>>8の続き
【音楽家東瑠利子、華麗なる愛】第二部 ■第八回■
一学期の終業式を終えた瑠利子は一人で教室に戻った。
机の傍に立つと何気なく教科書をぺらぺらとめくった。
瑠利子は始業式を迎えてからほとんど教科書を開いたことがなかった。
なぜならそこに書いてあることは全て理解し尽くしていたからであった。
なんでこんな簡単なことを今さら学ばなければならないのだろうか。
瑠利子はそう思うと、日々の授業がなおさら馬鹿らしく思えてならなかった。
そこへ同級生の男の子がやってきた。
彼は瑠利子のすぐ傍に立つといいにくそうにこう言った。
「瑠利子ちゃん、実は僕、君のことが好きだったんだよ」
男の子は勇気を振り絞ると瑠利子に告白した。
瑠利子は彼の眼を見つめていたが、やがてふと視線をそらすと、
「悪いけど今の私は恋愛に興味がないの。ごめんね」
瑠利子は静かに教室を後にした。
一人残された男の子はその場で泣き崩れていた。
瑠利子の頭の中は音楽のことで一杯であった。
ベートーヴェンやブルックナー、マーラーのことに夢中であった。
もちろんあの男の子に悪いことをしたという気持ちはあった。
絶望して悪いことをしなければいいがと思いもした。
しかし、そうなったらそうなったでどうにでもなるさと思うと、
自然に頭の中から男の子のことは消えていった。
<第九回に続く>