河崎一夫さん(65)はこの3月末で金沢大学教授を定年退官した。付属病院眼科で約40年治療と教育に携わり、最後の2年間は病院長を務めた。
職を退き、学生への愛情を込めた最後のメッセージとして投稿したのが「医学生」だ。
「人前で堂々と医学を選んだ理由を言えるか」「奉仕と犠牲の精神はあるか」「医師の仕事はテレビドラマのような格好いいものではない」「知識不足は許されない」
「医学生は『よく学び、よく学び』しかない」。医師の心得を説くことばは厳しい。
「医学生へ」は大きな反響を呼んだ。
「涙が出るほど感動した」「快哉(かいさい)を叫んだ」という手紙、メールは50通を超えた。医大で学ぶ息子や娘、孫に記事を送ったという報告も少なくなかった。
河崎さんは、退官後はしばらくゆっくりし、いずれは診療に専念したいと思っていた。ところが、掲載後、中学などから講演を依頼され、放送局から出演の話も。
「本を書きませんか」という誘いまである。
大学で医学教育に携わる医師からは「同感。記事を学生に読ませた」「成績がいいからと医学部を選ぶ学生が多い」といった意見が寄せられた。
友人の一人、三宅養三・名古屋大学教授は「学生は講義がわかりにくいというが、真剣に聞いているのはわずか」と嘆く。とにかく学生に夢を持たせるのが教育の狙いという。
河崎さんは「試験のヤマを教えて」という学生がくると、「患者がヤマを背負ってくるか!」。
しつけにも厳しい。あいさつはもちろん、病院で実習するときは学生といえどもノーネクタイ、ジーンズ、よれよれの白衣は御法度。
河崎さんのロッカーには貸し出し用のワイシャツ、ネクタイが常備してあった。
「体は心を表す。だらしない服装は、私は緊張していませんと表明しているようなもの。医者の立場を自覚しなければ」
河崎さんの専門は網膜電図学。目の網膜が活動するときに起こる電気現象を糖尿病網膜症の診断に活用し、国際的にも高く評価されている。
医師を志望したのは父親の勧めによる。学生時代、医師の治療ミスで入院し、1年間休学した。さらに医師の高慢な態度に怒りを覚えた。
このときのつらい体験が、医師のあり方を考えるきっかけになった。
「医学生へ」のねらいは若い世代にも届いたようだ。河崎さんの母校、金沢大学教育学部付属高校は毎年、4分の1の生徒が医学部を受験する。
父親と同じ医師の道を希望する2年生の女生徒は、将来は機械で診断するかもしれないが、患者の話を聞くことが一番の医療だと感想文で書いた。
臨床検査技師を養成する大分臨床検査技師専門学校(大分市)からは、3学年の学生約120人の感想文が寄せられた。
人の命を救いたいという気持ちは誰にも負けないが集中力のなさと遊びぐせが課題、と率直に書く男子学生もいれば、
今までの悩みの答えをこの記事にみつけたという女子学生もいた。
「よく学び、よく学び」は、学生にとって耳が痛かったようだ。
河崎さんは「日ごろから学生に言っていることを書いただけ。反響があって心強い」という。
医療ミスが多発し、患者とコミュニケーションがとれない医師が問題になる。全国で医学教育の見直しが進むなか、河崎さんの文章の「教育力」は大きい。
(報道プロジェクト室 松井 京子)