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スリムななし(仮)さん:
【多すぎるオスたち】 国立民族学博物館教授 小長谷有紀
世は羊肉ブームである。羊肉は牛肉や豚肉に比べて脂肪分が少なく、低カロリー であるうえに、
ビタミンB群や鉄分を豊富に含む。
とくにアミノ酸の一種であるカルニチンや、ビタミンB群の一種であるナイアシンが多く、脂質代謝を促進するので、
食 べてダイエットができるなどともてはやされているらしい。
羊肉のおいしさは昔から知られてきた。
元朝の宮廷料理を記録した『飲膳正要』 にあるレシピの大半は羊の肉汁を用いたものであり、
そもそも大きな羊こそは「美」 味を表すのだから。
羊肉は一般にマトンとラムに分類され、ラムは生後一年未満の子羊の肉を指す 。
一歳を迎える前に殺される子羊は実のところすべてほぼオスである。
メスは産む性として残されるのに対して、オスはせいぜい三十頭に一頭いればよい。
要らないオスたちこそがおいしい子羊料理へと変身するのである。
旧約聖書の「カインとアベルの物語」で、神が喜ばれたのは弟アベルの捧げた、よく超えた初子の羊であった。
子羊を奉納するという一種の納税システムは、再生産に不要なオスを減らして植生への付加を下げるという点で、
生態学的にも合理的な社会制度であったろう。
ただし、モンゴル高原の場合は、羊も牛も馬もすべての家畜のオスは若くして殺されることなく、去勢されて生き残る。
そして、こうした去勢オスこそは軍事力となる。
去勢馬は世界最速の乗り物であり、去勢羊は自ら歩く食料庫となるのだった。
いずれにせよ、古今東西オスの運命は甘くはない。
その多くは一歳までに食べられるか、去勢されて一生働かされるか。もちろんこれは家畜の話である。