589 :
わんにゃん@名無しさん:
この季節になると思い出す。若いとき、南ドイツを貧乏旅行していた。
といっても、そんなにみすぼらしい格好はしていなかったが、移動は列車
の二等車、タクシーは使わない。代わりにテクシー、そんな旅だった。
ある駅から、ベネディクト派の修道院へと歩いていた。日は高かったが、
昼飯は食いそびれた。そうして無心で歩いていると、一台のメルツェデス
のワゴンが止まった。中からチロルを被った紳士がシェフェルフントを連れて
降りてきた。南部訛が聞き取りにくいが(今度のローマ法王のイントネーション
とお顔立ちによく似ていた!)『にいちゃん!どこに行く?家で飯でも
食わんかね?いや、寄っていってほしい。』という。丁重に断わったんだが、
『こいつ(犬のこと)が鼻を鳴らすなんてそうないことだ!あんたはいい人
と見た!』と言う。こちらも嬉しくなって、ご好意に甘えることにした。
お邪魔したところが、ソン所そこいらの農家ではない豪農!立派な格納庫には
馬鹿でかいトラクターが2・3台並び、やはりメルツェデスのSクラッセと、
奥様かお子様用らしいVWが止まっている。そして降りるなり、独特の甘い
吠声がする!そちらを向くと、居るわ居るわ!!犬小屋、というより、
一つの訓練所の犬舎!としたほうがいい立派な施設に10頭以上は吠えている!
外套を掛けるとキッチンに通された。そこにも1頭立派なのが居て、吠え
たが、主人が声をかけるまでもなく、少し私の匂いを嗅ぎ、すぐに大人しく
伏せをする。お供を勤めた彼も、キッチンの片隅で、ぶつ切りにした肉塊を
前に座り、主人の許諾により大人しく食べ始める。
590 :
589:2005/06/07(火) 06:31:16 ID:TY2m8yF3
暫くして、奥様が、食料庫からたっぷり食材を持ってやって来た。
挨拶すると、家の犬が初対面の客に気を許すのはめずらしいと言う。
主人も気になっていたようで、『君は好きなのかね?普通恐がるんだが?』
と尋ねる。『好きですが、私は飼ったことはないし、その資格もありません。
ただ、父の兄が軍隊でこの犬種と写っている写真は父の宝物です。
伯父は戦死しましたけれども。だから愛着があるのかも知れません』と答えると、
『解かったぞ!やはり君は日本人か!まだ私が子供だったとき、日本人の
将校がこの犬種の交流会に来てね、家に泊まったんだ。君の顔は彼の精悍さ
に似ている!どうだね?修道院長は私の幼馴染だ。彼に電話しておくから
3〜4日我が家に滞在したまえ。』わたしは翌日の夕方から修道院で行われる
ある講習会に参加を予定していたので、その旨を伝え固辞したが、主人は
せめて一泊と譲らず僧院に電話してしまった。
やがて奥さんが手料理を運んで来つつ『主人は一度決めたらもう駄目!
狼使い!に振り回されて、いまや私もその連れの魔女にされているんです。』
とはにかみながら冗談を言った。
供された食事はカレーとキュンメル風味の焼きソーセージ、たっぷりの
ピクルスとザウアークラウト、きゅうりのヨーグルト和え、黒パンか
ジャガイモ、といった感じだったと思うが、とりわけ焼きソーセージ
の味わいは秀逸だった。そういえば2頭の犬からも、家からもまったく
犬の匂いはしない。むしろキッチンを飾り、吊るされているドライ・ハーブ
のかすかな匂いと、塵一つなくピカピカに磨かれている地味だが重厚で
趣味のよい調度に、都市生活者にはない文化の質と高さ(欧州では得てして
都市労働者より農家のほうが生活の質は高い)と、奥さんの持つ誇りを感じる。
やがて食後、ご子息にも紹介され、ただ食いもないので一緒に薪積みをして
いると、犬が一斉に甘えて吠える。するとコーヒーに呼ばれ、なんと近くに
すむご主人の親御さん夫婦までやって着ている!しかもその手には立派な
『河カマスとザリガニ』を携えて。それを凝視していた1頭が甘えて吠える。
主人がドアを開けると全速力で疾走していき、こちらが二三人前は悠にある
おばあさんの手作りケーキに目を丸くしていると、やがてなにやら草を
銜えて戻ってきた!なんとそれはディルの一枝だった!『どうしてこれを
採ってきたんですか?』と質問すると、主人曰く。『こいつは利口でね。
大体朝新聞を持ってくることから始まって、魚の匂いがするとディルが
必要だと認識して採りに行くとせがむ!ほかにも猟の獲物を友人が持ってくると
ネズの実を、とかいくつか記憶しているね!』
591 :
589:2005/06/07(火) 07:40:04 ID:TY2m8yF3
夕餉はちょっとしたパーティーだった。ディル風味の河カマスとザリガニ、
白ワインいずれも頬が落ちる程の美味だったことは言うまでもない。
食後の木苺のシャーベットを食すときには正直げんなり!だったが、なんとか
残さずに平らげることができたので、とても喜んで頂いた。
寝る前に主人から、おじいさんとご子息、私と男だけで話そう、と薦められた。
わたしはハーブの薬酒、皆はキルシュをちびりちびり傾けながら、主人が語った。
自分は普段絶対にヒッチハイカーは拾わないこと、東洋人が堂々と歩いていて
なにか気になったところ、急に犬が振り返り、鼻を鳴らしたのでハットして
車を止めてしまったこと、昔来た日本人の将校は肉を受けつけなかったが、
河カマスとザリガニをとても美味しそうに食したこと、
だから今晩どうしても私にご馳走したかったこと、
将校来訪の折、やはり犬がほとんど吠えずに子供心に不思議だったこと、
その頃は幸せだったが、やがて戦争が始まったこと、ドイツもイタリアも、
日本も加害者であると同時に被害者でもあったこと、自分も犬も巻き込まれ、
自分の愛犬はすべて(軍用犬供出?により)連れて行かれ、一頭も戻っては
来なかったこと、すべてを失ったが、どうしても飼わないではいられず、戦後
シェフェルフントを飼い始めたこと……、彼は結んだ。『戦後日本もドイツも
頑張った、もっとよくなるさ!よくならにゃいかん!!』気が付くと彼も、
おじいさんも泣いていた。それを見た私は、伯父の遺影を見ながら『いい兄貴
だった!』と必ず父が泣くのを思い出し、やはり泣けてきた。ご子息も泣き
皆肩を抱きつつ泣いた。わたしがドイツ人と以心伝心に至ったのは、後にも
先にもこのときだけである。
592 :
589:2005/06/07(火) 08:14:17 ID:TY2m8yF3
翌朝、『少しですが…。』と謝礼を渡そうとするも、奥様には頑なに
拒絶された。そこで用意してあった和紙で折り鶴を折った。みな
私の折る手先を不思議そうに見つめていた。それを三羽折り、お孫さんに
日本の文具(私はドイツ製の文具が好きだが、どうしたわけかドイツ人
は日本の文具がたいてい好きである)を添えて手渡すと、とても喜んで
受け取って貰えた。
主人は朝食ご馳走の後、すっかりダークグリーンの民族衣装に身を包み、
愛犬を従え、私をSクラッセに乗せ、僧院まで送ってくれた。
普通、ありえないことなのだが、僧院の入り口には修道院長が弟子を
従えて待っていた!
主人は別れ際、握手しつつ、『もし飼いたくなったのなら遠慮せず
私に連絡してくれ。最高の血統の子犬を送るから!』と言って帰って
いった。院長は私を客舎に案内しつつ『彼が自ら子犬を譲るなんて!
人のうわさ話は嫌いですが、彼は私が子供のとき、ガキ大将でね!
随分泣かされました。わたしがローマ(の神学大学?に留学し、)
から帰国し、この僧院の財務担当になったとき、鶏舎がキツネに狙われ、
ほとほと困っていたんですよ。どこで聞いたのか、彼がひょっこり
若い牡犬を三頭連れてやってきましてね!「お前さんが故郷に錦を
飾ったんだから、これは今日からここの犬だ!三位一体の神に栄え
あれ!」というんです!実にその晩からなんですよ!鶏がキツネに
やられる被害はぴったりとなくなりました!彼はそういう男!
ドイツで一番のシェフェルフントのブリーダーですよ……。』
別れ際、主人の犬が窓から顔をだし、鼻をならしつつ甘えた声で車
が曲がって見えなくなるまで吠えていたあの声を今も思い出す。
わたしは今も飼える身分ではないが、それでいいと思う。
ドイチェ・シェフェルフントは分別ある賢者が買う究極の犬種であり、
これからもそうあってほしいからである。