三、四年程前の夏コミで三日目に異変は訪れました。
今思えばその異変の予兆はブースで売り子をしていた時からありました。
一人の女性が「あのーHさん(私のPN)は今日はいらっしゃるんですか?」と
他のスタッフに声をかけてきました。そのスタッフは即座に私の指差して
「こいつがそうですよ」と答えました。するとその女性は「あー!私が想像
していたのとぴったりです!私、伊藤(仮名)といいます。ファンなんです。
いつも楽しく読ませてもらってます。お会いできて本当にうれしいです!」
と一気に捲し立てます。私はと言うと前日ほとんど徹夜だったせいで
気持ち悪くて、更にブースのすぐそばにあるケンタッキーの匂いで体調は
最悪でした。そのせいもあって「ああ。どうもありがとうございます」という
型通りの反応を返したんだと思いますがどうもよく覚えていません。
更に女性が捲し立てようとしたんで私は「すいません。体調悪いんで今日は
勘弁してください」と返し、仲間も「すいませんが他のお客様の邪魔ですから
どいて頂けますか?」と言うと彼女はあっさりどこかへと姿を消しました。
そんな事はすぐ忘れ、私は体調最悪のままコミケを消化していたんですが
さすがに私の顔色が悪かったんでしょう。仲間が「売り子もういいよ。帰って
寝たら?打ち上げの日は収支計算終わった後で決めて連絡するから」と
言ってくれたのでそれに甘えて帰ることにしました。重たい体を引きずって
なんとか新木場から有楽町線に乗り込むとあとは自宅の最寄の駅まで
乗り換えなしなのですぐ眠りにつきました。目を覚ますと和光市を通過した所で
あと少しで降りる駅です。何事もなく降りる駅に着き、ぼーっとしながら途中の
コンビニで買い物して家に帰りました。家に帰るとすぐベッドに倒れこむようにして
そこで意識が途切れました。目を覚ますと外は既に薄暗く時計を見ると
午後六時を回っていました。体は楽になっていて帰りに買ったポカリを飲みました。
落ち着くとお腹が減ってきて夕飯を作るのも面倒なので近くのファミレスに
行く事にしました。で、家を出て何事もなく夕飯を済ませ「夕刊きてるはず・・・」
と郵便受けを覗くと夕刊とは別にチラシに混ざってルーズリーフの半分ほどの
紙が折りたたまれて入っていました。なんだろう?と思って広げると細かい字で
「今日はコミケお疲れ様でした。顔色悪かったみたいですけど大丈夫ですか?
心配です。今はいないみたいなんでまたあとで来ます。でわでわ」
と書かれていました。最初驚くと言うより理解ができませんでした。
郵便受けを間違えたのかなと思ったんですがご近所さんにコミケに
行ってそうな人達は思い当たりません。次第に恐怖が湧いてきました。
何でかと言うと私の住所は一切本にもでていなくて奥付はサークルの
代表の人の住所になっており、どうやって私の家がわかったんだろう
と言う事です。私は周りを見渡し鍵を開けるのももどかしく家に駆け込みました。
でもとりあえず間違いかもしれないと自分に言い聞かせその紙は捨てました。
そのまま時間が過ぎ私は「やっぱり間違いだったんだ」と思い始めテレホーダイの
時間が近付いたのでPCのスイッチを入れました。しばらくチャットで今日の仲間と
話したりしてもう紙の事はすっかり頭の中から消えていた時の事です。
『コンコン』とドアをノックする音が聞こえたような気がしました。
私はキーボードを打つ手を止め耳を済ませました。『コンコン』『コンコン』
やっぱり誰かが来たみたいでした。チャットの友人に「誰かきたみたい。離席」
と言って玄関に向かいました。その間も音は続いています。
「はーい。どちらさまですか?」と尋ねると「私です・・・伊藤(仮名)です。
体は大丈夫ですか?」と声が返ってきました。
「??伊藤(仮名)・・・さんですか?すいませんがどちら様ですか?
ちょっと心当たりがないのですが」と言いながら覗き穴から覗くとアパートの
廊下の電灯にうっすらとKOFのマチュアのコスプレをした昼間ブースに来た
あの女性の姿が浮かび上がっていました。「あ、あのどういったご用件でしょうか?
それよりどうして・・・」家が判ったのかと聞く前に相手が答えました。
「昼間体の調子が悪そうでしたから心配になって。電車でもご一緒だったけど
気付きませんでしたか?(!!!!!)私、色々準備してきました。
(何の準備なの?)色々お話しましょうよ。Hさんマチュアが好きなんですよね?
私のマチュアのコスプレどうですか?結構頑張ったんですけど・・・。」
「あの。あの・・・。とりあえず今日はお帰りになったらどうでしょう?
また後日ということで。今日は遅いですし」
「私が女だからですか?私は気にしないですよ」
「私は気にするんです。お願いですからお引き取りください」
と言ってほったらかしにしていたらしばらくは何かドアの向こうで喋っていましたが
それも無視していると静かになり、やっと帰ったかなと思った時、伊藤(仮名)は
私の住んでるアパートの前で爆竹鳴らし始めました。
おまけに表札を見たんでしょう、「S(私の本名)の馬鹿!」とか「Sは嘘つき!」
とか大声で怒鳴り始めました。私のアパートの前はマンションです。
当然そこの住人にも聞こえてるでしょうしかなり泣きたくなりました。
すぐに警察に電話しました。
「私の家の前で騒いで爆竹鳴らしてる人がいます。何とかしてください」
というと警察は割合すぐに来ました。窓から様子を伺ってると警官が
伊藤(仮名)にバンカケしているのが見えます。すると警官と伊藤(仮名)は
私のアパートに入ってくるではないですか。やばいと思っていると警官が
ドアをノックします。そしてその警官の言葉に愕然としました。
「いくら喧嘩したからって彼女を外にほったらかしはいけないよ。ね?
しっかり二人で話し合って解決しなさい」
丸め込まれていました。警官は伊藤(仮名)の作り話に騙されていました。
必死に彼女とは見知らぬ仲である事を説明するも信じてもらえません。
その時友人の事が思い浮かびました。今日、ブースにいた友人なら
伊藤(仮名)と私が初対面でそういう関係ではないと証明してくれるはずです。
私は慌ててチャットで友人を呼びました。チャットでは上手く説明できなかった
ので電話で事情を説明すると最初冗談だと思っていた友人も
「すぐに行くから。何人か証言する奴連れて行くよ」と言ってくれました。
帰りたがる警官を必死に引き止め頑張っていると友人の車がアパートの前に
止まる音が聞こえ、友人達の声が聞こえてきました。
友人Yはその日ブースにいたうちの二人をつれてきてくれました。そうして皆で
「この女性とSはなんの関係もない。今日始めて会ったと同人誌の即売会場
で言っていた」「私はSの友人だがこの女性とは会ったこともない」
と証言した上に伊藤(仮名)に色々質問してくれました。すると伊藤(仮名)の
答えが支離滅裂になるに及んでようやっと警官も何かがおかしいと思ったようで
伊藤(仮名)に「ちょっと署まで来てもらえるかな?すぐ済むから」といいました。
そうなっても伊藤(仮名)はまだ作り話を繰り返します。
警官は無線でパトカーの手配をしたようでした。パトカーが赤色灯をまわし、
だけどサイレンはならさずにやってきました。中から二人の警官が出てきて
伊藤(仮名)を囲んで説得すると割合あっさり伊藤(仮名)はパトカーに乗りました。
パトカーの姿が見えなくなると全身から力が抜けてどっと疲れがでてきました。
友人達に礼を言ってきちんとしたお礼はまた後日するからと言うと友人達も私を
励ましたあと帰っていきました。そしてその日はそのまま眠りにつきました。
私はこれで全てが終わったと思っていました。だけどそれは大きな間違いでした。
考えが甘すぎたみたいでした・・・。翌日から電話攻撃が始まりました。
留守電には大量に伊藤(仮名)からのメッセージが吹き込まれています。
中には「私とは遊びだったのね」とか「お腹の赤ちゃんはどうするの?」といった
意味不明なものまでありました。会社から戻ると即座に電話が鳴ります。
どこかで見張っているとしか思えませんがどこにいるのかはわかりません。
もちろん電話には出ません。すると留守電モードになった途端
「今会社から戻って家にいるのはわかってるんだから!」という絶叫が響きました。
もう一杯一杯でした。電話線引っこ抜いて夜は寝ました。
何故か伊藤(仮名)は家には来ません。それだけが唯一の救いでした。
それが半年に渡って続きました。警察に相談してもその当時はまだストーカー
という言葉すら日本では認知が浅く痴話喧嘩扱いでした。半年ほど続いたある日
突然伊藤(仮名)からの電話は止まりました。何故止まったのかは
今でもわかりません。ただ平和な日々が戻ってきたと言うことだけはわかりました。
その事が有って以降私は書くのを止めました。コミケにも怖くていけませんでした。
ほとんど精神障害みたいになってしまって夜どんなに熟睡していても
部屋の前を誰かが通ると勝手に目が醒めて跳ね起きるようになってしまいました。
道歩いていてもどこから伊藤(仮名)がでてくるか、そんな事ばかり考えていました。
本当に、本当に死にたくなるような半年間でした。
電車を見ると飛び込んだら楽になれるかもと本気でそればっかり考えていました。
去年の冬、ネットの知り合いのお誘いも会って久しぶりにコミケの初日に
参加しました。これから徐々に慣らしていければ良いなあと思っています。
以上、ストーカーされちゃった♂の愚痴でした。ありがとうございました。