されたもの。
4は話題になりさえすればゲームだろうが何だろうが、派生的に持つ機能であり、勝利条件が存在しないという意味でゲームなのか疑わしいもの。
1は、皆殺し編とその直後の作者自身の発言によって、「そもそもこれは勝利条件ではなかった」と
すりかえられ(お疲れ様会の発言とは矛盾する)、2と3が当初からのゲーム性だったのだと提示されました。
しかし、後になってはじめてゲームシステムが理解できるゲームは、ゲームとしてプレイできたものとは言えませんし、
たとえそのゲームシステムに気付いていたとしても3と4をプレイする手がかりが乏しいので
ゲームとしてプレイできたものとは言えません(
>>216の第3段落で指摘されているのはこれでしょうね)。
225 :
2/3:2006/02/17(金) 17:17:42 ID:ViLVqmb6
さらには、2と3にすりかえれば1が解消できるかというとそうではなく、
ルールを根拠付ける(2)ためには1の要素が関わってきます
(ルールYはそのまま「黒幕」であり、1の推理対象そのものであり、独立できていません)。
また、救出方法を考える(3)ためにも1の要素が関わってきます
(3にとっての障害が何なのか、どのような手段をもっているのか、
何を目的にしているのかを知る必要がありますが、これは1の推理対象そのものであり、独立できていません)。
よって、「この作品のゲーム性は、1ではなく2,3なのだ」と言って
このゲームを擁護する主張は、すでに転倒しています。
おそらく、その転倒は皆殺し編以後の現在の認識から過去を見ているからなのでしょう。
「皆殺し編で犯人・手段・目的をすでに知っている」から、2,3と1がそれぞれ独立しておらず、
相互に根拠付けていることに気付かず、上のような主張が可能だと錯覚されています。
226 :
2/3:2006/02/17(金) 17:19:06 ID:ViLVqmb6
2は、ルールのかたちを推理する(プレイする)手がかりが無い、
>>216の言葉で言うと
「カードが何十種類有るか、そのカードの効果はいかなる物かが全く提示されて居ない状況」なので、
十分な伏線無く1を成立させようとした無理矢理さと同じく、プレイ困難に陥ります。
よって、ゲームが成立している状況とは言えないでしょう。
3は、実質的には皆殺し編によってはじめて成立したゲームだとは言えます。
しかし、このゲームのプレイにはプレイの面白みはあるのでしょうか。
普通の続きもののストーリーで、たとえば「北斗の拳でケンシロウがラオウに勝つ方法を推理せよ」
と言われていることとどう違うのか。パワーアップするor修行するor○○に協力してもらうなどの予測は
伏線からできますが、それは単なる展開予測と変わらないので、ゲームのプレイになっているかと言うと疑問です。
4は、それがゲームとして成立しているのか微妙なことは、
>>217の第3段落で指摘しました。
>>221,
>>222の言うように、ゲームにおいてのみならず、話題になりさえすればネットや世間ではどこにでもある性質にすぎないでしょう。
これは、ゲーム性というよりは、ゲームの社会的「効果」と言うべきものであって、作品自体とは関係の無い派生現象にすぎません。
単なる派生現象を作品の目的と言い換えた発言(NHKでの発言ですから、当人の公式的な見解ではないとも見なせる
+しかし、その主張は逃げ道として機能する、という非常に都合のいい機能を果たす発言ではあります)は、
ゲームを作る人間の発言としては恥知らずなものに見えました。
何ともかんとも、「後から錯覚させて、それが正当なような気にさせてしまう」主張が作者はうまい人だなぁ、と思います。
これが演出能力というものなんでしょうか。詐術や事後的な誘導操作、印象のすりかえ構造の構築に励むのではなくて、
ゲームシステムの構築に励んでもらいたいものです。不成立なゲームシステムをゲームだと言い張るようなゲームシステムではなく、ですが。
スレ汚しになってしまい、すみません……。すさまじく長くなってしまいました。
>まあ結論は「竜公は糞」ってことだ
結局はこうなりますね。私もこれと同意見です。
>>224-227 唯一「1.犯人・動機・トリックの推理(ゲーム1)」だけは、綿流し編でのみ推理可能だった。
犯人→祭後に酔っ払っていた詩音。動機→悟史の敵討ち。トリック→双子入れ替え。
だが大石のハッタリなど、この辺ですらセコさが見え隠れする。
それに、最大の黒幕(鷹野)・動機・トリックの推理は不可能だ。
鷹野を黒幕とするのも「鷹野は怪しいから」という理由だし、死亡時刻云々も罪編で始めて明らかになった事実。
トリックは、世界観に合わない反則技(国家陰謀)だったし
動機に関しては、皆編で始めて「神になりたいのー」と出てきて、これはどうでも良い部分だった。
後は、おっしゃる通り。
2.作品世界ルールの推理(ゲーム2) は、ぶっちゃけると
「俺ルールと俺世界観を読み取れ」と言ってるのと同じ。ナメんな。
3.梨花救出&ハッピーエンドの方法の推理(ゲーム3) は、
「ドラゴンボールで悟空がフリーザに勝つ方法を予想しろ」と言ってるのと同じ。
ぶっちゃけ「梨花ら部活メンバーが山狗に勝つ方法を予想しろ」と言ってるのが竜騎士な訳だし。
4.自分or他人の考察や推理をネタに使う雑談・会話(ゲーム4)
もうこれはみんなが言ってるとおりだわな。
雑談がゲームだってんなら、2ちゃんねるなんか日本最大級のオンラインゲームだ。
長文すまん。ドラッパゲはウンコでFAです。
書き忘れていたなぁ、と思っていたことを言うと、
出題編〜罪編:ゲーム1がこの作品のゲーム盤だと自他ともに(+暗黙に)了解
皆編:ゲーム2で言いくるめてゲーム1を擬似解消&ゲーム盤の変更
〜祭編:ゲーム2の下地のもとでゲーム3が新たなゲーム盤になる
全体を通して:ゲーム4という逃げ道が機能
こんなふうに、作者の恣意によってゲーム盤を次々変更して、「もともとそうだったのだ」と
正当化してくる手つきがあります。
期間として最長の出題編〜罪編では、釣り効果の高いゲーム1特性を否定したりはしません。
この宣伝方法の旨味をごっそり獲得するためにぎりぎりまで引き伸ばした後で
(目編〜罪編は真相の核心部の解答要素が乏しいことを考えると、引き伸ばし期間の役割でしょう)、
インタヴューなどでアリバイ作りをおこない、ゲーム1の収拾困難さから逃げるために
ゲーム盤を変更&誘導的な詐術の使用に踏み切ります。
そして、最終編までの引っ張る効果のために新たな(出題編からサルベージされた)ゲーム3を
中心に持ってきて、最後の釣り効果を見出そうとします。
しかし、これは単に「次の編を期待して待っててね!」ぐらいのものだから、
収拾の困難さはさほどありません。そして皆編から祭編までの間ずっと、
ゲーム4が言い訳のように作者と裏切られた信者の傷を取り囲みます。
さらには、テーマ云々、自己表現云々と語る作者ですが、同時に
エンタメ発言も逃げ道に使っているので、テーマの掘り下げが未熟であっても、
作者・現役信者ともどもが「エンタメだからしょうがないよ」と許しはじめる機能も確保されています。
かくして、利己的な釣り効果と模索を捨てるための逃げ道は万全に準備された道のりができあがります。
ひどいもんですね。
>226
>何ともかんとも、「後から錯覚させて、それが正当なよう
な気にさせてしまう」主張が作者はうまい人だなぁ、と思います。
竜糞自身も自分の嘘を信じ込んでるような所がありますな。所
謂サイコパスによく見られる症状ですが。
ViLVqmb6氏(あんた頭いいなあ。他の方々も)が緻密に解体してらっしゃるので今更だが、
「ひぐらしがゲームか?」を論じるに必要な「ゲームとは何か?」を考えて
みたりする。「ゲーム」の条件を考えてみると、誰でも以下のように行
き着くのではないか。
「ゲーム」の条件:
A1・ルールを規定し事前に公表する:
ルールと勝利/敗北条件が明確に規定されており、明確かつ完全に全プレイヤーに
事前に公表されていること。
A2・必ず勝利の可能性がある:
ルール内でプレイヤーの使える戦術があり、それらの使用によってプレイヤーが
勝利条件を満たせる可能性が必ず持たせてあること。
A3・ルールの厳守:
ルールが厳守され、作者・読者・各プレイヤー・ゲームシステム・観客etcの、
誰にも不正が出来ないようになっていること。
つまり≪「ゲーム」とは、「厳密・明快なルール上での、フェアな勝負&
そのためのツール・競技」である≫と。
(1P対CPUや推理ものなどはプレイヤー対作者の勝負である)
これらに反する物、つまり
Z1ルールと勝利条件が決まっていない、または示されない
Z2持っている選択肢をいくら使っても、勝利条件を満たせない
Z3ルールが守られない
・・・などの物は皆「ゲーム」では無い。見た目がどんなに何かのゲームに似ていたとしても。
そもそも勝負をやる理由は、ある分野においてどのプレイヤーが優秀か?の実力を明らかにし、
決着を付けるため。なのでルールを明言していないものは不正の温床となり、その勝負に
価値がなくなるため、勝負のツールとしては役に立たない。つまりゲームではない。
その視点から見ると、ひぐらしは見事なまでにA1〜A3を全て満たしていないw
反するZ1〜Z3の条件を満たしている。
ひぐらし本体の正体はただの「先の読めない稚拙な伝奇ノベル」である。信者がこれを
「面白かった」と感じても、それは「ゲーム」の面白さ(トリック&推理)では無く
ノベルの面白さ(物語&キャラ)である。信者がひぐらしを「面白い」「好きだ」と
言うのは自由だが、信者や作者がこのゲームでないものを「これはゲームだ」と呼ぶ
ことは、ゲームに対する冒涜であり、ガチのゲームファンには断じて許すことは出来ない。
そしてゲームと呼ぶことで作者は読者を騙す詐欺を仕掛けた。
ひぐらし(ドラッ禿)はゲームを馬鹿にし踏みにじっておきながら、金儲けのために
(ゲームと詐称した方が客が食いつくので)「これはゲームだ」と詐称して客を騙して
売る(しかしゲームかどうかは買って読んでみた後でないと判らない!)という、
二重三重にゲームを利用し冒涜する詐欺を仕掛けた。ゲーム界の敵であろう。こんな
ものを認めれば今後同様の詐欺を狙う詐欺師たちが現れ、推理ゲームが衰退することも
ありうる。それを防ぐためには、ひぐらしとドラッ禿の欺瞞に対して
ゲームファン諸氏が怒りの声を上げていくことが必要だと思う。長文失礼した(--;)